セクサロイドは眠らない

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2001年10月13日(土) 私は彼女とは違う。どうすれば私の命を賭けて愛した人を忘れられるというの?

残業ですっかり遅くなり慌てて帰宅した。妹が待ち受けていたように私をにらみ、冷ややかな言葉を浴びせる。

「また、仕事押し付けられたのね。要領が悪いんだから。」

私は、むくんだ足をひきずって、冷蔵庫へ行き、牛乳を取り出す。

「だって、しょうがないじゃない。一人休んだんだから。」
「だいたい、おねえちゃんは、自分じゃ人が好いと思ってるんだろうけど、結局はいい子になりたいだけじゃない。」
「はいはい。別にあなたに迷惑かけてるわけじゃないんだから、残業くらい勝手にさせてよ。」

今日は機嫌が悪いみたい。

「おばさんから電話、あったわ。」
「なんて?」
「おねえちゃん、お見合いしないかって。」
「またぁ?」
「ねえ。おねえちゃん。頼むから、いい加減おばさんの道楽に付き合ってあげてよね。」
「私は嫌だわ。」
「どうして?」
「いつも言っているでしょう。カツユキさんを待ってるもの。」

妹は、わざと大きくため息をつくと、いきなり怒り出す。
「いい加減にしてちょうだい!あの人は、もう戻って来やしないの!おねえちゃんを捨てて、行っちゃった人なのよ?どうしてそれを認めないの?おねえちゃんだって分かってる癖に。ずっと連絡もなくて。おねえちゃん、このままじゃ、ずっと独身で年取っちゃうわよ!」
「いいえ。彼は戻って来るわ。」
「まったく。おねえちゃん、どうかしてるわよ。とにかく、おばさんにはおねえちゃんから電話しといてよ。」

妹は、怒ったまま、自分の部屋に戻り乱暴にドアを閉めてしまった。一体、どうして彼女はあんなに怒っているのかしら?

--

恋人のカツユキがいなくなって、もう2年。両親を亡くし、途方に暮れている私達姉妹の前に現われて、亡くなった父の部下だったと名乗った青年。私達は、彼を兄のように慕った。快活な妹と違い、男性と付き合った事もない私は、次第に彼にひかれて行き、食事も喉を通らないくらいになった。それを見かねた妹が、カツユキに私の気持ちを伝えてくれて、私達は恋人同士となった。

妹から見れば歯がゆいくらいゆっくりした恋。それでも、私とカツユキは、たくさんのことを話した。手紙も交わした。そうして、自然に結婚の約束をした。

妹もとても喜んでくれて。

そう。私達は結婚を控えて幸福の絶頂にあったはずなのに。突然にカツユキは一通の手紙を残していなくなった。

「また戻って来るから、待っていてくれ。」
と。
それきり。

どこに行ってしまったのか?それから私の待つ日々が始まった。

妹は、もう忘れてしまえ、と言う。私は妹と違う。どうすれば私の命を賭けて愛した人を忘れられるというの?

--

おばとの電話で無理矢理見合いすることを約束させられてしまい、私は、心の中でカツユキに謝る。どうして、あの人が生きて戻ってくることを、みんな否定するのかしら?

そんな時、郵便受けに一通の手紙。

カツユキからだ!

「長いこと待たせてごめん。早くきみに会いたい。」
と。

この字。なつかしい字。涙がにじむ。

バイトから戻って来た妹に、急いで手紙を見せる。途端に青ざめる妹。

「嘘!そんな筈ないわ。絶対、嘘よ。戻ってくるなんて!」
「何言ってるの?これカツユキさんの字よ。ねえ。やっぱり待っていて良かったわ。」
「嘘、嘘、嘘。」

妹は、裸足のまま、玄関を飛び出す。私は慌てて後を追う。裏山に登って行く妹を追いかける。ねえ。どこへ行くの?

裏山の薄暗い場所。私達姉妹が、幼い頃、ままごと遊びをした、笹で覆われた隠れ家。

妹が、地面を這いつくばり、狂ったように素手で土を掻いている。

「このあたり。このあたりに確か埋めたのよ。生きているわけないわ。」
「何を?何を埋めたの?」
「あの人よ。あたしを裏切って、おねえちゃんと結婚しようとした、あの男よ。」

ああ。そんな筈はない。

妹は何を言っているのだろう?

この手の中にある手紙は確かに彼の。

狂っているのは、私か、妹か?


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