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2005年01月26日(水) 別れた後、思い出の品をどうするか(後編)

※ 前編はこちら

大学生のとき、彼とツーショット写真でテレホンカードを作ったことがある。
十年経ったいまでも思い出の品として大切に取ってあるのだけれど、その後彼と再会する機会があったのであれはどうしたかと尋ねたところ、「使ったで」とすました顔で言うではないか。

「あの写真の私たち、かわいかったよね。一枚ずつ財布に入れてさ、お守りみたいに持ち歩いたっけ。・・・あの幸福の日々をあんたは忘れたって言うんか?このハクジョーモンがああっ!!」

非難がましく嘆く私に、彼は慌てて「でも捨ててはないぞ、実家のどっかにあるはずや」とフォローを入れたが、そんなもん、カードに穴を開けた時点で捨てたも同然なのよっ。
「私なんか、私なんかねえっ・・・」
あるとき、彼が来る途中の電柱に貼ってあったと言ってナントカプロレスの興行のポスターを持ってきたことがあった。
お気に入りのプロレスラーの写真が載っていたらしく嬉々として部屋に貼ろうとしたが、私は景観を損なうと断固拒否。すると彼はトイレのドアの内側にそれを貼りつけ、私は「見られてるみたいで落ち着かない」と文句を言った。
そんなものさえ、彼が去った後も何ヶ月も剥がすことができなかったのである。
強がりな私が自分から彼に連絡を取ったことは一度もない。しかし本当は、便器に腰掛け、ファイティングポーズを取るマッチョマンと目が合うたび、「いまごろどうしてるかなあ・・・」と涙していたのだ。

振った振られたにかかわらず、私にとって好きだった人が残したものはすべて“忘れ形見”だ。どうして処分することができるだろう。
しかし、手元に置いておくのはつらすぎる。そこで私は思い出の品をダンボール箱に詰め、実家に送ることにした。
そしてそれらはいまもなお、納戸に天高く(ってこともないか)積みあげられているのである・・・。


恋人からプレゼントされた帽子、それは男性にとっては「帽子」と「彼女」という別個の要素が「愛情」という糊でくっついている状態、なのではないだろうか。
二人の関係が変わればわりと簡単に分離する。だから、他の彼女に貸すことができるのだ。
彼らが“抜け殻”という言葉を思い浮かべることはあるのだろうか。

一方、女性の場合は「恋人からもらった帽子」というふうに化学変化を起こしているから、なにがあろうと単なる帽子に戻すことはもうできない。
昔の恋人から贈られたものを身につけてデートに出掛けるなんて私には考えられないが、それは「物」を恋人の分身のように感じているため、彼に見られているような気分になりそうだからだ。前編で「貸さない」に“一応”をつけたのは、恋人の前で他の男性からもらった帽子をかぶっているというシチュエーション自体がありえないからである。
女性は別れたからといって、恋人の持ち物やプレゼントされたものから彼の残像を消し去ることはできないのだ。

・・・と断じて今日の日記を締めくくりたいところなのであるが。

「あら、素敵な指輪。どこのブランド?」
「さあ、知らん。昔付き合ってた人にもらったやつやし」

人が打ち立てた論をこっぱみじんにしてくれる、こういう女性がときどきいるから困っちゃうわ。 (後日談あります)