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2005年01月12日(水) それが「縁」というもの(前編)

去年の暮れ、同僚の女性と食事に出かけた。彼女の異動が決まり、年明けから勤務地が変わることになったため、私を食事に誘ってくれたのである。
「小町ちゃんとはこれっきりになるって気がせんのよ」
そう言われ、どんなにうれしかったか。五つ年上の、さばさばした気持ちのよい女性だ。友人と呼べる関係には至っていなかったが、「親しい同僚」どまりで終わってしまうことを私はとても残念に思っていたのだ。
が、ランチの誘いを一も二もなくオッケーした後、……んん、ちょっと待てよ?
彼女は厳格なベジタリアンである。肉や魚、卵はもちろんのこと、かつお節でだしをとった味噌汁やラード(豚の脂)で揚げたフライドポテトも食べられないという人なのだ。そんな彼女が外食できる店がこの辺りにあるのだろうか。
「うん、ベジタリアンのためのフレンチレストランがあるねん。ちょっと遠いから、私の車で行こう。すっごい美味しいんよ」
仕事納めの次の日、私は心の中でスキップをしながら待ち合わせ場所に向かった。

白と木目を基調にしたかわいらしい店で、若い男性の店長が待ってくれていた。同僚と店長は「○○ちゃん」「××君」と呼び合い、タメ口で話している。
「今日のおすすめはなに?」
「そうだね、ハンバーグなんかいいと思うよ」
とえらく親しげな様子。彼女はそんなにしょっちゅう食べに来ているのかしらん。
「うん、いつもここで調味料とチーズを注文してるから、よくそれを取りにも来るしね。それに菜食してる人たちって仲良くなりやすいねん」
ベジタリアン・フレンドリーでない日本で菜食生活を送るのは不便が多い。情報がないため自力で集めてこなくてはならないが、その大変さゆえにそれを共有するためのネットワークやコミュニティが生まれるのだそうだ。
また、市販の食材にはたいてい原料に動物性成分が含まれているため、彼女たちは買うことができない。そこでこういうレストランから業務用のものを回してもらうことになり、店と客のつながりが密になるらしい。
そんな話を聞いているうちに料理が運ばれてきた。
思わず小さな歓声をあげる。見た目はまるでふつうのハンバーグだ。スーパーで売っている豆腐ハンバーグのように白っぽくもなければ、ふわふわと軽そうでもない。ちゃんと“肉感”がある。
ナイフを入れ、断面を観察する。色といいミンチの具合といい、これまで食べてきたものとなんら変わらない。どきどきしながら口に入れたら、さらにびっくり。なにやらもちもちした不思議な食感があるけれど、味はまぎれもなくハンバーグなのである。
これに肉が一切使われていないだなんて……。感激した私は彼女に店長を呼んでもらった。
「これ、いったいなにでできてるんですか」
「グルテンですよ。小麦粉を水を加えながら練ると弾力のあるかたまりになるんです。それをひき肉状にして、牛肉の代用をしてるんです」
もしこういうものが日常的に食べられるのなら、「肉が恋しくなることはまったくない」という彼女の言葉にも頷ける。
……と思ったのだが、缶詰のグルテンミートを使って家でこれに近いものを作るのはやはり困難であるらしい。なるほど、だから彼女たちはこういう店に足繁く通うことになるのか。
しかしながら、気になるのはそのお値段。
同じハンバーグがテイクアウトできるようにもなっていたのだけれど、直径七センチくらいのかなり小ぶりなそれに一個五百円のプライスカードがついている。この日、スープとパン、メインとデザートというランチコースで二千円だったのだが、いくら味がよくてもボリュームを考えると割高感は否めない。
しかし、「食材自体が高いからしょうがないよ」と彼女。そのとき、ふとあることが頭に浮かんだ。
「ねえ、もしかしてここって有機栽培の野菜しか使ってないとか?」
「うん、野菜も果物も全部無農薬やで」
やっぱり!この人たちは虫を殺すことさえ嫌がるのだ。そりゃあ高くつくのも無理はない。
その答えに私はすっかり満足した。

しかし、楽しかったのもここまで。
私が持ち出した有機栽培の話が彼女の中の、ある“スイッチ”を押してしまったらしい。このあと、徐々に雰囲気が変わっていく。 (つづく