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JIROの独断的日記
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2003年09月30日(火) 小泉総理、「郵政民営化」が日本にとって最優先課題なのですか?もう少しものを考えてください。

◆記事: 首相「郵政民営化、必ず党の公約にする」  

 小泉純一郎首相は29日の衆院本会議で、持論の郵政3事業民営化について「実現することが自民党が改革推進政党になったかどうかの試金石になる。必ず党の公約にする」と表明し、党内の反対にかかわらず、民営化を次期衆院選の党の公約に盛り込み、これを前面に掲げて選挙を戦う方針を明確にした。

 首相は郵政民営化の具体的な方法は経済財政諮問会議で検討し、2005年の国会に法案を提出すると強調。同時に「今まで党内で反対してきた人も必ず来るべき総選挙では党の公約として良識ある活動をしなければいけない」と述べ、選挙戦で党の公約に反する主張をすることは認めないとの姿勢を示した。民主党の菅直人代表への答弁。

 イラクへの自衛隊派遣の時期については「戦闘地域に派遣せず、戦闘行為に参加しないというイラク復興支援法の原則を堅持し、現地情勢の調査結果などを踏まえて判断する」と説明。復興支援費用の負担に関しては「国際社会と協調して決定したい」と述べるにとどめた。

◆所感:いつも言うけど、事の軽重を判断できない宰相は困るのです。

 私は別に、郵政事業を民営化すること自体に反対するわけではないのです。しかし、昨日、小泉内閣総理大臣が、民主党の菅直人代表の質問に関して、郵政事業民営化の話のときにに示した興奮は異常でした。あれを見ると、郵政事業の件が小泉氏の中では最重要課題で、自分が総理大臣であることのアイデンティティになっていることが、よく分かりました。私は、「ダメだ、こりゃ。」という気分になりました。その理由を述べます。

 郵政事業も良いですけどね。その前提として、人類が存続していることがまず必要ですね。ということは、昨日私がここに書いたような、環境問題の方がプライオリティ(優先順位)が高い、と考えるのが論理的帰結というものですね?それぐらいの事がわからないのかな?

 それから、そばに「首領様」と呼ばれている人が独裁している国がありますね。あそこは、国民が餓死しているのに、核兵器とか、化学兵器、生物兵器、というのを作って持っているといわれています。

 もし、首領様がやけくそになってノドンというロケットの弾頭に、化学兵器をくっつけて、日本に向けて撃って来たら、どうするのでしょう。ノドンは成層圏までたかーく上がって行って、そこから、殆ど自由落下で落ちてきますが、落ちてくる物で問題なのは弾頭の部分です。大体ダンボール1個分ぐらいの大きさなわけです。

 物凄いスピードで落ちてくるダンボールぐらいの大きさの物体を、地上に被害が及ばない高度で、打ち落とす事はできるかどうか分からないのです。在日米軍は「日本が攻撃されたら」反撃するといっているけれども、その前に落ちてくるやつを絶対打ち落としてやるとは言っていない。技術的に確信が持てないのですな。

 だったら、内閣総理大臣という職は、まず、第一に、日本国に住む人々の命を守るのが仕事なのですから、何とかしないといけないですね?

 東京にVXという、首筋にスポイトで1滴たらされただけで、人間が即死してしまうような毒ガスをばらまかれたら、郵便もへったくれもないですね?

 今まで述べたような事を考えれば、小泉内閣総理大臣と自民党が事の軽重を正しく判断しているか。優先順位を正しくつけているか、という問いへの答えは自ずと明らかになると思うのですが・・・。


2002年09月30日(月) PTSD

2003年09月29日(月) 「<北極圏>温暖化で最大の氷床崩壊」環境問題は想像以上に深刻なのです。

◆記事:
カナダにある、北極圏最大の氷床が二つに割れ、一部がバラバラになって海に流れ出していることが、カナダ・ラバル大と米・アラスカ大のグループの観測で26日までに明らかになった。北極圏で目立っている温暖化傾向が原因だという。研究グループのマーチン・ジェフェリーズ・アラスカ大教授は「氷床の崩壊によって、近くの湖に海水が流入、貴重な生態系が破壊されてしまった」と指摘している。

 この氷床は、カナダ北部のエルズミア島にあるワードハント氷床。全体の面積が443平方キロで、北極圏で最大とされている。
(ワシントン共同)(毎日新聞)[9月27日11時4分更新]

◆記事2: 地球温暖化で2%の陸地水没 NHKニュース

地球温暖化による海水面の上昇で100年後には世界で1億4000万人に影響が出るという解析結果を茨城大学などの研究グループがまとめました。日本でも国土の2%にあたる地域が水没し330万人が影響を受けるとしています。

◆国連環境プロジェクト報告書(1999年9月18日)
温暖化対策は手遅れか 国連環境計画が報告書 (共同通信)

地球温暖化防止や淡水の保全は21世紀最大の環境問題となるが、温暖化対策は既に手遅れの可能性が高く、熱帯林の破壊は取り返しが付かない状態、水不足も深刻−−などとする、極めて悲観的な「地球環境概況2000」を国連環境計画(UNEP)が19日までにまとめた。

「概況」は日本など100カ国以上から30研究機関、約850人の専門家が取りまとめに貢献、「次の千年紀に人類が直面する環境問題についての最も権威ある評価報告書」(UNEP)という。

UNEPは「対策を取るための時間はどんどん少なくなっている」と、各国政府に環境問題への取り組みを強めるよう求めた。

世界約200人の専門家の意見を基に、今後深刻になるとみられる環境問題は何かを検討した結果では地球温暖化がトップ。次いで淡水資源の不足、砂漠化、水質汚染の順だった。

報告書は「1990年代後半の大気中の二酸化炭素濃度は過去16万年間で最高。京都議定書の目標すら達成できそうになく、地球温暖化の防止はおそらく手遅れだ」とした。

世界中で年間350万−500万人が急性農薬中毒になるなど、農薬やダイオキシンなどの化学物質汚染は現在も深刻だが、今のままのペースが続けば、2050年に環境中に出る有害物質の量は、現在の3倍以上になる可能性がある。

報告書は、水資源不足が世界的に深刻化し、2025年には世界人口の3分の2が水不足に悩むだろうと予測。アジア地域では、工場や自動車からの硫黄酸化物、窒素酸化物の量が2030年には90年の4倍以上になり、大気汚染や酸性雨が大問題になると指摘した。

報告書はこのほか、窒素肥料の大量使用による生態系への影響、日本のブラックバスのように生息地以外から持ち込まれた生物が固有生物種の生存を脅かすことや、環境破壊による難民の増加などの問題が顕在化するだろうと予測した。          (了)

◆所感:人類存亡の危機

 長々と色々な記事を引用したが、まず、北極の氷が溶けたことが何故そんなに問題なのかといえば、二番目に引用したNHKニュースが伝えているように、このペースで氷が溶けつづければ、海水面が上昇して、水没する都市が続出するということである。

 それ以外に恐ろしいのは、北極圏の氷の中には、人類がいまだに出会ったことがない、病原菌やウィルスが閉じ込められていたのに、氷が溶けることによって、それが一挙に外気に放り出される危険がある、ということだ。治療法の分からない伝染病が蔓延する怖れが大きくなったのである。

 しかし、これ以上悲観的な報告書も珍しいというのが、3番目に引用した、国連環境プログラムが4年前に発表した報告書である。これによれば、既に地球温暖化を防ぐのは手遅れだというのだ!

 これが意味するところは、要するに、人類は滅亡するだろうという事なのだ。これほど緊急を要する事柄が他にあるだろうか?

 どうして、対策が進まないかというと、主要国の首脳はいずれも科学の専門家でないため(要するに皆、文科系でしょ?)、理論的、科学的な思考の訓練が出来ておらず、報告書の内容を正しく認識できない、あるいはしようとしない。自分が宰相である間は見て見ぬフリをしよう、と決めている。したがって、一般市民への啓蒙活動も非常に低調である。そのため、温暖化の進行が止まらない、という悪循環に陥っているものとおもわれる。

 小泉改造内閣では小池百合子氏が環境相に任命されたが、この一事をみただけで、小泉内閣総理大臣が、環境問題に対して如何に無知、無関心であるかがよくわかる。環境相は、初めて大事を経験する者がしばしば割り当てられるポストであり、今回もその慣習どおりである。

 自民党の中、連立与党の力関係とか、そういうくだらないことを考えるのが政治ではない。

 それから、アメリカの専門家も、何とかブッシュの馬鹿もこの事態の深刻さを理解させろ。地球温暖化の原因となる温室効果ガスの最たるものが二酸化炭素だが、全世界のCO2の20%を排出しているのは米国なのである。一番何とか手段を講じなければいけない国が京都議定書を批准しようとしない。地球環境的観点からも、アメリカは世界に迷惑をかけているのである。


2003年09月28日(日) 「イラク大量破壊兵器の証拠発見できず」米調査団報告へ ←アメリカ合衆国大統領は全世界へ謝罪せよ

◆記事:
イラクで大量破壊兵器を捜索してきた米調査団が、生物、化学、核兵器の存在を示す証拠は未発見であるとする「中間報告」をまとめ、近くテネット中央情報局(CIA)長官らに提出する。CIA報道官が24日、明らかにした。

 米政府は中間報告提出後も捜索を続けるとしているが、イラク戦後統治の混迷が深刻な政治問題になっているだけに、イラク戦争の主たる理由だった「大量破壊兵器」の未発見を米調査団が認めることで、ブッシュ政権がさらに苦境に立つ場面も予想される。

 イラクの大量破壊兵器をめぐっては、パウエル米国務長官が今年2月、情報活動を通じて得た衛星写真などを「動かぬ証拠」として国連安全保障理事会に提示し、国際世論を「イラク戦争不可避」に傾けた。

◆所感:どうやっておとしまえつけるんだよ?

 このニュースは24日のニュースである、私は、数日間、日本のマスコミがどうするか様子を見たが、見てみぬフリをしているようである。本来、これは1面トップに据えられるべき記事である。

 アメリカ自身が、イラク戦争を正当化する根拠としてきた、「大量破壊兵器の存在」はウソだったことを、初めてはっきり認めた、ということである。アメリカが世界中から非難されて袋叩きにあっても仕方が無いほどの大問題なのだ。

 こういう大問題になると、何となく、ことをうやむやにして誤魔化してしまうのが日本人の悪い癖である。

 日本政府はアメリカのイラク攻撃を世界でもいち早く支持した。支持する理由は「大量墓兵器を破壊するためならば、戦争も止むを得ない」というものだった。

 戦争が始まってからも、終わってからも大量破壊兵器は発見されなかった。7月18日の衆議院予算委員会での党首討論で次のような一場面があった。
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 菅直人・民主党代表「首相はイラクに大量破壊兵器があると断言したうえで米国の武力攻撃を支持した。米英ではそれが正しい情報だったのかと議論になっている」

 首相「フセイン大統領も生死は分からないがイラクに存在していた。大量破壊兵器も見つかっていないがあると思う。そこは見解の相違だ」
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 そもそも内閣総理大臣が「あると思う」などという、何ら根拠の無い情緒的発言をしている事自体が失格であるが、それはさておき、

 今回、「大量破壊兵器はなかった」ことが明らかになった。日本政府は早とちりして、イラク攻撃を支持した。言い換えれば、イラクの無辜の市民が殺される事を黙認した。この倫理的責任は大きい。

 そして、なによりも、日本はアメリカに騙されていたのだということをわすれてはならない。それにもかかわらず日本政府はイラクに自衛隊を派遣して、復興支援金を拠出しようとしている。

 バカとしか、言いようが無い。これ以上、お人よしの国は世界中探しても見つからないだろう。

 日本はアメリカに対して「お前、騙したな。どうしてくれるんだよ?謝れよ」と凄まなければならない局面なのである。今のような肝心なときには怒らなければならない。それをしないから、アメリカ人ごときにナメられるのである。


2003年09月27日(土) 「日本揶揄番組打ち切り ハンガリーの民放」 人種差別考

◆記事:日本やゆ番組打ち切り ハンガリーの民放

【ウィーン26日共同】日本をやゆしたバラエティー番組を放映したとして、ブダペストの日本大使館がハンガリーの民放テレビに抗議していた問題で、民放側が9月から番組の放送を取りやめたことが26日、分かった。

 大使館当局者によると、番組の制作責任者が今月中旬に「秋の番組編成には入れない」と、事実上、打ち切る意向を連絡してきた。

 民放側はことし5月、抗議を受け、3カ月間番組を休止、番組名を変更した上で、9月から再開するとしていた。しかし在ハンガリーの日本人からの反発の強さに、打ち切りを決めたとみられる。

 番組は3月に放送開始されたTV2の「ミツコ つり上がった目で見た世界」。かつらや義歯で日本人女性を装ったリポーターが著名人に突撃インタビューするという内容に大使館が「日本への偏見を助長する」として抗議していた。(共同通信)

◆所感:人種差別

 どういう番組か、この記事と写真で大抵察しがつく。

 西洋人は日本人を馬鹿にしている、あるいは馬鹿にしたがっているのだ、ということは肝に銘じておいたほうが良い。それを許容せよといっているのではないが、厳然たる事実として、存在するのである。

 私が、この記事を読んでがっかりしたのは、問題がハンガリーという、欧州の中では親日的とされている国でおきていたことである。ハンガリー人は日本人と人種的に起源が近いといわれており、ハンガリー語の中には日本語と共通する語彙がある。日本の対ハンガリー投資額は世界でドイツについで二番目である。ハンガリー国立管弦楽団の音楽監督は、日本人の小林研一郎氏である。ハンガリー人にまで見下されるとは思っていなかった。

 だから、イギリス人、ドイツ人、フランス人などが日本人をどう見ているかは推して知るべしである。

 無論、人種差別は主に教養が無い人間によって露骨に行われる。フランス人の中でも、例えば、シラク大統領は、大の日本びいきで、日本美術にも造詣が深く、プライベートで40何回も来日している事で知られる。イギリス人でも、ドイツ人でも、日本や日本人が好きな人は勿論いる。しかし、ごく一部である。

 いずこの国でも大衆は無教養であり、外国や外国人に対する知識を持たず、また、持とうとしないまま、主として外見だけで差別を行う。口惜しいが外見だけで比べられると、全体として、東洋人はやはり白人に比べて見劣りがする。

 欧米人が日本人の外見に関して馬鹿にするのは、「目が細い」というのが一番である。その次に「鼻が低い」、「背が低い」というところだろう。

 私はイギリスに住んでいたとき、幸い、ほとんどの日々は平穏に暮らす事が出来たけれども、それでも、何度かは嫌な経験をした。「差別」はされてみると、いかに理不尽なものかがわかる。その意味ではいい経験だった。

 世界中で差別をなくそうと声高に叫ばれている。しかし、それは、差別がなくなっていない証拠でもある。

 「差別をしないこと」が人間にとって本来的に快適な状態ならば、差別は自然に消滅する筈であり、「差別をなくそう」という意識を喚起する必要は無い筈である。このことは、人間は放っておくと、人種差別をしてしまう動物であることを、端的に示している。

 なくならないだろうが、極小化することは、意識の力で可能な筈である。先に述べたとおり、無教養な者ほど差別に走る。相手を知れば知るほど差別はしにくくなるものである。その意味で、日本語を世界に広める事も大切である。

 こういう言葉がある。

「ある国の言語を真剣に学んだ者は、もはや、その国や国民を心から憎む事ができなくなる。」


2003年09月26日(金) 「<石原都知事>曽我さんの母『殺された』 都議会本会議で」石原慎太郎の暴言は常に弱者を攻撃しているのが卑怯だ

◆記事:<石原都知事>曽我さんの母「殺された」 都議会本会議で

東京都の石原慎太郎知事は25日の都議会本会議で、北朝鮮による拉致事件について触れ「まさに誘拐。袋詰めにされ、十文字にしばられて、さらってみたら片方は年寄りだから、曽我(ひとみ)さんのお母さんなんか殺されたんでしょ。その場で」などと述べながら「血の涙を流してきた家族に対して報いているっていえますか」と外務省を批判した。

◆記事:1999年9月18日、府中療育センター(重度知的・身体障害者療育施設)視察後の記者会見

「ああいう人ってのは人格あるのかね。ショックを受けた。ぼくは結論を出していない。みなさんどう思うかなと思って。 絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状態になって……。しかし、こういうことやってやっているのは日本だけでしょうな。
人から見たらすばらしいという人もいるし、おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う。
ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする。
〔安楽死」の意味を問われて〕そういうことにつなげて考える人もいるだろうということ。安楽死させろと言っているんじゃない。」

◆所感:今回の暴言は、同じ暴言でも最もしてはいけない種類のものだ。

 石原慎太郎は困った男だ。9月12日の日記で石原慎太郎について批判したが、あの時、標的になったのは外務省の田中局長であった。それでも、けしからんのに、今回はこともあろうに、曾我ひとみさんのご母堂が「殺されたのだろう」と口走った。

 はっきり言えば、日本人はみな、大なり小なりそう思っている。石原知事は、だから、口にしても構わないだろうと単純に考えたのだろう。いくら、皆がうすうす感づいている事でも、口にしてはいけない言葉が、世の中にはあるのである。

 彼が、どうして、こういう言葉を吐いてしまうかというと、自分が他人の言葉で傷ついた事が無いからではないか、と推察せざるを得ない。これによって、曾我ひとみさんがどういう気持ちになるのか、といういたわりが無いのである。そこが、醜い。

 2番目に引用した、重度知的障害者療育施設を見学した後の発言を読むと、絶句してしまう。要するに、石原慎太郎は、重い障害を持っている人は、早く死んだほうが良い、と言っているのである。

 そういうことをいえるのは、自分の子供たちがたまたま運良く、何の障害も持たずに生まれ、成長したからである。障害をもった子供の親はたとえ、子供に障害があっても、愛しいのである。その尊い気持ちを、土足で踏みにじった。人間性のかけらも感じられない。

 石原慎太郎の暴言は、常に弱者に向けられている。暴言を吐くなら創価学会や暴力団に向かって、吐いてみてもらいたい。自分の身が危なくなるような対象については、無難にすませているところが、姑息だ。

 もはや、石原慎太郎氏自身が、人の悲しみを感じられない、一種の人格障害者だと言っても、差し支えないのではないかと思うのである。


2003年09月25日(木) 病気を治すのは医師と患者の共同作業である。何でも医師を叩けばよいというものではない。

 どうも、最近、医療報道が過熱気味で、それが原因となってなんとなく医者と患者の関係がギスギスしてくるのは困る。本来、医師と患者は信頼しあう関係であるべきだ。そうでないと、治る病気も治らなくなる。マスコミのやり口というのは実に単純で社会的に高い地位にある者、強い者、を何でもいいから叩けば良いと考えている節がある。それならば、本当に叩かれなければならないのはマスコミ自身である。

 それはさておき、今日逮捕された慈恵の3人の医師は手術の経験が未熟であったというが、問題は3人全員が腹腔鏡手術の経験不足だったということであって、その点において病院の管理責任は問われるべきかもしれないが、未熟な医師が手術をする事自体を禁じていては、永久にベテランは育たない。

 現在、巷に「天才外科医」と呼ばれている人がどれぐらいいるのか知らないが、彼、若しくは彼女だって、いうまでもなく「初めての手術」を経験しているわけで、はっきり言って、その後、何らかの失敗を経験しながら、技量を向上させていったであろうことは想像に難くない。

 医療技術に限らず、凡そ、技術の習得とはそのようなトライ・アンド・エラーの過程である。「医師が扱う対象は人体であるから、『絶対に』ミスをしてはならない」といくら言っても、医師自身、人間である以上、絶対という事はありえない。

 医者に限らないけれども、技術者に対して取るべき態度というのは、まずは信頼して、任せるのである。それで、よほど運が悪くて手術中に死んだら、それは運が悪かったと諦めるしかない。医師がベストを尽くしてくれたかどうかは、それまでの医師との付き合いや、術後の対応で分かる。

 逆の立場から言えば、医師が患者に訴えられるケースでは、医師が失敗したという事実よりも、その態度、気持ちの持ち方が患者や家族の気持ちを逆撫でしたからだろうとおもう。医師にたとえ失敗があっても、誠意を尽くした結果であり、また、その失敗を包み隠さず話して謝れば、普通の患者はなっとくするものである。

 かつて日本初の生体肝移植手術のことを書いた。読んで頂けば分かるが、結果的に患者の杉本裕弥ちゃんは亡くなった。しかし、それまでの医師団の努力は文字通り医師生命を賭けた血の滲むようなものであった。それをずっとみていた、裕弥ちゃんのご両親は、後に生まれた子供に、裕弥ちゃんの主治医の名前から一文字を用いて名前を付けた.。

 たとえ、患者がなくなっても、家族から尊敬される医師もいるのである。

 患者を思う医師の気持ちと医師を信頼する患者の気持ちが交わることが大切なのである。


2003年09月24日(水) ベルリン・フィルのハイドン

 9月は欧米では、オペラハウスやオーケストラの新しい「シーズン」が始まる月である。正に芸術の秋だ。

 ヨーロッパに飛んでいく時間も金も無いが、あるオーケストラが今月何を演奏するのかというようなことは、インターネットの有難さですぐに調べる事ができる。

 世界で一番上手いオーケストラ、ベルリンフィルハーモニーのサイトを覗いてみて、ちょっと驚いた。今月はハイドンの交響曲を集中的に演奏するようなのである。

 ベルリンフィルというのはどの楽器のセクションを見ても世界で超一流の奏者を集めているから、技術的にはどんなに難しい曲でも演奏する事が出来る。そして、そういう面を発揮できるような、ブルックナーとか、マーラーとか、プロコフィエフとか、ヒンデミットとか、ウェーベルンなどの、高度な技術を要求される曲目をプログラムの中心に据えることが多いのである。

 ハイドンは、上で挙げたような作曲家に比べると、純粋に技術的な面だけみると、全然易しい。それは、比較にならないほどである。ベルリンフィルがハイドンの交響曲を取り上げるというのは、実に珍しい。

 ハイドンは、譜面づらは易しいけれども、そういう単純な音符を本当に芸術的に演奏するということは、実は大変難しいことなので、一度、交響曲の原点に立ち戻ってみよう、という趣旨であろう。

 昔、カラヤンが生きていた頃、ハイドンを練習しているシーンを記録した映像を見たことがある。練習していたのは、交響曲101番「時計」の第2楽章で、ハイドンの全作品の中でも最も有名なものだ。しかし、繰り返すが、技術的には、ベルリンフィルの名手たちにとっては、児戯に等しいのである。

 ところが、この簡単な音符でも、カラヤンは如何に芸術的に演奏するかということに苦心していた。第一バイオリンがメロディーを奏でる、その裏で、第2バイオリンとビオラが、時計のチックタックという刻みを連想させる、「ミ、ソ、ミ、ソ、」という簡単な伴奏をつけるのだが、その刻みが気に入らないという。機械的で趣が無い。「君たちは、この『時計』というニックネームをどう考えているのかね?君たちのはクオーツ時計なんだ。」と難しい顔をしている。

 第2楽章が進むと、弦楽器が主旋律を奏でるのにのっかる形でオーボエが一つの音を長く伸ばす。単なる一つのロングトーンだが、このときのオーボエが名人で、微妙にクレッシェンドしながら、少しずつ品の良いビブラートかけてゆく。そうしたら、カラヤンはオーボエ奏者を見て、ニコっと微笑んで「きれいだ・・・」といった。

 私は何だかその瞬間に、ぞくぞくっとするほど感動してしまった。たった一つの音にニュアンスをこめる技術。それが、技術と音楽性に支えられている事を、芯から理解しているマエストロ。芸術というのは、厳しくて奥が深いものですね。


2003年09月23日(火) 総裁選、内閣改造で大騒ぎして、大事なニュースをすぐに忘れるマスコミと世間。

◆ 先週末から、今週初めにかけてはもっぱら自民党総裁選と、それにつづく内閣改造のことばかりをマスコミは報道して、世間もそちらに気をとられているが、世の中では、その間にも重要なことが行われたり、起きたりしているのである。

◆ 1つは、先週末に金融庁が発表した大手銀行の業務改善計画である。5月半ばにりそなホールディングスへの公的資金注入が決まってから、マスコミは他の大手金融グループの経営状態はどうなのか、金融庁が特別検査に入ったがその結果はどうだったのか、大騒ぎをしていたはずである。

 りそなへの公的資金注入が決まった後でも、金融庁が監査法人に圧力をかけて、「自己資本は十分にある」という、監査報告を出させようとしていた事が、ほぼ明らかになったが、なんとなくうやむやになってしまった。それどころか、実はりそなは債務超過だったのではないか、という疑惑がしきりに国会でも問われたのだが、竹中平蔵金融・経済財政担当相は、「プロの監査法人が『債務超過ではない』という結論を出しているのであるから債務超過ではない」と、監督官庁の長としては、あまりに頼りない答弁で誤魔化した。

 誤魔化した竹中大臣、すなわち小泉政権は結果的には正解だった。いまや、りそなの問題を取り上げるマスコミも無いし、世間も忘れている。僅か2、3ヶ月で。

 金融庁はしかし、その後、銀行との癒着体質を問われるのを怖れ、8月1日、「今年の3月末における大手金融グループの収益状況が悪すぎる。収益改善計画を作成して1ヶ月以内に提出せよ」との業務改善命令を出した。これも茶番で、銀行に対して「お上」は厳しいスタンスを崩していないぞ、というポーズを示すのが目的だったのである。なにしろ、今年の3月末の日経平均大引は7972円71銭だった。銀行は株式の含み損だけで大赤字になったのは当たり前である。

 各銀行は8月29日に業務改善計画を金融庁に提出した。金融庁はそれらを全部点検して、先週の金曜日、9月19日にホームページに掲載した(これがまた、いかにもお役所の発表の仕方で、見た瞬間に、詳細を見てみようという気をなくさせるような形式である)。

 このような重要な動きがあったというのに、マスコミは全く、とは言わないが、もはや殆ど無関心である。理由は簡単だ。最近、株が上がって銀行が保有する株の含み益が大幅に増大して、とりあえず、金融危機が訪れる心配がなくなったからである。

 しかし、これは軽率だ。今は株がたまたま上がっているから、銀行が潰れる心配もないけれども、来年3月の本決算のときに、株価が今と同じ、またはそれ以上の水準を保っている保証は全く、無い。相場に「絶対」ということはありえないからだ。

 だから、今の株価で一喜一憂していないで、マスコミは各銀行の収益改善計画が妥当なものなのか、きちんと分析して見解を示す義務があると思うのだが、どうやら、やる気はなさそうだし、世間も関心がなさそうだ。いい加減なものである。

◆もう一つは、8月19日に続き、バクダッドの国連事務所に乗用車が突っ込んで爆発した。自爆テロである。イラク人警官と車を運転していた犯人が死亡。他の警官ら少なくとも12人が怪我をした。前回よりも規模的には小さいが、国連ですら、イラク人武装勢力のテロの標的になっている。どうしようもなく治安が悪い。

 私は、既に何度も書いたが、自衛隊が派遣されようとしているのは、こういう場所なのである。それなのに、自衛隊に対して「周到な準備をするように」と述べたのが、小泉内閣総理大臣である。一体、どういう準備をしろというのだ?

 小泉内閣総理大臣には、自衛隊員を殺傷する未必の故意がある、といっても過言ではないと思うのである。

 内閣改造よりも、本当は、このような世の中の動きの方が重要なのだ。マスコミはうわべの派手さだけを追いかけて報道していてはいけないし、国民も本当に大事なことを忘れるべきではない。


2003年09月22日(月) .「政治家」は誰でもいい。「政治」が問題なのだ。

 新聞の「政治面」、テレビの政治ニュースを読んだり、聞いたりしていると、「政治」即ち国を如何に治めるかという問題を取り上げるよりも、政治家の人間関係の話題が「政治ニュース」になってしまっていることに気がつく。

 安倍晋三氏が若干49歳で自民党の幹事長になったということは、永田町の住人にとってはいろいろと物議をかもす問題かもしれないが、国民にとってはそれ自体はどうでも良い事である。同様に、誰が何大臣になろうが、そのこと自体に関心があるのは政治家たち自身とマスコミの政治部記者だけであると云っても良い。

 国民の望むことは、誰でも良いから世の中を少しでも良くしてもらいたい、という一点にある。言い換えれば、政治の究極の目標は、できるかぎり多くの国民を、可能な限り幸福にする事にある。

 政治家も国民も、その本質を忘れるから、なかなか問題が片付かない。政治家は私欲を剥き出しにして保身に走る。国民は、自分さえ良ければいいと考える。そういうことをしていては、世の中は変わらない。自分は今のところ問題がないが、世の中のより多くの人がもっと幸せになるにはどうすればよいか、ということを考えたい。

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 昨日、ご親切にメールを送ってくださったK様、本日返信したところ、User Unknownになってしまいました。恐れ入りますが、ご自身のメールアドレスをご確認の上、もう一度お知らせ頂けないでしょうか?


2002年09月22日(日) 忘れっぽさ

2003年09月21日(日) 「あと、1日だけ生きる」と思って、生きている。

 何かいいことがないかな、と思って暮らしている人は案外多いと思う。しかし、貴方が、もし、日常で少しでも楽しいと感じる事があるならば、貴方は十分に幸せである。

 友人と食事をする。物を食べておいしいと思う。飲み会で騒ぐ、カラオケに行く、彼氏や彼女とデートする。映画を見て、本を読んで、テレビを見て、面白いと思う。音楽を聴いて美しいと思う。仕事がたのしい。打ち込める趣味がある。というようなありふれたことでも、なにかひとつでもある人は、十分に幸せであることを知るべきである。

 私はうつ病という病に罹っている。この病気にかかっても、見た目は普通の人間と変わらない。だから、無知な奴は「気分の問題じゃない?」「怠け病だろ?」などという。殺してやろうか、と思う。

 うつ病に罹ると、程度の差はあるものの、先に述べたような人間らしい普通の楽しみ、喜びが一切感じられなくなる。砂漠をトボトボと歩いているような感覚、とでも云おうか。

 うつ病は脳内神経伝達物質のバランスが崩れた状態である。脳内の化学反応に変異が生じたということなのだが、それが、これほどの苦痛をもたらすとは、なった人でなければ、分かるまい。

 毎日、もうたくさんだ。と思っている。いつ死んでも良い。と思っている。いつでも死のうと思えば死ねる確信がある。家族が寝静まったところで、ベランダに出て手すりで首を吊るだけの事である。一度首を吊って未遂に終わった事があるので、首吊りが如何に容易かは良く分かっている。

 しかし、「あと、1日だけ生きてみよう」とおもって、何とか、這うようにして生きている。こういう病もあるということである。貴方の周りにうつ病の人間がいたら、それぐらいの苦しみに耐えて生きているということを、せめて、観念的にでもよいから、理解すべきである。


2003年09月20日(土) 「イラク占領に加担するな 来日の米兵家族が訴え」小泉内閣総理大臣は彼らの声をよく聴け。

◆記事:イラク占領に加担するな 来日の米兵家族が訴え

 米軍のイラクからの即時撤退を求め、米兵家族らが結成した米国の非政府組織(NGO)「声を上げる軍人家族の会」(Military Families Speak Out)のスティーブン・クレグホーンさん(53)が19日、都内で開いた記者会見で「日本は自衛隊を派遣して、米国の占領政策に加担すべきではない」などと訴えた。

 クレグホーンさんは、イラク戦争や自衛隊派遣に反対する市民グループの招きで来日。28日まで滞在し、東京のほか広島や大阪での集会に参加する。
 クレグホーンさんは、米軍が戦争を始めた真の目的は中東の軍事拠点確保と石油利権にあり、イラク戦争はベトナム戦争と同様「うそを根拠にして始まった」と指摘。

 その上で、駐留米兵を狙ったテロが頻発するなど混乱が続く中で自衛隊が派遣されれば「米兵と同様にテロの標的になることは間違いない」と述べ、日本の国民が派遣に抵抗するよう訴えた。(共同通信)

◆Bring Them Home Now声明(Military Families Speak Out)の8月20日の声明)

 「兵士を今すぐアメリカに連れ戻して来い!」(BRING THEM HOME NOW!)は、イラクで続く戦争に反対し、武装して占領に抵抗するイラク国民に対してジョージ・W・ブッシュが「かかってこい」という愚かで無謀な挑戦状をつきつけたために行動に駆り立てられた軍人家族、退役軍人、現役の戦地勤務兵員、在郷軍人その他の運動である。

 我々の任務は軍人家族や退役軍人やアメリカ兵を動員して、彼ら自身がイラク占領や他の間違って進められている軍事的冒険を終わらせ、全てのアメリカ軍をアメリカ国内の勤務にすぐに戻すことを要求することにある。

 真実が明らかになりつつある。アメリカの世論はイラク侵攻の動機と意図についてブッシュ政権にだまされたのである。同様に、ブッシュ政権は破壊的な方向に頑固に、そして能力もないのに固執していることが明らかになっている。軍人家族の多くはアメリカ軍をイラクに配置させたくない。アメリカ兵自身の多くがイラクに配備されたくない。イラク国民の圧倒的多数がアメリカ軍の駐留を望んでいない。

 アメリカ軍はアメリカ政府自身が大部分を作り出した地域紛争の泥沼にはまり込んでいる。このような軍事行動は解放ではなく占領であると認められ、アメリカ軍は今、連日の攻撃にさらされている。一方で、明確な任務がないのに、アメリカ兵は容赦のない苦行と苦難の状況の中で生きている。アメリカ国内では兵士の家族が別離を引き延ばされ不安が続くのに耐えざるを得ない。
(後略)詳細は↓
http://www.jca.apc.org/gi-heisi/heisihonne.html#label12

◆所感:非常に貴重な助言である。小泉首相ははこの声明をよく読め。

 私はイラク復興支援特別措置法が成立する前も後も、ずっと自衛隊をイラクへ派遣することには反対だと述べてきた。その主張は7月5日7月22日7月26日7月27日8月20日の日記にそれぞれ綴ってある。

 今回、イラクへ行かされている米国の兵士の家族が、わざわざ日本にやってきて、「日本はアメリカの支援などするな」と云ってくれていることは大変貴重であり、有難い助言である。

 何しろ、「すでにイラクに駐留している」兵隊の家族が、NGOを組織して、日本にまでやってきて、アメリカ政府が行っている事は間違っている。日本も自衛隊をイラクへ送ったら、同じように悲惨な経験をすることになるぞ、と、親切にも忠告してくれているのである。彼らの善意をないがしろにすべきではない。

 小泉内閣総理大臣は、自分さえよければ、他人がどうなろうがしったことではない、という人格の持ち主で、それは今更変えられないかもしれないが、とにかく、具体的に、リアルに想像してみろ、といいたい。

 テロが起きた現場の写真、米兵が襲われた現場の写真、なくなった米兵の写真をじっと見てほしい。そして、その場所に我が同胞が赴く。そういう場所に一家の主を送らねばならない、自衛隊員ひとりひとりの家族の気持ち。

 そういうことを本当に真剣に行わずに、口先だけで「自衛隊を派遣する」と決断するのは本当に、無慈悲、冷酷なことだ。

 イマジネーションの無い人間は、政治家になどなってはいけないのである。


2002年09月20日(金) 何故、事実を隠すのか。

2003年09月19日(金) 「<環境危機時計>昨年より10分進む。」 人類存亡の危機なんですよ。

◆記事:
環境悪化に伴う人類存続の危機の指標とされる世界の「環境危機時計」が昨年より10分進んで9時15分を指し、92年の調査開始以来、最も危機意識が高まっていると、17日、旭硝子財団が発表した。同財団は「イラク戦争など地球環境保全と逆行する出来事があったため」と推測している。(毎日新聞)

◆【参考】環境危機時計
地球環境の危機レベルを時刻で表したもの。環境が悪化して地球が滅亡する時刻を12時に設定し、0〜3時は「ほとんど不安はない」、3時1分〜6時が「少し不安」、6時1分〜9時が「かなり不安」、9時1分〜12時が「極めて不安」となっている。平成14年は9時5分で、極めて不安な状況に突入した段階とされている。旭硝子財団が毎年、発表している。

◆解説及び所感
 参考記事から明らかなとおり、環境時計は旭硝子財団という一民間組織が発表するもので、世界中の専門家がそれに賛成するかどうかはわからないけれども、ここ数年の異常な気候や99年の国連環境プロジェクトの発表などに鑑み、人類はこのままだと、確実に滅亡する方向へ向かっているように思わざるを得ない。こういうニュースは意味が重すぎて、人間は無意識下に抑圧しようとしてしまうが、しっかり、目を見開いて認識した方がよい。如何に深刻な危機なのかを一般人が認識していないから、余計に加速度的に状況が悪化するのだ。まずい情報ほど、皆が知るべきなのである。


2003年09月18日(木) 「首相『支援ひるんじゃいかん』 イラク自衛隊派遣で」 殴りたくなるほど無責任な野郎だな。

◆記事1:
 小泉首相は17日、イラクから帰国した岡本行夫首相補佐官と首相官邸で会い、現地の情勢報告を受けた。首相はその後、自民党本部で記者団の質問に答え、イラクへの自衛隊派遣について「日本としてできることはたくさんある。ここで支援をひるんじゃいかん」と語った。(朝日新聞)

◆記事2:<自衛隊イラク派遣>小泉首相が積極発言 幹部に準備指示

小泉純一郎首相が、イラク復興支援で前向き姿勢を強めている。「支援の趣旨をよく理解し、困難な任務にも十分対応できる心構えをもって周到な準備を」。小泉首相は10日、防衛庁で自衛隊幹部にイラク行きの準備を指示した。「自衛隊が行かない選択はないのか」との質問には「ありません」と断言した。
(毎日新聞)[9月10日]

◆所感:小泉孝太郎を自衛隊に入れて、現地へ派遣できるか?

 奇しくも、私と同じことを野中広務が週刊文春で言っているらしいが、それはどうでもよい。
 イラクへ自衛隊を派遣する根拠法は、7月25日に成立した、イラク復興支援特別措置法である。
 この時点で小泉内閣総理大臣は、イラクにおける自衛隊の活動範囲は、非戦闘地域に限る、と明言していた。

  しかし、現地の情勢はそれほど単純ではない。

 8月19日にはバグダッドの国連本部施設にテロ国激があり、デメロ国連イラク特別代表が亡くなった。また、8月29日、イラク中部のイスラム教シーア派聖地ナジャフのモスク(イスラム教礼拝所)近くで爆発があり、少なくとも20人が死亡、数十人が負傷した。

 5月1日に米国が戦闘終結宣言を行った後もイラク武装勢力はアメリカ兵への攻撃を続け、8月26日には、5月1日以降の死者が139名となり、何と戦争中(3月20日〜4月30日)の死者数を上回っているのである。

 最早、イラク領内で、非戦闘地域と戦闘地域の区別をするとか、安全な作業だけを行うなどというのは、たわごとに過ぎない。米国支持を鮮明にしていた日本はイラクの武装勢力の標的となることは間違いが無い。

 ところが、日本の自衛隊は、周知のとおり専守防衛に徹しなければならず、鉄砲を持ったイラク兵が自分を撃とうとしているのが明らかでも自ら戦闘行為を開始することはできないのである。誰かが撃たれて、怪我をして、或いは死んで、初めて正当防衛として反撃が可能になる。

 このような場所に日本の自衛隊を送り込もうとしている小泉内閣総理大臣は、私には、悪魔に見える。彼は、間違いなく、自衛隊員に死傷者が出ることを予想しており、それでも、それは、総裁選が終わった後だから、構わないと考えている、残酷な冷血漢である。

 何故、冷血でいられるか?自分や自分の身内は死なないからである。絶対に安全だからである。

 だから私は、そんなに自衛隊をイラクに送りたいのであれば、首相は下らない役者などをやっている、ご令息、小泉孝太郎君を自衛隊に至急編入し、イラクへ派兵する際は、真っ先に、最も危険な地域に送り込むべきだと思う。

 自分の子供が死ぬのは嫌だが、他人の子供はいくら死んでも構わないという思想は、一国の宰相として、許されるべきではない。


2002年09月18日(水) 北朝鮮への憎悪

2003年09月17日(水) 道具が便利になっても、事を成すのは人間の情熱だ。松本清張氏に思う。

 普段は全くテレビドラマというものを見ない。家人は好んで見ているから、私の視界の片隅にそれらしき映像が映ることはあっても、大抵、下手くそな若い役者や「アイドル」が型にはまったような演技をしていて、全然関心を持ち得ない。
 
 そんな私だが、昨日は珍しくTBS系列で放送していた松本清張原作の「霧の旗」を最後までみた。原作はずっと若い頃に読んだし、この小説は何度も映像化されているので、ストーリーの結末まで知っている。
 
 冤罪に問われた兄の弁護を有名弁護士に依頼するために、一人の少女が青森から東京まで出向くが、多忙や、少女に資金が無い事を理由に、弁護士はその依頼を門前払いにした。兄は無実の罪を着せられたまま獄死する。妹は弁護士に対する復讐を決意して、目論見どおり、弁護士は完全に破滅に追いやられる、という、まあ、「暗い」話である。それもわかっているのだが、それでも、リメイクされたドラマを見てしまう。これは、いかに松本清張氏の原作が人を引き込む力を持っているかを証明している。
 
 松本清張氏は苦労人だ。学歴は高等小学校、つまり、今でいうところの中卒である。それから、印刷会社の版木下書き工の仕事などを経て、朝日新聞西部本社広告部でデザインを担当したそうだが、あるときご本人が語っていたところによると、随分いじめられたそうだ。朝日新聞の大学出の記者たちは、学歴の無い松本氏を召使のように扱ったそうである。何か買い物を頼むときも、たのむ、と言わず、ミカンを投げてぶつけるのだそうだ。何というひどい事であろう。まるで、奴隷である。しかし、松本氏はそんな境遇に耐えつつ、文章の修行をし、自力で社会の様様な事を勉強して、ようやく40歳を過ぎてから小説の執筆をはじめたのである。
 
 だから、松本清張氏はいつも「俺には、時間がない。時間がないんだ。」と憑かれるように執筆活動を続けていたという。デビューが遅いから、生涯に書くことができる小説が人よりも少ない、だから、一刻も無駄には出来ない、という意味である。
 
 言うまでも無く、松本清張氏の時代には、ということはつい最近まで、PC、ワープロソフト、インターネットなどという便利な道具は存在しなかった。皆、物書きは原稿用紙のマス目を一つ一つ、鉛筆や万年筆で埋めていったのだ。資料を調べるときも、紙の資料を買うか、図書館に行って調べるしか手段が無かった。今のように手元でインターネットで貴重な文献に接することなど出来なかったのだから。
 
 それでも、松本清張氏は82歳で他界するまでに、原稿用紙に換算して8万枚、約750点の作品を世に送り出した。松本清張氏ばかりではない、司馬遼太郎氏も、遠藤周作も、皆、あの膨大な作品群を、すべてそのようにして書き上げてきた。
 
 もしも、今、時代がネットやPCの無い世の中に逆戻りしたとしたら、一度それらの便利さを知ってしまった我々にとっては多分、とても不便な世界に感じられるだろう。しかし、所詮、これらは道具、ツールであって、仕事を成し遂げるのは人間なのだ、ということを、昨日の松本清張氏原作のドラマは思い出させてくれた。
 
 便利になりすぎると、人間は情熱を失うのかも知れぬ。


2002年09月17日(火) 小泉の馬鹿野郎

2003年09月16日(火) 問題を解決するためには、それなりの段階を経ねばならない。名古屋立てこもり事件に思う。

 私たちは、人生で様々な問題に直面するけれども、その殆どが解決可能なものである。ただし、ある事象が生じるまでには長い、因果関係の連鎖があるので、問題を解決するためには、短気を起こさずに、その長い、因果の連鎖を一つずつたどっていかなければならない。たとえていうならば、こんがらがったコードは一遍に解くことは出来ず、結び目や他のコードと重なった箇所を一つずつほどいてやらねばならない。

 それを辛抱強く行うのが、大人の行動なのであるが、まれに、問題が生じるとすぐにかっとなって、こんがらがったひもそのものを引きちぎって問題を解決しようとする者がいる。今日、名古屋で立てこもり事件を起こした男や、数年前に、武富士の弘前支店に押し入って火をつけた男などがそれに相当すると思われる。

 このように、思慮に欠け、なんでも横車を押して問題を解決しようとするような行動のあり方を「短絡反応」という。

 ドイツの刑法学の世界で「郷愁犯罪」という言葉がある。田舎から、都会に奉公に出されて、子守りをさせられている女中がホームシックにかかる。そして、自分がここ(奉公先)に居なければならないのは、目の前にいる子供がいるからだ。だから、子供が居なくなれば、自分は故郷に帰ることができる。という「短絡反応」により、子供を殺してしまう、という事件が何件も起きたから、「郷愁」に駆られた者の「犯罪」という意味で、この言葉が出来たのである。

 しかし、昔、私が刑法を習った頃は、このような「短絡反応」を起すのは、圧倒的に女性が多い、男性はもっと合理的に思考して問題解決を図ろうとするものである、といわれていた。

 してみると、昨今の世の中では、男性の女性化という傾向があるのであろうか?環境ホルモンの影響だか何だかわからないが、気持ちが悪いことだ。


2003年09月15日(月) 「福岡の一家殺害、魏巍被告が殺害関与認める供述」中国人留学生の入国条件を厳密化すべきである。

◆記事:
福岡市の一家4人殺害事件で、別の強盗致傷、詐欺容疑で再逮捕された中国・河南省出身の元専門学校生・魏巍被告(23)(傷害罪で起訴)が、福岡県警の捜査本部の調べに対し、一家殺害への関与を認める供述を始めたことが15日わかった。

 魏被告は、事件発覚後に出国した吉林省出身の元日本語学校生(21)ら2人について、「2人に誘われ、3人でやった」と供述。捜査本部は、3人に対して殺人、死体遺棄容疑で逮捕状を請求するため、警察庁と詰めの協議を急いでいる。被害者の衣料品販売業松本真二郎さん(当時41歳)一家との接点が見つからないことから、犯行を指示した人物がいるとみて背後関係を追及する。

 魏被告は、元日本語学校生や一緒に帰国した同居の元私立大留学生(23)の遊び仲間。捜査本部は2人の交友関係から魏被告を割り出し、8月、知人女性を殴った傷害事件で逮捕。9月に入ってからも、3人で携帯電話をだまし取った詐欺容疑や、中国人の日本語学校生宅を襲撃した強盗致傷容疑で再逮捕する一方、一家殺害への関与を追及していた。

 当初、魏被告は「(元日本語学校生と元私立大留学生の)2人がやったと思う」などと供述していた。松本さん宅に残された足跡から、犯人グループは3人以上だったことがわかっている。

 住んでいた同市東区のアパートから採取した微物のDNA鑑定や目撃証言などから、捜査本部は一家殺害に深く関与したと断定、死体遺棄容疑で逮捕状を請求する方針を固め、警察庁と協議を重ねていた。一連の捜査で、元日本語学校生の知人ら中国人4人が逮捕されている。(読売新聞)

◆中国人犯罪者が激増しているなら、制限すべきだろう。

 警察庁によれば、激増する外国人犯罪者の約半数は中国人だという。この福岡一家4人殺害事件に限らず、残虐な手口が多い。

 これは人種偏見ではなくて、統計的事実なのであるから、犯罪者となる人間を多く送り込んでくる国に対しては、今後、日本への入国及び在留の基準を厳しくするという措置をとるのは当然である。

 若い外国人(主としてアジア人)が日本に入国・滞在する資格としては、「留学生」と「就学生」がある。大学や短大で勉強するのが「留学生」で、日本語学校など各種学校で勉強する(という名目で日本に滞在している)のが「就学生」である。

 現在のところ、留学生・就学生いずれに対しても事前の学力試験などは課されていない。つまり、極端な話、本当は日本語を勉強するつもりなどなくて、最初から、悪事を働く意図をもっている者でも、就学生の立場で日本への入国を申請すれば,大抵許可されてしまうという事である。

 ある人間が本当は何をしようとしているのか、完全に確認する事は不可能なのであるから、せめて、英語のTOEFLみたいな日本語試験を外国人に対して実施して、相当の成績を修めた者のみ、入国・在留を許可するとか、何らかの方法で、悪い中国人が入国するのを防ぐべきだ。これなら、勉強なんか全然したことの無いワルが日本に来るのは不可能になる。

 事件が起きてから捕まえたのでは遅い。


2002年09月15日(日) 同時通訳に関わる思い出

2003年09月14日(日) 「私が描くアメリカとは、単独行動主義の代わりに世界調和を求める国であります。」デニス・クシニッチ(下院議員。民主党 大統領候補)

◆デニス・クシニッチというアメリカ人がいる。

 イラクでアメリカがにっちもさっちもいかなくなっていて、ブッシュ大統領本人とその背後にある、ラムズフェルド国防長官を含むネオコン(新保守主義者)たちは急速に、米国内での影響力を失いつつある。イラクの現状は少しもいいことではないが、ネオコンという危ない連中が、力を失うのは世界のために良い事だ。

 それを期を一にして、ものすごい勢いで支持者を増やしている民主党員、デニス・クシニッチという人物がいるという話を聴いた。来年の大統領選挙に臨んで民主党には9人の候補がいるが、このクシニッチ氏の人気がすごい。

 日本語でも英語(Dennis Kucinich )でもすぐに検索できるが、彼が、アメリカがイラク戦争をはじめる前に行った演説を一部引用してみる。

◆デニス・クシニッチの演説

 「私が描くアメリカとは、単独行動主義の代わりに世界調和を求める国であります。最初に攻撃するのではなく、最初に手を差し伸べる国。世界のひとびとの重荷を軽くするために努力する国。援助を乞われたら、爆弾ではなくパンを、ミサイルではなく医療援助を、核物質ではなく食料を分配するのがアメリカなのです。

 アメリカには世界での役割があります。それは世界の国々と協力して世界各国の平和を達成することです。それは、不拡散条約の約束をもとに戻し、率先して核兵器全廃に向うことです。国際秩序を確保する手助けをすること。国際条約を補強し、順守すること。生物化学兵器と地雷の管理と最終的には撤廃を保証すること。炭素排出削減のため世界各国と協力して地球の気候を保護することです。

 アメリカは世界を守る助けをできます。世界を救う助けができます。しかし、世界を管理することはできないし、私たちもそれを望むべきではありません。しかし私たちの政府はアメリカのパワーを支配するために使おうとしています。その国家安全保障の方針では、アメリカは世界のどこでも好きに攻撃でき、最初に核兵器を使えるとしています。我が国は今やイラクへの戦争を国をあげて行うとしています。

 イラクはアメリカに対していかなる敵対行為をしていません。イラクは9月11日のテロ攻撃には責任がありません。9月11日テロ攻撃でイラクとアルカイダを結び付ける信用できる証拠は何もありません。炭疽菌事件にイラクは責任がありません。イラクが使用可能な大量破壊兵器を保有しているという証拠を国連は未だ確認していません。イラクがアメリカを攻撃できる能力があるという証拠は何もありません。

 CIAによれば、イラクはアメリカを攻撃する意志はないが、もし攻撃されれば反撃すると言っています。それでは何故、我が国は30万人もの我が若い男女をバグダッドやバスラの市街戦に送り込もうとしているのでしょうか。なぜ我が国は、イラク破壊のために2000億ドル以上の、汗水たらして私たちが稼いだ税金を注ぎ込もうとしているのでしょう。なぜ我が国は、歴史上かつてないほど強力な軍事力でイラク国民を攻撃し、彼らの家やビルを破壊し、水道や送電施設を壊滅し、彼らの食料や医療品の補給を絶とうとしているのでしょう。

 その答えは、石油経済、兵器輸出の利益、歪んだ帝国建設主義を抜きには考えられません。イラクとの戦争は間違っています。」

◆所感:冷静・論理的・合理的

 今現在のように、ブッシュがヤバい状況になってから、批判演説をするのは簡単だが、この演説は開戦ムードが高まっていた、今年の1月に、クシニッチ氏の出身地であるクリーブランドで行われたものである。

 日本の太平洋戦争開戦時の歴史などを読んでも分かるが、世間が「戦争だ!」と興奮しつつあるときに、これに対して冷静に反論する、ということは、とても難しく、勇気の要る行動だが、この人物は、非常にまともな事を言っている。ブッシュと比べて何よりも優れているのは、客観的・合理的に物事を考える能力を持っているということである。

 「イラクはアメリカに対していかなる敵対行為をしていません。イラクは9月11日のテロ攻撃には責任がありません。9月11日テロ攻撃でイラクとアルカイダを結び付ける信用できる証拠は何もありません。」というくだりによく現れている。

 さらに「アメリカは世界を守る助けをする事ができるが、管理する事はできない」という考え方は、ネオコンやキリスト教原理主義者らのそれと対極にある。

 イラクを攻撃する合理的理由は全くないのだ、と明確に主張する、こういうまともな声もあったというのに、当時は世界に届かなかった。

 一人の人物を理解する事は容易ではなく、一回の演説で全てがわかったような気になるのは、単純すぎるけれども、アメリカ人にも良心的な人物がいて、彼の思想を正しく理解した上で、それを支持する国民が増えているのであれば、アメリカにとっても、世界にとっても良い事だろう。

 このままで行くと、来年ブッシュは、まずまちがいなく、負けるね。


2002年09月14日(土) うつ病のテレビCM

2003年09月13日(土) 最近の若い人って「ローマの休日」を見たことがないの? 「品」が良い、ということ

 今朝は実に久しぶりに、心底驚いた。テレビを見ていた。映画を紹介するコーナーになった。原則として新作を紹介するのだが、話が昔の映画「ローマの休日」のことに及んだ。そうしたら、司会をしていたタレントの優香が、なんと、「ローマの休日」を見たことが無いというではないか!
 
 「ローマの休日」を見たことの無い人がいる?
 
 考えてみれば、確かに半世紀以上も前の古い映画なんだが、あまりにも有名なこの映画は、特別に映画に関心があるわけではない私ですら、何度見たか分からないほどである。無論、ビデオにもDVDにもなっている。
 
 別に、いいじゃん、と若い人はいうのだろうけれども、あれを見ないのは勿体無い。今の映画とどこが違うか?現代のようにコンピューターを駆使した特別な技術は使われていない、とか、風景や服装が古臭いとか、そういう枝葉末節ではない。
 
 「品」があるのだ。ストーリーにも、役者にも、映像にも。
 
 堅苦しい毎日を過ごす某国の王女が、ローマに泊まったある晩、夜中にこっそりと町に抜け出して、子供のころから夢に見た、自由を味わおうとする。たまたま、通りかかったアメリカの新聞記者のローマ特派員が彼女を見つける。
 
 最初は誰かわからなかったが、新聞記者なので、王女が行方不明になっているという極秘情報と写真を見て、目の前の美しい女性が王女だと知り、愕然とするが、彼女の1日だけ自由を楽しみたいという切なる思いに打たれ、ローマ中を案内する。王女は子供のように、はしゃぎ、走り回る。そんな天真爛漫な姿を見た新聞記者は、次第に彼女に想いを寄せ始める。王女も気さくだがあくまでジェントルマンでハンサムな新聞記者に心が傾く。
 
 楽しかった1日があっという間に終わるころ、二人は恋に落ちていた。しかし、所詮、身分が違う。叶わぬ恋。1日だけの恋であった。
 
 うー、いいなあ。何度思い出しても。ストーリーもロマンチックだが、王女を演じたオードリー・ヘップバーンの清楚さ、可憐さ、美しさ。まったく「ローマの休日」のオードリーを見て、胸がときめかない男がいるだろうか?
 
 そして、新聞記者のグレゴリー・ペックの品のよさ。決して金なんかたくさん持っていないし、社会的地位だって大したことはない、というのに、人間全体からにじみ出てくる品の良さ。
 
 この二人に比べれば、最近のアメリカ映画の「スター」なんて、笑ってしまう。みんな、チンピラのあんちゃんとねえちゃんだ。
 
 日本人は、何だかどんどん下品になっていくように思う。色々な要因があるだろう。ひとつには、勿論バブルで、要するに世の中金が全てだ、と皆が思ってしまったあたりからどんどん品がなくなってきた。
 
 大人が品がないから、品の無い子供ができる。そして、大人も子供も品のあるものをみないから、余計品がなくなる。若い女の子が電車の中で大股おっぴろげて、大口をあけて眠っていたりする。
 
 「ローマの休日」を見てもらいたいなあ。
 
 女の子だって、オードリー・ヘップバーンの上品さに憧れるだろう。憧れる対象を持つのは良い事だ。 
 
 男の子は、オードリー・ヘップバーンの中に、一種の「聖性」を見出すだろう。そういう経験がないと、女の子、イコール、セックスの対象、としか見られなくなる。そして、グレゴリー・ペックを見て、「ジェントルマン」とは、決して文字の上だけの存在ではないことを知って欲しい。
 
 そりゃあね。「ローマの休日」を見れば、日本人全員が突如、上品になる、というわけにはいきますまい。世の中それほど簡単に行かない事ぐらい、私だってわかっている。
 
 しかし、見たことが無い人は、是非この永遠の名作を見て、「品が良い」というのがどういうことなのかを、知ってもらいたい。


2003年09月12日(金) 石原慎太郎さんにもどこかで、挫折を知ってもらいたいね。

色々な人が既に多くを語っているけれども、一昨日の「爆弾を仕掛けられても当たり前」という言葉は、明らかに大失言である。田中局長が殺されても当然と言っているに等しいからである。

言い換えれば、世界第2位の大国の首都の知事は殺人を容認している、といわれても仕方が無い。

どうして、このように極端なのかな。

日本の多くの政治家はあまりにもはっきりとものを言わなさ過ぎるし、たまにはっきりものを言う人がいると、調子に乗って言い過ぎる。中間が居ないのが頭の痛いところだ。

自分の立場を明確にしてはっきりものをいうのは、原則として良いことだと思う。見た目もなんとなく男らしい感じがして、大衆受けする。

しかし、人間が、あまりにも本音を露骨に吐露した場合、必ず傷つく人がいるものである。

文芸春秋という雑誌は、芥川賞と直木賞という文学賞をもっていて、石原慎太郎は芥川賞の審査員である。芥川賞が発表されるときには、文芸春秋紙上に審査員の講評が掲載されるが、石原慎太郎は、気に入らない作品及びその作者に対して、あまりにも痛烈な酷評を書くので有名である。「みじんの才能も無い」とか「よくもこれだけつまらない小説が書けるものだ」とか、とにかく、そこまで書かなくても良いのではないか、といつも思う。

石原慎太郎自身は、学生時代に「太陽の季節」で芥川賞を受賞し、たぐい稀なる才能の持ち主としてちやほやされてきた。弟は大映画スターだったし、政治家に転身しても一躍注目を浴びた。

世の中には、まれに、このように常に陽の当る道を歩きつづける人がいるのであるが、この手の人物に共通するのは弱者に対して冷たい、という傾向である。

世の中には、一生懸命努力しても報われない人がたくさんいる。人に親切なのに、自分は不幸になる人もいる。世の中は不条理なものである。石原慎太郎はきっと「そんなこと、分かっている。」と思っているだろうが、分かっていない。

どこかで、挫折した事の無い人、コンプレックスが無い人は、優しさに欠ける。


2002年09月12日(木) 快挙!

2003年09月11日(木) すさまじい台風で大勢けが人が出ているのに、総裁選や石原発言やNY911の方が大事なのかね?

◆記事:<台風14号>観測史上4位 74・1m 宮古で71人重軽傷

猛烈な台風14号は11日、暴風圏内に入った宮古島地方、石垣島地方に人的被害、家屋損壊など大きな被害をもたらしながら、依然猛威を振るっている。宮古島では同日午前3時12分に沖縄に接近した台風では観測史上4位、国内でも7位となる最大瞬間風速74・1メートルを記録した。最低気圧も912・0ヘクトパスカルで、国内4位となった。強風で割れたガラスなどで重傷の女性2人を含む71人が負傷し、県立宮古病院に収容された。宮古島地方の全世帯の96%に当たる2万900世帯で停電した。過去30年で最大規模の台風襲来で、強風によるけが、停電、電柱の倒壊が相次いでいる。また、県全体で空の便は101便が欠航、約7000人の足に影響が出た。海の便も本島と宮古、石垣を結ぶフェリーなどほとんどが欠航した。降り始めから正午までの雨量は伊良部町下地で457・5ミリ、宮古島では372・5ミリを記録した。(琉球新報)


◆所感:東京が無事なら、地方で被害が出ても政府は何の対応もしないのか

 私は気象の専門家ではないけれども、中心気圧が912ヘクトパスカル、最大瞬間風速74.1m(時速に換算すれば約270km/h)の台風がいかに猛烈かという事は想像がつくし、想像だけでなく実際にネットでも現地の画像を見ることができる。大きなトラックがものの見事に横倒しになり、電柱の倒れ方もすさまじい。大怪我をしている人も多い。

 自分がいるところが安全ならば、関心が薄くなるのは、普通の人間なら仕方が無いといえなくもないが、国を統治している人々は、それではいけない。被災地が東京であれ、沖縄本島からさらに数百キロ離れた宮古島であれ、国としてどうすべきか緊急的な判断を下すべきである。

 しかし、内閣総理大臣の口からは、見舞いの言葉ひとつ出てこない。自分が再び総理大臣になることに熱中していて、離島の自然災害どころではない、と言わんばかりである。マスコミも然り。自分の国に台風で大きな被害が出ているというときには、NYのテロ追悼式の報道なんて、後回しでいいんだよ。

 ことの軽重を判断できない人間が政治家やマスコミに居てはいかんのである。


2002年09月11日(水) 9.11・・・・

2003年09月10日(水) アメリカ人は全員、自国の歴史を正確に知る必要がある。

 アメリカ人は自分達の国を「自由と民主主義」の象徴だと思っているようだ(最近は流石にある程度の知能があるアメリカ人は、母国の偽善性を恥じているらしい)が、歴史的事実は正確に知るべきだ。
 
 1620年、メイフラワー号に乗ってヨーロッパからアメリカ大陸にやってきた白人たちは、ピルグリム・ファーザーズと呼ばれ、アメリカ建国の祖として尊敬されているが、この者たちは、悪魔のように残酷な連中だった。
 
 周知のとおり、白人がアメリカ大陸にやってくるまでは先住民族の、所謂、アメリカ・インディアンが平和に暮らしていた。ピルグリム・ファーザー達は何の罪もないこれら先住民族を虐殺したことを忘れてはならない。
 
 白人たちは、自分達が勝手に他人の土地におしかけたくせに、アメリカインディアンのことを「悪魔の代理人」と呼んだ。1622年、ピルグリム・ファーザーズの1人が、インディアンの一部族、マサチューセッツ族の酋長ら4人を自分の執務室に食事に招待した。
 
 インディアンは名誉を重んじ、客を丁重にもてなすのが掟であるから、この招待を受けても危険は無いと思ってやってきた。
 
 ところが、なんということであろう。マサチューセッツ族の4人が執務室に入るなり、アメリカ人は執務室のドアに鍵をかけて、逃げられないようにした。そして、この白人は自らナイフを振りかざして、インディアンの一人をズタズタに切り裂いた。部下たちは酋長ともう一人のインディアンを剣でめった切りにした。18歳の少年は、その場では殺されず、あとで、皆の前に引きずり出して絞首刑に処せられた。
 
 ピルグリム・ファーザー達はインディアンの酋長の首をもってプリマス砦に引き返し、人々は歓喜して彼を迎えた。酋長の首は棒にさされて20年もプリマスの砦に掲げられ、名物とされた。
 
 これが、アメリカという国の歴史の始まりである。アメリカの歴史は裏切りと殺人によって始まっているのである。いくら悲惨だといっても、歴史的事実を変更すること、あるいは虚偽を語ることは許されない。
 
 アメリカ人たちは、自分達の母国が元来、悪魔のような者たちによって築かれたのであることを認識して、謙虚になることを学ぶべきである。


2003年09月09日(火) 今、月と火星が大接近していますよ。

今は、火星と地球が大接近しているわけだが、日頃見慣れない人はなかなか、火星を見つけるのが難しいかもしれない。しかし、今夜は、月と火星が「大接近」している。

東京の場合だと、現在東南の空に月が良く見える。その右下、極めて月に近い所に光る明るい星がある。これが火星である。

普通の双眼鏡があれば、十分観察できる。ちなみに、明後日が中秋の名月(旧暦8月15日の月。この日にお月見をする習慣がある)である。日本人にとってはまことに風流な日が、ニューヨークテロ2周年に当るとは、何とも皮肉である。

しかし、イライラしているとき、ストレスが溜まっているとき、星を眺めると、気分が落ち着くものである。今日なんか簡単だから、試してみる事をお薦めする。


2003年09月08日(月) 「国連はイラク復興に責任 日本の積極貢献を要請 ブッシュ大統領」 お前なあ、いいかげん張り倒すぞ。

◆記事:
【ワシントン7日共同】米中枢同時テロから丸2年を迎える11日を控え、ブッシュ米大統領は7日夜(日本時間8日午前)、イラク情勢を中心とする「対テロ戦争」について国民向けに演説、「イラクが自由で民主的な国家となるため、国連加盟国は幅広い役割を負う責任がある」と言明。イラク復興で日本や欧州連合(EU)など国際社会の積極貢献を公式に要請した。

 大統領は米国のイラク政策について「時間を要するし、犠牲も伴う」と述べ、国民に忍耐と理解を求めた。しかしイラク安定に向けた具体的な道筋は示せず、演説は米軍主導で進めてきたイラクの治安回復と復興が爆弾テロの連続発生などで行き詰まっていることを裏付ける内容となった。

 国連多国籍軍については「米国が多国籍軍を率いる」として、国連への大幅な権限移譲を否定、米軍が指揮権をとると強調した。

◆所感:盗人猛々しい(たけだけしい)ってんだよ。お前みたいな奴を。

 あきれてものがいえない、開いた口が塞がらない。所詮こういう愚かな人物には何を言っても通じないと思うが、考えの筋道を改めて述べる。

 アメリカはイラクが大量破壊兵器を有しているという証拠を本当は握っていなかったのにも関わらず、証拠はある、とうそをついて3月20日にイラク戦争を始めた。

 それに先立ち、国連安全保障理事国は皆、即時開戦に反対だった。国際平和を守るために武力行使をするためには、国連安全保障理事会の決議が必要なのに、アメリカは、「国連の査察などこれ以上続けても無駄だ」といい、国連を無視して、勝手に戦争をはじめたのである。

 イラク戦争の結果、フセイン大統領の独裁政権は崩壊したが、それでイラクが民主化(アメリカのネオコンがしきりの唱えるお題目)が進んだかというと、その正反対であり、治安は悪化する。テロは続発する。イラク国内はもう無茶苦茶なカオス状態である。フセイン時代の方がまだ平和だった。

 このような、最悪の事態を招いた全責任はアメリカにある。イラクの治安を回復させて、自治政府を立ち上げるのを見届けるのは、本来、全てアメリカが自腹を切って、最後まで責任を持ってやり遂げるべきである。

 ところが、イラクに駐留するアメリカの軍隊にたいするイラク武装勢力の攻撃はしつこく続き、つまり、イラク人はアメリカ人の言う事など聴く耳を持たないのである。

 アメリカは要するに、半べそをかいている状態だ。

 かつて、自ら無視した国連とその加盟国に助けを求める以外に選択肢はない。アメリカはいまや惨めな失敗者なのだ。

 それを、なんだと?「イラク復興に力を貸すのは、国連の責任」だとお?ざけんじゃねえよ、この野郎!なんだその傲慢な態度は!

 この期に及んで、国連加盟国の助けが必要だというのなら、ものの言い方があるだろう。

1.アメリカは「イラクが大量破壊兵器をもっている。」とうそをついていた、という事実を公式に認める。

2.全世界の市民が声を限りにして反戦を訴えていたこと、国連安保理も開戦に反対していたのに、それらを無視して、イラク攻撃をはじめてしまい、現在の混乱をもたらしたことを認める。

3.最早、アメリカ単独では事態を収拾できないので、誠に申し訳ないが、他の国々にも助力をお願いしたい。

 というのが、国際社会に対する礼儀というものである。

 アメリカは礼儀を知らない、世界一の田舎者だ。


2003年09月07日(日) 煩悶

 いつも、世の中の事を取り上げて書いている。自分に関してはあまり書かないようにしているが、時々、どうしても愚痴を吐き出したくなることがある。
 
 うつ病になってから、楽しいとか、面白いという感情が鈍磨している。また、何をしてもすぐに疲れる(うつ病は精神症状のみならず、身体症状をも伴うのである)。会社から帰宅する電車の中で「寝る」というよりも殆ど「気絶」してしまうことも、よくある。
 
 永年治療を続けて、いつかは治ると考えるようにしているが、どうしても、「これまで真面目に生きてきた。悪いこともしていない。なのにどうして、これほど苦しい思いをしなければならないのか」という思いに取りつかれてしまうことがある。
 
 そんなことを考えてもどうにも状況は改善しない事などは十分分かっているが、頭が勝手にそのような思考をはじめるのである。
 
 そして、イヤなのは、自分が苦しい思いをしているがために、幸福な、或いは幸福そうにしている人を見ると、抑えがたい嫉妬心が湧き上がってくるのである。
 
 「くそ。俺が苦しんでいるのに、あんなに楽しそうに・・・」
 そういう自分の心の闇を感じるのが、苦痛だ。
 
 私は、醜い。


2003年09月06日(土) 日本の防衛の脆弱性はほとんど、コント

 平和憲法とか、専守防衛というのは、理念としては聞こえがよいのだけれども、いざ、何か起きたときには、どうしようもなくまだるっこしいことにならざるを得ないのが、現在の法律です。

 ある日、突然国籍不明機が東京上空に飛んで来た(どうも北朝鮮機であることは間違いなさそうだが、この時点では飽くまでも推測に過ぎない)。で飛行機の底のふたを開いて、いまにも、爆弾を投下しそうな気配を見せている、とします。このとき、日本はどうするか。

 当然、自衛隊機は、国籍不明機が領空侵犯した直後にスクランブル発進して、国籍不明機(もう、じれったいから、以降、「北朝鮮機」と書きます)にピッタリくっついて飛んで、相手に国籍を問い合わせるが、相手は答えないわけです。しかし、北朝鮮機はいまにも爆弾を日本の首都に投下しようとしている。このとき、自衛隊機は北朝鮮機を射撃できるかというと、出来ない。何故か?自衛隊が行動に出るためには、まず、閣議を開いて、防衛出動なり、治安出動なり、名目をつけてくれなければならないからです。

 唯一の例外は、北朝鮮機が自衛隊機を射撃かミサイルで攻撃してきて、1機墜落した。この場合は刑法の正当防衛に基づき(真面目な話です)反撃できる。

 そうでない限りは、北朝鮮機が爆弾をいくら投下しても、閣議決定が無い状態で自衛隊機が北朝鮮機を射撃して相手のパイロットが死んだら、殺人罪に問われるのです。

 政府はどうするかというと、飛行機をみて、もしかすると、北朝鮮かなあ、と思う。そして北朝鮮に問い合わせをする。ところが、今のところ国交は無いから正式な外交ルートで問い合わせる事はできないから、北京経由かなんかで問い合わせる。

 返事がなかったら、どうしようもない。
 北朝鮮の首領様が「あれはうちの飛行機だよ」と答えてくれたとする。しかし、それでは足りないのです。「あれは、おたくの飛行機で、貴方が命令して、国家の意思として日本を侵略しようとしているのですか?」と訊かなければいけない。そこで、「知らない。勝手に行ったのではないの?」と答えられてしまったら、そこで、また、困り果てるしかないのです。

 もしも、首領様が興奮して、「いかにも、そのとおりだ。日本国は一時帰国させた連中を勝手に引きとめて、けしからんから、爆撃しようと思っているのです。」と日本の主権を侵害する意図を明示したら、ようやくそこで、閣議をひらくことができるのです。

 閣議を開く事はできるけれども、内閣総理大臣は閣議を主宰するだけで、単独決定権はないのです。閣僚の誰かが反対したら、閣議決定が出来ないのです。某宗教団体がバックにいる政党の人が、「仏の心に反するので殺生はできません」といって反対したら、もうだめ。そこからどうするかというと、その閣僚をまず辞めさせる。次にその職を総理大臣が兼任するという手続をとる。その後で、もう反対する者がいなければ、ようやくそこで防衛出動を閣議決定することができて、その通達が自衛隊機に伝わって、初めて自衛隊機は戦闘行動をとることができる。

 しかし、皆さんおわかりのとおり、その間に、首相官邸そのものが爆撃されてぶっとんでいる可能性が高いですね。

 こうなると、殆どコントの世界であるけれども、今の法律をちゃんと守るとそういうことしか出来ない。これが、日本の現状だということです。

 武力を行使しない、というのは原則的には勿論よいことなのですが、一国家として考えた場合、誰かに攻められても、実質的には殆ど自国民を守る事が出来ないというのは、主権が確立していないと思うのです。

 みな、ビビッて憲法改正などに触れたがらないけども、憲法、内閣法、自衛隊法、防衛庁設置法などを、「万が一」の時のために見直さないと本当はいけないのです。日本人は安全保障をアメリカにたより過ぎてしまって、自分では何もしないのが当たり前みたいになってしまっているけれども、あのバカな国家、アメリカ合衆国に全面的に頼りっぱなしというのは、良くないと思います。


2002年09月06日(金) アメリカ建国の歴史

2003年09月05日(金) <米国務長官>イラクの「支配的な役割」は米が担う ←バカ。立場をわきまえろ、アメリカ。

◆記事:
 米国は3日、イラクに関して国連安保理に採択を求める新決議案の草案を各理事国に伝達し始めた。パウエル米国務長官は同日、週明けの8日から本格的な折衝を行う方針を明らかにするとともに、新決議で国連の関与が増大しても軍事、政治における「支配的な役割」は米国が担い続けると明言した。

 パウエル長官は急きょ設定した記者会見で、ブッシュ大統領の承認を得て安保理各国と新決議に関する交渉を行うことになったと説明。会見前に英露仏独の4カ国外相およびアナン国連事務総長と電話会談したことを明らかにした。また、決議案の核心である軍事、政治の両面につき、米国の思惑を反映する草案の概要を説明した。

 ロイター通信が入手した草案には「統一した指揮権の下の多国籍軍」を公認し、国連加盟国に軍事的支援を含む貢献を促すとの項目がある。また、別の項目には多国籍軍に参加した諸国を代表して米国が活動状況を安保理に報告するよう求める、との表現もある。

 パウエル長官はイラクで活動している米中東軍の現地司令部が「統一した指揮権」を持つと述べた。二つの項目を合わせて、国連が公認した多国籍軍を米軍が指揮するという構図になる。

◆所感:馬鹿野郎、態度デカいんだよ。

 アメリカ人の独善性、というよりも、それ以前に、知能に問題があるのではないか、と思われる。

 国連の核査察委員会の報告を無視して、そして、国連憲章を無視して、勝手にイラク戦争をはじめて、イラク国内の治安を無茶苦茶にしたのはアメリカである。本来、おとしまえは全部アメリカ自身がつけるべきなのだ。

 それでも、使命感にあふれる国連の人々がイラクの復興に貢献しようとしていた。ところが、8月19日のテロで国連現地本部が自爆テロの標的となり、デメロ国連事務総長特別代表が亡くなった。死者は24名に及んだ。アメリカが殺したようなものだ。

 現地の米兵も幾度となくイラク武装勢力の攻撃に遭い、死者は出るし、兵士は疲れきって、資金的にも苦しくなり、アメリカはとうとう他国の助けを借りなければならなくなった。

 よくも、いけしゃあしゃあと、新決議案など自分から提案できたものだ。しかも、多国籍軍の指揮はアメリカが取る、だと?生意気言うんじゃないよ。

 当然のことながらアメリカの「決議案」は早くもドイツとフランスによって、「うけいれられない」と言われている。当たり前だ。

 しかし、何よりも、まず最初に、アメリカは世界に向かって謝るべきではないのか?

 みんな、自分の国のことだけでも大変なのに、アメリカが戦争をはじめたせいで、余計な用事が増えて迷惑しているのだ。第一、大量破壊兵器がなかったのに、殺されてしまった、イラク人に対して、謝罪の言葉はないのか?

 アメリカ人には良心というものがないのか?


2002年09月05日(木) 日本の衰亡

2003年09月04日(木) 食わず嫌い、物はためし・・・今日はブルックナーの誕生日。

 例えば、自分が読んで面白いと思った本を知人にも読むように勧め、その人が何日か後に、「あの本、面白かったぁ」と目を輝かせていたら、誰でも嬉しいでしょう。感動なり興味を他人と分かち合う喜び、ということですな。
 
 私が、クラシック音楽のことをときどきこの日記に書く理由の一つに、それと同じような期待があるわけです。
 
 さて、ブルックナー(Anton Bruckner 1824‐96)という人は、19世紀のオーストリアの作曲家です。ずっと協会のオルガニスト(オルガン奏者)を務めていて、作曲を習い始めたのが30代になってから。最初の交響曲を書き始めたのは39歳という遅さ。ちなみに、モーツァルトは8歳の時に最初の交響曲を作曲しています。既に完成された作風でした。
 
 そうして、ブルックナーの交響曲というのはとっつきにくいのです。親しみやすいメロディーが初めにサラーっと流れてくる、なんていうことは絶対にないのです。だから本当に評価されるようになったのは、死の4年前ごろからだったそうです。物凄い大器晩成です。
 
 実をいうと、私はブルックナーってのは苦手なんです。好きな人は神様みたいにいいます。ある音楽評論家は大袈裟にも、「ブルックナーの交響曲は時空を超えた、宇宙の音楽なのだ」なんて言ってます。一方嫌いな人も大勢います。プロの音楽家、しかも超一流の音楽家の中にも。アシュケナージという世界の何本指にはいるというようなピアニストで指揮者もやっている人がいるのですが、この人はブルックナーなんて意味の無い退屈な音の羅列にしか聞こえない、なんて、ブルックナーファンから暗殺されるのではないか、と心配になるようなことを言っています。
 
 私は、これからクラシックを何か聴いてみたいという人がいたら、どうしてもバッハかモーツァルトの作品から選びますが、それが、すべての人にとってベストチョイスとはかぎらないのは勿論です。
 
 日本経済新聞は最終面が文化面になっています。音楽の話も時々載りますが、以前とても印象的な体験談がありました。
 
 書いている人は有名人でも何でもない、東京の某所の商店主。フツーのおじさん。以前は、パチンコとマージャンと競馬が趣味だったそうです。ところがその人がある日近所に新しく出来た図書館に行ってみて、人生が大きくかわりました。ご存知のとおり今の図書館はCDを聴いたり借りたりできるわけですね。で、そのおじさんも、その日、たまたま、何か聴いてみようと思った。どうせなら、聴いた事がないクラシックを聴いてみようと面白半分に考えたそうです。
 
 係員にもいろいろ教えてもらったら、どうやら、ブルックナーってのがかなり本格的にクラシックらしい・・・というわけで、なんと、ブルックナーの中でも一番長い曲の一つ、第8番を借りてきた。クラシックの曲は長いから嫌いだという人がいますが、この曲は長いなんてものじゃない。普通のポップスとかなら、一枚のCDに数十曲入るでしょう? ブルックナーの交響曲第8番は、一曲なのに、一枚のCDに収まりきらないのです。
 
 ところが、世の中面白いもので、このおじさんは一回ブルックナーの交響曲第8番を聴いたら、すっかり気に入ってしまったそうです。それまで全然クラシックなんか聴いた事がなかったのに。それからは、ブルックナーの他の交響曲も次々に聴くようになって、あっという間にブルックナー通になってしまった。
 
 そして、ついにブルックナー同好会までつくってしまって、時々同じようなおじさん達が集まって、ブルックナーを語り合うのだそうです。それでいて、この方々、堅苦しいとか暗いとかいう雰囲気とは無縁なのですね。やたらと楽しそうです。
 
 この記事を読んだときは、驚きました。こんなこともあるんだと思いました。
 
 別にブルックナーじゃなくてもいいのですが、要するに、私たちは食わず嫌いをしていることが多いです。殆どの人はそうだ。しかし、ものはためし、ということで、全然違う芸術に触れてみると、意外に気に入る事があるかもしれませんよ。と、いうお話でした。


2002年09月04日(水) アメリカの馬鹿

2003年09月03日(水) 頭が良いことは、少しも自慢にならない。

 「頭が良い」ことの定義云々を書き始めると長くなる。ここでは、ごく一般的に我々が日常的に感じる事実として、世の中には、頭が良い人と、普通の人と、悪い人がいるという程度の認識で書いている。

 色々な日記を読んでいると、頭が良さそうな人が大勢いる。勿論、頭が良い人がいてくれなければ、世の中の進歩が停滞してしまうので、必要な存在だ。

 しかし、あまりにも当たり前の事だが、「頭が良い人」その人が「偉い」わけではない。秀でた知能を持って生まれてきたのは、たまたま幸運に恵まれただけ、つまり「偶然」だからである。

 同じ論理で、「美人」は見ていて心が和むので、いてくれた方が良いに決まっているが、美人に生まれたのは、単なる偶然であって、その人の努力の所産ではないのだから、美人さんだからといって「偉い」わけでは、少しも、ない。

 ところが(煩雑になるのでここでは頭が良い人に話を絞るが)、頭の良い人はしばしばそれを忘れているか、或いは初めから意識しない。

 Web日記の中でも、話の題材、テーマは実はどうでもよくて、いかにして、ある主張を完璧な、水も洩らさぬ論理で固めて、頭の良さを誇示できそうな文章にするか、ということにエネルギーを注力しているのではないか、と思われるサイトが散見される。また、他人のWeb日記やテキストサイトで見つけた、論理的欠陥を指摘して、せせら笑うような文章を書いて優越感に浸っている人もいる。

 ああいうのは、恥ずかしい。

 アルバート・アインシュタインは20世紀で最も頭が良かった人であろう。彼の目からみれば、恐らく普通の人というのは、どうしてこんな簡単な事も分からないのであろうか?という疑問と驚きの人生だったのではないかと思う。

 それを戒める意味もあるのかもしれないが、彼の語録に「私は、自分の肉体的・精神的存在の100%が他人の労働のおかげで支えられている事を、1日に100回は自分に言い聞かせます。」というのがある。

 本当に頭が良い人は頭が良い自分が陥りやすい悪癖、他人を見下す事など、を十分に知っていて、コントロールできる人なのだろう。


2002年09月03日(火) 大きな古時計

2003年09月02日(火) 「高島忠夫 うつ病治療から復帰」 良かったですね。

◆記事:
うつ病治療に専念するため、約5年前から芸能活動を休止していた俳優の高島忠夫(73)が、来月14日放送のNHK「クイズ・見ればナットク」(日曜後7・20)に回答者役で登場することが28日、分かった。所属事務所によると、これを機に芸能界に復帰する。


◆所感:良かったですねえ。

 高嶋さんのことは、何せ同じ病気に罹っているものとして、非常に気になっていたので、快癒されたことは、まことに喜ばしい。

 辛かったと思いますよ。5年間。ご本人は「自宅でごろごろしているしかないんですよ」と言っていたが、まさにそのとおりで、うつが重いときは、本はおろかテレビを見ても内容が頭に入らないし、そもそもテレビを見たいとも、音楽を聴きたいとも、思わなくなる。

 私もいまだに本が良く読めない。仕事の書類なんていうのは、病気になる以前に回路が出来ているし、情報量も少ない。ところが、たとえばミステリーを1冊読むというのは、全て未知の世界でしょう?登場人物を記憶したりストーリーを記憶あるいは予測したり、と、かなり高度が脳の働きが必要である事がわかる。

 これを読んでおられる方の中には、「ウソをつけ。毎日こんなに文章を書いていて、本が読めないわけがないだろう」と思う方がおられるかもしれない。ところがそうではないのだ。

 文章を書くのは、当然のことながら、自分が知っていることしか書けない。自分が思っていることしか書けない。自分が思っていることは自分が一番良く知っている。一言で言えば、全て既知の世界である。だからそれを文字を媒介にして表すことは、さほど難しくない。

 一方、本を読む、ということは、すなわち他人の思考を理解しようとするプロセスであり、未知の世界である。だから、まだ、私にはしんどいのです。うんと少しずつしか読めない。辛いですよ。

 他人様の日記で、あの映画を見て面白かったとか、あの本が面白かったとか、そういう記述を見ると、大変うらやましい。人間はそういう当たり前のことができるだけで、実は大変幸せなのですよ。


2002年09月02日(月) 世界で最も危険な人々

2003年09月01日(月) 「東証大引け・大幅続伸で年初来高値 」 ←バカ 「小泉首相の「再選支持」が66%」もうだめだね、日本は。

◆記事:東証大引け・大幅続伸で年初来高値
 1日の東京株式市場で、日経平均株価は大幅続伸。終値は前週末比326円63銭(3.16%)高の1万670円18銭と、8月21日以来、7営業日ぶりに年初来高値を更新した。日経平均株価が1万600円台を回復するのは昨年7月12日以来、約1年2カ月ぶり。上げ幅は7月2日(313円75銭)を上回り、今年最大となった。日米で前週末に良好なマクロ経済指標が発表されたことを受け、景気が回復基調を歩むとの期待が膨らんだ。東証株価指数(TOPIX)も大幅続伸し、年初来高値を更新した。 (中略)
 NECが昨年6月以来、約1年3カ月ぶりに900円台を回復。大手電機は総じて高かった。4大銀行グループも軒並み上昇。

◆所感:マーケットなんて理屈はないのです、それは分かっているのですが
 私は株は厳密には専門ではないけれども、同じように上がったり下がったりする、つまり相場です、の世界の者なので分かるのですが、本当にマーケットなんていうのはいい加減な者なのです。「良好なマクロ経済指標が発表されたことを受け」なんていうのは、新聞記者に訊かれて仕方なくディーラーがそのように答えたのでしょうが、実際はちがうのです。何となく上がりそうだと思って、売っていた人は買い戻し、何もしていなかった人は早いうちに買っておけ、というので買っているだけなのです。

 4大金融グループの株が買われるなんて、全然理屈に合いません。

 あれほど、マスコミが悪の元凶のように述べていた銀行の不良債権は全然減っていないのです。銀行は3月期の業績が悪かったから、業務改善命令が8月のはじめに金融庁から発せられました。これから、どうやって、もうけてゆくつもりなのか、その計画を8月29日、つまり3日前の金曜日に金融庁に提出したばかりの要注意業界なのです。

 尤も、この調子で株がどんどん上がっていけば、何もしなくても、株の含み益で銀行の収益は自然に改善しますけどね。一生懸命、夏休み返上で収益改善計画を書かされた、各銀行の企画部の人たちは、「何だ、アホくさい」と思っているでしょう。今は。

 でもね。上がりつづける相場はありませんから。特に、今言ったように、不良債権は残っている。デフレは解消していない。その結果としての不況から来る失業者も減っていない。現実はきびしいのです。相場なんていうものは幻想です。はしゃいで買わないほうがよいです。

 所詮、相場なんて、丁半バクチです。カタギの衆が深入りする世界ではありません。
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◆記事2: 小泉首相の「再選支持」が66%…読売世論調査

 読売新聞社が先月30、31の両日に実施した全国世論調査(面接方式)によると、小泉首相が自民党総裁に「再選される方がよい」と答えた人は66%で、「交代する方がよい」(26%)を大きく上回った。

 内閣支持率は57・7%と、7月の前回調査(52・2%)に比べ5・5ポイント増えた。一方、次の衆院選挙の比例代表選での投票政党を聞いたところ、「自民党」が36%に対し、「自由党と合併した民主党」は15%。前回調査での民主、自由両党の合計値(12%)より3ポイント上昇した。

◆所感:日本は滅びるのでしょうね。

 司馬遼太郎氏は晩年、毎日、うわごとのように、「日本は・・・滅びる・・・。」と繰り返していた、とみどり夫人が回想していた。あれだけ先見の明がある司馬さんの言葉だけに、その話を聞いたときには、とても不気味な思いがした。

 しかし、こういうニュースを読むとやはり、日本人は滅亡したがっているのではないか、とさえ、感じられる。

 まあよい。いずれにせよ、地球温暖化を防ぐには最早手遅れだそうだ。人類も滅亡に向かっているのである。


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