セクサロイドは眠らない

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2002年02月26日(火) 雪の上に、花のように鮮やかに、血痕。私の小さな足から滴った血が咲かせた花が、寄りそうように戯れるように。

私は、身のほど知らずの恋をした。

森で一番強いと言われている、あのオオカミに。

灰色の毛並みに幾つもの闘いの証の傷跡を付けた、大きなオオカミ。

一方の私は、こんなに小さなウサギ。

--

もうすぐ、雪が更に深くなる季節だった。

「またお前か。」
彼は、うんざりしたような顔で、私を振り返る。

どんなにそっと、気を付けて歩こうとも、彼の耳は私の小さな足音を聞きつけて、そうして怒るのだ。
「いい加減にしろ。」

私は、怒られて、立ち尽す。実のところ、私は彼に怒られたくて付きまとっているのかもしれない。彼の恐ろしいほどするどい目と、むき出した牙。その奥にやさしさが感じられるから。

「ごめんなさい。心配で。」
「心配?」
「あなた、足、痛めているでしょう?」

彼は、無言で私をにらみ、しばらくして口を開く。
「どうしてそれを?」
「毎日見ていたら分かるわ。」
「誰にも知られないようにしていたのに。」
「大丈夫。きっと、私しか気付いていない。」
「昨年の怪我が、冬になると痛んでしょうがないのだ。」
「ねえ、お願いが。」
「なんだ?」
「その足では、満足に獲物を捕らえることができないでしょう?もし、本当に食べるものに困ったら、私を。」
「何を言ってる?」

彼は、鼻で笑った。
「自らの手で奪った命以外、いらぬわ。」

そうは言いながら、彼は、私に知られたことで少し安心したのか、背を向けるとわずかに足を引きずって歩き始めた。
「そうは言うが、私とて自制心を失うこともある。早く、ここから立ち去れ。」

私は、舞い始めた雪の中、彼の姿が消えるのを見つめている。

--

一冬が過ぎた。もうすこし待てば、春が来る。

雪が降り止んだので、私は、しばらく見ない彼の姿を探す。

森の仲間がオオカミの餌食になった話は聞かない。彼はどうやって食べているのだろう?

森中を探し回った。

ふと、私のよく聞こえる耳が低いうめき声を捉えた。私は急いでそちらに向かった。

見ると、彼が木の切り株に体を押しつけて喘いでいる。雪の上には、鮮やかな血痕。

「どうなさったの?」
私は、慌てて駆け寄る。

「またお前か。見られてしまったな。ぶざまな俺を。」
「こんなにひどい怪我。」
「ああ。あんまり腹が減ってしまったので、つい、人間がいる村に近付いてしまった。それで、見つかってズドンさ。」
「ああ。あまりしゃべらないで。こうしている間にも、どんどん血が。」

彼の腹をえぐる傷から、泡のように血が湧き出す。

私は、涙が溢れてくる。

「お腹が空いたのなら、私を食べてくれれば良かったのに。」
「それはできないと言っただろう。」
「私は、あなたに食べられるのなら、本望だった。」
「何を言ってる。」
「付きまとったりしてごめんなさい。迷惑だったと分かっていても、あなたの姿を見ていたかった。森で怖れられ、誰も近寄ろうとしないあなたの孤独な心を、覗いてみたいと思っていた。もしあなたが私を食べてくれてたら、あなたは、飢えも満たされ、うるさい私からも解放されていたのにね。」
「馬鹿を言うな。」

オオカミは、苦しそうに喘ぎながら。
「お前がいなくなったら、寂しいではないか。」

彼の恐ろしい牙が、チラリと見えて、それは微笑んだようでもあった。

「ああ・・・。」
私の目に、涙。

「お願い。私をあなたの牙で。」
「駄目だ。」
「このままだとあなた、死んでしまう。一人、行ってしまわないで。」

彼の足にすがる私に、彼は恐ろしい顔をして見せた。

彼の牙が一瞬閃いて、私に向かって来た。

私は目をつぶった。

熱い痛みが走った。

けれども、それは、私の足をそっと傷付けただけ。

一瞬ひるんだ私に背を向けると、「追うなよ。」と言い捨てると、彼は走り去っていった。その声は、「死ぬなよ。」とも聞こえた。

雪の上に、花のように鮮やかに、血痕。私の小さな足から滴った血が咲かせた花が、寄りそうように戯れるように。

彼は、もう、永遠に私の前に姿を現さないだろう。

私は、雪に散る赤を目に焼きつけながら、願った。

このまま、雪が溶けなければいいのに。

このまま、あなたの付けた傷が癒えなければいいのに。

この痛みこそが、恋の証。この痛みだけが、私があなたを愛した証。


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