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セクサロイドは眠らない
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愛人業
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| 2002年02月23日(土) |
「お前は、金のかかる女だな。」と言って彼らが笑うのに任せて、私は、愛を決して口にしなかった。 |
私は、ユナ。
その男が一人で店に来て、私は、「ああ。作家の・・・。」と思い出した。
以前、一度だけ子ウサギみたいな女の子を連れて来ていて、店の女の子が、私にそっと男の職業を教えてくれたから、私は記憶に留めていた。
私は、彼の横に座りグラスを作っている間、彼はコースターを裏返して何か書き留めていた。
「何書いてるの?」 「ん?ああ。」 「ご本を書く時のメモか何か?」 「そんなんじゃないんだ。ただ、こんな風に落書きするのが癖でね。」 彼は、自分がやっていたことを初めて気付かされたように、照れて笑った。
彼が用を足しに席を外した時、私はそれを手に取って読んだ。
「あなたをどうしても失いたくない。あなたの肉体も精神も。何もかも。もし肉体がいつか滅びてしまうのならば、体がなくなっても、この宇宙の中で言葉だけ交わしていたい。」 と書かれていた。
それは、誰かに宛てた恋の言葉のように思えた。私は、洋服のポケットにそれをそっと滑り込ませた。
明け方、自分の部屋で、私はそれを取り出してそこに書かれていることの意味を考えた。
私にとって、恋はいつだって、肉体を通してだけ生まれてくるものだったから。
私は、この男に言葉の意味を教えてもらいたいと願った。
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ずっと昔、ね。
まだ、ユナが由奈だった頃にね。
私は、レストランで愛する男と食事をしていたの。ずっと年上の男。住む場所も洋服も、私が生きる意味も与えてくれた男。
「一口だけ頂戴。」 と言って、彼が食べている皿に手を伸ばしたの。
その時、怒られた。 「みっともないことをするんじゃない。残してもいいからもうひと皿注文しなさい。」
でも、私はその料理が食べたいわけじゃなくて、相手のお皿から一口だけとって食べたいだけ。そのことに少しだけ幸せを感じていたいだけなのに。
でも、私は、その時から・・・。
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「私に言葉を交わす喜びを教えて。」 と、私は、彼に頼んだ。
「一冊、本が書き上がるまで、ならね。」 と、彼は言った。
一人の女の子と付き合っては一冊の本を書く。本が書き上がったら、別れるのがルールだよ、と彼は言った。
私は、その夜、彼に寄り添って、子供が初めて絵本を読んだ時のように、一つ一つ絵を指を指しながら、「これ、なあに?」と訊ねるように。彼と話をした。
そうやって、手を繋いで眠る幸福。
「これ、恋?」 明け方、私は、自分に問う。
唐突に、幸福な気持ちが襲って来た。それは、息を飲むほどに私を強く覆った。
幸福なんて、随分と忘れていた。けれど、幸福というのは、それまでの不幸と、これからの不幸の間に挟まれた存在だということを知っているから、私の心は用心深くこれから来る不幸にも備えなければならないと思った。
眠っている彼を残してベッドを抜け出すと、彼が昨日書き散らした落書きをコートのポケットに入れて、私は彼の部屋を出る。
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私は、男達にお金を使わせるのに慣れていた。
ずっと「愛人」をやって来たから。
男達は、私が口先で甘えて、お金で買えるものを要求することを好む。そうやって、私にお金を使えば使うほど、男達は私を愛していると勘違いする。
「お前は、金のかかる女だな。」 と言って彼らが笑うのに任せて、私は、愛を決して口にしなかった。愛は、由奈という名前と一緒に、どこかにしまい込んでしまった。
でも、今、目の前にいる男と体と心で語り合うこと。これは愛と呼んでもいいもの?
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作家と付き合って一年が過ぎようとする頃、私は作家が言おうとすることを理解した。
「書き終わったのね?」 「うん。きみのおかげだ。」 「おめでとう。」
私は、笑顔で。
「ねえ、一つお願いがあるの。」 私は、今まで言わなかったことを。
「何?」 「今夜、私の部屋に来てくれないかしら?」 「いいの?」 「うん。最後だから。」
私は、他の男から与えられ場所に、彼を呼ぶのは初めてだった。
夜、赤いロウソクに火を灯して、彼を迎えた。
「ねえ。ワインを開けていて。」 そう言うと、奥に入っていって。
美しい宝石箱を持って戻ってくる。
「お願い。これからすること、笑わないでね。」 「笑わないさ。」
そうして、私は小箱を空けると、そこには小さな紙片が沢山詰まっている。彼が書き散らした落書き。
私は、一枚ずつ手にすると、ロウソクにかざす。
一枚。一枚。灰皿に落とした瞬間立ち昇る煙が、少ししみる。
「ねえ。馬鹿みたいでしょう?今の私って、思いっきり格好悪いよね。」 私は笑ってみせる。
彼は、黙って首を振る。
「ねえ。楽しかったの。あなたとおしゃべりしているのが。抱かれている間も、ずっと言葉を交し合っているような・・・。」 私は、初めて、男の人の前で涙を流す。
彼は、そんな私を、何も言わずに抱き締めてくれた。
「ねえ。もっと、いろいろ話がしたかった・・・。」 私は、彼の腕の中で、そうつぶやいて。
彼は何も答えず。
眠りに落ちるまで抱いていてくれた。
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私は、マンションを売りに出す。少し身軽になりたかった。
最後、マンションを出た時、そのマンションをくれた男のことを、なぜかふと思い出した。親が決めた相手と急に結婚することになったから、と、最後私を泣いて抱き締めた人。彼も、幸福になれただろうか。
人の幸福について考えたのは、久しぶりだった。
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