セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2001年10月26日(金) そうすれば、きっと、あなたが失くしかけているものは、あなたの手に戻ってくるから。

もう、日曜日のデートはいつも、喧嘩めいた会話が増えて来た。最後には、肌に馴染んだセックスで、何とかお互いの気持ちが持ち直すというパターン。年下の恋人に、私はいつもイラついている。

「ねえ。だから、どうして、Nちゃんのためにあなたまで休日出勤しなくちゃいけなかったの?」
つい、とがめるような口調になる。

「同期の彼女がミスったんだから、手伝ってやりたかったんだよ。」
「でも、その前に私と約束があったんだし。」
「しょうがないだろう。仕事なんだから。」

私より2年遅れて社会人になり、「今、仕事楽しくってさあ。」と笑う彼。だんだん、私から遠ざかって行くような気がして、つい口うるさくなる。

「もう、いいわよ。前から思ってたんだけど。仕事のこととかで、最近すれ違いが多いじゃない?私達、ちょっと距離置いたほうがいいのかもしれない。私も、ちょっと疲れちゃった。」
「そうだな。俺も疲れた。」

ちょっと待って。喧嘩はいつも、拗ねた私を彼がなだめて、それで終わるんじゃなかったの?でも、彼の顔は本気だ。

「なんかさ、こういうのダラダラ繰り返すの、よそうよ。」
彼は、伝票をつかんで立ち上がると、私に背を向けた。

ねえ。待ってよ。追えば、追いつけるのに、私は妙に腹立たしくてそこを動けない。

--

次の日曜日。いつもの待ち合わせの喫茶店に、彼は現われない。電話も繋がらない。あんな会話で、本当に終わっちゃったの?私は、軽いパニックを起こして、店を出る。

店を出たところで、トンっと、小さな女の子にぶつかった。

「ごめんね。」
慌ててしゃがんだ私を、その母親に手を引かれた小さな女の子はじっと見つめて、そうして手に持っていた赤い風船を差し出して来た。

「あら、いいのよ。」
私が言うと、そばにいた母親が
「もらってくださいな。」
と言った。

「でも・・・。」
「いいんですよ。風船なら、また貰えますから。」

それから、そっと私の耳元でささやく。
「この風船、決して手を離さず、あなたのおうちまで無事持って帰りなさい。そうすれば、きっと、あなたが失くしかけているものは、あなたの手に戻ってくるから。」

気付くと、私は風船を手にしていて、あの親子はどこにもいない。

--

道をおばあさんが大きな荷物を両手に持って歩いている。私は、目をそむける。目が合ってしまったら、荷物を持ちましょうと言わないわけにいかないから。

--

「あっ。」と思った瞬間、風船が手から離れる。すぐそばでビラ配りをしていた大学生風の男の子が、すばらしい瞬発力で、風船を捕まえてくれる。

「ありがとう。」
ほっとして、私は、手に戻った風船の紐を握り締める。

--

小さな子猫がミイミイと鳴いている。思わず、手を差し伸べたくなったけれど、そこは我慢して、道を急ぐ。

--

そうやって、私の手は汗ばむほどに堅く風船の紐を握ったまま、部屋の鍵をあける。さあ。これで、どう?風船はどこにも飛んでいかなかった。私は手にしたものを離さずに済んだわ。

だがしかし。

驚いたことに、風船は知らないうちに割れてしおれた姿で、握られた紐の先にぶら下がっているのだった。

「なんだ。あんなに一生懸命握ってても、割れちゃったら駄目じゃない。」
私は、苦笑して、くず入れにそれを捨てようとして。

ああ。でも。この風船は、世界でたった一つの風船だったのに、と、握り締めた手を額に当てて、しばらく泣く。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ