セクサロイドは眠らない

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2001年11月22日(木) 恋なんて、もう、ないと思ってたから。思いがけず手に入れた情事だから。

ワープロ教室の講師であるその男は、主婦を相手にひどく退屈そうにしゃべっていた。

痩せた長身の男で、清潔で身だしなみがキチンとしているところからして、主婦からは「ちょっといいじゃない?」風に思われていた。「なんだか気に入らないわ。」と言っている人もいたが、それは彼の少し人を小馬鹿にしたようなその態度のせいだと思う。

ともかく、子供が手を離れたし、パートに出てみたいわね、と言った感じの主婦の集まりの中で、私は、そのワープロ講師が気になってしょうがなかった。

--

全受講カリキュラムが終わった日、私達はワープロ講師を囲んで打ち上げと称した飲み会を開いた。

「ねえ。先生。」
主婦が騒いでいる場所から少し離れた場所でグラスを傾けるワープロ講師に、私は話し掛ける。

「なんですか?」
「私、先生の教え方、好きでした。」
「そりゃ、どうも。」
「今日で最後だなんて、残念です。」
「まあ、これからは、いいお仕事を見つけてせいぜい頑張ってください。」
あまりにそっけない言い方に少々腹が立ってくる。

私は、少し膝を寄せて、
「このあと、どこかに行きません?」
と訊ねる。
ワープロ講師は、黙ってうなずく。

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それからは、話は早かった。

私達は真っ直ぐに手近なホテルに入り、彼はドサリとベッドに腰を下す。

「その、スーツ。」
煙草を取り出しながら、彼は言う。

「え?」
「脱いで。」
「でも・・・。」
「いいから。そのピンクのスーツ。俺嫌いなんだよね。何とかならない?小学校の参観日じゃあるまいし。」
私は、恥ずかしさに涙ぐみそうになりながら、慌ててスーツを脱ぐ。

「こっちにおいでよ。」
服を脱いでしまうと、打って変わったようなやさしい声で、彼は、私を呼び寄せる。

「俺のこと、好きだったの?」

私は、うなずく。

「なんだ。早く言ってくれれば良かったのに。」
彼は、余計な修飾を省いた手つきで、私の下着も剥ぎ取ると、いきなり押し入ってくる。

「なんだか、別人みたい。」
「俺が?」
「ええ。」
「そりゃ、仕事してる時は誰だってそんなもんでしょう?あなただって、家に帰れば、全然違う顔してるんじゃないの?」

彼は手早く自分本意なセックスを終わらせると、うつぶせになって煙草を吸う。

私は、それでも夢を見ているような気持ちで彼に寄り添う。

恋なんて、もう、ないと思ってたから。思いがけず手に入れた情事だから。だから、私は、信じられない気持ちと、切ない気持ちを何度も噛み締める。

--

あくる日から、私は、彼に何度も電話する。

忙しいから、と、切られる日も多いが、「会うか?」と、言ってくれる日もあって。だから、私は、電話する。食事代も、ホテル代も、私持ち。

けれども、彼は、だんだんと私を遠ざけようとするようになった。

「どうして?」
私は思う。どうして、一度触れ合った肌を、遠ざけることができるの?あんなに引かれ合ったじゃない?

私は、彼が血の通った人間でないように思えて。その、細くて長い手足。いつも乱れない髪。どこかの宇宙人じゃないかしら?きっと、体内には緑の血が流れているのよ。

彼の冷たさが理解できない。

きっと、体の中には、私を想う熱い固まりがある筈だもの。

私は、「最後に一度だけ。」と言って彼を呼び出す。車の中で、私は、彼のほうに身を乗り出し、渾身の力を込める。

「なにを・・・?」
叫ぶ彼の服がみるみる染まる。

あ。

やっぱり赤だ。

血が。暖かい。彼の体を流れる血は、冷たくなかった。暖かかった。

私は、笑い出す。笑いが止まらない。

狂ってはいないよ。ただ、あまりに滑稽だから。

だいたいが、「最後に一度だけ。」なんていう台詞に応じるなんて、馬鹿じゃないかしら?と思う。


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