セクサロイドは眠らない

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2001年11月12日(月) 好きという言葉だけじゃ、どうして駄目なんだろうな。最初はこうやって出会えただけで幸福だと思っていたのに。

私は、魚の娘で、今日も友達と楽しく川で泳いでいた。

急に、他の娘達が「きゃっ」と悲鳴を上げて散ってしまったので、何事かと思って水面を見上げると、そこに魚を取りに来た熊。たくましい腕。黒目がちの瞳。彼の腕が水を掻く。逃げ遅れた私の背中は、彼の黒光りする爪で傷付く。

私は、驚いて彼の目を見る。彼も私の目を見る。

そうして恋が始まった。熊と魚の恋。なんとおかしな。

川底に逃げた私の背中の傷が熱くて眠れない。

--

私と恋人は、仲間の目を盗んで逢う。

ただ、水面から見つめ合い、言葉を交わす。抱き合って彼の胸で眠ることもできない。それでも、見た瞬間分かることというのはあるから。そういう恋もあるから。

私は、彼に、魚を取らないで、と頼んだ。魚なんか食べちゃだめって。そうして彼は日々の糧としてハチミツを舐めるはめになった。時折、無償に魚が食べたくなるみたいだけれど。

私は、それでも寂しくて、魚の男と寝てみた。魚の男は、ツルリとした肉体に、銀色の肌。私と同じ。やさしくて。でも、そんなのじゃ全然駄目。私は、魚の男に抱かれながら、毛むくじゃらの恋人の野生の荒々しさを想う。

私の浮気は、恋人をひどく悲しませた。

「ごめんね。」
「もう二度とするな。今度したら、俺はお前の体をこの爪で切り裂かねばならない。」
「もうしない。」

彼は、無言で立ち去った。川から出られない私は、追い掛けて行くこともできない。

--

それから、二人で相談して、彼の部屋に水槽を置いて、私はその中で暮らすことにした。これなら、毎朝、起き抜けの彼の顔が見られる。「おはよう」と言って水槽の透明樹脂越しに、口づける。

彼が、日々の糧を得るために出かけてしまうと、私は一人ぼっち。私は、自分の恋について。世の多くの報われない恋について考えを巡らせる。

ある日、とうとう、私は川が恋しくて泣き出す。流れに身を任せて泳いでいるのが魚の幸せ。こんな狭いところで、息がつまる。囲われて、時として置き去りにされて、ただ彼を待つ生活には耐えられない。めそめそと泣いている私を見て、彼は溜め息をつく。

「俺達、どうしたらいいんだろうなあ。」
「お互い違い過ぎるのよ。そもそも、あなたに恋するんじゃなかった。」

彼の目は、怒っているとも、悲しんでいるともつかない表情をたたえている。

「あなたに抱かれたいの。」
「俺だって、お前を抱きたいさ。」
「抱き合うだけが恋じゃないって分かってても、ね。」
「不安なんだろう?」
「ええ。」
「俺もだよ。好きという言葉だけじゃ、どうして駄目なんだろうな。最初はこうやって出会えただけで幸福だと思っていたのに。それだけじゃ足らなくなる。お前が、生きて、川の中ではね回っているのを見ているのが、俺の喜びだったはずなのに。」

それから、長い時間かけて、私達は二人の行く末について。時折泣いたりしながら話し合う。

そうして出した結論。

「本当に?」
「ええ。本当に。」

彼は、水槽に手を入れて、私をそっと抱きかかえる。私は、彼の腕に抱き締められて、ぼぅっとする。

長い口づけ。

私は、もう、気を失いかけている。

彼は、深く息を吸いこむと、爪で一気に私の体を切り裂く。私の体内から血がほとばしる。彼の鋭い歯が肩に食い込むのを感じる。彼の体毛が私の頬をくすぐる。私は喘ぐ。内臓を愛撫されて、私は、今、彼と一つになっていくのを感じる。

そう。

私を食べて。

それが、私の出した結論。

恋人の体内に入っていけるなら、何という幸せ。

それでも、私が死んでしまったら、彼は、また、他の魚の娘を食べるかしら?そんなことを考えながら、遠のく意識の中、官能に身を任せる。


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