セクサロイドは眠らない

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2002年03月07日(木) 彼は、やさしい。ずぶずぶと私の全てを受け入れて甘やかす。拒絶するかと思ったのに、やさしく口づけてくれた。

なぜ、好きなの?

と、我が身に問う。

なぜ、あの人でなければいけないの?

と。

答えはいつまでも出ない。多分、答が出ないくらい、好き。やさしいから好きとか、顔が好みだから好きとか、そんな風に理由が分かるから好きな人は沢山いるけど、多分、彼のことを好きな理由はどこからどこまでと言えないほど。

理由を考えている時間すら、甘い。

--

「じゃあ、次はミホちゃんと踊ろうかな。」
と、結婚式の二次会でスローな音楽に変わった時、新しく兄となった人が私の手を取った。

「行ってらっしゃいよ。」
姉が微笑んだ。

姉は、私が姉の急な結婚に驚き腹を立てていたのを気にしていたのだ。

「うん・・・。」
しぶしぶと立ち上がると、義兄は本当に嬉しそうに笑った。

「許して欲しいんだ。僕とお姉さんのこと。」
「分かってるよ。私がとやかく言うことじゃないんでしょう。」

いい歳をして、すねている自分が恥ずかしかった。

「月並みな言い方だけど、妻と妹が一度に出来て本当に嬉しいんだ。これからは、お兄さんとしていろいろ相談してもらえると嬉しいよ。」
と、彼は微笑んだ。

曲が終わると、彼はごく自然なしぐさで私の手を口元に引き寄せ、唇をつけた。
「ありがとう。嬉しかったよ。」

私は、はっとして手を引っ込めると、誰か見ていたんじゃないかと姉達のほうに目をやった。そうして、誰も気付いてないのに安心して、席に戻った。

「おめでとう。」
私は、その時初めて、笑顔で姉を祝福することができた。

--

今思えば、私は、姉が結婚すると言い出した時から危険を感じていたのだ。あの冷静な姉が、一刻も早くと結婚を急いだ時から。姉を狂わせた何かを、危惧していたのだ。

私は、仕事の相談と称して義兄と過ごすようになった。姉が彼の帰りを待っているのを気に留めつつも、彼と話をしているのが楽しかった。とりとめのない話。なのに、楽しくて楽しくて、しょうがなかった。

随分と飲んでしまった夜、初めて、彼に体を預けて
「帰りたくない。」
と、駄々をこねた。

「しょうがない子だね。」
彼は、やさしい。ずぶずぶと私の全てを受け入れて甘やかす。

拒絶するかと思ったのに、やさしく口づけてくれた。新婚さんのくせに、と、心の中でつぶやいてみるが、彼に手を引かれて、もう私は、チークダンスの時と同じように彼に体を委ねて心地良い。

危険なのは、彼のやさしさ。

「悪い子だ。僕をこんな風にして。」

それはそっくり、私の台詞。

彼の手つきには、荒々しいところがまるでない。それはそれで、悲しいのだった。私を支配しようとしない。私になにものをも誇示しようとしない。ただ、受け入れるだけの愛。

--

義兄と姉に子供が生まれた時、私は人知れず涙を流した。

「嘘吐き。」
とつぶやいてみるが、本当は分かっている。彼は嘘はついていなかった。

姉のことも愛していると言いながら、私を抱いていた。それでもいいからと、足を踏み入れたのは、私の意思。

一年が過ぎて行く。

いっそ、私を拒んでくれたらと恨みながらも、月日が流れる。

--

いつものように抱き合った後。

「娘の誕生日だから。」
と、いつもよりずっと早い時間に私のアパートの前に車を停める。

雨が降り始めている。

いつになく、ぐずぐずしている私。

「どうしたの?」
彼は、少し困ったように、私に訊ねる。

雨が随分と激しくなった。ワイパーを動かさないでいると、まるで雨のカーテンがひかれたように、私と彼は、この夜、二人ぼっちのような気がした。

そう。ここから出たくない。ずっと二人でいたい。でないと、あなたは自分からは私の手を取ってはくれない。

今、姉も、姪も、私にとってはただの障害物でしかなかった。

「何でもない。後で、プレゼント持ってうかがうわ。」
私は、急いで車を降りる。

そう。あとで、プレゼント。

私と、あなたに、プレゼント。

優しい姉と愛らしい姪に、柔らかいヌイグルミじゃなくて、するどい刃物のプレゼント。


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