セクサロイドは眠らない

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2002年03月04日(月) 電話の主は、分かっている。彼女からだ。休日は会えないから、寂しいから。お願い、合図だけさせて。

僕は、河原で石を積み上げていた。

石が崩れたら。そうしたら、後ろで微笑んでいる筈の母さんと手を繋いで、うちへ帰ろう。そう思っているのに、なぜかそんな時に限って石は崩れないから、僕はいつまでもいつまでも石を積み上げていなくてはいけないのだ。泣きそうになりながら、僕は石を積む。

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子供の姿をした僕は手を伸ばしてそれを崩そうとして。その瞬間、目が覚めた。

休日の昼、ソファでいつのまにか眠っていた。

変だな。と思った。実際の僕の母は、そんな優しい女性ではなかったのに。

電話が鳴ったのだ。ワンコールで切れる、その電話。それで目が覚めた。

テレビを見ていた妻は、ふん、と鼻を慣らしてのっそりと立ち上がった。

電話の主は、分かっている。彼女からだ。休日は会えないから、寂しいから。お願い、合図だけさせて。あなたを想っていると知らせることを許してちょうだい。と、すがるように僕に言うから、僕は嫌とは言えず、あの時黙ってうなずいてしまった。底のない沼にズルズルと足を踏み入れて、どうにも足を抜けないでいるうちに、もう随分と深みにはまって行ったのだ。

いっそ、拒絶してくれたらいいのに。ずるい男と、言葉を投げ付けてくれたらいいのに。いくら僕が彼女との約束をすっぽかそうが、黙って彼女は部屋で待っているのだ。

「おい。」
僕は、妻に呼び掛ける。返事はない。

洗濯機のあるほうで、何やら物音がする。

いけない。妻を呼ばなくては、と思いながら、僕の言葉は喉の奥に貼りついたように、出て来ない。

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小学生の頃、一人っ子の僕は、母を随分と憎んでいた。母は気性の激しい女性で、時折、庭で竹竿で僕をぶったりしていた。僕は、ひーひーと泣いて。ごめんなさい、ごめんなさい。と泣いていた。

そんな母と僕の姿を、父は黙って眺めていた。

父は無力だ。僕は、父を憎んだ。

外に出て働いているのは父さんなのに、どうして母さんばかりが家庭の中で僕らを支配しているのだろう。

僕は、無力な父を憎み、無力な自分を憎んだ。

そんな父が、母に新しい洗濯機を買って来た。当時は、まだ、すすぎと脱水が二層に分かれている洗濯機だった。母は大層喜んでいた。

あの日。

僕は、庭で遊んでいると、背後で洗濯機がすすぎの終了を知らせるブザーが鳴った。母が洗濯機の傍に寄る足音を聞いていた。途端に、何やらゴトゴトと音がして、「ぎゃっ。」という悲鳴が聞こえた。

僕は、振り向きかけた。洗濯機からにょっきりと足が突き出しているのを見た気がした。僕は、慌てて、庭に向き直り、黙って石を積み上げる遊びに戻った。

母は戻って来なかった。警察が来て、僕にも随分といろいろと尋ねたが、僕は知らない、と言い張った。他にどう答えようがあるというのか。結局、どこかに失踪したことになり、僕は、子供のいない優しい叔母にもらわれて行った。しょっちゅううちに訪ねて来ては、僕にお菓子やら絵本をくれた、叔母。その叔母が来るたびに、母はひどく不機嫌になったものだった。

父は、僕が叔母に手を引かれて行くのを、ぼんやりと抜け殻のように見送っていた。

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あの頃、僕がさんざん憎んだ父の姿と、今の僕がどう違うというのだろう。妻は、雌牛のように太り、僕に不満を述べ立てる。僕は、妻に何かを言う気力はとっくの昔に捨ててしまった。子供がいないのがせめてもの救いだ。

今、脱水まで終えた筈の洗濯機が、急にゴトゴトと、妙な音を立て始めている。

僕は、その音が止むまで、ソファを立ち上がることができない。

それでも、僕は、何が起こっているか、まるで目の前で起こっていることのように鮮明に浮かべることができる。

洗濯物が渦を巻いて誘っている。そこに手を伸ばした途端、洗濯機が妻の体を巻き込んで行き、血飛沫が飛び散る様を。

音が止み、静かになった。

僕は、おそるおそる洗濯機を見に行く。そこには、何事もなかったように、洗濯機がポツリと置かれている。そっと覗くと、空っぽだ。

妻は、どこに行ったのだろう?

「おい。」
呼んでみるが、返事はない。

玄関には、妻の愛用のサンダルが転がっている。

「おーい。」
やっぱり返事はない。

電話が、また、ワンコール鳴って、切れる。


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