セクサロイドは眠らない

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2002年02月21日(木) 僕は、女の子達と付き合って、その唇からこぼれ落ちる宝石のような言葉達を拾い集める。

僕は売れっ子のポルノ小説家だ。

最初は、どぎつい描写が少ないせいで不評だったが、今や女の子達の間で話題の流行作家になってしまった。

僕は、書き下ろししかしない。

そうして、一人の女の子と付き合っては一冊の本を書く。女の子達と付き合うのも、それが約束だ。本が書き上がったら、別れること。それでも、女の子達は列をなして、順番を待ち、僕と付き合いたがる。

僕は、女の子達と付き合って、その唇からこぼれ落ちる宝石のような言葉達を拾い集める。恋が、まだ賞味期限を失わないうちに。

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いろんな女の子がいた。

例えば、リカは勝気な女の子だった。

最初から分かっていても、僕が一冊本を書き上げた時には、大きな声を出して泣きじゃくって、僕の胸を叩いた。

泣くのも、笑うのも、怒るのも、ありったけだった、真っ直ぐな女の子。

僕は、彼女の涙で湿ったシャツを着たまま、彼女の頭を撫でるしかできなかった。

「最初に約束していただろう。」
「分かってるよ。そんなの。だけど、しょうがないじゃない。涙が出ちゃうんだもん。明日からは他人にならなくちゃいけないんでしょう?」
「じゃあ、好きなだけ泣くといい。」
「ねえ。もう一度だけ会いたい。恋人として。」
「駄目だ。」
「お願い。」
「じゃあ、きみが結婚する時。昔の恋人ってことで式に呼んでくれるかい?」

彼女は黙ってうなずく。目に涙をいっぱいためて、子供みたいに。

その夜、僕は、編集に最後の原稿を送った。

一ヶ月後、彼女から手紙が届く。同封されていたのは、アメリカまでの飛行機のチケットと、結婚式の招待状。僕は、苦笑して。でも、約束だから守ろう。

式の前日、僕が宿泊している部屋を訪れた、純白の花嫁衣装の彼女。

僕は、あまりの美しさに息を飲み、彼女を抱き締める。

「もう一回だけ会いたかったの。」
「まったく、危険なことをするお嬢さんだ。」

真っ白な衣装が床に広がって。

もちろん、その夜、花嫁をさらったりはしなかった。彼女も分かっていた。

ただ、急いで、本のラストを書き直す必要が出て来ただけだ。まったく、こんな女の子の突拍子もない愛が、僕の本に命を与える。

--

そうして、今付き合っているユナとも、そろそろお別れだ。彼女は、長年いろんな男の愛人をしている女。冷静で、決して愛の言葉を口にしない。

でも、僕は知っている。彼女は、愛の言葉を口にしそうになったら、金品を要求する。それが彼女なりの世渡りの方法なのだ。一流の愛人として生きて来た、彼女のやり方。

「もう、お別れなんでしょう?」
「ああ。」
「今夜は、私の部屋に来て欲しいの。」
「いいよ。」

僕以外の男に与えられたマンションに、彼女は今まで決して僕を呼ぼうとしなかったのに。

彼女の部屋にともされた一本の赤いロウソクは、思わぬ情熱のようでハッとする。

「ねえ。ワインを開けていて。」
彼女はそう言うと、奥に入っていって。

美しい宝石箱を持って戻ってくる。

「お願い。これからすること、笑わないでね。」

彼女がそんな弱々しい言い方をするなんて、意外だ。

そうして、彼女は小箱を空けると、そこには小さな紙片が沢山詰まっている。よく見れば、全部、僕が書き散らした落書きだった。僕は、待ち合わせの時、早く到着し過ぎて、手元の紙片に落書きをする癖があるのだった。それを全部拾い集めていたのだ。

彼女は、一枚ずつ手にすると、ロウソクにかざす。

一枚。一枚。灰皿に落とした瞬間立ち昇る煙が、少ししみる。

「ねえ。馬鹿みたいでしょう?今の私って、思いっきり格好悪いよね。」
彼女は笑う。

格好悪くなんかないよ。

高価なものばかり欲しがったきみが、本当に欲しかったものを知る。

「ありがとう、付き合ってくれて。」
最後の紙片も燃えてしまった。僕は、頬に涙の跡がついた彼女が眠りに就くまで抱いていて、それからマンションを後にする。

また、小説のラストを書き直さなくちゃな。

僕は、夜道でそう考える。

--

新しく刷りあがった本を抱えて、僕は、あの人の元を訪ねる。

美しい人。決して僕を愛さない人。

「あら。新しいの?早いわねえ。」
その人は、微笑んで、それを手に取る。

「あなたの書くもの大好きよ。」
彼女は、一心不乱に読みふける。

その間、僕は、馬鹿みたいにソファに座って。

本を読み終えると、彼女は深くため息をついて、本を閉じる。
「あなたの書くものの中に、私が失くしたもののカケラが沢山詰まっているの。」

僕は、本を書きあげた時だけ彼女の元を訪れることを許される。
「ねえ。もう、生身の人間を愛することはできないの。そういうものは、あの人が全部持って行っちゃったのよ。」
以前、彼女はそう言った。

「いらっしゃい。」
彼女は僕を手招きする。

僕は、一緒に眠るのを許された子供のように、彼女の膝に頭を載せる。

彼女は、僕の髪の毛に細い指を差し入れてくしゃくしゃにして、笑う。

そうして、やさしく言う。
「あなたもそうなのね。本に出てくる女の子達、そのもの。愛を請う。」


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