セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2002年05月20日(月) その舌遣いは、ここから無理に連れ出すにはもったいないほど、自分だけの女にするにはもったいないほどに

旅の途中。

王子は、お忍びで、夜の街に出る。それが、最近の王子の楽しみだった。

そうやって、酒場で酒を飲み、娼婦と一夜を共にする。

「立場を考えてほどほどにしてくださいよ。」
と、家来に言われても。こればかりはやめられない。

「だけど、分かるかい?貧しい者達が生活を楽しむ術は、僕には驚きでしかないんだよ。とても勉強になる。」

--

その娼婦は、美しく高貴な顔立ちを。思わず、王子は声を掛ける。
「今夜、僕のそばで、その美しい声で寝物語を奏でて。」
「見なれない顔ね。」
「ああ。旅の途中でね。今夜、この街に来て、二三日したら出て行くよ。」
「じゃあ、いらっしゃいな。」

その優しい娼婦が連れて来たみすぼらしい部屋で、王子と娼婦は固いベッドに腰をおろす。

「お酒かしら?」
「いや。お茶を。」
「待っててね。」

その繊細な身のこなしは、どことなく高貴だった。王子は良く分かるのだ。それなりに高貴な家の者にほどこされた教育は、幼い頃から身に染み付いて、それは生涯生まれを示す証として離れない。

「不思議だ。」
「何が?」
「きみ。ただの娼婦じゃないだろう?」
「いいえ。ただのつまらない娼婦よ。」

彼女が話したがらないような顔で微笑んで見せたので、王子はそれ以上何も言わずに、彼女を抱き寄せる。

甘ったるい香りの奥に、清潔な石鹸の香りがする。

「待って。」
ドレスを脱ごうとする娼婦の手を取って、王子は言う。

「今夜はこうやってしゃべっていよう。」
「それだけ?」
「ああ。それだけ。なんだかそんな気分なんだよ。なんだろう。この感じ。懐かしい。」
「あなた、変わってるわね。」
「そうかな?」
「飢えてないわ。」
「ねえ。なんでこの仕事してるの?」
「どうしてかしらね。」
「何を聞いてもはぐらかすんだな。」
「だって、何も答えることはないもの。知りたがり屋さん。」

王子は、娼婦の目に悲しい色を見て、おやすみ、と、その長い髪を撫でた。

娼婦は、疲れていたのだろう。コトリと眠ってしまった。そのあどけない顔は、どんな汚れた場所でも、美しい方向を見失わない光に満ちていた。

--

「彼女のこと、気になるかい?」
うとうととまどろむ王子の耳元で、誰かがささやいた。

「誰?」
王子が声のするほうを見ると、そこに一匹のネズミ。

「僕は、ネズミ。彼女の唯一の友達。」
「ふむ。僕は夢を見ているのかな。」
「夢じゃないよ。しゃべるネズミ。娼婦の姿のお姫さま。そこに身分を隠して訪ねてくる王子。役者は揃ってる。」
「お姫さま?」
「うん。そうさ。」
「やっぱり。」
「ねえ。どうして彼女が、お姫さまをやめちゃったか、知りたい?」
「うん。」
「それはね。」

ネズミは語り出す。

--

以前、お姫さまは、ある豊かで素晴らしい国の一人娘として、とてもとても大事に育てられたのさ。王様も素晴らしいかたで、お姫さまには、周囲の人々にできるだけ公正に接するように教育をほどこした。

だけど、それはちょっと失敗だったんだな。

お姫さまは、優しく育った。それは、彼女の美点でもあり、欠点でもあった。

つまりこういうこと。

たとえば、貧乏人がパンをもらいに来る。お姫さまは、パンをあげる。それぐらいの親切なら、誰だってできる。

じゃあ、こういうのはどうだろう?

お姫さまは、見ての通り、とても美しい人だ。

ある日、貧乏人がパンをもらいに来る。お姫さまは、お腹を空かせた貧乏人に同情して、パンを包み、貧乏人が恥じては困ると、自らがもっと恥ずかしそうにパンを渡す。

そのせいで、貧乏人は、お姫さまを、まるで友達のように思い込んでしまう。

そうして、次の日も。また、次の日も。

いつか、貧乏人は、お姫さまが、自分と恋をしているように思って。

そうして、門の外で待つ。雨の日も風の日も。だけど、お姫さまにできることは、せいぜい、一日に一個のパンを与えることだけで。それだって、多くの人々がやって来るから大変なのだ。

だが、彼は待つ。雪の日も。

そうして、門の外で、ある日凍えて死んでしまう。

お姫さまは、悲しみに暮れながらも「しょうがないじゃない。私はお姫さまなんだもの。あなただけの女にはなれないわ。」って思ったんだ。もちろん、周囲だってそう言って慰めるしさ。

でも、そんなことが、ね。ある日どうしようもなく辛くなってしまったんだよ。自分がね。お姫さまであることで、守られている部分のせいでね。自分がやってる優しさに疑いを持ってしまったんだ。

--

「だから、娼婦になったって言うのか?」
「そういうこと。」
「分からないな。」
「あんたには分からないだろうよ。」
「彼女の美しさも、立場も、もっと違うことに使えただろうに。」
「それは、彼女自身が決めることさ。」
「決めたんだ。僕は、彼女を連れ出すよ。」
「やめといたほうがいい。彼女はもう、きみ達の世界には戻れないんだから。」
「僕は彼女を愛してしまったんだ。」
「じゃあ、きみが王子という立場を捨てて、彼女と一緒にいてやるのかい?」

王子は、少し考えた。

それはできない。僕には、僕を必要としている国が待っている。

--

「あら。私、眠ってしまったのね。ごめんなさいね。」
小さくアクビをした彼女は、本当に愛らしく。

王子は胸を締めつけられる。

「ねえ。きみ、本当は・・・。」
「なあに?」
「ううん。何でもない。」
「そう?おかしな人。ねえ。そんなことより。楽しいことしましょうよ。あなたの知らないことで、あなたを幸せにしてあげるわ。」

彼女はそう言ってニッコリ笑って、王子の足の間に頭を沈める。

王子は、少し身をよじって抵抗しようとしたものの、すぐさま、彼女の美しい指と唇に自らを委ねる。その舌遣いは、ここから無理に連れ出すにはもったいないほど、自分だけの女にするにはもったいないほどに、プロフェッショナルな動きだった。

あの王子は、将来立派な王になって国を治めることだろう。ネズミはニッコリ笑って、退散する。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ