セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2001年10月24日(水) ねえ。少しあなたのそばにいていい?と彼女が僕の冷たい体に身を寄せてくるから。

僕は歌を歌う人形。そんな風に作られた。

呼ばれれば、出向いて行って、歌を歌う。聞いた人は、みんな涙を流す。素晴らしい歌声だと言う。最初から、人の心を揺さぶる声と旋律をプログラムされただけの人形なのに。それなのに、みな、泣く。

「感動したわ。」
「素晴らしかったよ。」

僕が歌い終わると、みんな僕の手を握り、感謝の言葉を述べる。

泣くことは気持ちいいのだろうか。だから、みんな僕の歌をこぞって聴きたがる。涙を流した後は、人々は、何かが洗い流されたようにさっぱりした表情で、笑顔すら見せて僕を見送る。計算された声と旋律で、泣いたり笑ったり。人は何と単純なのだろう。

僕がやっていることは感動の安売り。

--

その女性の家に、何度出向いたことだろう。いつもいつも、呼ばれて、僕は彼女のために歌を歌う。悲しそうな眼をして、ハンカチを握り、僕が歌い終わるといつも涙を一筋こぼす。

「おかしいわね。どうしてかしら。いつも、最後の部分で涙が出ちゃうの。」
彼女は、慌てて、涙を拭く。
「そのうち、あなたの歌声に慣れて、泣かなくなる日が来ると思ってたのに、その日はなかなか来ない。」

「ねえ。お人形さん。あなたの声はどうしてこんなに心を揺さぶるのかしら?」
「泣かせているのは、僕の声じゃない。あなたの心が泣きたがっているのですよ。」
「どうして分かるのかしら?不思議ね。心も読めるお人形さん。」

ねえ。少しあなたのそばにいていい?

と彼女が僕の冷たい体に身を寄せてくるから。彼女は小さなため息をついて、僕の歯車の鼓動に耳を澄ませている。彼女の体温のせいで、僕の体までが少し温まった気がした。

他の人みたいに、あなたが僕の歌声で、涙だけじゃなくて笑顔を見せてくれる日が来るといい。僕は人形だから涙を流さないけれど、涙には悲しい涙と嬉しい涙があることは分かる。でも、僕にはどちらもキラキラと素晴らしく輝いて見えるけれども。

「ありがとうね。お人形さん。来週もまた来てくださるかしら?」

--

その日も、僕は彼女の部屋をノックする。

返事はない。

僕は部屋に入る。

彼女は眠っている。

時間が来ると僕は歌い出す。いつもの恋の歌を。魂を震わせる歌を。

彼女は僕が歌い終わっても、起きなかった。

僕の歌を最後まで泣かずに聴いたのは初めてですね。

彼女は人形のように冷たく、動かない。

あなたにとって、泣くことは辛かったですか?それでも、僕は、涙を流す人間がうらやましい。この空っぽの体が涙を流すことができるなら、どんなにいいかと。人形がそんな願いを持つのは変ですよね。

まだ、あなたは眠っている。もう一曲。今日はいつも歌ったことのない歌を。心が安らかに眠ることができる歌を歌ってみましょうか。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ