セクサロイドは眠らない

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2002年02月27日(水) 恋をしてはいけない。その、熱い指で恋する者に触れ、体の中から沸き起こる激情に身を委ねてはならない。

私は、恋をしていた。

どうしよう。

もうすぐ、魔女の初級試験なのに。

見習いのうちは、恋をしてはいけない。その、熱い指で恋する者に触れ、体の中から沸き起こる激情に身を委ねてはならない。

分かっている。大丈夫。心の中で想うだけならば、規則を破ることにはならない。ただ、激流がほとばしり出ないように、塞き止めることに全力を尽くそう。

私は、ヒキガエルの背をなでながら、祈る。

ヒキガエルは、私の気持ちを知ってか知らずか、眠たそうな顔をして低い声でうなっている。機嫌がいい証拠だ。

「ねえ。あなた、恋って知ってる?とても、辛くて、苦しいのよ。」
私は、ため息を一つ付くと、教科書を開く。

媚薬の作り方、空の飛び方、姿の変え方。

私も、亡くなったママのような素敵な魔女になりたい。人間であるパパと知り合って私を生んでからは、その力を見せることは滅多になかったらしいが、毎夜、私の寝床で話してくれた物語。夜空を飛ぶ喜び。幸福をもたらす秘密の媚薬。年に一度開かれる魔女の祭典。

--

「また、上の空だね。」
恋する人が、私を見て笑った。その、茶色の瞳は、深く、優しい。

「ごめんなさい。」
「何か心配事?」
「ええ。パパのこと。病院に入ってるって言ったでしょう?」
「うん。なんだか、難しい病気なんだろう?まだ、治療法が見つからない。」
「そうなの。」
「だから、薬学を勉強して、病気を治したい。それがきみの夢だって知ってる。」

彼は、私の手をそっと握る。

私は、少し顔を赤らめて、その手を振りほどこうとする。

「ねえ。前から聞こうと思ってたんだ。」
彼は、私の手をしっかり握って、離さない。

「なあに?」
「こうやって、二人で会うこと。これ、デートって呼んでいいの?」
「え?」
「分かってるんだろう?僕が、きみのこと大事に思ってることは。」

私は、幸福と同時に、泣きたい気持ちになる。

そうして、静かに首を振る。
「ごめんね。」
「僕じゃ駄目なのかい?」
「そうじゃないけど・・・。ねえ。お願い。今は駄目なの。」
「じゃ、いつまで待てばいい?」
「私が、夢を叶える日が来たら。」
「それまで、きみの夢を一緒に支えるよ。」
「それじゃ、駄目なの。」

彼は、私の顔をしばらく見つめると、悲しそうな顔になって言う。
「分かったよ。僕じゃ、駄目なんだね。」
「そんなんじゃ、ない。」

だけど、彼は、背を向けて。

--

私は、ヒキガエルを膝に載せて。

「ねえ。駄目だったわ。」
と。涙が、頬を伝う。

ヒキガエルは、相変わらず、低い声でうなっている。

「あなたは、どう?幸福?私の手伝いをするために、ここにいて。」

ヒキガエルの目が、少し輝きを増して私を見つめた気がした。
「そう。幸福なのね。ありがとう。」

--

その日が、来た。

私は、ヒキガエルを従えて、その部屋に入る。

美しく威厳のある、魔女の教官の前で、私は、命ぜられた魔法の呪文を次々と唱えて見せる。

「よろしい。よくできました。」
教官の声が響き、私は、安堵する。

だが、ここまでは教科書通りのこと。

あと一つ。

最後の難関が残っている。一人一人、別々に課せられる課題。それは、大層難しい試験だと聞く。

「では、最後の試験。」
「はい。」
「恋の媚薬を作る試験。恋する者に勇気を与える。」
「先生。それは、私にはとても難しいですわ。」
「私が今から教える手順通りにすれば、大丈夫です。まず、その大鍋に、お前のヒキガエルを。」
「そんな。この子を使うのですか?」
「そうです。ヒキガエルは、みな、魔女が魔法を使う手助けをするために、一緒にいるのです。時には、その身を犠牲にしても。」

私は、震える手で、鍋の上にヒキガエルを掲げる。

ヒキガエルは、煮立った鍋の腕で足を掴まれて、身動き一つしない。

その目は、私を見ている。

どこか悲しそう?

私は、それから、ハッとして、ヒキガエルを胸に抱きかかえる。

「申し訳ございません。私には、できません。」
「では、お前は、今日の試験、失格となって良いのだな。」
「はい。」

私は気付いたのだ。

そのヒキガエルの瞳。恋する人と同じ瞳。

私は、ヒキガエルを抱きかかえたまま、その場を去ろうとする。

と、背後から教官の声。
「よろしい。合格。」

私は、驚いて振り返る。

「ヒキガエルよ、隠された姿を現しなさい。」

カエルは、私が恋する人の姿に変わる。

「よくできました。本当の恋を知らぬ者に、恋の媚薬は作れぬ。合格です。これからは、中級の魔法を学ぶことを許されます。それから、恋をすることも。」

それから、ヒキガエルに向かって言う。
「お前も、誘惑者の役を、よくこなしました。」

私は、教官に頭を下げて。

美しい誘惑者と共に、部屋を出る。


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