セクサロイドは眠らない

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2001年10月22日(月) 私が忘れてしまえる日が来たら、あなたはまたあの女の所に戻るんでしょう?そうでしょう?

今日も雨が降る。雨が降ると、黄色いレインコートの小さな姿が、私に手招きをする。差し出された小さな手。握り返したいのに、いつも見失う。

「もう、忘れてしまえよ。」
夫が私を抱き締めて、言う。

「あなたは?悲しくないの?どうして忘れられると言うの?」
「そりゃ悲しいさ。僕だって辛い。だけど、辛そうなきみを見てるほうが辛い。きみは笑顔をなくしてしまった。」
「だって、どうすれば?あの子は、私達を捜して、雨の中を歩いているわ。」
「ねえ、僕の愛しい人。もう忘れておくれ。悲しい気持ちを。」
「いいえ。いいえ。忘れちゃ駄目なのよ。」

--

大雨の降る日。私達の小さな息子は川に転落して亡くなった。

そうして、夫は、戻って来てくれた。もう、長いこと家を空けていた夫が。あの女性の元から帰って来てくれた。私は、自分を責めて泣いたけれど、夫は「疲れていたんだろう。」と。「あれは不慮の事故だよ。」と、慰めてくれた。

もう、忘れろと?
どうすれば?

あの子の小さな手。黄色いレインコート。雨に煙る街角で、黄色い長靴が駆けてゆく。

--

「あなたは、あの子とあまり長い時間一緒にいなかったから、あの子がいなくなっても悲しくないのよ。」
私は、つい、彼を責める。

悲しそうに私を見る夫。

「私は、いつも、この小さな家であの子と二人きりだったのよ。」

私は、彼が悲しむのを知っていて、恨み言を繰り返す。何度も何度も繰り返す。この怒りも悲しみも消えてしまわないように、自分に言い聞かせる。忘れてしまえ、なんて、どうして簡単に言えるのかしら?ねえ。悲しみも苦しみも、私が忘れてしまえる日が来たら、あなたはまたあの女の所に戻るんでしょう?そうでしょう?

--

今日も、雨が降る。土砂降り。

街の中を、消防署の警戒を呼びかけるアナウンスが響く。

あの日も、こんなひどい雨だった。川は増水していて、ごうごうと荒れ来るっていた。何もかも、根こそぎどこかに連れて行こうと待ち構えていた。私は、息子と一緒に、雨の中夫を迎えに行ったのだ。そう。こんな雨の日は、一緒にいなくちゃ。

どこもかしこもびしょ濡れで、私の手にしがみつく小さな手も、雨のせいで、ちぎれてどこかに行ってしまいそうだった。

「ママ?」

増水した川を眺めていると、あの子が私を呼んだのだった。

「ねえ。タクちゃん、パパに帰って来て欲しい?」
「うん。」

そうよね。パパ、早く帰って来ないかしら。

それから。

私は、小さな手を離した。川があの子を呼んでいたから。立ち止まっている暇はないよ。急いでいるんだよ。だから、さあ、早くと。

ねえ。黄色い体はあっという間に、川に包まれて。小さな手が見え隠れして。ママ、一緒に、と、私を呼んでいたのに、私はあの時行かなかった。

そう。私があの子の手を離したのだった。

私は、あの子を?

それは忘れちゃいけないことだったのに、忘れていた。

ごめんね。一人にしていてごめんね。ママ、自分が一人になるのが怖くて、それなのにあなたを一人にしてしまった。

小さな手が差し出される。私は、その手を取る。

ママ、少し遅れちゃったけど、ようやく、パパが帰って来たから。ごめんね。一人で寂しかったね。

手を差し伸べる。小さな手に、やっと私の手が届く。タクちゃん、遅れてごめん。

「行くなーっ。」

あの人の声が背後で聞こえてくる。でも、私は、もうこの小さな手を離さない。


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