セクサロイドは眠らない

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2001年12月27日(木) 人は、猿から進化する過程で、何のために嘘を覚えたのかしらね。それは進化にとって必要なことだったのかしら?

仕事に行く途中、奇妙なものを見つけた。

何か、生き物だ。私は近付いて、それをよく見た。

人魚だった。

小さな、30cmくらいの体のそれは、尻尾が川に突き出した木の枝に引っ掛かって、動けなくなってぐったりしている。

慌てて川から引き上げると、マンションのバスルームに運び込む。

職場には、休む、と電話をした。

昨年までアロワナを飼っていた120cmの水槽で大丈夫だろうか。と、頭の中で忙しく考える。

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人魚は、美しかった。顔は、精巧にできていて、まるで陶器の人形のようだった。小さな手にはヒレがついていて、腰をなまめかしく動かして、ゆっくりと水槽の中を泳ぎ回る。

餌は何を食べるのだろう?

市販の餌をいろいろやってみるが、食べない。活き餌でないと駄目なのだろうか、と、金魚を入れてみる。人魚は、素早く金魚を掴み、口に持っていく。その瞬間、きらりと歯が光る。これから少し餌に苦労するかもな、と思いながら、私はそのグロテスクな生き物に見惚れる。

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その気配は、どことなく分かるものなのだ。例えば、「仕事で忙しいから、電話して来ても出られないよ。」とあらかじめ言い渡されるとか、たまに時間が取れたからと会いに来てくれても、携帯電話をチラチラと気にしていたりとか。

仕方なく、気付かないふりをする。無理矢理、物分りのいい女になる。

「ごめん。今、大きいプロジェクトが起ち上がろうとしてんだ。」
と、申し訳なさそうな顔をされて、
「いいのよ。」
と笑顔で答えながら、嘘吐き、と心でつぶやく。

男は、大袈裟に甘えてみせる。

「お前と一晩中こうやっていたいなあ。」
と、私の膝枕で、目を閉じている。

だけど、12時が来たら、帰るのね。

ねえ。

人は、猿から進化する過程で、何のために嘘を覚えたのかしらね。それは進化にとって必要なことだったのかしら?

彼に上着を渡しながら、そんなつまらないことを考える。

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「ねえ。人魚でも嘘をつくの?」
人魚は答えない。

ただ、黙って水槽の中を泳ぎ回っている。

よく見ると、それは醜い。気持ち悪い。人間そっくりな上半身が、想像を越えて見る者を不安にさせる。私は、その異形の生き物をいじめたくなってどうしようもない。その小さな肢体は、一握りでつぶせるだろう。私は、尻尾を掴もうと水に手を入れる。思った以上に素早く動くその生き物は、私の手をすり抜けて、私の小指に噛みついて来た。

いたっ。

水の中に、血が広がる。

小指を口に含みながら、私は、その生き物をにらむ。水槽の中から、人魚が見ている。私達は残酷な視線を交わす。

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彼の部屋を訪れてみようと思ったのは、些細な思いつきだった。

以前は、そうやって彼の部屋を訪ねることが多かった。そうして、眠いっている彼が起きないように、コーヒーを煎れ、ベッドまで運ぶのが習慣だった。

だから、日曜の午前。

持っていたスペアキーで彼の部屋の鍵を開ける。

そこには、女性物の靴。

「誰よ。」
彼のトレーナーを羽織った、髪の長い女は、私を挑むように見つめる。

私は慌てて逃げ出す。

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「ねえ。なんで私が逃げなくちゃいけなかったのかしらね。」

人魚に話しかけようと、水槽をのぞく。

よく見ると、その人魚は、さっきのあの女にそっくりだった。

笑っている。

人魚は笑っている。

恐怖と怒りで、私は水槽に向かって、そばにあった椅子を振り上げる。

ガシャンッ。

と大きな音を立てて、水槽の破片が飛び散り、人魚は床に叩きつけらる。苦しそうにビチビチともがいている。

私は、黙って人魚が死に行く様を眺める。

なんてぶざまな。

目からも鼻からも血を流すその醜い生き物は、よくみれば私そっくりの顔をしていた。

伝説の人魚は、妄想を食べて、その姿をさまざまに変える。


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