セクサロイドは眠らない

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2001年10月04日(木) ほら、ちゃんと反応してずるい。結局、待っていたくせに。ずっと私のこと、抱きたいと思っていたくせに。

金色に実り、頭を垂れる稲穂の間に立つ一人の少女。この季節、繰り返し現われるその少女だけが私の意味ある存在なのだと思う。

別に、そういう人々の声に耳を傾けることは私の仕事じゃないだろう、と思っていた。彼らが何を言いたいにしても、私が耳を傾ける道理はないのだと。そうやって長く耳をふさいでいると、心の中に澱のように溜まっていくものがあり、結局吐き出して行くしかないのだ。

私には死んだ人間が見える。

それはふとした瞬間、目前にいる人のそばに姿を現し、何かを言う。たとえば、子供の霊が「タンスの裏に落ちているビー玉」について、何か言う。私はそれを聞いて、場合によっては目前の人にそれを伝える。

いくら知りたくなかった、などと言ってもいろんな事を知ってしまう人間もいる。それが、私に無縁の、そうして、意味を成さないことのように思えても、私は、知り得たことで何か行動を起こさなければならないのだ。

それはひどく苦痛で、私は、しょっちゅう知人に頼んで睡眠薬をもらった。

--

心理療法家を目指す知人の男性。アツシというのだが、その男は、どうやら私のことを好きらしい。好きらしい、というのは、友達の噂しているところの話であって、私は知らない。ただ、肩幅の広い、穏やかな瞳をした男が、私の体と心を気に掛けてくれていることは分かる。私は、アツシに、自分には霊が見える、なんて言ったことはない。言えば、多分、彼は好奇心に瞳を輝かせて、あれこれ訊ねてくるに違いない。そんなことになったら、私は多分、アツシの前から姿を消すだろう。

アツシは、どうやら、「癒し系」の男らしい。いつだって、相手の話にじっと耳を傾けているので、悩みを抱えた人間はアツシを相手に心の内を吐き出すという次第だ。私は、アツシになんか何が分かる?と思っている。知っている人間のことを、知らない人間がどうやって理解するというのだ?

--

それでも、やりきれない思いを抱えて、精神が粉々になってしまいそうに苦しい時がある。

私はしこたまビールを飲んで、アツシのところに転がり込む。

「どうしたんだい?」
と、彼が目を丸くする。

「何も聞きたくない。聞こえない。お願いだから一人にしてよ。」
アツシは、私に水を飲ませ、震える体を毛布でくるむ。

私は、毛布を払いのけて、服を脱ぐ。

「ねえ。私のこと、好きでしょう?」
「ああ。」
「じゃ、抱いて。」
「そんなこと、急に言われたって、駄目だよ。」
「ふうん・・・。心理療法で、相手の心を見透かしてからじゃないと抱けないって寸法ですか?」
「まさか。ひどいこと言うなあ。」

私は、アツシの服を脱がせ、勝手に始める。どうせ、自分からは何も出来ないくせに、と、怒りをこめて、アツシの体に舌を這わせる。ほら、ちゃんと反応してずるい。結局、待っていたくせに。ずっと私のこと、抱きたいと思っていたくせに。決して言わない。ずるい男。

アツシは、私を抱き締めて言う。
「何か知らないけど、きみが苦しんでいることから解放してあげたい。」

本当にそうできるものならやってみて。

「催眠療法、試してみる?」
私はうなずく。

--

暗い階段があって、そこを降りて行くと、いつも見る、あの稲穂の間に立って微笑む少女。

やっぱり。私を待っていた?

少女はうなずく。

そうして、私は、閉ざしていた心の中を知る。

--

「どうだった?」
「ねえ。」
「ん?」
「私、ようやく分かったわ。」
「何を?」
「私ね。ずっと辛いことだと思っていた。だから、解放されたいと思っていたわ。」
「僕は、そのための手助けをするよ。」
「でもね。それじゃ駄目なのよ。」
「よくわからないな。」
「ちゃんと苦しむこと。簡単に楽にならないこと。あなたといると居心地が良過ぎるわ。」
「行っちゃうのか?」
「ええ。」

私が殺してしまった妹のところに行こう。

幼い嫉妬が招いた不幸を、私はずっと心に封印していた。

忘れていられたら、私は怒りだけを抱えてもう少し生きて続けていたかもしれない。

心を解き明かすことは、生きる理由にもなるけれど、死ぬ理由にもなるということ。

解き明かされない心こそが、私を生かしていたということ。


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