セクサロイドは眠らない

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2001年09月25日(火) それより。なあ。おまえ。そろそろ俺の子供を産んでくれ。お前にそっくりな美しい子を。

今日もピアノの音が。静かな子守唄の旋律。

私は産まれてからずっとこの部屋で暮らしている。一歩も外に出たことがない。お母様が亡くなってから、気の狂ってしまったお父様が、この部屋を出ることを許さない。

「ねえ。素敵なピアノの音色。誰が弾いているのかしら?」
一度だけ、部屋に食事を持って来た者に尋ねたことがある。

「ピアノ・・・、ですか?さあ。私には聴こえませんが?」
少し青ざめて答えると、そそくさを部屋を出て行ってしまった。

部屋の外に出たい。前みたいに、花や蝶を眺めて、お庭で過ごしたい。

悲しくて泣きそうになると、ピアノの音が静かに始まる。心を慰める音。どんな美しい心の人が弾いているのでしょう?

--

父は、私を産んで間もなく母が亡くなってしまってから、気が狂うほど嘆き、ある日、母そっくりに美しく成長した私を、母だと思い込んでしまった。そうして、体を壊してはいけないと、この部屋に閉じ込めて、一歩も外に出してくれなくなった。最初の頃は随分と泣き、反抗して、外に出ようとした私だが、最近では父の狂ってしまった瞳が悲しくて、私は母のふりをする。

--

ある夜、父が酔って私の部屋を訪ねてくる。

「まだ起きていたのかい?お前。」
「ええ。」
「体が弱いのだから、寝ていないと。」
「でも、あなた、私元気ですわ。」

それでも、いつもはやさしい父が、今日は泥酔して私を奇妙な目で見つめる。酔った父は、私のいるベッドの端に腰をおろし、もっていた酒瓶をあおる。

「そんなに飲んではいけませんわ。」
「なに。いいんだ。もう、俺の肝臓は石みたいに固くなっちまった。心臓は、ポンコツみたいにドキドキ鳴って、そのまま止まってしまうのかと思うくらいさ。
それより。なあ。おまえ。そろそろ俺の子供を産んでくれ。お前にそっくりな美しい子を。」
彼は私をベッドに押し倒す。

ドレスを脱がす手や、酒臭い息にぞっとして、私は吐き気をこらえる。目をつぶって祈る。おかあさま、助けて。もう、私にはおかあさまのふりは出来ない。私は私。あなたの娘よ。

「いやっ。いやいやいや。」
「どうしたんだい?いつも俺の言うことを良く聞くやさしいお前が。」
「私は、おかあさまじゃない。あなたの娘。」
「何を言ってるのかよく分からない。俺達に娘なんかいない。」
「いますわ。お母様はもう死んでしまった。私を産んで。」
「おまえは死んじゃいないさ。」

彼の手が、私の体を動けぬくらい強い力で抑えつける。

あ。ピアノの音。

その時静かに始まるピアノの音。

父も、顔を上げて、ピアノの音を捜す。

「どこから聞こえてくるんだね?」
「お父様にも聞こえるのね?」
「ああ。この曲は。」

父ははっとして私を見つめる。

「お前は?」
「ええ。私はあなたの娘。」
「そうだ。この曲は、お前が幼かった頃、かあさんが弾いて聞かせた子守り歌。あの頃、俺は幸せだった。この部屋で。ほら、あそこにピアノがあって。俺は小さな小さなお前を抱き、かあさんがピアノを弾いた。」

父は、突然顔を覆って泣き出す。

ピアノを弾いてくれていたのはおかあさんだったのね。

ピアノの置かれていた場所は、床が色褪せて。黒ずんだシミが広がっている。

ピアノの静かな旋律はだんだん激しい旋律へと変わってゆく。止まらない。何かを伝えようと狂おしく激しく。

どうしたの?おかあさま?


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