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セクサロイドは眠らない
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| 2002年03月05日(火) |
僕のことなど、むしろ嫌っているのではないかと思わせるその声の冷たさに、身悶えしたくなる。 |
僕は、城で、氷の姫にお仕えしていた。
その冷たさは名高く、国全体を怖れさせていた。彼女の怒りの一瞥は、相手をも凍らせてしまうと。
僕は、そんな氷のように冷たい −ではなくて、まさに氷の− 姫に恋をしていた。彼女にお仕えすることは、この上のない喜び。寒さでチカチカと痛む手も、僕には恋の痛み。心地良い。分かってはいるのだ。僕は、姫に愛されないことで、ますます姫を愛する。叶わぬ恋だからこそ、叶えてみせようと躍起になる。
今日も、姫は、退屈のあまり吐息を吐き、そのせいで部屋全体が凍りつく。僕は、身を震わせながら、凍り付いてしまわないように注意深く姫のお世話をする。
「ねえ。」 姫が、決して僕を見つめない目で話し掛ける。
「はい、なんでしょう?」 「人間って、愚かねえ。何にでも心を揺らし、自ら苦しい想いを手にして。これほど馬鹿らしいことはないと思うわ。」 「おっしゃる通りです。」
でも、それこそが、日々の理由。誰にも動かされない、固い固い心で、あなたは何を理由に生きて行けるのですか?
やがて、姫は、同じように冷たい氷の王子とでも結婚するのだろうか。そこに何か芽生えるものはあるのだろうか?僕は身震いする。その、透き通ったきらめく指に口づけたら、僕の唇が凍るだろうか。それとも、僕の熱情が、あなたの一部でも溶ろかせることができるのかしら。
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頼まれた用事を済ませに、久しぶりに村に行く。
僕に恋する村娘が駆け寄って来る。
「やあ。元気かい?」 「ええ。あなたは?」 「元気さ。」 「こんなに、しもやけが。ちょっと待っていて。」
彼女は、エプロンのポケットから、薬草で作った軟膏を取り出す。それを丹念に僕の指に擦り込むながら、頬を紅潮させる。
「あなた、一生あの姫の傍にお仕えするの?」 「ああ。それが僕の使命だよ。」 「いつか、あなた凍え死んでしまうわ。今まで、姫の息をかけられただけで、何人もの人が凍りついて死んでしまった。私、心配だわ。」 「大丈夫さ。」
僕は、大丈夫なのだ。それは、僕の体が、姫への想いで燃え盛っているから。
僕は、僕の指に軟膏を擦り込む、優しい手を見る。指と指が触れ合う時、そこに何かがが生まれる。けれども、僕にとってそれは恋ではない。僕の炎を燃えあがらせるのは、冷たい氷だけなのだ。
僕は、城のほうに目をやる。
チカリ。
陽射しに反射して、氷がまたたいたように見えた。
「帰らなくては。」 僕は、手を引っ込める。
「もう?次は、いついらっしゃるの?」 「さあ。分からない。なんせ、僕は姫のお相手で忙しい。」
僕は、大急ぎで城に帰る。まったく、こんなに長い時間城を空けたのは始めてだ。姫は不自由していないだろうか。誰かが僕の変わりに姫のそばで、僕程に熱い想いでお世話していないだろうか。
姫は、窓から外を眺めていた。 「おかえり。」
僕は、その冷たさに、ブルッと体を震わせる。僕のことなど、むしろ嫌っているのではないかと思わせるその声の冷たさに、身悶えしたくなる。
だが、僕はチラリと思う。姫は、窓から村のほうを見ていたのではないだろうか。
「遅くなりまして。」 「いいのよ。たまにはあなたも、血の通う人間と話がしたいでしょう。」 姫は、こちらに向き直る。
「ねえ。教えてくれないかしら?」
姫が、そんな風に僕に語りかけるのは初めてだ。
「私が答えられることでしたら。」 「ねえ。どんな風にすれば、そんなに弱々しい心を持ったまま、生きていけるの?そんなに無防備に、傷付きやすく生きていたら、あっという間に殺されてしまうのではないですか?」 「殺される、と言いますと?」 「誰かの心ない言葉や、我が身の恋に。」 「恐れ入りますが、姫、人はそんなに弱いものではありません。柔らかいのと弱いのは違うのですよ。柔らかく、その辛いものにも心を添わせて行くことができれば、決して殺されたりはしないのです。」 「本当に?」
姫の透明な目が、太陽の陽射しで溶け始め、涙を溜めているように見えた。
「どうなさったのですか?何が悲しいのですか?」 僕は驚いて駆け寄る。
「分からない。氷の姫と呼ばれて怖れられていた私が。生まれてから一度も、誰かに心を動かされたことのない私が。」
ピシリッ。
音を立てて、姫のこめかみがひび割れる。
「どうしたのでしょう。あなたがいないと、私の氷が私の心を刺してくるのです。」
ピシッ。ピシッ。
「もう言わないで。」 僕は泣きながら、崩れて行く姫の体を抱き止める。
その手の中で、溶け落ちて行く、体。
僕は、水溜まりの中にひざまづく。
その不動と思っていた強さは、一瞬にして溶けゆく、脆いものだった。
僕の涙が一滴落ちると、水溜まりが太陽の光を受けて幸福そうにきらめいた。
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