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セクサロイドは眠らない
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| 2002年03月01日(金) |
「でも、うらやましいわ。仕事も、恋も。あなたみたいに格好良くできれば、どんなに良かったかしら。」 |
「久しぶりね。」 と微笑んだ彼女は、長身に、春らしく明るい色の光沢のあるハーフ丈のトレンチコート。ため息が出るほどに、格好いい。一緒にいるのが恥ずかしくなるほどだ。
「相変わらず、素敵ね。」 誉めながら、私は奥様風の野暮ったいコートを脱いで、中庭の見える料亭の一室に腰を落ち着ける。
「ありがとう。あなたも、すっかり落ち着いて。幸せそうよ。」 「私は、全然。私も、あなたみたいに手に職を持って、好きな道を歩めば良かったわ。」 「で?何?相談したいことって。」
彼女がパリから一時帰国するという話を聞いて、無理に時間を取ってもらったのだ。
私は思い切って、言う。 「私ね、夫に捨てられたのよ。」 「そう・・・。」 「気が付いたら、夫には愛人がいて。」 「ひどい話ね。」 「随分と時間が掛かったけれど、ようやく離婚が成立したところなの。あちらさんは早く別れたがっていたけど、なんせ、十年以上専業主婦やってたでしょう?とにかく、私が一人で食べて行く目処が立つまで待ってって。」 「全然知らなかったわ。」 「よくある話よ。あなたなんかに聞かせるのも恥ずかしいくらい。」 「そんなこと、ないのに。」 「でも、今度のことでよく分かったわ。私、本当に夫に頼りきって生きてたんだなって。部屋一つ借りるにも、すぐに行動が起こせなかったの。」
運ばれた料理に箸をつけようとして、その指がブルブルと震えていることに気付く。
「久しぶりだわ。ここの料理。」 彼女は、そんな私に気付かぬふりをして。
「あなたは?まだ日本に帰って来ないの?」 吹っ切れていたつもりでも、自分の身に起きたことをしゃべっていると、涙が出そうになるのに慌てて、話題を変える。
「私?ええ。もう、ずっとあっちにいようと思って。」 「そうなの?もったいない。あなたほどの腕とセンスがあれば、こちらでお店を出しても、充分やっていけるのに。」 「マコトがね。あっちにいるから。ずっとそばにいて欲しいって。今回の帰国だってね。早く帰っておいでって。」 「あら。ごちそうさま。」
ふふ、と、彼女は笑って。
私は、ようやく料理に箸をつける。 「でも、うらやましいわ。仕事も、恋も。あなたみたいに格好良くできれば、どんなに良かったかしら。」 「あら。そうは言うけど、大変なのよ。パリで日本人が認めてもらうのだって。」 「マコトさんっていう素敵なパートナーさんがいてくれるのって心強いわよね。」 「ええ。そうね。ほんと、そう。」
彼女は、中庭に目をやる。釣られて、私も。陽射しだけ見ていると、本当に春が訪れたように暖かい。
「ごめんなさいね。午後の便で、あっちに戻るの。もう行かなくては。あなたはもう少しゆっくりしてって。」 「ええ。今日は本当にありがとう。」 「また、電話して。あなたのこと、心配なの。」 「うん。」
私は、友人に話しができただけでも随分と気持ちが落ち着いたのを感じながら、彼女の後ろ姿を見送る。
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彼女を見送ったまま、どれくらい時間が経ったのだろうか。
「熱いお茶、お持ちしますね。」 という女将の声に、我に返る。
「ああ。すみません、長居して。」 「いいんですよ。ごゆっくりなさってください。お連れ様から承っておりますから。」 「彼女、よくここに来るの?」 「そうですねえ。久しぶりですね。以前は、よく。マコト様とかいう、お連れ様と一緒に。マコト様がお亡くなりになるまでは、お二人で本当によくご利用いただいたんですよ。」
亡くなった?
どういうこと?
なぜ、嘘を?
少し、混乱して。
ねえ。水臭いじゃない。どうして、私には言ってくれなかったの?長いことパリにいて、あなたのプライドはそんなに高くなってしまったの?
恨み言の一つ二つ、つぶやいてみる。
「ご存知なかったんですね?」 女将は、私の表情に気付く。
「ええ。恥ずかしいことにね。それでいて、友人気取りだったの。」 「許して差し上げてくださいな。今日は久しぶりにいらしてくださって、私共、ほっとしたんですよ。あの頃、もう日本に帰りたい、って随分泣き言をおっしゃって、お酒が過ぎて、ということがあったものですから。」 「そうだったの・・・。」
私は、今日の彼女を思い出す。
そう言えば彼女の顔には、異国で暮らす決意と、恋する人を思う優しい表情だけが浮かんでいた。
「私って、馬鹿ねえ。人をうらやんだり、恨んだり。そんなのばっかり。」
外に出ると思ったより空気が柔らかく、それに引き換え、手にしたコートは随分と重苦しいものだった。
帰りにスプリングコートを買って帰ろう。
そう思い立って、歩き出す。
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