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2005年01月31日(月) 混浴に期待するもの<女性篇>(前編)

週末、友人と長野県のとある温泉に出掛けた。松本駅からバスに揺られること数十分、携帯電話もつながらない秘境の旅館に一泊してきた。

部屋に案内され、わあっ!と思わず声を上げる私たち。
い草の香りがする十畳の和室、その奥には暖炉のある広々とした洋室が。しかも正面の壁全体が窓になっており、白樺林の雪景色が眼前に広がっていたのである。これはプライベートビーチならぬ、プライベートフォレストである。
旅はふつう、温泉に浸かってのんびりしようとかおいしいものを食べようといった目的に合わせて行き先を選ぶものだが、今回は友人の「どうしても泊まってみたい旅館があるねん」が元になった、宿ありきのものである。が、さすが旅行会社で企画の仕事をしている彼女が目をつけただけのことはある、とうなる。

仲居さんがいれてくれたお茶を飲みながら、施設についての説明を聞く。
「露天風呂は玄関を出て左手にございます。すぐ隣りに川が流れておりますから、せせらぎが聞こえてそれはもう気持ちがいいですよ。深夜までやっておりますので、何度でもお入りくださいませ」
と、ここまではよかった。が、このあとつづいた言葉に私は目が・・・いや、耳が点になった。

「男女別の脱衣所はございませんので、着脱しやすいお召しもので行かれることをお勧めいたします」
「脱衣所が、ない?」
「混浴でございますので」

こ、こ、こ・・・混浴!?そんなの初耳だわよ!
あわてて確認する。

「あ、あの、もちろんタオルは巻いて入っていいんですよね?」
「申し訳ございません、タオルを湯船につけることはご遠慮いただいております」
「じゃあ、じゃあ、お湯は白いんですねっっ!?」
「いえ、無色透明でございます」

うそーー!!チェックインが重なった若い男性グループや廊下ですれ違った浴衣姿のおじさんたちが頭によぎる。
「あの人たちとハダカの付き合い・・・。ひえええー」
パニックに陥る私。
しかし、である。駅に行くバスは一日二本しかないし、街に出たところで松本城の見学とそばを食べることくらいしかすることがないのだ。温泉に入らずに帰ったのではこんな山奥までなにをしに来たのかわからないではないか。

やがて、私は心の中に夫を呼び出した。
「ああっ、こんな形で封印を解くことになってしまった妻をどうか許してちょうだい・・・!」


と、そのとき。私の神妙な面持ちを見た友人が私を肘でつついた。
「あんた、なに考えとん。女性専用の時間もあるに決まってるやん」
「へ?」
「さようでございます。十九時からの二時間は女性のお客さまだけにご入浴いただけることになっております。それに館内には他にも三つ、お風呂がございますので」

あら、まっ、そうだったの。なあーんだ。・・・じゃなくて、ほっ。
落ち着きを取り戻したら、私の中にある疑問が浮かんできた。実は以前から、私は温泉で嬉々として混浴風呂に向かう女性、とくに若い女性を見かけるたび、その心理を図りかねると同時に彼女たちに非常に興味を持っていたのである。
仲居さんに尋ねてみる。

「男女別の脱衣所もない、タオルも巻けない、お湯も白くない。それでも女性は入れるものなんですか?」
「はい、若い方でもお入りになられる方もいらっしゃいます」

不特定多数の見知らぬ異性に体を見られるという状況ではおそらく発生するであろう、羞恥心その他の感情をどのように処理しているのか。
よし、この二日間で混浴好きの女性の心理を攻略してやろう、と決めた。 (つづく


2005年01月28日(金) こっぱみじんにされちゃった

前回のテキストにはたくさんのメールをいただいた。
一通を除くすべてが女性からで、
「あの日記、自分が書いたんじゃないかと思ったくらい共感しました」
「ほんと、『このハクジョーモン!』ですよね」
などなど、私の「女性は別れたからといって、恋人からプレゼントされたものから彼の残像を消し去ることはできないのだ」に賛同するものばかりであった。

・・・となるはずだったのに!なるはずだったのに!
なんということだろう、メールをくださった女性全員が「我こそはハクジョーモン」な方だったのである。
「捨てる」「売る」という回答もあったが、もっとも多かったのは「使いつづける」。「物に罪はない」という文言を、私はいくつのメールの中で目にしたことか。

「別れた後も恋人からもらった指輪をあっけらかんと使いつづける女性がときどきいて、人が打ち立てた論をこっぱみじんにしてくれるから困っちゃう」
と書いた私の立場はどうなる。ひょっとして私みたいなのこそが「ときどき」存在する側の女だったのか・・・?
うちの日記を読んで「なるほど、世の中はそうなっているのか」なんて思う人はいないから、私はいつも遠慮なく物事を自分の目に映るそのままにああだこうだと書いているが、それにしても格好がつかないじゃあないか。
そういえば男と女の話を書くと、「小町さんは変わってる」と言われることがちょくちょくあるわ・・・。

気を取り直そう。「使いつづける」のメールの中に愉快なものがあった。
大事な会議の日に別れた彼が自分がプレゼントしたネクタイをしているのを見て、心の中で「勝った!」とガッツポーズをつくったある女性。
「ふふふ、やっぱりまだ私の力が必要なのね」
しかし、「アクセサリーに罪はない。というわけで使い倒してます」と私にメールを書きながら、はっと気づいたそうな。あのときの彼も自分に未練があったわけではなく、「ネクタイに罪はない」ということだったんだわ、と。
「私のほうこそメデタイ人間だと、たった今知って、愕然としております・・・」


のんのさんもまた、男性だったら「このハクジョーモンがああっ!」と私にののしられるタイプの人である。
詳しくはこちらのテキストを読んでいただくとして、中学時代に付き合っていた男性がデートで見た映画のチケットをいまだに保管していると言うのを聞いて、「お願いだから処分して」と懇願したのだそうだ。
あら、だったら私なんて土下座してお願いされちゃうなと思ったのは、現役時代の私は誕生日に食事に行けばコースターやワインのコルクを、旅行に行けば駅員さんに頼んで切符をもらって帰ってくる女だったからだ。

当時の日記帳にはそういったものがなんでも貼り付けてある。
コースターには彼にも一筆書かせたので、「○○を食べた。うまかった」なんてコメントを読むと顔がほころぶ。コルクに日付を書いて集める、というようなことを恋愛中、人はしないのだろうか(するだろう、ふつう。え、しない?)。
いまでも私は友人と食事に行くと、必ずショップカードをもらって帰る。いつ誰と行き、店の雰囲気、味はどうだったといったことを書き添え、ファイルするのだ。
私にかかればどんなものでも“思い出の品”になる。過去の恋人とのこまごまとしたエピソードを覚えているのもそういう性分だからだろう。


ところで、私には「記念日」がとても多い。
お付き合いした男性の誕生日はもちろんのこと、付き合いはじめた日、別れた日まで覚えているし、「初めて○○した日」というのもたくさんある。
初潮を迎えた日、ファーストキスをした日、初めてそういうことをした日、すべて私の胸の中にある。いちいち思い出して「○年前の今日、私はオンナになったんだわ、ウフフ・・・」なんてやることはないが、なんとなく幸せな気分になる。
友人たちはこんな私を「アニバ女」と言ってバカにするが、私に言わせれば、そういう素敵な出来事が自分の人生においていつ起こったかということに無頓着でいられるほうが不思議なのだ。覚えておいたからといって脳みそが重たくなるわけでもないのに。

思い出をいつまでも原型そのままに残しておきたい、という気持ちが私はとても強い。だから恋人が残したものを捨てることができないのだが、そのことと私の人生に記念日が多いことはリンクしていると思う。
別れた恋人の持ち物やプレゼントをためらいなく処分できるという人は、やはり記念日にも執着がないのではないかと推測するのだが、どうだろうか。

今回のこの論にはけっこう自信があるぞ。


2005年01月26日(水) 別れた後、思い出の品をどうするか(後編)

※ 前編はこちら

大学生のとき、彼とツーショット写真でテレホンカードを作ったことがある。
十年経ったいまでも思い出の品として大切に取ってあるのだけれど、その後彼と再会する機会があったのであれはどうしたかと尋ねたところ、「使ったで」とすました顔で言うではないか。

「あの写真の私たち、かわいかったよね。一枚ずつ財布に入れてさ、お守りみたいに持ち歩いたっけ。・・・あの幸福の日々をあんたは忘れたって言うんか?このハクジョーモンがああっ!!」

非難がましく嘆く私に、彼は慌てて「でも捨ててはないぞ、実家のどっかにあるはずや」とフォローを入れたが、そんなもん、カードに穴を開けた時点で捨てたも同然なのよっ。
「私なんか、私なんかねえっ・・・」
あるとき、彼が来る途中の電柱に貼ってあったと言ってナントカプロレスの興行のポスターを持ってきたことがあった。
お気に入りのプロレスラーの写真が載っていたらしく嬉々として部屋に貼ろうとしたが、私は景観を損なうと断固拒否。すると彼はトイレのドアの内側にそれを貼りつけ、私は「見られてるみたいで落ち着かない」と文句を言った。
そんなものさえ、彼が去った後も何ヶ月も剥がすことができなかったのである。
強がりな私が自分から彼に連絡を取ったことは一度もない。しかし本当は、便器に腰掛け、ファイティングポーズを取るマッチョマンと目が合うたび、「いまごろどうしてるかなあ・・・」と涙していたのだ。

振った振られたにかかわらず、私にとって好きだった人が残したものはすべて“忘れ形見”だ。どうして処分することができるだろう。
しかし、手元に置いておくのはつらすぎる。そこで私は思い出の品をダンボール箱に詰め、実家に送ることにした。
そしてそれらはいまもなお、納戸に天高く(ってこともないか)積みあげられているのである・・・。


恋人からプレゼントされた帽子、それは男性にとっては「帽子」と「彼女」という別個の要素が「愛情」という糊でくっついている状態、なのではないだろうか。
二人の関係が変わればわりと簡単に分離する。だから、他の彼女に貸すことができるのだ。
彼らが“抜け殻”という言葉を思い浮かべることはあるのだろうか。

一方、女性の場合は「恋人からもらった帽子」というふうに化学変化を起こしているから、なにがあろうと単なる帽子に戻すことはもうできない。
昔の恋人から贈られたものを身につけてデートに出掛けるなんて私には考えられないが、それは「物」を恋人の分身のように感じているため、彼に見られているような気分になりそうだからだ。前編で「貸さない」に“一応”をつけたのは、恋人の前で他の男性からもらった帽子をかぶっているというシチュエーション自体がありえないからである。
女性は別れたからといって、恋人の持ち物やプレゼントされたものから彼の残像を消し去ることはできないのだ。

・・・と断じて今日の日記を締めくくりたいところなのであるが。

「あら、素敵な指輪。どこのブランド?」
「さあ、知らん。昔付き合ってた人にもらったやつやし」

人が打ち立てた論をこっぱみじんにしてくれる、こういう女性がときどきいるから困っちゃうわ。 (後日談あります)


2005年01月24日(月) 別れた後、思い出の品をどうするか(前編)

ひさびさにカラオケに行ったら、友人が「これ、歌ってよ」と冊子の中の槇原敬之さんの欄を指差した。忘年会で誰かが「どうしようもない僕に天使が降りてきた」を歌うのを聞いて、いいなと思ったらしい。
私が歌うのを聞いて覚えようだなんて無謀にも程があるが、私もマッキーファンの端くれ、快くリクエストに応じることにする。

今夜はついに彼女を 怒らせてしまった
昔の恋人のくれた 目覚まし時計を
何度言われてもずっと 使ったのが気に入らない


そりゃあ気分悪いわよねえ、と歌いながら思い出したのは、数日前に見たロンドンブーツの番組だ。
ある場面でどういう行動をとるかによってその人の内面がわかるという心理テストのようなことをしていたのであるが、その中にこういう設問があった。

「恋人があなたがかぶっている帽子を気に入り、貸してほしいと言ってきました。実はその帽子は昔の恋人からプレゼントされたものです。さて、あなたはどうしますか」

回答するのはロンブーのふたりを含めた男性三人、女性二人だったのだが、男性はいずれも「貸す」、女性は「貸さない」と答えていた。
男と女で答えが二分したことに興味を持ち、傍らで「またそんなくだらないテレビ見て・・・」とあきれ顔をしていた夫に無理やり答えさせたところ、「貸す」であった。私の答えは一応「貸さない」である。なぜ“一応”なのかについては後で述べる。

では、彼らがその答えを選んだ理由を見てみよう。
男性陣は「貸すよ。だって物だもん」で意見が一致、帽子から彼女との思い出を完全に切り離している。夫も同じくである。なるほど、こういう感覚だからこそ、昔の彼女からもらった目覚まし時計であると今の彼女に知られながらも使いつづけることができるのだろう。
一方、女性は同じ「貸さない」でも事情は違っており、森下千里さんは「プレゼントされたものを人に貸すのは昔の彼に悪い気がするし、私も思い出ごと貸すような気がして嫌」、小沢真珠さんは「昔の彼からもらったものだということを知らずに今の彼がそれをかぶると思ったら、かわいそう」というものだった。過去と現在、どちらの恋人に重きを置いて考えるかが正反対なのであるが、単なる帽子ではなく「昔の彼からもらった帽子」と見なしている点は共通している。


たったこれだけのサンプルで「男は、女は」と分類するつもりはもちろんない。しかしながら、私の中に「男性のほうが即物的」という実感があるのも確かなのである。
それはセックスがらみの事柄を思い浮かべると一番わかりやすいのではないかと思う。アダルトビデオを本番シーンまで早送りするとか、事を終えるや背中を向けて寝てしまうとか。
彼女はさっさと寝たいのに彼がいつまでもピロートークをやめない、いちゃいちゃしたがる、なんてカップルもあるとは思うが、概して過程にもこだわり余韻まで大切にしたがるのは女性であろう。 (つづく


2005年01月21日(金) なれそめ(後編)

※ 前編はこちら

かれこれ八年前の話である。
よく晴れた土曜の夕方、私とA子は大阪市内のとあるホテルの前に立っていた。顔を見合わせ、どちらからともなく切り出す。
「結果はどうあれ、今日は一緒に帰ろな」
「うん、裏切りはなしな」
私たちは互いの健闘を祈り、“出会いのパーティー”の会場となる広間に向かった。
受け付けで名札と冊子を受け取る。ぱらぱらっとめくると、参加者の氏名、年齢、勤務先が書かれていた。
当時二十四歳。「結婚」の二文字をばっちり視野に入れていた私たちは「公務員、または大卒で優良企業に勤務する三十歳以下」が男性の参加条件となっているものを選んでいた。A子と目で会話する。
「おー、これこれ。これがないと始まらん」
「早く見たいな。あ、でもその前に席に着かんと」
パイプイスが二重丸の形に並べられていた。すでにかなりの人数の男女が座っており、私たちも指定されたイスに腰をおろす。そして、私はバッグから参加者名簿を取り出しながら、ふと視線を上げた。
……と、そのとき。
「キャッ!」
思わず心の中で声をあげる。斜め向かいの席になんとも優しそうな男の子が座っていたのである。
この手のパーティーに参加するのは初めての私。実は自分のことを思いきり棚に上げ、こういうところに来るのはモテナイ君か遊び人かのどちらかなのではないかと疑っていたのだ。
「やだー、こんなふつうの男の子も来てたのね」
そっと顔をあげ、もう一度確認する。ツーブロックのサラサラヘアに肌がきれいでつくりの薄い顔。ツーポのメガネが品と知性を感じさせる。はっきり言って、ものすごくタイプである。
うれしい誤算に舞い上がる私の胸に、カラーンコローンと鐘の音が鳴り響いた。
A子がささやく。
「ねえ、もしいいなって思う人がかぶったらどうする?」
「安心し。地球が逆回転してもありえんから」
彼女はホンジャマカの石塚さんが理想のタイプという“デブ専”なのである。でなければ、森高千里にそっくりで友人の中でも一、二を争うきれいどころである彼女とこんなところに来るわけがない。
そうこうしているうちに司会者から進行についての説明が始まった。やり方は簡単。二重の輪にセッティングされたイスの内側に女性、外側に男性が向かい合う形で座っている。正面にいる人と話せるのは一分間。笛が鳴ったらフォークダンスの要領で次の相手に移るのである。
これ以上ないくらい機械的、合理的であるが、立食パーティー形式より都合がいいのは気後れして思う人に近づけないまま終わったり、その気のない人につかまって時間を無駄にしたりといった心配がないこと。
全員と話した後、気に入った人の名を用紙に記入して提出、カップル誕生の発表……という運びとなる。
「それではただいまよりスタートいたします」
まるでゲームかなにかのように、みなが一斉に話し始める。私が「キャッ、素敵!」と小躍りした彼が一番最初に話しているのはA子。
ピーッ!さあ、私の番よ。
見た目そのままに穏やかに話す人で、関西人とは話すスピードもイントネーションも違っていた。一分間というのは本当に短くて、わかったことは三つだけ。
転勤で大阪に来て間もないこと。彼と私のマンションが近いこと。そして……“鐘の音”が空耳ではなかったこと。
パーティーは二時間の予定だったが、私は開始からたった二分でその日の目的を果たしてしまった。

この話をすると、夫に会ったことがある友人はたいてい「うん、小町が○○君を選んだの、わかるわ」と言って頷く。夫が褒められたようでちょっぴりうれしい。
が、その後決まってこう続く。
「でも、彼は小町の何がよかったん?」
彼女たちが真顔のため、私はすっかりいじけてしまう。あんたたち、何がそんなに不思議なのよっ!!


2005年01月19日(水) なれそめ(前編)

「で、例の彼とはその後どう?」
駅に向かって歩きながら、彼女に尋ねる。昨春、四十路を前に結婚相談所に入会したもののなかなか事がうまく運ばなかったのであるが、先月からある男性と逢瀬を重ねているのだ。
毎回デートの終わりには次の約束をする、相談所からの新たな紹介もストップをかけている状態、と聞いていたので、順調に進んでいるのだろうと思っていた。
が、それにしては彼女に浮き足立ったところが見られない。訊けば、いまひとつテンションが上がらないという。
「ときめきがないんよねえ。早く会いたいとか一緒にいたらどきどきするとか、そういうのが」
「えー、つきあってひと月っていったら一番楽しい時期やろ」
「淡々としてるというか、妙に冷静な自分がいるんよ。恋愛初期っていつもこんなやったかなあ?長いことご無沙汰してるうちに忘れてもうたわ」
しかし、相手にとくに不満があるわけでも、いざうまくいきそうになったら怖じ気づいてしまったというわけでもないという。しばらく考えたあと、彼女は「出会い方の問題なんかも」とつぶやいた。
用意された“結婚したくてたまらない男性のリスト”の中からなんとか相手を見つけようとしている自分に萎えているのかもしれない、と言うのだ。
ペーパー上でめぼしい人をピックアップし、親との同居の可能性、離婚経験者には子どもの有無といった紹介書には載っていなかった重要項目を会って確認する。たとえ人柄に好感を持っても、彼が自分の条件に合っていなければ再び会うことはない。彼女が三十万円も出して入会したのは「恋愛」相談所ではないのだ。それは相手にとっても同じである。
しかし、そんなふうに「結婚ありき」で男性を選別することが、あるいは選別されることが空しくなることがあるらしい。相談所の一室で膨大な数の男性のデータを眺めていると、「こうまでしなくては縁にめぐり会えないのは、自分の人生はひとりで生きていくようにできているからではないだろうか」と思えてくるのだそうだ。
「考えてみれば、こんな不自然な出会い方ってないもんね。明日にも結婚したいって男と女ばかりが集められてて、互いにそこから見繕おうとしてるんだから」
いまさらそんなことを言っているのかと驚きつつ、私は尋ねる。
「じゃああなたの言う自然な出会いってどういうの?たとえば○○ちゃんみたいなののこと?」
共通の知人の名を挙げる。電車で座って本を読んでいたら、突然網棚からカバンが落ちてきた。前に立っていたサラリーマンのもので、「きゃっ!」「す、すみません。大丈夫ですか」から「あ、ページが折れちゃいましたね。お詫びにお茶をごちそうさせてください」となり、彼女はその男性と付き合うようになったのだ。
「そこまでは望まないけど、そういう偶然の要素は相談所からの紹介にはないもんね。いかにも作られたというか、人工的な出会いというか」
ここで、とうとう私は声をあげた。
「あのねえ、出会いに人工も天然もないの!」
そのときその場所にふたりが居合わせた、それはまぎれもなく何十もの偶然が重なり合った末に誕生した場面。なにかが一秒でも先か後かに、あるいは一ミリでも右か左かにずれていたなら、存在しなかった。
男と女のそれに限らず、すべての出会いは奇蹟と呼んでもいいくらい絶妙なタイミングの上に成り立つ、尊くかけがえのないものなのだ。
偶然と偶然を掛け合わせたら、答えは「必然」。人為的に作り出された場面のように見えても、そこで発生した出会いのひとつひとつは網棚からカバンが降ってくるのと等しく運命的なものなのである。
「それに、他人にお膳立てされた場所での出会いを偶然性の乏しい人工的なものだっていうなら、私だってそうだよ」
「えっ、小町ちゃんとこはお見合い?」
彼女は意外そうに言った。首を振る私。
「夫と出会ったのはカップリングパーティーだもん」 (つづく


2005年01月17日(月) 携帯電話を持たぬ訳

先日、友人と食事に行ったときのこと。時刻はまだ二十一時を少し回ったくらいだというのに、彼女が「じゃあそろそろ」と腰を浮かせた。
いつもは終電まで話し込む私たちである。えっ、もう?と驚いた顔をしたら、「うん、明日もあるしね」と言う。
「“明日”くらい私にだってあるわよ」
と返しながら、ひらめいた。
「あ、わかった!例の彼から電話がかかってくるんやろ、だから早く家に帰りたいんや」
が、われながら名推理だと思ったその説はにべもなく否定された。彼女は冷笑を浮かべてつづける。
「それにさ、もしそうだとしても自宅の電話になんかかかってこんよ。いまどき携帯も持ってないシーラカンスみたいな人、おらんやろ」
「あのー、つかぬことをお尋ねしますが、ひょっとしていま私のことバカにした?」
「バレた?」
携帯電話を持っていないことで不便を感じることはほとんどないが、こんなふうに携帯持ちにいじめられ、悔し涙にかきくれることはときどきある。
以前、こんなことがあった。同僚が結婚することになり、二次会の案内状をもらったのであるが、「当日は携帯を忘れずにご持参ください」と注意書きがある。不思議に思い幹事に尋ねたところ、出し物の中で使用するのだという。受け付け時に紙に携帯の番号を書いて箱の中に入れる。司会者がそれを引き、記されている番号をダイヤル、携帯が鳴り響いたあなたが当選者、という寸法だ。
な、なぬー。では携帯を持たぬ私は「素敵な賞品がドシドシ当たるクジ引き」に参加できないということではないか!
と憤慨したら。
「大丈夫。いまどき携帯持ってないのなんてあんたくらいのもん。会場がシーンとしたままだったら小町が当たったってことだから」
……く、くやしーい!(ハンカチを噛みながら)

読み手の方からこんなメールをいただいたことがある。
「『浮気をするか、しないかはチャンスの有無と理性の強靭さにかかっている』と書いておられましたが、小町さんが携帯を持たないのはあらかじめ“チャンス”の部分を封じておく意味があるのではないかと推測しております」
携帯を持っていないというのは人々にとって「家にテレビがない」に相当するくらい風変わり、かつ理由を想像しがたいことであるため、なんらかの主義主張があってのことに違いないと思わせてしまうようだ。
しかし、そう言われてまんざらでもなかった私。これから誰かに訊かれたら、そう答えることにしようかしらん。だって、
「携帯を持たない訳?うん、ほら、そういうの持ってよからぬことを考えるようになると困るじゃない?」
というほうが、
「私のことだから持ったところで、かけるときは公衆電話を探すだろうと思うのね。だったら受けるだけのために何千円も払うのはもったいない」
より断然色っぽい。

ああ、信じられない。ここまで書いて、話が予定とまるで違う方向に行っていることに気がついた。
次回、軌道修正します。


2005年01月14日(金) それが「縁」というもの(後編)

※ 前編はこちら

「有機栽培といえば、アムの食品やサプリメントも原料には化学肥料や農薬を一切使ってないんよ」
彼女がアムウェイの製品を愛用していることは知っていた。創立者がやはりベジタリアンだそうで、化粧品や洗剤は開発段階で動物実験をしていないという。「すべての動物に人間と同等の生きる権利がある」という考えを持つ彼女がそれに行き着いたのは自然なことである、と私は納得していた。
長野オリンピックを見に行ったとき、駅前に「日本アムウェイ」の巨大な看板があるのを見て、「へえ、この会社が公式スポンサーになれるのか」と思ったことを覚えている……と言ったら、私がそれにどういうイメージを持っているかお察しいただけるだろう。
しかし、「そこの製品を使っている」という話を聞くだけであるなら、それを顔色に表す必要はない。これまでもそうしてきたように、私は彼女の前でニュートラルであろうと努めた。
が、それがよくなかったのだろうか。
「時間、大丈夫やろ?うちでゆっくりお茶飲もうよ」
そう言われたとき、勧誘されるのでは、なんて考えはまるで浮かばなかった。彼女はあくまで「菜食主義を実践するのにアムウェイの製品が必要」という口ぶりだったから、私をどうこうするつもりはないだろうと思い込んでいたのだ。
しかし、ソファに腰掛けて十分と経たないうちに分厚い冊子を手渡された。見るからにお金持ちそうな人たちが海外の別荘でくつろいだり、着飾ってパーティーに出たり、芸能人を家に招いたりしている場面の写真がずらり。何者なのだろう?と思う間もなく、この人はお医者さんだとか、この夫婦は一年の半分を海外で過ごしている、といったことを彼女が説明しはじめた。
それは「ダイヤモンドDD」と呼ばれる、アムウェイ・ビジネスの成功者たちのアルバムだったのだ。

もしかして私はいま、「勧誘」というやつをされているのか?
私の動揺に気づいているのかいないのか、彼女はテーブルの上にアルミホイルを広げ、二種類の歯みがき剤を少しずつひねり出した。そして、「左が市販の歯みがきで、右がアムの。で、これをね」と言いながら、それぞれを指の腹で円を描くようにこすった。
「ねえ、見て。市販のはもともと真っ白やったのにグレーに色が変わったやろ。でもほら、アムのほうはきれいな水色のまま」
このグレーはアルミホイルの色である、市販の歯みがき剤に配合されている研磨剤は汚れだけでなく歯の表面まで削り取ってしまうが、アムウェイの製品は粒子が細かいためそうならない、と説明した。
そして、「伝えたいことがあるから近々時間をつくってほしい」と言った。
もう疑う余地はない。私は宗教に誘われたときと同じに、関わるつもりはないとはっきり言った。すると、私に負けないくらい強い口調で彼女も言った。
「アムにいい印象を持ってないんやね。けど、アムのことをどれだけ知ってる?」
「ほとんど知らない」
「だったら小町ちゃんは話を聞くべきやと思う。どうするかはそれから判断しても遅くないし、私としても先入観だけで断られるのは悲しい」
なにか、あるいは誰かについてよく知らないという自覚があり、「ほんとはそうじゃないのかもしれないけど」と思いながらもあるイメージを抱いたままでいる、ということは少なくない。
私にとって「アムウェイ」はそのひとつである。無知を克服した上で再評価するのがあるべき姿勢だ、という彼女の言い分は間違っていない。
しかし、自分の認識が実際と違っている可能性があることを知りながらもそれを確認したいと思わない、チャンスを用意されてもなおその気になれない……この「縁のなさ」もまた真である。
関わりあいになる事柄や人を選ばずにすむほど私たちの一生は長くない。言い換えれば、それが自分と対象物との適正な距離、ということではないだろうか。
たとえば、私は自分に関する「そうじゃないんだけどなあ」とつぶやきたくなるような発言や記述に出会っても、釈明しようなんてことは思わない。ありがたくないイメージを抱かれること、誤解されること、それがこの先も解かれぬままだとするならそのことも含めて、それが私とその人の「縁」なのだ。
が、心配することはない。
自分にとって本当に必要な事柄や人とは必ず出会えるし、なにがあろうと最後にはわかりあえる。人生はちゃんとそうなっている。

家まで送るという申し出を固辞し、近くの駅で降ろしてもらう。
「明日から台湾やろ、菜食の店多いから見ておいで。あっちのもどき料理はすごいよ、魚のうろことか鶏の皮のブツブツまで再現してるから。帰ったら、話聞かせてな」
笑顔で車を見送りながらも、なんだか空しい。今度もまたデモンストレーションのようなことをするつもりなの?
ああ、今年の冬ってこんなに寒かったっけ……。


2005年01月12日(水) それが「縁」というもの(前編)

去年の暮れ、同僚の女性と食事に出かけた。彼女の異動が決まり、年明けから勤務地が変わることになったため、私を食事に誘ってくれたのである。
「小町ちゃんとはこれっきりになるって気がせんのよ」
そう言われ、どんなにうれしかったか。五つ年上の、さばさばした気持ちのよい女性だ。友人と呼べる関係には至っていなかったが、「親しい同僚」どまりで終わってしまうことを私はとても残念に思っていたのだ。
が、ランチの誘いを一も二もなくオッケーした後、……んん、ちょっと待てよ?
彼女は厳格なベジタリアンである。肉や魚、卵はもちろんのこと、かつお節でだしをとった味噌汁やラード(豚の脂)で揚げたフライドポテトも食べられないという人なのだ(詳しくはこちら)。そんな彼女が外食できる店がこの辺りにあるのだろうか。
「うん、ベジタリアンのためのフレンチレストランがあるねん。ちょっと遠いから、私の車で行こう。すっごい美味しいんよ」
仕事納めの次の日、私は心の中でスキップをしながら待ち合わせ場所に向かった。

白と木目を基調にしたかわいらしい店で、若い男性の店長が待ってくれていた。同僚と店長は「○○ちゃん」「××君」と呼び合い、タメ口で話している。
「今日のおすすめはなに?」
「そうだね、ハンバーグなんかいいと思うよ」
とえらく親しげな様子。彼女はそんなにしょっちゅう食べに来ているのかしらん。
「うん、いつもここで調味料とチーズを注文してるから、よくそれを取りにも来るしね。それに菜食してる人たちって仲良くなりやすいねん」
ベジタリアン・フレンドリーでない日本で菜食生活を送るのは不便が多い。情報がないため自力で集めてこなくてはならないが、その大変さゆえにそれを共有するためのネットワークやコミュニティが生まれるのだそうだ。
また、市販の食材にはたいてい原料に動物性成分が含まれているため、彼女たちは買うことができない。そこでこういうレストランから業務用のものを回してもらうことになり、店と客のつながりが密になるらしい。
そんな話を聞いているうちに料理が運ばれてきた。
思わず小さな歓声をあげる。見た目はまるでふつうのハンバーグだ。スーパーで売っている豆腐ハンバーグのように白っぽくもなければ、ふわふわと軽そうでもない。ちゃんと“肉感”がある。
ナイフを入れ、断面を観察する。色といいミンチの具合といい、これまで食べてきたものとなんら変わらない。どきどきしながら口に入れたら、さらにびっくり。なにやらもちもちした不思議な食感があるけれど、味はまぎれもなくハンバーグなのである。
これに肉が一切使われていないだなんて……。感激した私は彼女に店長を呼んでもらった。
「これ、いったいなにでできてるんですか」
「グルテンですよ。小麦粉を水を加えながら練ると弾力のあるかたまりになるんです。それをひき肉状にして、牛肉の代用をしてるんです」
もしこういうものが日常的に食べられるのなら、「肉が恋しくなることはまったくない」という彼女の言葉にも頷ける。
……と思ったのだが、缶詰のグルテンミートを使って家でこれに近いものを作るのはやはり困難であるらしい。なるほど、だから彼女たちはこういう店に足繁く通うことになるのか。
しかしながら、気になるのはそのお値段。
同じハンバーグがテイクアウトできるようにもなっていたのだけれど、直径七センチくらいのかなり小ぶりなそれに一個五百円のプライスカードがついている。この日、スープとパン、メインとデザートというランチコースで二千円だったのだが、いくら味がよくてもボリュームを考えると割高感は否めない。
しかし、「食材自体が高いからしょうがないよ」と彼女。そのとき、ふとあることが頭に浮かんだ。
「ねえ、もしかしてここって有機栽培の野菜しか使ってないとか?」
「うん、野菜も果物も全部無農薬やで」
やっぱり!この人たちは虫を殺すことさえ嫌がるのだ。そりゃあ高くつくのも無理はない。
その答えに私はすっかり満足した。

しかし、楽しかったのもここまで。
私が持ち出した有機栽培の話が彼女の中の、ある“スイッチ”を押してしまったらしい。このあと、徐々に雰囲気が変わっていく。 (つづく

<参照過去ログ> 2004年12月8・10・13日付 「『ベジタリアン』として生きる。(前編)


2005年01月10日(月) 私にも「イメージ」ってもんが。(後編)

※ 前編はこちら

有修正もろくに見たことがないのにいきなり無修正なんて、ちょっと刺激が強すぎるんじゃないかしらー。
わくわくしながらCDをセットした私は数十分後、ある発見をすることになる。それは、「へええ、男の人ってこんなもんで満足できちゃうんだ」というものだ。
こんなもん、というのは内容のハードさの程度を指しているのではない。出ていた女の子がたいしたことなかったという意味でもない。
私の目にそれはあまりにもちゃちに映った。こんな幼稚なつくりのものでなにかを満たすことができるなんて、という驚きである。
私の見たものがたまたまそうだった、というわけではないと思う。目の肥えた友人がこれぞと思うものを焼いてきてくれたのだから。
「男の哀しさがわかると思うよ」
彼が苦笑しながら言っていたのを思い出した。

「あれねえ、ぜんぜん物足りんかったわ」
私にそう言わせるのは「リアリティのなさ」、この一点に尽きる。
どの話も出だしが唐突である上に、状況があまりにも不自然なのだ。女の子がいかにもなエプロン姿でキッチンに立っているとか、密室で男性に取り囲まれてはしゃいでいるとか。こういうものに辻褄など求めてはいけないということはわかっていても、
「調理器具のひとつも置いてない、こんなモデルルームみたいなキッチンで料理をしてるって設定にしようったって無理がある」
「ヤメテって……。まるでその気がなかったら男の人(これがまたいやらしそうな顔をしているのだ)が何人もいる部屋にひとりでのこのこやってきやしないでしょうに」
といったことを考えずにいられない。私がそれを楽しむためにはなによりもまず、この「ありえなさ」をなんとかしてもらう必要がありそうだ。“行為”に至る必然性というやつがないと、白けるばかりなのである。
というようなことを友人に言ったら、
「すごく女性的な感想だね。男はストーリーなんか二の次で“本番”を重視するから、そんなシーンがあっても早送りしちゃうよ」
と返ってきた。うん、これはよく聞く話である。
しかしながら、再生ボタンを押すや否や核心、なんていうのは、フレンチレストランで席に着くなりフルコースのメインを食べるようなものではないだろうか。
アペリティフで食欲を増進させ、オードブルをつまみながら「どんなものが出てくるのかしら」と期待を高める。すなわち、メインの美味しさは“おあずけ”されることによってさらに増すのである。いきなりオマール海老や牛フィレ肉が出てきたら、私はなんてもったいない!と思うに違いない。
先生に「今日これから遠足に行きますよ」と言われるのと、指折り数えて一週間を待つのと、楽しみの総量はどちらが大きいだろう?何事においても「空腹は最上のソース」なのだ。
こういうものを見るとき、男性は自分が男優になったつもりで見ているのだろうと想像する。そして女性もまた、画面の中であれこれされている女の子を自分に置き換えるのではないか。第三者的視点で眺めているだけというのでは、わざわざそれを見る意味はないだろう。
それゆえ、現実味のない設定と説得力のない展開に突っ込みを入れているうちに終わってしまったのはちょっぴり残念であった。
とレポートを締めくくったら、
「なるほど。じゃあ小町さんには日活ロマンポルノ系が向いてるかも。あれはそれなりにストーリーがあるからね」
だって。

「で、この話、ぜひ日記に書いてね」
友人がすまして言う。
「えっ、それは無理!一応、私にも四年間培ってきたイメージってものがあるわけよ」
即座に拒否したが、敵も「アクセスは確実に増えるよね」「小町さんの別の一面を見せられると思うけどな」としぶとく食い下がってくる。
「だって、なんて書いたらいいのよお。『○○日記の××さんからエッチなDVDをもらったら、こんなこんなでした』って?」
そのとたん、彼の顔色が変わった。
「あっ、いや、僕の名前を出すのはちょっと……」
んまあっ、自分だけ爽やか路線を守ろうっていうわけ。憤慨する私。そうは問屋が卸すもんですか。(→この方

なあんて、一瞬どきっとさせて仕返しを果たしたところでこの話はおしまい。
図らずも今日は成人の日。うちにしてはめずらしく、ちょっぴりアダルトな話をお届けしました。


2005年01月07日(金) 私にも「イメージ」ってもんが。(前編)

年末に奇妙な夢を見た。
夫の携帯をいじっていたら、メールボックスが女性からのメールでいっぱいになっていることに気づいた。いくつか開いて読んでみると、やけに親しげである。
「むむ、これは怪しい……」
夫に浮気疑惑を抱くところで目が覚めた。
翌朝、牛肉粥をすすりながら(台湾旅行中だったのだ)、そういえば差出人の名は「松たか子」となっていたなあ……と思い出した私は夫に言った。
「ねえねえ、知ってる?松たか子ってすんごいヘビースモーカーやねんて。上沼恵美子の番組で暴露されてたもん、銀座の大通りで彼女がボルボのシートを全部倒してタバコ吸ってたって。人は見かけによらんもんやねえ」
こんなことにも、つい“用心深さ”を発揮してしまう私。夫は大のタバコ嫌いなのである。

私たちは “意外性”というやつが嫌いではない。「そんな人だったなんて」というショックは常に失望とセットになっているとは限らず、抱いていた印象をよい方向に裏切られて恋に落ちた、という経験を持つ人もきっと少なくないだろう。
が、それはあくまでプラスに転じるギャップの場合。ああいうイメージで売っている松さんがタバコを吸うことを世間に知られて得をすることはひとつもなさそうだ。
「車の中は煙で真っ白。いやあ、驚きましたね。そこまでして吸いたいかと思いましたよ」
なんて芸能レポーターがテレビでぺらぺらしゃべっているのを見たら、飛びかかって口をふさぎたくなるのではないかしら。

そうそう、守るべきイメージと言えば。
先日、友人と会ったときのこと。自宅のパソコンにリアルプレーヤーが入っているかと訊かれた。もちろんと答えると、彼はカバンの中から一枚のCDを取り出した。
「ハイ、これ。今度はきっと見られると思うよ」
なんだろうと受け取りながら、……あ!
少し前の日記に彼から無修正のアダルトDVDをもらったという話を書いたのだが、覚えておられるだろうか。私がアダルトビデオの類いをまともに見たことがないと話したのを覚えていた彼がわざわざ焼いてきてくれたのである。
しかし、このとき持ち帰ったDVDを私は見ることができなかった。
「ごめん!よく考えたら、私のパソコンにDVDはついてなかったわ」
私はそのことをすっかり忘れていたのだけれど、彼はそれならばと今回、リアルプレーヤーで再生できるものを用意してきてくれたのである。どうやら是が非でもそれを私に見せたいらしい。
まあ、たしかに、
「え、一番ちゃんと見たの?そうねえ、中学の修学旅行で泊まった部屋のテレビに百円玉を入れて、みんなでワーキャー言いながら見たときかなあ」
なんて女はめずらしいかもしれない。カマトトぶっていると思われそうだが、私がそういうものに親しむ機会がなかったのには訳がある。
多くのカップルは「これからエッチなことをしますよ〜」というときに前座でそれを見るのではないかと思うのだけれど、私はそういうシチュエーションで彼に画面の中の女性に見入られるというのが、どうにも気に入らないのである。
彼がコンビニでエッチな雑誌を立ち読みしようが、パソコンにお宝画像をコレクションしようが、なんとも思わない。仮にそのつもりのないときにそういうビデオをふたりで見るとするなら、私はそれを楽しむことができるだろう(もっとも、そんな気分でもないのに暇つぶしでそういうものを見るということはまずないけれど)。
しかし、自分といざというときに他の女性を見て彼に気分を盛り上げられるのは無性に悔しい。まったくバカバカしいが、やはりそれはヤキモチなのだろう。そんなのじゃなくこっちを見てよ!と言いたくなり、私はぶちっとテレビを消してしまう。
よって、まともに見たことがないというわけなのだ。

まあ、そんなことはどうでもいい。
で、感想なのであるが、律儀な私は「どう思ったか教えてね」と言う友人にきちんとレポートを書いてメールで送った。それについては次回


2005年01月05日(水) 私が怖がりになった理由(後編)

※ 前編はこちら

留守中に部屋からなにかがなくなっていた、というのもぞっとするが、帰宅したときに出かける前にはなかったものを見つける恐怖も、相当のものである。

「なんか変。いつもとどこかが違う気がする」

部屋の入口に立ち、ぐるりと見回す。やがて天井付近に見慣れぬ物体を発見した私は唖然となった。
いつの間にか「エアコン」がついていたのである!
ど、ど、どういうことよ、これ・・・。
恐る恐る近づくと、ベッドの上に取り扱い説明書が。「留守だったので設置しておきました」という大家さんのメモを読み、私はあらためて、ぎゃーと叫んだ。

取り付け工事があるなんて、まるで知らされていなかった。
「突然の雨に大慌てで家に帰ったら、布団が取り込まれていた」という友人の話が笑えるのは他人事だからである。うちの大家さんはふつうではないのだ、わが事となるとシャレにならない。
工事に立ち会ったあと、業者と一緒にちゃんと部屋を出たのだろうか・・・。その疑念はしばらく胸に不気味な後味を残した。


その一件もすっかり忘れていたある日のこと、弁護士事務所から手紙が届いた。「賃貸契約に関する問い合わせは、今後こちらにご連絡ください」とある。
時を同じくして、大家さんの親戚だという夫婦がゴミ置き場や駐輪場の管理といったマンションの日常的な世話をすることになった、という案内文がロビーの掲示板に貼り出された。
大家さんが長く留守にしていることには気づいていたが、なにがあったのかは知らなかった。そこで同じ階の住人に訊いてみたところ、恐るべき情報がもたらされた。

「大家さんって入院でもしてるんですか」
「知らないんですか?事件起こして捕まったんですよ」
「ええっ、いったいなにしたんですか」
「いたずらだか婦女暴行だか・・・なんせそっち系の事件って聞いてますけど」

私は帰宅するなり、エアコンのフィルターやバスルームの換気口を外し、懐中電灯で中を照らした。壁や天井に穴が空いていないかを調べた。エアコンの件を思い出したのである。


そして、私を決定的に用心深い人間にしたのが、この半年後に起こった出来事だ。
その日は学園祭の直前で、私はサークルのメンバーとともにグランドでのリハーサルに参加していた。夜遅くにそれを終え、講義室に戻ったところ、私の荷物がない。
そこには百数十人分のカバンが置いてあったにもかかわらず、私のリュックだけが消えていた。

財布は身につけていたため、お金は無事だ。みなはそのことを不幸中の幸いだと言ったが、私はかえって気味が悪かった。なぜって、泥棒が肝心の財布の有無を確かめもせずカバンを盗むだろうか。
慌てていたので中を開けなかった、とは考えづらい。もしそうだとしたら大教室のど真ん中の席、しかも机の下に置かれていた私のリュックではなく、出入り口付近にあったカバンを選ぶのではないか。
中には手帳と家の鍵が入っている。財布だけを抜き取られていたのなら、不安はずっと少なくて済んだだろうに・・・と思った。
大家さんの代わりをしてくれていた老夫婦は「そこまで用心しなくても」と渋い顔をしたが、私は無理を言って、翌日鍵を取り替えた。

事件はひと月後に起こった。
正月明けに実家から戻った私はマンションのロビーの掲示板を見て、血の気が引いた。年末年始のあいだに十戸ほどの部屋に空き巣が入った、と書かれていたのだ。
私のところには連絡がなかったのでセーフだったのだということはわかったが、張り紙を読み進め、私は目を疑った。
被害に遭った一室からその部屋の住人のものでない物が発見された、として何枚か写真が並んでいたのであるが、うちの一枚に見覚えのあるものが写っていた。
茶色い革のリュック。そう、少し前に学内で盗まれた私のそれだ。


警察の人によると、犯人は同じ手口の犯行を繰り返しているセミプロで、盗んだ鍵で私の部屋に侵入しようとしたが開かなかったため、ベランダ側の窓に鍵がかかっていなかった部屋と荷物を運び出しやすい一階の部屋を荒らしたのだろう、ということだった。
炊飯器から布団からスーツから、なにからなにまで持ち出され、いずれの部屋にもケチャップやソースが撒き散らされていたそうだ。

「もしあのとき、鍵を取り替えていなかったら・・・」

そう思うと背筋が寒くなった。が、不謹慎ながら、ちょっぴりどきどきしたのも本当だ。
“調書”なるものを取られたのもモンタージュ写真を見たのも、初めての経験である。鑑識の人がドアについた指紋を取りに家に来たときは、まじまじとその仕事を観察してしまった。


正月が近づくたび、この一件を思い出す。そんなわけで、
「帰省したり旅行に出かけたりする方が多いと思うけど、みなさん、戸締まりには気をつけてね」
というふうにまとめて二〇〇四年の日記を締めくくる予定だったのであるが、ご承知の通り、手際が悪くて「後編」を年明けに持ち越してしまった。

この日記を読んでくれているということは無事に年を越したということだと思いますが、みなさん、今年も息災でまいりましょうね。


2005年01月03日(月) 新年のごあいさつ




(この写真、きれいでしょ。昨夏スイスから帰る飛行機から撮ったもので、気に入っているので使ってみました。ほんとは自筆で書きたかったのだけど、時間がなくて残念)

あらためて、あけましておめでとうございます。小町です。
昨年はたくさんの方がサイトに足を運んでくださったおかげで、楽しく書くことができました。
アンケート、絵ハガキ企画、オフ会(できれば参加者公募のやつ)など、二〇〇五年もしたいことが山盛りあります。みなさまには今年はさらにお世話になりたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。

さてさて、台湾では小籠包に水餃子、坦々麺など、おいしいと言われているものを総ナメしてきました。
雰囲気をひとことで言うと、「アジアやなあー」。街はお世辞にもきれいとは言えず、道は段差だらけ(車椅子ではとても歩けないだろう)、走っている車は泥々で運転はすこぶる荒い。食べ物屋も清潔とは言いがたく、店員は食べている最中の客の足元にモップをかけたり、店内をゴミ袋を持ってうろちょろしたり。だけど、安くておいしい。
やっぱりアジアって好き!

でも、今日市場で見た光景はショッキングでした。
中国や韓国では果物や花を並べた店の隣りで食用の犬が売られていたり、店頭で丸ごとの牛がさばかれていたりしますよね。香港の鶏屋では客が一羽を指差して「これちょうだい」と言うと、店の人が注文に応じてその場で首を落としたり、大きな釜で生きたまま茹でたり。
日本の市場では考えられませんが、こういう光景はアジアではよく見かけます。

だけど、今日のはあまりにもエグかった。
鶏屋のおもてに置かれた檻に鶏がぎゅうぎゅう詰めにされていたんですが、その奥で、店の人がバサバサ暴れる一羽をさかさまにしていたのでなにをしているのだろう?とまじまじと見たら。容器に詰められた白飯の上に、まるでソースをかけるようにその生き血を搾り出していたのです。ぎゃーー!
遠目には“いくら丼”に見える弁当箱がいくつも並んでいたので、そういうメニューがあるのかもしれない……。
最近、私、ベジタリアンの話を書いたじゃないですか。動物の命とかそういったことを考えたばかりだったので、目を覆って逃げ出してしまいました。
今年は酉年なのに、気の毒になあ。


……話を変えよう。
海外での年越しは初めてだったのですが、気分は自宅で過ごすのとまるで変わりませんでした。不思議はないですけどね、時差はたったの一時間、テレビをつけりゃマツケンサンバ兇鬚笋辰討い襪鵑任垢ら。
それに泊まったホテルの部屋にパソコンがついていたので、毎朝毎晩メールチェックをしてしまったではないですか。日記読みこそしませんでしたが、うっかり年賀メールに返信し、あきれられたりあきれられたりしました。
旅先でまでなんの不自由もなくネットができるというのも良し悪しですな。


家を出る時間がきました。これから私の実家に顔を出しに行かなくては。
次回からいつものテキストに戻ります。今年もどうぞご期待ください!