セクサロイドは眠らない

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2004年01月14日(水) 息苦しかった。少し横になりたかった。だが、男はハツエが背を向けた後ろからハツエを抱き締める。

風が強くなって来た。関節が痛むのをこらえながら、ハツエは少し歩を早めた。

「見つけた。」
突然、ハツエの前に立ちはだかる男性。

ハツエはハッと息を飲む。

「随分探した。」
「どうして?」
「それはこっちの台詞だよ。」

ハツエはおろおろして、手に持った買い物袋を落としてしまう。

「こんな重い荷物を持って、一人で。全く馬鹿な人だよ。あなたは。」

抱きすくめられてハツエは、ふっと泣きたくなる。嬉しいからではない。戸惑いの涙。

--

「どうして、こんなところまで?」
「探したんだ。あちこちに訊いて回って。」
「相変わらず探偵ごっこが好きなのね。」
「あなたを一人にしたくないんだ。なのに、あなたときたら。」
「ねえ。タケルさん。あなた、幾つになったんでしたっけ?」
「39だ。」
「私、もうすぐ70よ。」
「歳のことは考えないでって言っただろ。」
「だって。息子って言ってもおかしくないわ。」
「僕は、あなたに恋をした。あなたも僕を好きになってくれた筈だよ。それなのに、どうして何度も何度も僕の前から逃げ出すの?」

ハツエには、男の情熱が息苦しかった。少し横になりたかった。だが、男はハツエが背を向けた後ろからハツエを抱き締める。

「とりあえず、今日のところは帰って頂戴。」
「だって。そんな事したら、またあなたはいなくなってしまう。」
「いなくはならないわ。もう、あちらこちらと逃げ回るほどの元気はないもの。明日。ね。ゆっくりお話ししましょう。」
「分かった。」

男は、子供と同じだった。男が帯に掛けた手をそっと外すと、ハツエは、笑顔を作って言った。
「明日。絶対よ。」

男はうなずいて、部屋を出て行った。

ほうっと息をついて、帯を緩める。

タケルは、まだ夫が元気だった頃、夫のやっている運送会社に入って来た。夫が倒れて、ハツエがそれでも数年は会社を立て直そうと頑張ったが、結局、不景気の波には勝てなかった。夫は亡くなり、会社も潰れ、最後までそばにいてくれたのがタケルだった。美しい顔と真っ直ぐな瞳を持つ青年を、子供のいないハツエは息子のように可愛がっていた。まだ若いのに、給料もろくに払ってやれない会社のために尽くしてくれて、ハツエは心の底から感謝していた。

もう、何もかもを失って、これからお互い新しい人生を歩きましょう。と、ハツエがずっと溜めてきた貯金をはたいて退職金を手渡した時。タケルは、初めて涙を流し、ワーワーと子供のように泣いた。

それからだ。逃げても、逃げても。

タケルは、ハツエを追って来る。

タケルのことを嫌いではなかった。だが、息子のように思って面倒を見て来た男に、女として身を任せる事はできなかった。ましてや、年老いた体。

ハツエは、考えるのをやめて布団に入った。

最近、少し疲れ易くなって来たのを感じていた。

--

「仕事ならちゃんとしてるよ。金だって、溜めた。あなたと一緒に暮らせる部屋も借りようと思ってる。」
「ねえ。お願い。そんな風に勝手に決めないでちょうだい。」
「だって、黙ってたらあなたは逃げてばかりだもの。」
「世間はどう思うかしら。夫婦でもない、親子みたいな男女に部屋を貸してくれるわけないでしょう?」
「なら、籍を入れよう。結婚しようよ。ね。」
「まさか。私はもうおばあちゃんよ。」
「そんなことない。綺麗だよ。ずっと思ってた。ハツエさんが、朝早くから事務所の掃除してるとこ、俺、ずっと綺麗だなって。」
「そういうことじゃないの。」
「なら、どういうこと?」
「私が辛いの。」
「僕は、どうすればいいの?」
「あなたは・・・。いい娘さんと結婚して、子供を作って。」
「あなたとじゃなきゃいやだ。」
「そんなの、おかしいわ。」
「おかしいなんて、誰が決めるの?世間かい?どうして僕らが決めちゃいけないんだ?」

タケルは、ハツエの手を握り、唇に当てる。
「僕一人にわがままを言わせるなんて、ずるいよ・・・。」

そうして、ハツエの帯はあっという間に解かれ、小さな体はすっかりタケルの腕に納まってしまう。

--

目が覚めると、ハツエはどこにもいなかった。

タケルは、狂ったようにハツエの姿を探した。

ハツエがいつも持っている、ハンドバッグがなかった。

「ああ。どうして・・・。足が痛いのに。そんなに遠くにはいけないはずなのに。」
タケルは泣く。

最後にハツエが着ていた着物を抱き締めて。

僕のせいだ。僕の・・・。

--

「今度の職員さん、ちょっといいわね。」
とある老人ホームで、そんな言葉がささやかれた。

「孫みたいな歳だけどさ。なんか、私ら年寄りにも丁寧なんだよねえ。」
「結婚もしてなくて、ずっと独身を通して来たんだってさ。」
「事情があるのかねえ。」
「そういえば、女の人のこと、訊いておったわ。」
「お母さんか何かかねえ。」
「探しておるんだって。」
「へえ・・・。」

--

ホームの中では一番大人しくて、いつも笑みを絶やさないサキコの髪を梳く。

「ああ。気持ちいい。」
「気持ちいいですか。」
「あなた、上手ねえ。」
「ありがとうございます。」

いつもはほとんどしゃべらないサキコが話し掛けて来た事が嬉しくて、タケルは、その少なくなった髪を丁寧に結う。

他の職員が教えてくれた。

サキコさんも昔はよくしゃべってたけどもね。去年ぐらいからかしら。ちょっと話の辻褄が合わなくなってきてるわね。そうなると、本人も、自分が呆けてるのを悟られたくないんでしょう。あんまり物を言わなくなったわね。ご家族の面会の時も、黙ってニコニコしてる事が多いわ。

「サキコさん、若い頃はモテたでしょう?」
「まあ・・・。」

顔をほころばせて、コロコロ笑う。

「そりゃあ、まあね。好きになった男の事は今でも忘れないわ。」
「その人と、今でも会いたいですか?」
「どうかしらねえ。こんなおばあさんになっちゃってねえ。あちらさんも、いいおじいさんでしょう。でも、昔はそりゃあ、男前でね・・・。」

嬉しそうに話すサキコさんの髪はもう、本当に少なくて。指は折れそうなほど、細くて。

それでも良かったのに。

あなたがこんなに小さくなってしまっても。

僕はずっとそばに居たかった。

そうでなかったら。どこかでこんな風に、僕のことを誰かに思い出として語ってくれていれば、どんなに救われるか。

でも、旦那さんが亡くなった時も、会社が潰れた時も。いつだって、あなたは振り返らなかった。真っ直ぐに前を見ていた。思い出話なんかを誰かとしている姿を見たことはない。いつだって、前を。そして、僕はいつまでも後ろを。


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