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2017年01月29日(日)
『Pro・cess2017』

さいたまゴールド・シアター『Pro・cess2017』@彩の国さいたま芸術劇場 NINAGAWA STUDIO(大稽古場)

昨年のいつごろからだったか、蜷川さんが亡くなったあとだったか、さい芸の大稽古場に「NINAGAWA STUDIO」という名前がついた。主をなくした稽古場で、演出家を失った劇団が公演を打つ。しかし劇団には劇団員と、かつての演出家の指針を知る演出家がいる。

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2006年の夏、発足から3か月で『Pro・cess〜途上〜』という名の小さな公演をもつことになりました。第一部は清水邦夫さんの『明日そこに花を挿そうよ』、第二部はチェーホフの『三人姉妹』第一幕を上演するはずでした。しかし、公演前日の最終リハ―サルで「やめましょう。人に見せる作品になっていない。」と蜷川さんが言って、『三人姉妹』は未完となりました。
あれから10年が過ぎました。『三人姉妹』第一幕からまた始めます。どうぞわたしたちの2017年冬、現在を観てください。
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最初に発表されていた情報では、作=アントン・チェーホフ、演出=井上尊晶、公演名は“2006年・蜷川幸雄が「やめましょう。人に見せる作品になっていない。」と言って未完になった作品を、2017年・すべてのスタッフ・キャストが想いを込めて完成させる、さいたまゴールド・シアター『三人姉妹』”でした。長い(笑)。「完成させる」から「Pro・cess」へ。まだまだ途上だという思い、完成して満足などしないという思いがあるのだろう。当日パンフレットのクレジットは構成=蜷川幸雄、構成・演出=井上尊晶。『三人姉妹』だけでなく、ゴールドシアターが過去上演したさまざまな作品から構成された作品。

ステージに置かれた水槽、その後方に並べられた椅子。どちらも出演者の数よりひとつ多い。聴きなれたリベラの「サンクトゥス」が流れてくる。蜷川さんの舞台でよく観られたオープニング、出演者たちが出てきて整列し、椅子に座る。観客と向き合う静かな時間。やがて彼らは立ち上がり、水槽へと歩み寄る。杖をついているひと、車椅子に乗っているひと。よろめくひとの腕を抱えともに歩くひと。水槽のなかに身を潜ませる、そのポーズがとれない役者のために、水槽にクッションや椅子が仕込んであるものもある。やがて彼らはひとりずつ、語り始める。チェーホフ、シェイクスピア。初めて聴く台詞、憶えのある台詞。生きることに飽いている。死への憧憬。憂鬱に覆われた言葉たちが続く。男たちが、目に見えない棺を運んでいく。寺山修司の詩。棺のなかにいるのは誰か。

坂本龍一の「Parolibre」が流れてくる。あ、これは…と思った瞬間、「世界の果てからおたよりします」の台詞。清水邦夫『血の婚礼』、蟹の女だ。かつて聴いたそれは既に亡くなっていた平井太佳子さんの声で、天上から聴こえてくるものだった。この日この声は、舞台上から、今を生きる役者たちから発せられた。




(1999年『血の婚礼』の当日パンフレット。大きい画面で観たい方はtumblrをご覧ください)

死を語るひとが死者の台詞を生きて語る。尊晶さんが手がけた構成に感銘を受ける。

二場から『三人姉妹』が始まる。四人のオーリガ、マーシャ、イリーナ。三人のヴェルシーニン、ふたりのソリョーヌイとチェブトゥイキン。交互に、あるいは繰り返し、同時に台詞を語る。トゥーゼンバッハ役はネクスト・シアターの白川大。蜷川作品におけるひとつの系譜、盒桐里籠眦跳鮖覆砲弔蕕覆覬討鯤えた青年だ。生きること、働くこと。父を亡くした彼らは、迫る影に気付かないふりをして希望を語り、モスクワへの憧れを語る。

さまざまな作品からコラージュされた台詞、プロンプの存在、ひとつの役を複数の役者が同時に演じる等、この集団の必要から生まれた手法も多い。これが例えば山の手事情社の四畳半やク・ナウカの二人一役、マームとジプシーのリフレインのような、ゴールド・シアター独自のメソッドとして観られるようになってきている。劇団の個性であり、強みだ。

観客は数ヶ月毎にその成果しか目にしない。彼らの身体的変化を緩やかに見ることが出来ない。久し振りに見たら杖をついていたり車椅子で移動するようになっていたりする。反面、このまえはあんなに弱っていたのに……と心配になる程だった役者が闊達に動きまわっていたり、格段に声が通るようになっていることもある。悲しみ、驚く。その繰り返し。

ひとつ余った椅子は、水槽は誰のものか。今よろめいたのは演技なのか、言葉に詰まるのは間をとっているのか。そういうことも含めて今後もとことん観ていきたい。肖像画が入っていない額縁、大きな窓と、風に揺れるカーテン。不在のひとを思い、今ここにいるひとに眼差しを贈る。

終盤、「自分の名前を言ってただ立つことが、最も美しく難しい」というような言葉が語られる。確か蜷川さんがオーディション時に言っていたことだ。劇団員がひとりずつまっすぐに前を向き、自身の名前と年齢を名乗り、すっと立つ。最初は重本惠津子、最後は高橋清。年齢が発せられるたび、客席から感嘆の空気が漏れる。それもつかの間、彼らは罵りの言葉を吐き出し始める。「このやろう!」「何やってんだ!」ほどなく気付く、蜷川さんだ。あの誠実な罵声だ。これにはやられた。なんてにくい演出。本番の数日前に決まったそうだ

想像する。尊晶さんと劇団員が案を出し合う。こんなこと言われたねえ、ああ、こんなふうに怒鳴られた。笑い乍ら、やがて寂しげに。そんな光景。こうして不在の演出家は舞台に現れる。演劇は目に見えるものだけではないのだ。それを教えてくれたのは蜷川さんだったし、蜷川さんの舞台に関わる出演者、スタッフだった。ここからまた始める。ゴールド・シアターの力強い歩みに思わず涙。

カーテンコールはゆっくりだ。全員が袖に入りきらないうちに、また出てくる。ちょっとくすりとする。また観にきます。

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・さいたまゴールド・シアター『Pro・cess2017』|彩の国さいたま芸術劇場

・本編、暗転から最初の照明がつくと、すぐ隣の通路に尊晶さんが座っていた。まったく気配がなかった。上演中、身じろぎもせず舞台を観ていた。終演、暗転。カーテンコールのあかりがつくと、そこにはもういなかった。去る気配もやはりまったくなかった
・そんな尊晶さん、差し入れを沢山渡されていたのに思わずにっこり。着ている服、細身のシルエット、意識的なのか判らないけど蜷川さんに似ている。藤田俊太郎さんが書いてたけど蜷川さんは門下生に服やら本やらバンバンあげちゃうひとだったようで、あの服も蜷川さんのものだったのかもしれないななんて思った

・そうそう、ゴールド・シアター宛と尊晶さん宛に、蜷川実花さんからおいわいのフラワースタンドが届いてました。ピンクとブルー、実花さんらしい色使い

・ところでさい芸、三月いっぱいでビストロやまが移転ですって(泣)ぺぺロネは残るそう。いろいろ考え込んじゃった……あの場所で月間、年間通じてコンスタントに長い公演を打てる企画なり、観客を呼べる作品、出演者、スタッフなり。シェイクスピアシリーズの再開は今年末。うーむ



2017年01月28日(土)
『ザ・空気』

二兎社『ザ・空気』@東京芸術劇場 シアターイースト

事前に紹介されていたあらすじや宣美の雰囲気からはユーモアを感じていたが、実際舞台に載っていたものは作家の怒りと悲しみだった。骨太です。

笑えるところがない訳ではない。滑り出しは牧歌的とも言えるくらい。アンカーからものいいがついた報道番組の特集映像。自粛の空気に右往左往する編集長、ディレクター、キャスターと、仕事の内容に疑問を挟まない編集マン。生放送の時間は刻々と迫る。かくして特集の主旨が変化していく過程は滑稽でもある。

しかし作者はじわじわと細部を詰めていく。笑ってる場合ではない。自分と関係ない、事実を報じないことは表現の違いだと言い換えることがどんなに危険なことか。それを描く。「完全な中立なんてものはない、主張はどちらかに必ず寄る」。かつて『アルゴ』の感想に「ニュートラルに徹している」と書いたとき、表現することに「ニュートラルなんてものはない」と暗に指摘されたことを思い出した。確かにそのとおりだ。

頻繁にかかってくるイタズラ電話、メールで届く隠し撮りの画像。それらが拡散されていく恐怖。個人情報や家族が人質にとられる。報道マンとしての使命は個人の事情に押しつぶされる。命を落とす者、組織を離れる者、そして組織に同調する者。本人がいくら自分は自由だと主張しても、ひとはどこかに属し、繋がれている。議論が深まるかと思った瞬間鳴る携帯、どの階も同じ顔のエレベーターホールといった描写も効果的。上層部だけではない、世間の監視だけではない、彼らはあらゆる風景に疲弊していく。

座組もいい。個人名は出ないものの具体的な法案、公職についての指摘が多く、マスコミ現場ならではの符丁も少なくない台詞群。説明的になりがちなこれらを会話として滑らかに、しかし問題点にはエッジを利かせて観客に届ける技量を持つひとばかり。田中哲司は自分を追い込むような作品に出演することが多い印象。彼の役者としての矜持が、役に重なる。このひとの魅力は、ヘヴィーな役を演じても重さ一辺倒にならないところだ。演じる人物の心の揺れにチャームが宿る。だからこそ、その人物の抱える問題を身近に感じ、自分とは無関係ではないこととして観ることができる。若村麻由美のしたたかさの裏にある苦悩の表現も見事。こうして生きていくしかないのだと思わせられる。上層部に振りまわされる立場にある江口のりこと、振りまわされる立場に嬉々としてのっかっていく無責任な大窪人衛、ふたりの対比もいい。このふたり、声も対比になっているように感じられてそこもみどころききどころ。

それにしても木場勝己の(役の)食えなさ加減な…あてがきか! と思ってしまうくらいでな……というと木場さんに失礼だがそう思わせられてしまう巧さよ。『海辺のカフカ』のナカタさんを演じたひとがこういう役も演じるんだもの、役者とは……と思ってしまう。いや、素晴らしかったです。彼の言うことも一理あるな、と思わせられてしまう場面もあり、ああ、永井愛はどちらの都合も描くなあ、中立とは……と思いはじめたところにブッ込まれる「女子アナのころはかわいかったんだけどな」「俺だけに話してくれたオヤジの裏金問題、俺は決して書かなかった」という台詞。あー、おまえはそういうやつな。これがおまえの矜持な。ここに作家の「寄り」がある。

希望はふたつ。ひとつは最後の場面で「調査報道」について触れたこと。これは『スポットライト 世紀のスクープ』からヒントを得たのではないだろうか。もうひとつは、この作品が『都民芸術フェスティバル』中のプログラムとして上演されていることだ。エンタメの力をまだ信じられる。

いつかはエンタメも「空気」を読んで自主規制するようになるのだろうか。いや、実際にそういうことは既に多々ある。どの時点で諦めるか。それとも怒りを持ち続け、発信し続けるか。作家の矜持もしかと受けとりました。

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・永井愛にインタビュー〜二兎社公演『ザ・空気』|SPICE



2017年01月21日(土)
『キャバレー』

『キャバレー』@EX THEATER ROPPONGI

国内観劇始めもミュージカル、個人的には珍しい。い〜や〜これはよかった、大好き。『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』もそうだったけど、松尾スズキは「不穏な時代と世界情勢に流されていくひとたち」に本当に鼻が利く。この手の作品の企画製作を続けているPARCOの姿勢ともタイミングが合った。

優れた舞台には、演出家のサインが入っている。まさに松尾さんの『キャバレー』だった。人生はキャバレー、人生は神様の罰ゲーム。大きな流れのなかで懸命にしたたかに生きるひとたち。観客は、彼らが知らない未来を知っている。

1920年代のベルリン。第一次世界大戦後の不況と好況、第二次世界大戦前夜。「興奮と陶酔と退廃の街」で生きるひとびと。感銘を受けたのは、移民であったり、バイセクシュアルであったり、「オカマでハゲ」だったり、虐げられる対象になりがちなものごとを「それがどうした」とはねつけるひとびとの強さと弱さが表明されているところだ。サリーはクリフォードの性的指向にかまわない。クリフォードは父親のわからないサリーの子供を育てようと誓う。そしてMCは、キャバレーを訪れるどんな客をも受け入れる。Willkommen、Bienvenue、Welcome。ハロー、こんにちは、アンニョンハセヨ。これらが強さ。シュナイダーはユダヤ人であるシュルツとの結婚に迷い、サリーはベルリンから離れることが出来ず、クリフォードはアメリカへ帰る。これらが弱さ。弱さには原因がある。「オカマでハゲのくせに」と言い乍ら、サリーは自分も傷ついている。夢破れた彼らのその先は。ナチスの足音は刻々と近づいている。

意匠が視覚へ訴える効果も強烈。唄うひとびとが旗をふり、懸垂幕が落ちてくる。幸福なパーティが一瞬にして闇に覆われるような、一幕ラストの演出は恐ろしさに震えがきた。あの“マーク”だけで恐怖を想起させる“デザイン”の威力たるや……しかし『エッグ』で「731」の数字の意味を知っているひとと知らないひとでは衝撃の度合いが違ったように、今後あのマークの歴史的背景を知らないひとが増えていくのかもしれない。実際そうである事例が近年ぽつぽつと表出している。そうならないように、今は知らなくてものちに関心を持てるように、作品は上演され続ける。

松尾さんの描き方はとても独特で、誤解を呼びやすい。差別はある。その差別のなかでどう生きるかを、ひたすら見る。差別する側の心理、差別される側の卑屈、そのバランスを緻密な構成で描く。声の大きいひとが作品の一部分だけを切りとり糾弾すればひとたまりもない危うさがある。しかし間違いなく、そこにいる強く/弱く生きるひとたちのなかに自分がいる。ミラーボールの光のなかで唄い、踊り、笑う。どんなつらく苦しい出来事も、ひとときの間忘れさせる。それがキャバレーでありエンタテイメントだ。それを見せてくれる。

それにしても絶妙の座組みだった。石丸幹二のMCドンズバで素晴らしかった……歌にダンスにSax演奏と大車輪の活躍。ときも場所も選ばずあらゆる場面に現れ、登場人物たちのそばにいる。クリフォードとサリーの部屋に現れてはふたりの行く末を見守り、クリフォードがベルリンを去る列車のなかにも現れる。一瞬、彼もベルリンを去ってほしいと願う。しかしそうはならないだろう。彼の人生はキャバレーと、ベルリンとともにある。猥雑なのに品がある、完全無欠に見えて徹底的に欠けている。ミュージカルマナーをエロスと笑いに馴染ませる見事なMCでした。好きな台詞は「サリー! まかないできたよ!」。私もMCの作ったまかない食べたいわ。

そしてMCに寄り添うように、同じくどこにでも現れる「男」を演じた片岡正二郎。あらゆる楽器を演奏するマルチプレイヤーぶり、成程オンシアター自由劇場の方でしたか! MCと男の存在は、入れ子構造になっているストーリーを、より客席に引き寄せた。

長澤まさみのサリー、魅力的なことといったら! 冒頭の白いビスチェにガーターベルト、タイツという衣裳が映えまくる美しい肢体、その肢体をフルに活かした歌とダンス。ヘルシーなのに香り立つようなデカダン、思わず拝みそうに。いや、拝みました。観られて至福。歌も一昨年ソウルセットのライブにゲスト出演したときからめちゃめちゃ進化していた。真摯に準備をしたのだろうなと思わせられた。ディストーションをかけた唄いまわし、迫力の貫禄。彼女をセンターにした群舞は夢のキャバレーそのものだった。『キャバレー』といったらボブ・フォッシー、と意志の固い方も多いでしょうが、振付稼業air:manによる振付がまたたいそう魅力的で。底辺で生きるひとたちのタフな人生、物語を内包したタフなダンス。

小池徹平のクリフォード(あの年齢でこの巧さと安定感、すごいひとだよね……)、秋山菜津子のシュナイダー(シリアスとギャグの自在なバランス、松尾作品にこのひとあり!)、小松和重のシュルツ(おかしみと悲哀と。石丸さん曰く「彼の持っている技は他の誰とも違うというか、売り場が違う感じがする(笑)」)と試合巧者揃い。オケピがステージ上にあるのもいい、ブラスセクションを強調した門司肇のアレンジもいい。華やかでセクシュアルな衣裳に身を包んだ女性プレイヤーで編成されたバンド(平岩紙も数曲Hrnで参加)、蠱惑的なキット・カット・クラブ・ボーイズ/ガールズと、チープにもゴージャスにも対応するヴィジュアルバランスも素晴らしい。これぞ松尾版『キャバレー』というものを見せてもらいました。年明け早々幸福です。

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・PARCO製作 ミュージカル「キャバレー CABARET」(2007年)|演劇◎定点カメラ
松尾版初演は逃してるんでこういうときはまねきねこさんのサイト行きますよね。MCサダヲさん、サリー松雪さん、クリフォード森山未來かー。そしてMCとともにいる影の重要な役である男は星野源だったと。おお……

・パンフレットで秋山さんが、初演を観にきた中村勘三郎とのエピソードを話しています。勘三郎さんにはもう一度松尾さんと組んでもらいたかった。折しも野田秀樹のよる勘三郎へのオマージュ『足跡姫』が上演中

・【B面】犬にかぶらせろ!|ミラーボールの起源
・twitter|@hashimotronika
ミラーボールを使ったシーンが忘れがたく、その起源について調べてしまった。まさに『キャバレー』の頃なんですね。EX THEATERにはもともとミラーボールが設置されているけど、KAATや他の劇場でも同じ演出が出来るのだろうか。KAATは『TATAMI』でミラーボールを使っていたけど、あれは大スタジオだったから……。ホールで客席上空に設置出来るんだろうか、客席迄光がまわせるだろうか。あのシーンは全劇場で再現してほしいなあ。これからKAATで観るひとはどうだったか教えてくださいー



2017年01月18日(水)
『The NET 網に囚われた男』

『The NET 網に囚われた男』@シネマカリテ スクリーン2

2016年、キム・ギドク監督作品。原題は『그물(ネット)』、英題は『The NET』。北朝鮮で暮らす善良な漁師が、ある日漁網を船のエンジンに絡ませ韓国側に流されてしまう。国境を越え拘束された漁師は、韓国側の警察からスパイ容疑をかけられ厳しい取り調べを受ける。国家に忠誠を誓うためではなく、愛する妻と娘のいる故郷へ帰りたい一心で、漁師は亡命を拒否し続けるのだが……。

漁師を演じたのはリュ・スンボム。現在は欧州を生活拠点とし役者も休業中という彼が、この監督の作品なら、と出演したとのこと。塚本晋也なみに出演者の拘束が厳しい(長期間スケジュールを空けておかなければならない)ことで知られるキム監督ですが、今回の撮影日数は十日間だったとか。とはいえ、丁度スケジュールが空白だったスンボムには絶好のタイミングだったのでしょう。 役者業にとらわれずタトゥーを入れ、音楽活動もモデル業もこなす自由人スンボムが、自分の意志で移動も出来ない人物を演じる。キャスティングの妙も楽しめました。

それにしても漁師、不憫としかいいようがない。くまのぬいぐるみ、換金されたドル札、南と北でそれぞれ与えられる食事。数々の可能性を見せておき乍ら、その芽は必ず摘まれるとしか予想がつかない。そして、実際そうなる。伏線をひとつ残らず丁寧に、いや執拗に潰していく監督のドSっぷり、流石のキム・ギドクです。登場人物の誰もが頑なで、そのさまは滑稽ですらある。実際笑わせる意図で演出したのだろうなと感じたところも多い。放り出された繁華街で出会った女性とのひととき等寓話めいたシーンもあり、『田舎のネズミと町のネズミ』を思い出してしまうくらいでした。そして「町」である南側にも、問題点は数多くあるのです。

寓話には残酷な面があるのは周知のとおり。漁師は国へ帰ることが出来ますが、再び不条理な仕打ちを受けることになります。果たしてその結末は……あんなんああなる道しかないじゃないのさー。ひどい、ひどいよー。つらい! 網が絡まるという些細なきっかけ。偶然であり、運でもある。そんなことで人生を奪われてしまう、ひとりの人間のせつない物語でした。行き着く先がわかっているのに何も出来ない(しない)、ただ観ているだけの観客はなんて無力なんだろう。『沈黙』と同じだ。観客は神の視点だけを与えられている。

希望の光がひとつだけある。漁師の警護を受け持つ韓国側 の情報員は、漁師の言葉を信じ敬意を持って接し続けます。所謂キャリア組なんだろうなあという品の良さで、こういう仕事に向いてなさそうではある。彼はこれからも、国家と個人の狭間で苦しむのだろう。汚れていきませんようにと思わず祈りましたよね……。演じたのはイ・ウォングン。映画の出演作は多くないようですが、また観てみたいと思わせられる役者さんでした。

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・公式サイト
・『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督舞台挨拶・Q&A | 第17回「東京フィルメックス」
スンボムの身体のあちこちに貼られているテープ、違和感はないけどちょっと気になった。あれ多分タトゥー隠しだろうなあ。上記テキストにはありませんが、フィルメックスのQ&Aで監督が「スンボムを全裸で撮りたいシーンがあったのだが、彼のタトゥーのせいで叶わなかった」と話していたそうです。インディベースなのでCGで消す費用がなかったのかもしれない。で、それでよかったかも

・取り調べあれこれ。先月観たハイバイの岩井さんパートを思い出しました。目に見えるものは根こそぎ奪われる。見えてなくても奪われる。残るのは思い出ばかり。そういう意味では、贈られたくまのぬいぐるみの行く末も寓話めいてるね。つらい

・明洞のど真ん中に放り出されるシーン、あのねこの着ぐるみとかついこないだ見たばっかりだったしもううわあああてなったよ……あんな放置プレイつらすぎる〜



2017年01月15日(日)
旅行あれこれ

ミュージカル以外のあれこれ。元画像はtumblrに置いてるので、まとめて大きな画面で見たい方はこちらをどうぞー。補正等しておらずそのまま載っけちゃってます。

・その1
・その2
・その3
・その4
・その5

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・2018年平昌冬季五輪キャンペーン



ソウル駅にいろいろな展示が。クマとトラかわいい

・チョ・ジョンソク広告いろいろ






前回『헤드윅(ヘドウィグ)』を観に行ったときはかすりもしなかった(イサックトースト店舗はわざわざ探して行ったくらいで……)ジョンソクくんの広告に今回はあたりまくった。うれしいけどなんでだ。

・食べたものいろいろ


ミュージカルのソワレは終演がだいたい22時過ぎるので、ひとりめしのハードルが高い。結局その日の夜と翌朝はコンビニ等で買ったものをホテルで食べましたよ。ついついヤクルト買っちゃう。ムーミンチーズケーキおいしかった。
今韓国はパン屋さんがはやってるのか、地下鉄の構内にことごとくパン屋スタンドがありいい匂いがしてました。ハムエッグトースト買ったら「もう閉店だからおまけだよ(意訳)」とお店のおばちゃんがにっこり、甘食パンくれた。有難うございます〜!

・イェジ粉食

この記事で知りました。やっとフードコート以外のお店で本場のスンドゥブ食べられた〜、うまかった〜!!! 私が行った時間(13時過ぎ)の客層は日本人と韓国人半々くらいだったかな。カウンターの隣席は地元のおっちゃんのようでした。ごはんは勿論こんなに副菜がついて6,000ウォンですよ。お店のおっちゃんは日本人客には「6,000円」とか言うて笑いをとっておりました。会計してくれたおばあちゃんがとってもかわいい笑顔だった〜。

・Happy Lemon plus


イェジ粉食の近く、ジョンソクくんの広告に惹かれてフラフラと。中国発祥のお店(快乐柠檬|happylemon)のようです、レモンドリンクいろいろ。タピオカゼリー入りレモンヤクルトスムージーうまかった! 外は-5〜-12℃とかなんだけど風がなくキリリとした心地よい空気、室内はめちゃあったかいので結局冷たいものばかり飲んでいた。

・Bistro Bar LAGRILLIA(仁川空港免税エリア)

ソウル駅近くのトッキジョン(토끼정|うさぎ停)でクリームカレーうどんを食べるつもりだったんだけど、二回行って二回とも長蛇の列で諦めた。クリーム麺欲と空腹を抱えたまま帰国の途へ、空港で出国手続き後ふらふらしていて見つけたお店で思わずスペシャルカルボナーラを注文。これがうまくてですね。どうやら韓国では有名なビストロらしかった。怪我の功名?

・COEX MALL

都心空港ターミナルでインタウンチェックインしてみた。便利。モールにはクリスマスツリー。街中でも、あちこちにクリスマスの名残がありました。

・ソウル市立美術館(SeMA)



韓国の現代美術が観たくて行ってみたらルノワール展もやってたんで、ルノワールも観た(笑)。韓国の社会や歴史を扱った映像作品が面白かった。現美はその地域の問題を浮かび上がらせるものが多いので、どこのものを観ても興味深いし考えさせられる。

・HOTEL FOREHEAL
論峴駅近く。昨年『オケピ』を観にきたときの宿は新論峴駅で、劇場迄歩いて行けた。地図を見ると道筋は簡単、距離的にも歩けるなと思っていたのですが、終演が遅くなったので結局地下鉄で帰ることにしたのです。ところがその地下鉄の乗り換えが、実はすごくややこしかったのでした……路線を間違えまくり駅構内で迷いまくり、すっかり深夜です。歩いた方がよかったかもしれん。




ホテルは快適、アメニティもかわいい。テレビが妙にデカく、その画面でもうすぐ日本公開される『アシュラ』の映像が観られたのでうれしかった〜。本国での興行はあまり振るわなかったそうですが(というか、予想される内容からして大ヒットしたら怖いわ、私はこういうの大好きだがって感じなんですが)見てた番組のランキングでは7位だった。何基準のランキング番組だったんだろう。

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面白かった(困ったともいう)ことといえば、微妙に日本語と似ている言葉があるのでうっかりわかった気になってしまうところか。地下鉄で立ってたら「席が空いてるわよ」らしきことをおばあちゃんに言われたんだけど「アイタヨ?」って聴こえたりな…本当はどういう意味だったんだろう……。あと美術館から移動するとき出入口を間違えてしまい、警備員に呼び止められてアワアワしてたらすぐ日本語で話し始めてくれた。有難い…不審者ですみません……。ホスピタリティに甘えてはいかんと反省しました。

ふう、一泊だとやっぱり慌ただしい。ただ街をふらふらするのが好きなので時間に余裕がほしいですな。次いつ行けるかわからないけどその日のために韓国語をもっと学ぼう! 仕事も軌道に乗せよう!



2017年01月14日(土)
『보디가드(THE BODYGUARD)』

『보디가드(THE BODYGUARD)』@LGアートセンター

2017年の観劇始めも韓国ミュージカルです。要領を得ると気軽に行けるようになりますな……昨年末で会社を辞めたこともあって勢いで〜といいつつ、迷ってるときにインターパーク(韓国のチケットぴあみたいなの)を眺めていたら早割のよい席を見つけてしまい、これは! と11月にはチケット確保してたという。あのホイットニー・ヒューストンとケヴィン・コスナーの映画『ボディガード』の舞台版でストーリーは頭に入っていたこと、ミュージカルなので台詞はわからずとも歌を楽しめるだろうというのも大きかった。昨年行った『오케피(オケピ)』と同じ劇場なので、チケットカウンターや物販の様子も覚えてるし。

決め手はボディガードのフランク役を演じるのがパク・ソンウンさんだったことです。『新しき世界』の思春期くんですよ。『無頼漢』の犯人(…)、『華麗なるリベンジ』の憎めない検事さんですよ。本人はコメディをやりたいのに悪役のオファーばっかりくると嘆いているひとです(…)。アクションの心得がありガタイもよいので、今回の役はピッタリじゃーん。悪役じゃないよ!『無頼漢』での穏やかな雰囲気とキメキメの格闘シーンが素晴らしかったのでこれは楽しみではないか。ちなみにミュージカルは初めてとのこと。

歌姫レイチェル役はトリプル、フランク役はダブルキャストで、観劇日のキャストはこちら。



(クリックすると拡大します)


ロビーはこんな。





韓国のひとたちは記念撮影が大好きなようで、こういう撮影ブースが沢山あるんですね。ソンウンさんのパネルに頬を寄せたりチューするポーズで写真撮ってるひと多数。そのポーズがまたみなさん堂に入ってる。わたくしはひとがハケてるときにそっとブースだけを撮りました……。さて予約していたチケットを引き取って開場を待ちますよ。ちなみにロビーのカフェはチケットを提示すると500ウォン値引きしてくれます。カフェシェケラートおいしかった。外は寒いが館内はとてもあったかくボーとしちゃうんで、アイスでキリっと気をひきしめる。



入場してみれば最前列ほぼセンターであった。なんでや、チケットとったときの見取図では三列目だったのに…ジョンミンさんもジョンソクくんもこんな近くで観たことないのに……もう今年の運は使い果たした。ぼんやりしているうちに開幕、いきなりド派手なショウのシーンから。ちょ、火柱! ヒィ、熱い! 間にオーケストラピットの奈落があるとはいえ、その間5メートルくらいではないか。パンフレットによると初演は2012年ロンドン(シアターガイドでも報じられてました)で、アジア初のライセンス契約が今回の韓国公演だそうです。演出やヴィジュアルは初演を踏襲している模様。ちなみに2015年UK版はこんな感じ。この火柱ですわ。ラムシュタインかいな……。

ガッツリ唄うのはレイチェルとレイチェルの姉であるニッキーのみ。それもショウ、レコーディング、レッスンと唄う必然性のあるシーンが殆どなので、台詞で進行する芝居パートとの切り替えに違和感がありません。積極的にミュージカルを観ることがない私のような観客には、台詞が全部歌になっているミュージカルよりムズムズせず楽しめました。グランドミュージカルのファンには物足りないかもしれないですね。あの名曲の数々を堪能する、という趣が強いものでした。その点は大満足! レイチェル役とニッキー役の歌唱力、素晴らしかった!「I Will Always Love You」は勿論、チャカ・カーンのカヴァー「I'm Every Woman」がもうね! うう〜これ大好きなんだ……。ショウのシーンは派手で華やかで、思わず腰が浮きかけましたよね。

ストーリーはあれなんで、まあ…その、個人的にはニッキーに肩入れしちゃうんですけど……だってニッキー不憫だわのよ。フランク罪な男なのわだよ。またニッキー役の女優さん、チェ・ヒョンソン(최현선)の歌がもうすんばらしかったんだよねー。伸びるクリアな声。ソロは勿論レイチェルとのデュエットもキレッキレで。プロフィールを見ると翻訳ミュージカルの名作にことごとく出演されていたので、あちらでは有名な方なんだろうな。ちなみに犯人役の男優さんも歌は一切ありませんでしたがカーテンコールで披露した歌声が素晴らしく、プロフィールを見てみればやはりミュージカルに多数出演していた。も、もったいない…というか贅沢……。レイチェル役のイ・ウンジン(이은진)/YANGPAもむちゃくちゃ惹きつけられる歌唱力でした。「I Have Nothing」には思わず涙した。あと子役ちゃんがかわいかったです、ダンスが達者!

ミュージカルだけどソンウンさんは唄わない、との情報を得ていましたがそれは間違いで、実は一曲唄うとこありました。レイチェルと行ったバーでカラオケシーンがありまして。カタブツくんが直立不動で「I Will Always Love You」を唄うという笑いとるとこではあるんですが、低音の美声で平易に唄うのがすげえ渋くて格好よかったよ。ニック・ケイヴのようだったよいやまじで。このたとえわかるひとどのくらいいるか…いやホント、「Into My Arms」の唄いようだったんだよー!!! またよう通る声でな…倍音出てるわーてな感じでな……台詞まわしも心地よい。あの声でレイチェルていうとアルファベットでRachelて聴こえたよねー(何を言っているのか)!!!

見どころだと思っていたアクションは、ストップモーションやスローモーションを多用した演出(オープニングは『レザボア・ドッグス』のシルエット風)だったので本領発揮していたかというとアレなんだが、やっぱりガタイがいいので舞台映えする。よい存在感でした。フランクとレイチェルが一夜をともにした翌朝、レイチェルがフランクの寝顔を見乍ら唄うシーンがあったんですが、一曲分まるまるスヤスヤ眠ったまま(ちなみに上半身裸)というなかなかハードルの高い演技も要求されてましたね…もうニヤニヤしてしまったよね……。映像も多用されており、エンディングはふたりの思い出を走馬灯のように流すというもので……なんだろう、なんでミュージカルのオファーがあったんだろうと思ってたけど、あの美しい身体が決め手かと思ったりもしましたよ。その期待には十二分に応えてなさった。いい仕事だわ〜。

カーテンコールでは舞台挨拶の定番、客席の左右に手を伸ばしてゆっくり一礼する仕草を美しくこなしておりました。微笑して手を振る姿は皇族のようでした。そしてステージはそのまま終わらなかった、ソンウンさん進行でお楽しみ抽選会が始まった。これ、毎回やってるんだろうか? ロビーにソンウンさんのチラシが貼ってあるコーナーがあって、用紙に何か書いて箱に入れてるひとでごったがえしていたんだけど、1月9日が誕生日のソンウンさんにメッセージでも送るのかなーくらいに思ってたよ。ソンウンさんはあの美声で淡々と司会をし、それがドカンドカンウケていた。さっぱりわからなかった。わーん表情も変えずに何を話しているんだよ〜! こんな落とし穴(言いがかり)があるとは……うわ〜ぐやじい〜〜〜! 韓国語もっと聴きとれるようになろうと思いました……そんなこんなで狐につままれたような気分で会場をあとにしたのでした。楽しかった〜!

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・韓国ミュージカル「THE BODYGUARD(ボディガード)」 | Kstar Musical
日本語のレヴュー、レイチェル役がチョン・ソナさんの回。笑いが起こっていた開演前のアナウンス、こういうことを言ってたのかー。少しずつでもいいから韓国語聴きとれるようになろう……

・PROGRESS :: [뮤지컬 보디가드] 캐스팅 보드
Google日本語訳
キャスティングボード

よだん。音楽と芝居が同居しているこの作品の構成、スズカツさんの演出手法に合ってる感じがしましたよ。日本でのプロダクションも今後あるという噂ですのでちょっと期待。