セクサロイドは眠らない

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2001年10月29日(月) 彼は静かに私の差し伸べる手を取って。そうして、一瞬、触れ合ったのが最初で最後。

誰にも知られないまま、我が心にだけ封じられた想いは、意味があるのでしょうか。

誰か教えてください。例えば、その溢れ出る想いを、肌を触れ合わせることもなく。その指先を絡めて、ひそやかにお互いの想いを打ち明け合うわけでもなく。今。たった今、あなたを想って止まないよ、と、声にして、表情にして、あなたに伝えられない。想いが、どんなに熱く存在しようとも、交わすことがなければ意味がないですか?

このまま、二人の死と共に、消えてなくなってしまったら。それは、最初から無かったことなのですか?

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いつの間にか、私の心に忍び寄る。ある場所からの一日一度のアクセス。たまのメールを心待ちにして。何度もメーラーを起ち上げるようになったのは、いつからでしょう。

花の。

そう。花のことを書いた時ですね。あなたが初めてメールをくれたのは。ミヤコワスレの花を見て、あの街で出会った人、ただ、行きずりの人のことを、ささやかなホームページにエッセイとして書いた時、あなたがメールをくれた。私は、ドキリとしました。あなたもその街を好きで、よく散策していたことを聞き。その街は、過去を呼び覚ます街でした。どことなく童話のようにひっそりとして。日曜日ともなると、どこの商店も閉まってしまう。そんなのんびりした街でした。

私は、道端に咲く、名前も知らない花を見つけては、写真に撮るのが好きでした。その時、ふと思いついた言葉を書き散らした、そんなページを、あなたはいつも読んでくれて。少しでもアクセスが途絶えると、「お加減悪いのかしら。」なんて心配したりして。

それは、恋と言えるのですか?

いつからか、あなただけのために、あなたがどう反応してくれるかということばかりに気を取られながら、日々の心を綴る私がいました。

高原で咲く花々を撮影する写真家。

あなたを知って随分してから、私は、あなたの仕事を知りました。

--

初めてメール戴いてから、2年も過ぎた頃でしょうか。私は、もう我慢できなくなって、「逢いたい」と。わがままを承知でお願いしてみました。彼は、少々困惑したようで、最初は、「それは無理だ」と断って来たのでした。奥様の足が悪いこと。その車椅子の奥様を伴って、世界を巡り写真を撮っていること。だから、私が住んでいる街に行けるのは、いつになることか。ただ、それでも、私が日々更新するページを見ることが、ささやかな心の支えになっているとも。

「いつか、あなたの街で個展を開く機会があれば、是非、その時はお会いしたい。」

と、私を傷付けぬように、言葉を選んで返事をくださったのでした。

それでも、逢いたい、と。逢いたい、逢いたい、と。誰にも分からぬように花言葉に託して綴り続けたたくさんの言葉達。嫌わないでください。溢れる言葉を、ただ、笑い飛ばしてくれてもいいですから。お願いですから、どこにも行かないで。ネットの向こうとこちらで、24時間365日見つめ合っていると錯覚させてください。

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ある日。

本当に突然。

彼から、「今から逢えますか?」とメールが来たのは、深夜。「もちろん逢えます」と、返事を返しました。彼は、無理をして、隣の街へと来たついでに、深夜タクシーを飛ばして来てくれたのでした。

「ここがあなたの部屋なんですね。」
「ええ。ここから、いつもあなたのために、言葉を綴っているのですよ。」
と、私はパソコンを指差しました。

彼は微笑んで、私に、「やっと会えた。」と。

今、本当に彼がここにいることに、私は、泣きそうになるのをこらえるのが必死でした。

朝になれば、彼は帰ってしまう。

私は、思い出の花で作ったしおりを彼に渡して。

「また逢う日まで。」
ミヤコワスレの花言葉を口にして、彼は静かに私の差し伸べる手を取って。そうして、一瞬、触れ合ったのが最初で最後。

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そう。これでおしまいです。

たったこれだけが全ての私の恋の物語。これでも、恋と呼べますか?それからも、何年かの歳月。恋の言葉すら交わさずに。ただ、お互いを信じることだけが、恋の実体でした。

--

一度きりの逢瀬から、10年。

私の街でも彼の個展が開かれました。事故で不慮の死を遂げた、自然を愛する写真家の個展が。

車椅子の、やさしく穏やかな方が、あの人のおくさま?

彼の作品を見ながら涙を抑えることができずにいると、彼女がそっと声を掛けてくれました。

「夫の作品を愛してくださった方ですのね。」
「ええ。どれも素晴らしいですわ。どうして、こんな・・・。こんなにも、美しく、人の心に訴えてくるのかしら。」
「ありがとうございます。夫も、喜びますわ。」
「本当に、うらやましい。彼の生きていた証は、こうやって、写真として、何年も後の人にも伝わりますもの。」

嫉妬?ええ。嫉妬。彼は、こうやって、後々まで、人々の心を魅了する。私の心だけを魅了して。私だけに魅了されて。そうであって欲しかった。

彼女は、静かに微笑んで。

「でもね。夫はいつも申しておりました。誰も知らない場所で誰にも知られずに咲いてしぼんでいく美しい花のことを。その美の瞬間は、どうやったって、写真に封じ込めることができない、と。悲しそうに申しておりました。それでも、そうやって、誰に見られることもなくとも、誰に愛でられることもなくとも、生きて死ぬことが、花の美しさなんだね、って。」

ほんとうに。

ああ。私ときたら。どうして、存在したことすら、恨み言にすりかえていたのでしょう。

泣くのはこれで最後にしましょう。辛いと思っていたのは、それでも全て幸福だったのだから。あなたに会えたことに意味が無かったと、思い出を傷付けるのは終わりにしましょう。


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