セクサロイドは眠らない

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2001年10月27日(土) 一昨日の舌も、昨日の指先も、彼女の中には残っていない。白い脚は、いつも初めてのように恥らう。

仕事を終えて、玄関のチャイムを鳴らす。

ドアが開いて、妻が顔を出す。

「あの、どちらさま?」
少し首をかしげて、妻は僕を見る。

「僕だよ。入ってもいいだろうか?」
少し考えてから、彼女は微笑んで
「いいわよ。」
と答える。

テーブルには、二人分の食事。

「ちょうど良かったわ。あの人、今日も帰って来ないの。食事が多過ぎるから、あなたもいかが?」

--

最初は冗談かと思った。帰宅した僕を、妻は覚えていず、まるであかの他人のように振舞うのだ。記憶喪失、でもない。他のことは全て覚えているのに、僕のことだけが、記憶からすっぽりと抜け落ちているのだ。

僕が悪いのだ、と思った。

結婚してから、僕に、幼な子のように付きまとって依存する妻が鬱陶しくて、僕は、妻から遠ざかるために帰宅せず、他の女のところに行っていた。最初は仕事を理由に、一泊、ニ泊。そのうち、一週間、といった具合に、僕は帰らなくなった。

ある日、着替えを取りに戻った時、彼女は僕の顔を見て「あなた、だれ?」と訊ねた。

僕にべったりと寄りかかっていなければ生きていけなかった女は、もういなかった。僕と一緒にいる時ですら、泣けるほどに孤独な女が、そこにいた。

--

「ねえ。寂しそうね。」
「ああ。とても。きみは?」
「さあ。どうかしら。」

棚に飾られたワイングラスを取り上げる。水を張った中に、赤い石。

「この石をね。昔、僕のきみを想って燃える心だよ。ってくれた人がいたの。その人は、炎が何もかも焼き尽くしてしまわないようにって、石を水の中に入れたのよ。おかしな人だったけれど、素敵な人だった。」

それは、僕だよ。その石を。燃えるような石を見つけて、その時の僕の心だと言ってきみに贈った。

「ほんとうに。あなた、とても悲しそうだわ。」
「良かったら、ここに。僕のそばにいてくれないかな。」

彼女の体温を感じる。柔らかな肌に包まれた孤独をめちゃくちゃにしたい衝動に駆られる。抱き締める彼女は、処女のようにぎこちなく罪悪感に身を震わせる。彼女は、僕を忘れてしまっている。一昨日の舌も、昨日の指先も、彼女の中には残っていない。白い脚は、いつも初めてのように恥らう。

自分の存在が相手に刻み付けられないほど、切ないことはあるだろうか?

--

この家は、氷より冷たく、捨てられた猫より悲しい。

日毎、新しいかさぶたが剥がされて、僕の心に血が流れる。

朝、まだ眠っている彼女に別れを告げて、僕は仕事に行く。365日繰り返される永遠の別れと、刹那の出会いに、僕の魂は悲鳴をあげそうだ。

それでも、僕が吹きかけた冷たい息で凍ってしまった彼女を溶かすことができるまで、僕は僕の炎を燃やそう。


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