セクサロイドは眠らない

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2002年03月06日(水) あなたのきらめく瞳を私の元に少しでも長く留めておくためなら、私は何でもしよう。何でも投げ出そう。

「全部やり直してちょうだい。」
私は、ため息をついて、報告書を全部投げ返す。

目の前の男性社員は、怯えたように私の顔をうかがいながら部屋を出る。

最近の人って、いつもこんな調子なのかしら。などと、思う。私の言い方の問題なのか。歯向かってくるような、手応えのある社員はいない。

そろそろ、アルバイトの子の面接の時間だと、立ち上がる。これだけはどんなに忙しくても自分ですることにしている。店頭に立つアルバイトの子は、私の目で選別する。私の店がここまでお客様の評判を得て来たのも、それが大きな要因だと思っている。

今日は、少しはまともな子が来ているかしら?

--

その女の子を見た時、なんとも言えない気分にとらわれた。

嫉妬のような、羨望のような、渦巻く感情。

耳元で切りそろえられシャギーの入った髪の間で、揺れるタイプのピアス。細く白い脚。よく見れば、眉が濃く、意志の強さを感じさせる顔に、綺麗に塗られたマスカラとグロス。その、はかなさを感じさせるメイキャップに、触れたくなる。

彼女の声が響き、また、私の脳の奥がざわめく。

ハスキーな声が、彼女の少女めいた容姿を中性的なものにしていた。

「採用」の印をつけ、履歴書を傍らによけると、後は、彼女の声に聞き入っていた。

同性にこんな奇妙な感情を抱いたのは、初めてだ。誰かを見た目で愛したことなど、初めてだった。男なら、好みの外見をした女を手に入れたいと思うことだろう。私は、むしろ、「彼女自身になりたい。」と切望した。その容姿に嫉妬と羨望を抱いた。

--

「すごい。社長さんと一緒に飲めるなんて。」
彼女は、はしゃぐ。

「でも、どうして私なんかと?」
彼女は不思議そうに聞いてくる。

「たまには、あなたみたいな子とおしゃべりするのもいいかしらと思って。あなたがた、お店でじかにお客様と接しているでしょう?」
「ええ。でも、夢見たい。社長さんなんか、雲の上の人だと思ってたから。」
「初めて東京に出て来た頃は、ちょうどあなたくらいだったわ。あの時の気持ち、今でも忘れたくないの。」
「私、社長みたいになりたいです。女性でも、やりたいことやって、いろんなものを手に入れたいの。」
「そう。」

さっきから、ピアスの揺れる耳たぶに手を伸ばしたくて、どうしようもない。相当酔ってしまったのかしら。私は、ただ、彼女の声をニコニコと聞きながら、彼女の髪をそっと掻き分ける。

彼女は、輝く黒目がちな目を私に向けて、くすぐったそうに笑う。私は、胸がドキドキしている。

その時、携帯が鳴る。

恋人からの電話だ。

私は、携帯の電源を切って、バッグの奥に仕舞い込む。

--

「最近、会ってくれないんだね。」
恋人は、恨みがましい口調で私を責める。

「ええ。忙しくて。」
「誰か他に?」
「いいえ。」
「嘘だ。誰か他にきみの興味を引くような奴が現われたんだな。きみの秘書をしてたから、よく分かるんだ。ぼんやりとする時間が増えて、意味もなく嬉しそうにしている。」
「でも、本当にそんなんじゃないのよ。」
「いいよ。少し会わないでおこう。所詮、僕はきみの退屈しのぎだったんだろうから。」
「そんな・・・。」

彼は、部屋を出て行く。

私は、ぼんやりと見送って、でも、不思議となんの感慨も湧かない。心は、あの子の事を想っている。

--

「ねえ。社長。」
「なに?」

彼女は、猫のように狡猾な瞳で、私の胸に頭を預けている。

「お店に出す商品の企画、私にもやらせてくれないかなあ。」
「まだ無理よ。」
「ねえ。お願い。」

彼女は、鼻にかかったような声で、私の耳元に唇を寄せてくる。

彼女は知っている。私が、彼女の言いなりにならずにはいられないことを。知っていて容赦しない、若さと美しさの特権。

困ったわ。

私は、最近、彼女の要求がエスカレートしてくるのに困惑しながらも、どこかでそれを楽しんでいる。

中年の男が、若い女性の願望を満たしてやろうとしてみっともなく翻弄されている姿を時折見かけるが、今の私はまさにそれだろう。野心のある愛人は、この上なくいとおしい。なぜって。満たすべき願望を剥き出しにして見せてくれるから。相手に望むものがある限りは、私に満たす力がある限りは、私は相手にとって意味を持つと信じていられるから。

ねえ。何でも言ってちょうだい。私にできることならば。あなたを自分のものにしたいとは言わない。ただ、あなたのきらめく瞳を私の元に少しでも長く留めておくためなら、私は何でもしよう。何でも投げ出そう。

彼女の柔らかい体を、少し痛いくらいに抱き締める。

「んん・・・。」
彼女は、眉をしかめる。

「いいわよ。来週から、企画室に入れるようにしてあげる。」

周囲が何を言おうと構わない。私は、自分が抱えるありったけの願望を満たすためだけに、今までしゃにむに働いて来た。

今、私は、子猫が隠し持った爪で傷付けられることを望んで、我が身を捧げている。

誰かに思いきり傷付けられたい恋もある。


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