セクサロイドは眠らない

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2002年05月22日(水) 男は、馬鹿みたいに私の体を知っていて、いつも簡単に転がしてしまう。私は、そうやって簡単に扱われるのが、結局のところ大好きなんだ。

残業で疲れたので、気晴らしにオフィスの廊下の自販機に缶コーヒーを買いに行くと、誰かのボソボソしゃべる声と、女の子のすすり泣くような声が聞こえて来た。

こんなとこで、やらないで欲しいなあ。

と思って、こっそり覗くと、やっぱり、同期のクボタという男と、昨年総務部に入った女の子だった。

また、やってら。

私は、コーヒーを買うのをやめて、部屋に戻る。

気持ちがザワザワして、仕事に集中できない。頭をブンブン振って、落ち着こうとする。

ヒヤリ。

と、頬に冷たい感触があるから、見上げるとクボタだった。
「ほれ。コーヒー。」
「ん。さんきゅ。」
「さっき、聞いてたろ。」
「ううん。ちらっと見て、すぐ引き返した。」
「まいったなあ。」
「あんなところで痴話喧嘩しないでよね。」
「女の子って、なんでああ面倒なんだろ。」
「ていうか、何人目?」
「そういう言い方すんな。」
「だってさあ。会社の女の子に手を出すの、やめとけばいいのに。」
「知らんよ。あっちが来るんだもん。」
「あんた、優し過ぎなのよね。」
「・・・。」
「あたしの時だって。」
「今夜、うち、来る?」

私は黙ってうなずいて、彼がくれたコーヒーを開ける。

--

「シャワー、浴びる?」
「うん。」

私は、タオルがどこにしまってあるかまで知っていて、勝手に彼のタオルを出して来て、バスルームに行く。

こんな時困らないように、私がいつも使うシャンプーもそこに置いてあって。

クボタとは、もう、随分長い。わざと熱めの湯を体に当てながら、何も考えないように努める。クボタは、女の子とうまく行かなくなるたびに、私と寝る。それだけ。それだけの関係。そのことで、私は彼を責めたりしないし、彼も私に何も言わない。

「ビール、飲む?」
シャワーを浴びて済んだ私に、ビールを渡してくる。

「いらない。」
「そうか。」

変だな。あたし。いつもみたいに笑ってられない。

ああ。そうか。私が暗いんじゃなくて、クボタが暗いんだ。

「どうしたの?元気ないね。」
私は言う。

「うん。なんでかな。なんでいつも上手く行かないんかな。」
「あんた、誰にでも優しいでしょう?それ、錯覚すんのよね。」
「お前も?」
「あたしはさあ。もう、あんたのこと分かってるから。ずるいのも。」
「そうだよな。だからお前といるのは気楽なんだよ。」

クボタは、黙って私のTシャツを脱がしてくる。

私は、されるままに、彼のクマみたいな体の重みを感じている。

ねえ。あんた、いつも自分のことばっかり。私がどんな風に寂しくて、どんな気持ちで抱かれてるか、全然考えてくれないんだよね。

それなのに、優し過ぎなんだよ。この指が。

私は、いつものように簡単に、達する。

男は、馬鹿みたいに私の体を知っていて、いつも簡単に転がしてしまう。

私は、そうやって簡単に扱われるのが、結局のところ大好きなんだ。

--

それから数日して、夜中に電話が掛かって来た。

「もしもし?」
「私。分かります?」
「ええ。分かるわ。」

いつか、クボタともめていた、総務部の子だ。

「どうしたの?」
「クボタさんのことで。分かるでしょう?」
「彼が、どうしたの?」
「もう会わないで欲しいんです。」
「どうして?」
「彼ね。あなたがいると逃げるから。」
「どういう意味?」
「あなたがいるとね。ちゃんと私に向き合わないから。」
「私のせい?」
「ええ。」
「それ、違うわ。私といても、逃げてるもの。」

あとは、電話の向こうで話し続ける女の子をなだめて、そうして、電話を切る。

--

翌日、目の下に隈を作ったクボタが、
「昼、一緒に食おうぜ。」
と声を掛けて来た。

「いいけど?」
「昨日、なんか電話あったろ。すまん。」
「うどんでいい?」
「ああ。」

私達は、近くのうどん屋で向かい合って座る。

「どうしたの?いつも上手に別れるあなたがさ。」
「お前にまで電話するとはなあ。」

私は、うどんを前に、七味唐辛子をバサバサ振る。

「おい。ちょっと入れ過ぎだよ。」

私はかまわずうどんをすする。

そういうクボタも、七味唐辛子をバサバサ振っている。

「ふられたよ。」
「そう。」

私は、湯気の中に顔をうずめて。からいんだか、悲しいんだか、もう、分からないグシャグシャな顔してうどんを食べている。

「本気だったんだよ。今回は。」
「知ってた。」
「そうか。俺、自分でも知らなかった。」
「馬鹿ね。」
「ああ。馬鹿だ。」

ついでに言えば、あなたを振った彼女は賢かったわ。

クボタも、半泣きになりながら、うどんすすってる。

今夜あたり、また、彼は部屋へ来いよと言うだろう。

私は、嫌とは言えず、言われるままに彼に抱かれに行くだろう。

男の馬鹿に付き合って、私も相当馬鹿になってみる。


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