セクサロイドは眠らない
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2002年05月20日(月) |
その舌遣いは、ここから無理に連れ出すにはもったいないほど、自分だけの女にするにはもったいないほどに |
旅の途中。
王子は、お忍びで、夜の街に出る。それが、最近の王子の楽しみだった。
そうやって、酒場で酒を飲み、娼婦と一夜を共にする。
「立場を考えてほどほどにしてくださいよ。」 と、家来に言われても。こればかりはやめられない。
「だけど、分かるかい?貧しい者達が生活を楽しむ術は、僕には驚きでしかないんだよ。とても勉強になる。」
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その娼婦は、美しく高貴な顔立ちを。思わず、王子は声を掛ける。 「今夜、僕のそばで、その美しい声で寝物語を奏でて。」 「見なれない顔ね。」 「ああ。旅の途中でね。今夜、この街に来て、二三日したら出て行くよ。」 「じゃあ、いらっしゃいな。」
その優しい娼婦が連れて来たみすぼらしい部屋で、王子と娼婦は固いベッドに腰をおろす。
「お酒かしら?」 「いや。お茶を。」 「待っててね。」
その繊細な身のこなしは、どことなく高貴だった。王子は良く分かるのだ。それなりに高貴な家の者にほどこされた教育は、幼い頃から身に染み付いて、それは生涯生まれを示す証として離れない。
「不思議だ。」 「何が?」 「きみ。ただの娼婦じゃないだろう?」 「いいえ。ただのつまらない娼婦よ。」
彼女が話したがらないような顔で微笑んで見せたので、王子はそれ以上何も言わずに、彼女を抱き寄せる。
甘ったるい香りの奥に、清潔な石鹸の香りがする。
「待って。」 ドレスを脱ごうとする娼婦の手を取って、王子は言う。
「今夜はこうやってしゃべっていよう。」 「それだけ?」 「ああ。それだけ。なんだかそんな気分なんだよ。なんだろう。この感じ。懐かしい。」 「あなた、変わってるわね。」 「そうかな?」 「飢えてないわ。」 「ねえ。なんでこの仕事してるの?」 「どうしてかしらね。」 「何を聞いてもはぐらかすんだな。」 「だって、何も答えることはないもの。知りたがり屋さん。」
王子は、娼婦の目に悲しい色を見て、おやすみ、と、その長い髪を撫でた。
娼婦は、疲れていたのだろう。コトリと眠ってしまった。そのあどけない顔は、どんな汚れた場所でも、美しい方向を見失わない光に満ちていた。
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「彼女のこと、気になるかい?」 うとうととまどろむ王子の耳元で、誰かがささやいた。
「誰?」 王子が声のするほうを見ると、そこに一匹のネズミ。
「僕は、ネズミ。彼女の唯一の友達。」 「ふむ。僕は夢を見ているのかな。」 「夢じゃないよ。しゃべるネズミ。娼婦の姿のお姫さま。そこに身分を隠して訪ねてくる王子。役者は揃ってる。」 「お姫さま?」 「うん。そうさ。」 「やっぱり。」 「ねえ。どうして彼女が、お姫さまをやめちゃったか、知りたい?」 「うん。」 「それはね。」
ネズミは語り出す。
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以前、お姫さまは、ある豊かで素晴らしい国の一人娘として、とてもとても大事に育てられたのさ。王様も素晴らしいかたで、お姫さまには、周囲の人々にできるだけ公正に接するように教育をほどこした。
だけど、それはちょっと失敗だったんだな。
お姫さまは、優しく育った。それは、彼女の美点でもあり、欠点でもあった。
つまりこういうこと。
たとえば、貧乏人がパンをもらいに来る。お姫さまは、パンをあげる。それぐらいの親切なら、誰だってできる。
じゃあ、こういうのはどうだろう?
お姫さまは、見ての通り、とても美しい人だ。
ある日、貧乏人がパンをもらいに来る。お姫さまは、お腹を空かせた貧乏人に同情して、パンを包み、貧乏人が恥じては困ると、自らがもっと恥ずかしそうにパンを渡す。
そのせいで、貧乏人は、お姫さまを、まるで友達のように思い込んでしまう。
そうして、次の日も。また、次の日も。
いつか、貧乏人は、お姫さまが、自分と恋をしているように思って。
そうして、門の外で待つ。雨の日も風の日も。だけど、お姫さまにできることは、せいぜい、一日に一個のパンを与えることだけで。それだって、多くの人々がやって来るから大変なのだ。
だが、彼は待つ。雪の日も。
そうして、門の外で、ある日凍えて死んでしまう。
お姫さまは、悲しみに暮れながらも「しょうがないじゃない。私はお姫さまなんだもの。あなただけの女にはなれないわ。」って思ったんだ。もちろん、周囲だってそう言って慰めるしさ。
でも、そんなことが、ね。ある日どうしようもなく辛くなってしまったんだよ。自分がね。お姫さまであることで、守られている部分のせいでね。自分がやってる優しさに疑いを持ってしまったんだ。
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「だから、娼婦になったって言うのか?」 「そういうこと。」 「分からないな。」 「あんたには分からないだろうよ。」 「彼女の美しさも、立場も、もっと違うことに使えただろうに。」 「それは、彼女自身が決めることさ。」 「決めたんだ。僕は、彼女を連れ出すよ。」 「やめといたほうがいい。彼女はもう、きみ達の世界には戻れないんだから。」 「僕は彼女を愛してしまったんだ。」 「じゃあ、きみが王子という立場を捨てて、彼女と一緒にいてやるのかい?」
王子は、少し考えた。
それはできない。僕には、僕を必要としている国が待っている。
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「あら。私、眠ってしまったのね。ごめんなさいね。」 小さくアクビをした彼女は、本当に愛らしく。
王子は胸を締めつけられる。
「ねえ。きみ、本当は・・・。」 「なあに?」 「ううん。何でもない。」 「そう?おかしな人。ねえ。そんなことより。楽しいことしましょうよ。あなたの知らないことで、あなたを幸せにしてあげるわ。」
彼女はそう言ってニッコリ笑って、王子の足の間に頭を沈める。
王子は、少し身をよじって抵抗しようとしたものの、すぐさま、彼女の美しい指と唇に自らを委ねる。その舌遣いは、ここから無理に連れ出すにはもったいないほど、自分だけの女にするにはもったいないほどに、プロフェッショナルな動きだった。
あの王子は、将来立派な王になって国を治めることだろう。ネズミはニッコリ笑って、退散する。
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