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2012年09月15日(土)
『エッグ』

NODA・MAP『エッグ』@東京芸術劇場 プレイハウス

ううーむ、ネタバレなしで感想を書くのが非常に難しい。そしてこの作品はネタバレを知らずに観た方がいい。あのモチーフがここに繋がり、あの記号がこれを意味していたのか、と気付いたときの震撼は是非体験してほしい。

ただ、その理解には予備知識が必要です。情報量も多い。「(ストーリーがどこに転がるかは)知らない方がいい」けれど、そのストーリーを理解する…と言うか、舞台上から示されるモチーフにピンと来るには「(過去に起こったことを)知っていることが必要になる」。そのピンと来る若いひとって、いったいどのくらいいるのか…妻夫木くんや仲村さんの役名、エッグの選手三人が並んだときの三桁の背番号、戦前中止になった東京オリンピックがあったこと。第二次世界大戦前後の時代背景をある程度把握していないと、受ける衝撃にかなり違いが出るように思う。……この辺りを共通認識として持てるのは、自分の世代がギリギリではないだろうか。野田さんがパンフの冒頭に書いていたように、「知った気になっている過去」は、どんどん遠くなっていくものだ。

勿論、今は知らなくても、今回観たことをきっかけに「知った気にな」ればいいのだ。しかし少し前に鴻上さんやケラさんが話していたように、「1995年以降アンケートのレスポンスが随分変わった」と言う話を思い出す。もっと解りやすく、もっと説明を。これらの割合がどのくらいなのか…それ以前に、観劇人口と言うもの自体が少ないのだ。そんなこと迄考えてしまった。

以前松井周さんが「歴史を疑っている」と言う話をしていた。「実際に見たひとがもはやいない昔のことって、ホントにそうだったなんて誰にも判らない。江戸時代って本当にあったのか?」。同様に、過去を過ちとして繰り返さないようにと思い続ける解釈は、時が経てば経つ程変容して行く。自分が興味を持ち、作品を観たり聴き続けている人物たちが、ここ数年共通して口にしていることがある。“戦争”への予感だ。言葉通り受け取ってもいいし、その言葉から連想される災いとしてもいい。NODA・MAP本公演に限って言えば、野田さんが過去を検証すると言う手法でそれらをハッキリと書き始めたのは『パンドラの鐘』が最初だったように思う。その後『ロープ』『パイパー』と視点は国外や地球外に向いたが、『ザ・キャラクター』で再び国内に戻ってきた。過去に起こった闇を光の下へ引きずり出す。このことは知っておいた方がいい、それらは自分が生きていた間に起こったことではない、それでも「知った気になってい」た方がいい。

以下若干ネタバレありますので、未見の方はご注意を。

国民を熱狂させるJ-POP(音楽)とスポーツ、と言うモチーフは、終盤になるにつれスポーツへの比重が高くなって行ったので、音楽の扱いが若干宙に浮いてしまったような印象を持ちました。プロパガンダとしての音楽、慰問としての音楽はこのモチーフひとつで作品ひとつ書けるようにも思うので、観客としてはそれをいつかまた野田さんの書いたものとして観たい。深津さんの歌声は麻薬的な魅力がありました。妻夫木くんの“搾取され捨て置かれる”人間のあっけなさ、藤井さんの権力への身の処し方、秋山さんの冷徹さと表裏一体の明晰さの表現も素晴らしかった。時代に巻き込まれ悲しい最期を遂げる大倉くんの演技も印象的でした。そして舞台ではいじられ甲斐のある役柄の多かった仲村さんが、映像の世界で見せていた強靭な恐ろしさをついに舞台でも見せた。これは収穫。

余談だが以前仲村さん、悪人の役が続いていた頃「ご近所でウチが『ここがあの犯人の家よ』『また犯人よ』って言われてる……」と冗談めかして話してたことがあったなあ。コミカルな役を続けて観ていたので忘れていたよ、このひとがファナティックな面を見せるとどんなにおっかないか……黙って背中を見せているシーンにも釘付けでした。あとすごい身体作ってきましたね、宣美の写真より筋肉増量していました。一瞬特殊メイク?とまじまじと見てしまったよ。胸筋動かしてるの見てわっメイクじゃなかった、と思った…アスリート役とは言えここ迄仕上げてくる辺り流石です。

出演者は皆強い磁力があり、アンサンブルのなかにも印象に残る人物が多かったです。以前小劇場で観た役者さんがちらほらいてあっと思ったこともちょっと嬉しかったり。

舞台装置の見立てが言葉に繋がっていました。選抜された選手が使用するロッカーは、“丸太”を収納し運搬するロッカーになり、捨て置かれるひとびとの終の住処…ハートロッカーになる。たまたま最近『ハート・ロッカー』を観直したりしていたので、選手控え室のロッカーがハートロッカーになった瞬間の、言いようのない気持ちは胸の底に澱となって残った。多くのロッカーの移動が場面転換や人物の出入りのマントとして使われ、その段取りの多様さに演者が若干手間取っていた印象もあり、その目まぐるしさにこちらの関心や興味が寄ってしまったシーンもあった。これらがスムーズに行くとより話に集中出来たかも。

個人的には、あの部隊に関しての文献は一時期興味があって読み漁っていたことがあった。きっかけは森村誠一の著書で、これについても捏造だ、事実ではない、これはプロパガンダ小説だと言った論争があった。真偽はさておき、“丸太”と言う呼称はこの本で知った。学校の教科書にそういった記述はなかったと記憶している。自分の記憶も改竄されているのかも知れないが、これも「知った気になっている過去」だ。これひとつとっても、“丸太”と呼ばれた人間がいたことを「知った気にな」るのは必要ではないかと思う。

リニューアルオープンした芸劇で上演される初めての作品で、改修中の劇場を訪れる女子高生たちと言う幕開けを提示し、観客を現実から劇世界へと連れて行く。そして最後の最後、野田さんが野田秀樹として舞台に立つ。クスッと笑える台詞とともに、観客を現実に引き戻して幕切れ。このフックをどう捉えるか、今後考えていくことになると思います。あまりにも重い歴史を少しでもポップにするためか、「知った気になっている過去」を「知った気になっている」だけだと我に返らせるためのスイッチか。

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その他。

・リニューアルした芸劇中劇場=プレイハウス、音がかなり散らなくなってました。ちゃんと改善されてる!
・野田さんがホームとして使う劇場なら言葉が通る音響にしてくれよー!と思っていたのでよかった……
・改修についての話は、芸劇で配布されている『東京芸術劇場リニューアルオープン特別号外:芸劇、劇的リニューアル。』のインタヴュー記事がとても面白かった。インタヴュアーは徳永京子さん
・舞台に立つひとだからこそ気付く舞台機構について、粘り強く要望を通していったそうです。芸術監督が現場のひとであるってのは大事なことですよね……

・野田さんと言えば坂口安吾のイメージが強いですが、今回寺山修司への思いが描かれていたのが印象的でした。ここ迄具体的に名前を出してくるとは。舞台に現れない重要な登場人物。『エッグ』は寺山修司が書いた『ノック』と語感を重ねたのかも知れません

.椎名林檎の音楽、まるまる二曲SOIL&“PIMP”SESSIONSが参加しています。おおお、ソイルの演奏を録音とは言え芸劇で聴けるとは!その他の曲も椎名さん周辺のミュージシャンが演奏でガッツリ参加。豪華です