セクサロイドは眠らない

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2001年10月05日(金) なぜって?誰よりも娘を愛していたのは、彼女だから。

最愛の妻が癌だと分かった時には、もう手遅れだった。まだ若いため、癌の進行は早く、手術したところで無駄だろうと医師から言い渡された。膝は震え、汗をかき、私は待合のソファからしばらく動けなかった。2歳になったばかりの幼い娘を残して、きみは行ってしまうと言うのか。

重病患者の家族の心をケアするというカンセラーが、そんな私の様子を見て、そっと切り出した。

「一番気がかりなのは、娘さんのことですか?」
「ええ。ええ。娘はまだ幼い。妻も、娘を残していくのは耐えられないと思います。何年も治療を受けてようやく授かった娘なんです。」
「一つご提案をさせていただいていいでしょうか?」
「と、言いますと?」

カウンセラーが切り出したのは、妻の特徴をAIに載せたロボットを購入してはどうか、という内容だった。

「ロボット?」
「ええ。ええ。まだ、一般的ではありませんが、少しずつ実用段階に来ています。そのロボットは、人間の世話をするのが目的ではありません。心理型人間型ロボットと言いまして、残されたご遺族の心のケアを目的とするものです。例えば、長年連れ添った奥様を失った老人の話し相手をする、と言ったことに使われております。」
「はあ・・・。しかしそんなことが。」
「できます。ロボットが愛したり恋したり、ということは昔の映画のような絵空事ではなくなっているのですよ。」
「そうですか。しばらく考えさせてください。」

--

病室に立ち寄ると、妻は、痩せた手でリンゴをむきながら、私に言う。

「ねえ。私、もうすぐ死ぬのでしょう?」
「まさか。変な思い込みしてると治るものも治らないよ。」
「ねえ。嘘は嫌なの。嘘はつかないで。」
「嘘だなんて。」
「私が死ぬのはかまわないわ。でも、チイちゃんはどうなるの?」

穏やかだった妻が、必死で訴える姿がいじらしかった。

数日後、私は、カウンセラーと医師の立ち合いの元、妻と、母親ロボットの事を話し合った。妻は、見ず知らずの他人が娘の世話をするくらいなら、自分の声や姿を持ったロボットに世話して欲しい、と言った。

それから1ヶ月後、妻の癌の転移がまた発見され、妻は逝ってしまった。

--

そのロボットは、私にとって嫌悪の対象でしかなかった。妻とそっくりの顔、声、癖。そのくせ、妻とは似ても似つかぬ緩慢な動作。中途半端に妻と似ていることに、私は憎悪を感じたが、後悔しても遅い。

娘は母親型ロボットになついた。

「ママ、絵本読んで。」
「ママ、お人形遊びしよう。」

妻であって、妻でない、そのロボットを見たくないために、私はよそに女を作り、無理に遅く帰宅した。

3歳を過ぎた頃、娘が急に訊ねる。

「ねえ。パパは、ママがきらいなの?」
「ん?ああ。どうかな。」
「チイね、パパとママとなかよくしてほしい。」
「そうか。」

娘のためにも、と思うのだが、なかなかうまくいかない。

--

だが、そんな私の悩みも、ある時急に解消されることとなった。娘が、少し離れた湖で水死体となって発見された。近所の男の子と遊びに行って誤って転落した、というのだ。

なんということだ。妻だけでなく、娘まで。

私は、ふらふらと帰宅した。家では、ロボットが待っていた。

「チイちゃんは?」
ずっと待っていたのだ。

「死んだよ。水に落ちて。もう、チイは帰って来ないよ。」
「帰って、来ない?」
「ああ。」
「チイちゃん。チイちゃん。私、チイちゃんの好きなお食事、用意しましたわ。」
「そうか。ありがとう。きみは良くしてくれたよ。チイの好きな食べ物って?」
「骨のないお魚。タマネギの入ったスープ。」
「そうか。きみは、僕よりずっと娘のことをよく知っているんだもんな。」

ロボットは、悲しそうに娘の名前を呼ぶ。

--

私は、ロボットを廃棄処分になぞしなかった。

なぜって?

誰よりも娘を愛していたのは、彼女だから。

彼女と娘の思い出を語り合う時、私は、随分泣いたけれども、同時に安らかな気持ちになることができた。

変だね。

娘が、ロボットとの仲を取り持つことになったなんて。

「チイね、パパとママとなかよくしてほしい。」
そう言った娘の言葉を今ごろになって思い出すよ。


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