セクサロイドは眠らない

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2001年09月04日(火) 特に変わった技巧も甘く耳あたりのいい言葉もないのに何度も何度も達する

随分と暗く長いトンネルだった。バスの窓の外は、闇。吸い込まれるような闇。闇を見ていると、とてつもなく不安で、叫びそうになるのを抑えて、視線をバスに戻す。バスの中の照明と運転手の背中に少し安堵する。

バスに乗っているのは私一人。

「ねえ。運転手さん。」
「なんですか?」
「どこまで行くの?」
「あなたの行きたがっているところです。」
「こんな暗い場所を毎日走るなんて、本当に嫌な仕事ね。」
「そうでもないですよ。いつもこんな暗闇を走っているわけではないですから。」

唐突にトンネルは終わり、急に明るい場所に出た。

バスは止まる。

「着きましたよ。帰りのバスに乗り遅れないようになさってくださいね。では。」

背後には、もう、バスはない。トンネルもない。

--

「やあ。」
彼が出迎えている。

ああ。

私は、安堵して、泣きそうになる。

「どうしてた?」
私は訊ねる。

「普通だよ。普通に日々は過ぎて行く。僕は何も変わらない。」
「私、変わった?」

彼は、目を細めて、しばらく考えるように私を見る。

「いや。変わってない。でも、少し痩せたかな?」
「ええ。少しね。あなたが亡くなってから、私、本当に毎日泣いて暮らしたから。」
彼は何も言わず、そっと私と手を繋ぐ。

「幽霊でも、手は冷たくないのね?」
彼は大笑いする。
「ひどいなあ。足だってあるだろう?」

彼は、生前住んでいたのと同じアパートの一室に私を招き入れる。

「お茶、飲む?」
「ええ。」
私は、何もかも変わらないその部屋を見て、微笑む。彼と私が嬉しそうに笑っている写真もそのまま。

「ねえ。私、結婚するかもしれない。」
「・・・。そうか。おめでとう。」
「ごめんなさいね。」
「しょうがないよ。きみは生きていて、僕は死んでいるんだもの。」

彼の分厚い手が、私の髪をかきあげる。長い静かな口づけ。私は自分で服を脱ぐ。彼も、もそもそとズボンを脱ぎ、服を丁寧にたたみ始める。セックスの時、どんなに気持ちが高まっていても、急に後ろを向いて服をたたむ、その癖を思い出して、私は泣きそうな笑いそうな気持ちになる。

「お待たせ。」
私達はまた笑う。

彼との、肌に馴染んだセックスは不思議なくらい心地良く、私はとても素直な気持ちになれて、特に変わった技巧も、せわしない体位の変化も、甘く耳あたりのいい言葉もないのに何度も何度も達する。

行為のあと、彼の腕枕で体を休める私に、彼はぽつりと言う。
「死んだ人間とセックスするのは、初めて?」
私は、彼の胸に顔をつけて、笑い、笑い声はいつのまにかすすり泣きに変わってしまった。
「泣かないで。ここでこうやっていて、僕はとても幸福なんだよ。」
「ええ。分かってる。」
「そろそろ、バスが来る。」
「ええ。」

私は、涙を拭いて、服を着る。

--

もう、バスは来ていた。

「じゃあね。」
彼は、私の背中をそっと押す。

「もう、大丈夫だから。」
私は彼に微笑む。

バスに乗り込んで、手を振る。バスのエンジンがかかると、もうそこはトンネルの中。

「無事、お戻りになりましたね。」
「ええ。少し危なかったけどね。」
「いや。安心しました。」
「ねえ。トンネルの中、明るいわね。」
トンネルの中は乳白色の壁で出来ていて、トンネルの彼方に外の光が見える。

「もうすぐ着きますよ。」
「そうね。
 ねえ、運転手さん?」
「なんでしょう。」
「いろんなことが分かったの。彼が幸福だったこととか。最後の日も。そうして、今も。」
「そうですか。安心しました。
 ま、私のこの仕事も、そう悪い仕事じゃないってことです。」

--

「着きましたよ。」

私の部屋のベッドの上で、その声に目覚める。

何の夢を見ていたのかしら。

思いだそうと顔をしかめながら。
でも、今日は、迷わず婚約者にいい返事ができる予感で、気持ちが高鳴る。


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