セクサロイドは眠らない

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2001年12月26日(水) 私は、随分と多くのものを差し出して。その、最後かもしれない恋を守ろうと努力したけれど。

それは気付かないうちに始まった。

私は、写真の専門学校で「先生」と呼ばれ、彼は、そこの生徒だった。

校内のクリスマス・ツリーの飾り付けを外していると、彼が背後から手を伸ばして手伝ってくれたのだ。

「あら。ありがとう。」
「手伝うよ。僕のほうがずっと手が届く範囲が広い。」
「助かるわ。」

彼は、とりわけ目立つ生徒でもなく、むしろ、教室内では静かな印象だった。

「もう、今年も終わりねえ。」
私は、彼に作業を任せて、窓の外を見る。雪が舞い始めている。

--

そうやって、何気なく、物事というのは始まって、いつのまにか生活の中にどんどんと根を張るのだ。

私は、家族に、「撮影に行くの。」と嘘をついて、休日に出掛け、彼が待っている車に乗り込む。彼は、車を運転しながら、時折、私が隣にいるのを確かめるように手を伸ばして握ってくる。最初、そうやって手を差し出された時、そっと握り返してしまったから、もう引き返せない。

彼が最初に私を抱き締めた時、私は、それでも必死で抵抗した。
「ねえ。困るわ。」
「どうして?どうして僕じゃ駄目なの?」
「私、結婚してるもの。それに、あなたよりずっと年上よ。」
「じゃ、僕が嫌い?」
「嫌いではないけれど・・・。」

それ以上は拒めなかった。

もう、これからの人生の中でこんな風に誰かから抱き締められるなんて予想もしなかった四十女が、どうやってそれを拒めるだろう。

「お願い。怖いのよ。」
私は、本当に震えていた。

「僕がついているから。」
彼は、優しく抱き締めてくる。

--

「ねえ。こっち向いてよ。」
「いやよ。ひどい顔だもの。」
「そんなことないよ。きみが見ていたい。」
「駄目。私、もうおばあさんだわ。」

本当に。あなたは、まだ若い。あなたの若さが、私を苦しめる。

「そんなことない。きれいだよ。」
彼が、背を向けた私の裸の肩に唇を付けてくる。

家に帰れば、今を盛りに咲き誇っている花のような娘たちが私を出迎える。そんな時、私は、娘という花に水をやり、愛でる喜びに打ち負かされる。私自身は、もう、そんなに美しく咲くことができなくていい年齢なのだ。

「ねえ。学校が冬休みの間、全然逢えないの?」
「ええ。」
「きみ、それで平気?」
「そりゃ、逢いたいわよ。」
「なら、逢おうよ。」
彼は、痛いくらい抱き締めてくる。

「駄目よ。そんな風に休日を自分のために自由に使えないの。娘達のことも考えなくちゃいけないし。」
「きみは忙し過ぎるよ。たまには自分のために自由にすることが必要だよ。」

全然分かってないのね。

駄目なのよ。

--

恋という名のついた、勢いを持って育って行く木は、私の心にどんどん根を張って、もう、少しでも切り落とそうとすると、私の心臓から血が流れるのだった。だが、それは、私の心から、何もかもを吸い上げて成長して行き、その枝葉で傷を負う。私は、随分と多くのものを差し出して。その、最後かもしれない恋を守ろうと努力したけれど。

それでも、かなわないことはある。

「ねえ、もう、逢えないわ。」
「どうして?」
「無理なのよ。」
「年が離れてるから?」
「ええ。それもあるわ。」
「そんなの関係ないじゃないか。」

彼は、子供のように首を振る。

関係あるのよ。

「きみはずるいよ。いつだって、年齢や子供のせいにして。」
「そうかもしれないわね。」

--

彼は、そうやって、部屋を出て行く。

あなたはいいわ。きっと、今日、自分の部屋で、恋のために涙を流すのでしょう。

私は?

私は、家族が心配しないようにと、泣くこともままならず、家に帰って。

それから、
「さあ、夕食を作るわ。手伝ってちょうだい。」
と、いつものように、娘たちに声を掛けることでしょう。

泣かない私を、きっとあなたは責める。

だからと言って。

泣かなかったからと言って。

どうしてこれが恋ですらなかったと、言い切れることができましょうか。

心がドクドクと血を流し、私は、帰宅する途中にもその場にしゃがみ込んでしまいそうになるのに。


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