セクサロイドは眠らない

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2001年08月27日(月) あとは、ただ。荒い呼吸と。喘ぎ声と。こすれ合う音と。

中学生のある時期、私はうまくしゃべることができなかった。きっかけは、多分、兄の死だろう。勉強も運動も不得手で、もともと口下手な私は、厳格な父親からきつい言葉を投げ掛けられると途端に萎縮してしまうのだが、そんな私をいつもかばってくれていたのは兄だった。その兄が、急に、何もその理由の手がかりとなるものを残さずに自殺してしまったのだから。

しゃべることができないと言っても、普段は普通におしゃべりすることもできるのである。父親や教師、といった存在を前にして、「ちゃんとしゃべらないと」と思い始めると、急に声が出なくなる。そうして、無理にしゃべろうとすると涙が出てくるのだ。

周囲は、最愛の兄を亡くしたことで落ち込んでいる私を気遣って、そっとしておいてくれる事が多かった。

そんな時期。

--

たまたま、私は、その日提出しなければならない宿題を忘れていた。担任の化学の教師は、虫の居所が悪かったのだろう。私をひどくとがめた。そうして、その日のうちに仕上げなければ帰ることはならない、と言った。私は、例によって、ひどく萎縮してしまい何も言葉が出て来なかった。放課後、心配する友達を先に帰らせ重い足取りで、宿題を仕上げるために化学準備室に行った。

担任教師は、まだ、若く、独身で、一部の生徒には非常に人気のある教師だった。教師は、私が黙々と宿題をしている側で、何やら授業に使う資料を作ったりと、せわしなく動いていた。

私は、しばらく、宿題に没頭していた。もともと、化学が嫌いでもなかったので、予想外に楽しんでその作業をしていたのだ。

その時、ふっと、周囲の空気が音を失ったように思えて、私は顔を上げた。

そうして、その教師の顔に、それを見た。

欲情の色を。

その当時中学生だった私には、男性の欲望は、漠然とした形を成さない想像でしかなかった。だが、その時は、奇妙に何もかもがくっきりと感じられた。教師の、喉を通る唾液が見え、彼の呼吸が肺を出入りするのを感じ、彼の体のどこがどう変化しているのかまで感じ取ることができた。

そう。

欲望が、くっきりとした形を持って、そこに厳然と存在していることを知った。

そうして、彼が、私のそばにひざまづき、制服のスカートに手をそっと滑らせてくる。私は体をこわばらせる。もう片方の手が、私のスカートのホックを外す。

私は、そうして、唐突に私自身の欲望の形を感じ取った。それは、それまで全く私が知らないものであった筈なのに、これもまた、以前から知っていたもののように、そこにあった。私は腰を浮かせた。スカートが床に滑り落ちる。教師の手が、私のショーツにそっと入って来て、私の、変化を始めたばかりの部分をゆっくりと撫でる。私は、自らブラウスのボタンを外す。まだ、成長を始めたばかりの胸を覆うブラジャーの肩紐は、教師の唇によってずらされ、緊張した乳首があらわになる。教師の呼吸は荒くなり、私も、また乱れた呼吸の中、それまで失念していた彼の名前を声に出す。

あとは、ただ。荒い呼吸と。喘ぎ声と。こすれ合う音と。

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窓から、夏の終わりの生暖かい空気が流れ込む。

ふと、気付くと、それは去っていた。

私の制服は、全くきちんとしており、体にはその痕跡は微塵もなかった。

白昼夢。

教師の顔を見た。彼も私の顔をじっと見て、それを理解した。

何も起こらなかった。唐突に、それは、やって来て、ただ、何も体に刻み付けずに去って行った。

どこか、別の場所の別の関係の間で交わされた欲望が突然私達の脳を支配したのだ。

私は、再び宿題に戻り、彼も何事もなかったかのように資料の整理を始めた。

--

翌日からも、教師と、私の間には、何ら感情の変化はなかった。肉の記憶の伴わない、それは、ただ、記憶としてそこにあったが、私達の中に何も残さず、きれいさっぱり引き上げてしまった。不思議なくらいに。

それから徐々に、私は言葉を取り戻した。私の中の、何か欠け落ちていた部分が戻って来たように。

全ては揺らぎ易いその季節に、何も残さず、ただ遠ざかる夏の午後の記憶。


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