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2005年01月21日(金) なれそめ(後編)

※ 前編はこちら

かれこれ八年前の話である。
よく晴れた土曜の夕方、私とA子は大阪市内のとあるホテルの前に立っていた。顔を見合わせ、どちらからともなく切り出す。
「結果はどうあれ、今日は一緒に帰ろな」
「うん、裏切りはなしな」
私たちは互いの健闘を祈り、“出会いのパーティー”の会場となる広間に向かった。
受け付けで名札と冊子を受け取る。ぱらぱらっとめくると、参加者の氏名、年齢、勤務先が書かれていた。
当時二十四歳。「結婚」の二文字をばっちり視野に入れていた私たちは「公務員、または大卒で優良企業に勤務する三十歳以下」が男性の参加条件となっているものを選んでいた。A子と目で会話する。
「おー、これこれ。これがないと始まらん」
「早く見たいな。あ、でもその前に席に着かんと」
パイプイスが二重丸の形に並べられていた。すでにかなりの人数の男女が座っており、私たちも指定されたイスに腰をおろす。そして、私はバッグから参加者名簿を取り出しながら、ふと視線を上げた。
……と、そのとき。
「キャッ!」
思わず心の中で声をあげる。斜め向かいの席になんとも優しそうな男の子が座っていたのである。
この手のパーティーに参加するのは初めての私。実は自分のことを思いきり棚に上げ、こういうところに来るのはモテナイ君か遊び人かのどちらかなのではないかと疑っていたのだ。
「やだー、こんなふつうの男の子も来てたのね」
そっと顔をあげ、もう一度確認する。ツーブロックのサラサラヘアに肌がきれいでつくりの薄い顔。ツーポのメガネが品と知性を感じさせる。はっきり言って、ものすごくタイプである。
うれしい誤算に舞い上がる私の胸に、カラーンコローンと鐘の音が鳴り響いた。
A子がささやく。
「ねえ、もしいいなって思う人がかぶったらどうする?」
「安心し。地球が逆回転してもありえんから」
彼女はホンジャマカの石塚さんが理想のタイプという“デブ専”なのである。でなければ、森高千里にそっくりで友人の中でも一、二を争うきれいどころである彼女とこんなところに来るわけがない。
そうこうしているうちに司会者から進行についての説明が始まった。やり方は簡単。二重の輪にセッティングされたイスの内側に女性、外側に男性が向かい合う形で座っている。正面にいる人と話せるのは一分間。笛が鳴ったらフォークダンスの要領で次の相手に移るのである。
これ以上ないくらい機械的、合理的であるが、立食パーティー形式より都合がいいのは気後れして思う人に近づけないまま終わったり、その気のない人につかまって時間を無駄にしたりといった心配がないこと。
全員と話した後、気に入った人の名を用紙に記入して提出、カップル誕生の発表……という運びとなる。
「それではただいまよりスタートいたします」
まるでゲームかなにかのように、みなが一斉に話し始める。私が「キャッ、素敵!」と小躍りした彼が一番最初に話しているのはA子。
ピーッ!さあ、私の番よ。
見た目そのままに穏やかに話す人で、関西人とは話すスピードもイントネーションも違っていた。一分間というのは本当に短くて、わかったことは三つだけ。
転勤で大阪に来て間もないこと。彼と私のマンションが近いこと。そして……“鐘の音”が空耳ではなかったこと。
パーティーは二時間の予定だったが、私は開始からたった二分でその日の目的を果たしてしまった。

この話をすると、夫に会ったことがある友人はたいてい「うん、小町が○○君を選んだの、わかるわ」と言って頷く。夫が褒められたようでちょっぴりうれしい。
が、その後決まってこう続く。
「でも、彼は小町の何がよかったん?」
彼女たちが真顔のため、私はすっかりいじけてしまう。あんたたち、何がそんなに不思議なのよっ!!