言の葉孝

1902年01月30日(木) web拍手ログ(2010年)



2010/12/01 20:43
【○○○です。

11/30の日記を読みました。
約二十万って……すごすぎる。
想さんの意気込みを感じます。


確かに趣味なんかを始める時には、高価な道具を買って、後戻りできないようにすることもあるって聞きますが……
こりゃあ、負けてられません!
頑張ります。(何を?)】


 いや、馬鹿をやったなって思います。(苦笑)
 それに趣味ってそんなプレッシャーでやるようなもんでもないですし……とはいえ、やっぱり後押しっているときはありますけどね。いざやってみりゃ楽しいけど、どうしても腰が重いときは。

 他はともかくイラレは後悔してませんよー。どうせならいいモノつくりたいですからね!


【話は変わりまして……
「叙述トリック」ですが、僕は凄く憧れてます。
いつかは書いてみたい。でも技量がない……
頑張ります!(だから何を?)
それでは。 】


 他にも、現在だと思って読んでたところが、過去の出来事だった、とかいろいろあるみたいですね。

 アガサ・クリスティの場合は、まずはじめにやりたいこと(書きたいこと)があって、それを中心に話を作ったそうです。
 「アクロイド殺し」の場合は、やっぱりこの叙述トリックでしょう。

 だから、思いついちゃえばなんとかなるんじゃないですかねー。




2010/11/22 00:52
【めちゃめちゃお久しぶりです!
○○○です。忘れ……ないでください。(弱気)】


 え〜、と、すいませんどなたでしたっけ?(笑)
 って嘘です、覚えてますよ。最近新連載が始まって更新が頻繁になられたので、いつか一気読みして追い付こうと思ってるうちに大分すぎてしまいましたけど。


【遅ればせながら、日記を読ませていただきました。
東海道全制覇おめでとうございます!
一年ちょっとを断続的にに合計二十日間、お疲れ様でした。
僕が思う、想さんの尊敬できることの一つとして、ちゃんと最後まで続けることが素晴らしい!(当たり前です! とか言って怒らないでください)
期間が空いてしまうと、なかなか再開するのは難しいくないですか?(僕だけ?)
小説でも同じですよ。ライフワークといえる小説を書き続けるっていうのは僕には無理なんです。(飽きやいし)
なにかコツとか心がけていることってあるのかなぁ……
とにかく、続けることの大切さを教えていただきました。】


 サイト自体の更新は一年以上してないですけどね(苦笑)。しかも今年の初めはやってた月ごとの目標は4月あたり(基本情報技術者不合格)からさっぱりで。
 続けるコツ……はあんまり気にしてないのですけど、「止めないこと」です。期間を区切っているものでないかぎり、止めなければ続いているんで十年後でも続きをやりたくなったらやればいいだけで。
 と、偉そうに講釈しますが、実は「口だけ」と思われるのが嫌だという見栄が一番の継続の源だったりします。


【それともう一つ。
文芸サークルの話、とても共感しました。
交流するって楽しいですよね。
しかも、サークルで何か形になるものを皆で作って、イベントに参加する……売れなくてもそれだけで楽しいはずなんですよね!
やはり一人黙々と書くことは良いこともあるけど、孤独な作業ですから、誰かに話したくなる時もあるし、他人に話すことで頭を整理できることもありますから、
くそっ! 僕がM県でなければサークル参加に手を挙げるのにっ!
関西地域で文芸サークルの状況がそれだと、東海地域でも無理だろうなぁ……】


 いや、全然大歓迎ですよ。今はネット越しに打ち合わせ、交流も可能ですし、三重県ならちょっと頑張れば直接会ったりすることも可能ですし。
 もしよければ一緒にやりましょう!


【月並みですが。
これからも日記や小説(無理ない程度に)頑張ってください。
それでは。】


 ありがとうございます。
 お互い、頑張りましょう!




2010/1/31 00:04
【おめでとうございます。社会人になってからも勉強してるなんてすごいなぁ。執筆もぼちぼちがんばってくださいね。】


 ありがとうございます。僕の仕事、資格取ってナンボみたなところが結構あるので、資格なしだと置いて行かれた感がすごいのですよ。
 執筆は今まさに頑張ってマス!




2010/1/9 21:17
【僕は日本語の小説を韓国語に翻訳するのが得意です★ 】


 お話が唐突でよく理解できないのですが……、ひょっとして僕の小説を韓国語に翻訳していただけるということでしょうか?



1902年01月29日(水) web拍手ログ(2009年)



2009/11/15 10:43
【どもども久しぶりの○○っす。

>エネループ

これ、使いどころは、Wiiのリモコンくらいじゃないだろうか。。。】


 最近、電池の使いどころなくなってきましたよね。
 よく考えればテレビのリモコンも普通に単三電池か。

 ポメラ(デジタルメモ帳)とかには使えるとかいう話をどこかで聞いたような。(持ってませんが)





2009/09/06 15:54
【○○○です。
久しぶりに日記を読ませていただいたのですが、お盆の東海道踏破計画の一日目に……くそっ、僕の家の近くを歩いていたとは!
一生の不覚です。物陰から想さんをこっそり覗き見するチャンスだったのに!
一時間歩いただけで死にそうになる自分ではとても真似できません……
月並みですが、踏破応援してます! お体を大切にしてください。
今度通る時は(二度は無いだろ)必ず覗き見します。
それでは。】


 ありゃ、○○○さんは西の出身でしたか。お盆の一日目というと、関〜四日市(三重県)でしたね。あの辺もかなり見所があって楽しかったです。いや〜、あれだけ体がズタボロになった旅は初めてでしたよ。(苦笑)
 愛知に入って行きにくくなったせいかまだ今月は行ってないですし、歩くだけかと思ってたのですが、かなり大変です。
 でも始めたからにはなんとか最後までやり遂げたいですね。


【追伸
トップページ、更新情報の8月25日でリンクのURLが間違っているようです。(余計なお世話ですいません……) 】


 報告ありがとうございます! 修正しておきました!




2009/07/24 23:59
【3000GET♪ 】


 おめでとうございます!
 隔日更新の日記を除けば、当サイトは基本的に3週間に一回更新しているのですが、毎日来てくださる方あり、毎日拍手を10回叩いてくださる方あり(同じ人なのでしょうか)、本当にありがたく思いながら運営させていただいております。





2009/07/17 20:14
【○○○です。
想さん、事後報告で申し訳ないです。
日記へKWCのリンクをはらせていただきました。(ホント、勝手にすいません)
あの……ウチは訪問者少ないんでまったく効果はないと思いますが……
そして日記の流れ上、KWCを使わせていただいたので、もし想さんが読んだら「ぜんぜん関係ないやんけ!」と突っ込まれそうです。
ホント、すいません。嫌だったら言ってください。
それでは。 】


 基本的にリンクフリーなんで大丈夫です。むしろ奨励してます。
 「TOPページにリンクを張ってほしい」というところもあるらしいですけどそれも規制してませんしね。(アレは何故なのでしょうね?)
 
 あ、日記はニマニマ笑いながら読ませていただきました。





2009/07/08 1:22
【どうも、○○○です! KWC読みました!
というか久しぶりだったもので、1〜5話まで読みました。
いや〜、面白かったっす。KWCワールド堪能しました。
以下、ちょっと偉っそうに語ってしまいますが、どうしても言いたくなってしまいました……どうかご容赦ください。
(長くなりそうなのでいくつかに分割させてください)】


 ご愛読ありがとうございます!
 熱く語っていただいたので熱く返事をしたいと思います。
 やはり長くなるのでいくつかに分割します。



【特に第5話は時間が空いたせい?なのか、第4話までとはかなり違いました。
まず、すごくコメディになってました。(これだけでは意味不明)
パッと見、地の文と会話文の割合が変わってて会話文の割合が多い気がしました。
それによって会話のリズムが前以上に良くなってて、掛け合い度がアップしてて読んでて楽しさが増してます。】



 書いている本人的にはあまり変わらない調子で書いたのですが、それでも今までの話で一番ノリはいい話だと感じてました。
 中でも最初のバレンタインネタの掛け合いは自分的にも気に入ってます。



【1〜4話までは大袈裟な状況と知恵比べの面白みがお話の柱になってた気がします。あと、KWC以外の人たちはちゃんとした常識人だった。なので、KWC以外では想像を超える展開は起こりようがなかったんです。そこで何となく外の世界と区分けされていた気がしました。でも、第5話は完全にキャラが前面に出てて、しかも、僕好みな展開。どんどん周りの人までもが、予想外の行動をして楽しませてくれる。読んで嫉妬しました。くそーっ面白いって。 】



 作品ないの雰囲気が変わったのは前までは『動物のお医者さん』的な地味コメディから、他に目指すところが変わったからかもしれません。あえて言えば、富士見ファンタジア文庫の長編の外伝短編集的なノリと言いますか。
 聞く音楽も変わったからかもしれません。あとがきにも書いた「motto」はだいぶ前から聞いてましたが、ほかにもいろいろどたばたコメディにふさわしい曲があつまりまして。

 KWCの5話を書くにあたって、もう武松の君臨するKWC内ではネタができないとおもったのですよ。なので、外に視点を当ててみると面白いと思いましたが、書くのも勢い任せで結構楽しかったです。




【第2話以降完全にノーマークだった谷沢さんが再登場して、しかもただの事務の人じゃなくなってるし!前回出てきた時も結構決め付けが酷い人でしたが……。】



 実は2話の谷沢がすべての糸口になっていた気がしますね。(笑)
 外に出そうと思ったら絶対に彼は出そうと思いついておりました。この大学を語るのに彼は外せません。




【他にはなんといっても巴が良いですね。自分内KWCの中で好きなキャラクター初登場第1位です!とにかく今回が一番ドタバタ度が高く、自分的には、どストライクでした。】



 最初は、坂本だけの暴走にとどめるつもりだった気がするのですが、どうも彼だけでは弱い気がしました。そこで登場させたのが巴です。
 あまりしゃべったりもせず、ただ暴れただけという感じだったのですが、気に入っていただけたようでよかったです。

 ……今回のラスト、後悔するかどうかは、次回に掛かっていますねぇ。(笑)



【あとがき読みましたが、また更新する可能性もあるとか。
 物語内の季節が順調に過ぎていくので、次回は春休みですかね?そして4月になれば新入生が……という展開もあったりして。(勝手な妄想申し訳ない)僕も更新を待ってる一人に加えてもらえますか?
 本当に偉そうに書いてしまいすいません。次回の更新も気長にまた待ってます。】


 
 熱く語っていただけるのは批判でも大歓迎です。ましてや、大いに褒められているので何を遠慮をすることがありましょうか!
 季節が一巡したので、新入生歓迎、という流れはありません。これ以上レギュラーキャラが増えたら死ねます。でも巴が加わってしまったので、時間軸を進めないと2月中旬から3月までしか書けなくなるので、一応次の学年に行くことにはなりそうですね。
 とりあえずネタはあるので、また近いうちに書くことになるかもしれません。



【最後に質問なのですが、ご自分が社会人になった後の大学サークルの話って大学生だった時と比べてなにか取り組み方に変化ありましたか?それでは。】


 
 実はあまりありません。もともと大学内で取材をしていたわけでもありませんでしたしね。
 ただ、大学時代からいくつか面白い作品に出会えたので、コメディに対してのとらえ方は若干変わったように思います。

 それでは熱い感想メッセージありがとうございました!






2006/6/26 1:23
【少し前にKWC更新しないんですかねと拍手した者です
本当に更新されてたのでちょっとびっくりしましたw
内容はやっぱKWCって事で面白かったですが
時期的にバレンタイン全く関係ないですねw

体に気をつけて少しづつでも更新頑張ってくださいね〜】


 早速お読みくださったのですね! ご愛読ありがとうございます!
 web拍手のあとがきでも触れましたが、サイト未掲載で、たまたま書きあがっていた一話がありましたもので。

 バレンタイン関係ないですよね。っていっても、そんなにバレンタインに深く関係する話でもないのでまあいいかと思いました。でも、まあ冬にすべきなんじゃないかなという話もありますが。(笑)

 これからも稀にKWCも書いていこうかと思いますので、応援よろしくお願いいたします。





2009/6/22 17:38
【減量に向けての努力、すばらしいです。乙です。継続は力なり、ですよー。まだ筋肉がほぐれてきていないだけであって、そのうち少しずつ変わっていきますよ!他のメニューをどーんと増やすと負担も大きそうなので、地道に続けることをおすすめします。良い結果はいつかきます!】

 励ましありがとうございます!
 昨日はちょっと趣向を変えて半身浴を台の上り下りとか、腹筋にしてみたのですが、あっという間に筋肉痛に!

 26階上がりでは息は上がってもそんな状態にならなかったのですが、しんどくなるのと、体が痛くなるのと、どっちが効果あるんでしょうね?







2009/6/20 21:20
【お久しぶりです! ○○○でございます。web拍手ありがとうございました!実はちょくちょく想さんのHPをチェックしていましたが、ヘタレのためROMってました……
 1月に想さんの日記へ自分の名前が乗っていた時にまだ忘れられていないんだ!と、嬉しくなりましたが、今の自分がなにもしていないのに名乗れるなずもない、とか勝手に縛りを作ってました。
 これからはまた以前(とは言え、相当前になっちゃいますが)よろしくお願いいたいます。「KWC」ぜひ読ませていただきます! 楽しみに待ってます。それでは。】

 いえいえ、○○○さんの復活、心から喜んでおります!
 というか縛りとかいらないですよ。別にプロじゃないですから、書かないことは別に悪いことじゃないですからね。

 実はその頃のそちらの日記を見せていただいて、それこそとても嬉しかったです。見ていてもらってるってだけで力が湧いてくる感じですね。
 今後ともよろしくお願いいたします。






2009/06/07 0:18
【K.W.Cって気まぐれに更新したりしないんですかね
 面白いから好きなんですけども】

 お客さん、通ですね!

 作者的にはかなり無理したコメディなんで、「自分的には面白いけど、ほかの皆さんはどうだろう?」と思ったりするのですが、いやはや……嬉しいものです。
 そうですね。せっかくコメントいただいたことですし、善処しましょう!

 ただ、時間がかかるのでしばらくお待ちください。





2009/01/02 21:25
【あけおめ、ことよろ。お久しぶりですね。時々日記覗いています。】

あけましておめでとうございます。
すみません! 完璧に見逃していました(汗)。
web拍手コメントいただくの、何か月ぶり……いやひょっとしたら年単位ぶりかもしれません。
昔はもっと栄えていたのになぁ(ぼそ)。

そしてお久しぶりです!
日記をお読みくださっているそうで。去年はあまり書けませんでしたが、ことしはちょっと頑張って書いてみますので、ぜひ楽しんでくださいね!



1902年01月28日(火) ファルとリク 5『アブないハカセ』後編

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 5『アブないハカセ』後編


 その研究者・シーエ=ルミークに与えられた研究室は、アソーティリにある高等学校にあった。研究所といえば、エンペルファータだが、まさか学校がエンペルファータにしかないということはない。特にアソーティリのような大きな街には、高等学校施設が一つはある。
 アソーティリ市立高等学校には、研究活動ができる研究棟があり、客員教諭として教える代わりに、研究室を提供しているのだそうだ。

「……205号室。ここだな」

 研究室の戸についていた呼び鈴を押すと、中から物音がしてかちゃり、とゆっくりとが開いた。
 噂のシーエ=ルミークは確かにジュリアーノが評するとおり、化粧っ気はないが、見目の良い上品そうな娘だった。

「えーと、あなた方は?」
「はじめまして、市の紹介でまいりました便利屋で、ウォンと申します。そっちがファルガール」

 スッと一歩前に出し、相手の目を見つめ、胸に手を当てながらお辞儀をするウォン。

「ウォンおじさん、いつもより三ばいダンディだね」
「……女の前だからなぁ」

 いつもは冷静な対応の多い、ウォンの変貌に少し呆然としているファルガールも挨拶を済ませる。

「ファルガール=カーンだ」
「ああ、あなた方がジュリアーノさんの紹介の。初めまして、シーエ=ルミークよ。よろしく。専攻は、魔力学。よろしくね」

 研究者によくある、じめじめした雰囲気が全く感じられない笑顔で、シーエは挨拶を返す。

「はじめまして、リク=エールです! 十一歳です!」

 続いてリクが元気よくやっと覚えたまともな挨拶をすると、シーエは初めてリクの存在に気がついたらしい。弾けるように、リクの方に視線を向けたかと思うと、そのまま数秒中止する。

「あの、シーエ博士?」
「ああ! ごめんなさい、よろしくね。私のことはシーエでいいわ。これからはお互いに協力し合う立場だから、敬語とかは無しにしましょう」
「そいつは助かる。敬語の類は苦手でね」

 苦手どころか、魔導学校の校長に向かってすら、タメ口で話していたファルガールである。


 シーエは三人を研究室に通すと、応接用のソファに座らせ、豆茶を淹れてファルガール達に出す。

「飲んでみて。いいアイデアはいい豆茶から。私、豆茶には結構うるさいのよ」
「うん、いい香りだ。この渋み、この旨味。豆の選択も、挽き方もこだわりが感じられる」
「確かにうめぇな」

 ほめられて、シーエは得意そうに笑みを返す。自分から言うだけあって、その豆茶は香り高く、自ら挽くからこそ味わえる新鮮な風味があった。
 しばらく、豆茶談義をしていたが、ファルガールがふと隣を見る。リクが、熱い豆茶をふーふー冷ましながら一口ずつ飲んでは顔をしかめていた。

「リク、おこちゃまにはちょっと苦すぎるんじゃねぇか? このお師匠様がミルクと砂糖をもらってやってもいいんだぜ」

 意地の悪い笑みまで浮かべて言うのだからタチが悪い。そんな言い方をされて引き下がれるわけがなかった。

「だ、ダイジョーブだよ! シーエさん、このアジワイ、オトナの味だね!」
「え!?」

 突然話しかけられたからなのか、今までファルガール達が豆茶をすする様子を眺めていたシーエがビクリと体を震わせる。

「なななな、何かしら、お代わりかしら!?」

 そしてリクのカップに豆茶をドボドボと注ぐ、なぜか明後日の方を向いており手元を見ていないため、豆茶は遠慮なくこぼれて、あたりを侵食しだした。
 それを見たシーエは「わわわ」とまたあわてて、こぼれた豆茶を雑巾で拭こうとして、その熱さに飛び上りもする。

「……? 調子が悪いのなら、そう言ってくれればまた出直させていただくが?」
「いやいや、体の調子が悪いというわけではないの」

 怪訝そうな目を向けるウォンに、シーエは咳払いを一つして冷静さを取り戻す。

「ところで、魔力を増やしたいというのはファルガールさんかしら」
「ううん、おれだよー」

 はいっ、とリクが手を挙げる。

「ひょあう!?」
「シーエ?」

 奇声をあげてしまった研究者に注目が集まった。しばらく沈黙が続いたあと、シーエはぶんぶんと手を振って仕切り直す。

「ああああ、いやいやなんでもないわ。そう、り、リク君のほうね。魔力値は今はどのくらいなの?」
「こないだ測ったので十二マナだな」

 ちなみに一般的に、魔導士を名乗る実力を得るには、最低五十マナはなくてはならないと言われている。十二マナではお湯を沸かす魔法がせいぜいといったところだろう。

「だが、コイツはどうしても強くならなきゃいけねぇ事情があってな。魔力が増やせるなら、この際何にでもすがりてェ状況なんだ。多少怪しい実験だとしてもな」

 体内の魔力はめったなことでは増えることがない。実例がないわけではないが、なぜ増えたのか本人にも分からない場合がほとんどで、保有魔力の増加は一つの奇跡と言われている。
 どのくらい奇跡かというと、「魔力が増えます」という謳い文句の怪しい商品の魔力が増えたらしき人への対話が載っていた紹介文書が時々掲示板の広告枠を飾り、、魔力が増えたという魔導士が他の魔導士にその秘密を教えるということで授業料を取り、そのまま行方をくらます詐欺事件が後を絶たなかったりするくらいである。

 実はその手の怪しい噂もいちいちウォンに裏を取ってもらっていた。ことごとくガセや詐欺という結論が下されていたが。
 つまりそれほど、ファルガールは魔力を増やす方法を貪欲に探していたのである。

「率直に聞くがアンタの所で、いくつか方法にアテはあるのかい?」
「確証が取れた方法はないわ。しかし、いくつか仮説があるの。それをリ、リク君に一つ一つ実験をさせてもらえればと……」
「ちょっと待った」

 シーエの説明を、ファルガールが遮る。

「もういっぺん、リクって言ってみな」
「リリ、リク君」
「なるほど、リクの名前を毎回どもるんだ」

 そういえばこのしっかりした研究者が、奇声をあげたり、妙な様子を見せるときはいつもリクを見たり、リクが何かを言ったりするときだった。

「リク、このおねーさんの隣に行ってみろ」
「え? うん」

 訳が分からない様子で、リクはシーエの隣に座る。

「きゃ………」

 声が出かけたシーエだったが、何とかその声を飲み込む。
 息を止めているせいもあるが、その顔が完全に紅潮仕切っていた。

「あれ? シーエおねえちゃん、カオ赤いよ? だいじょうぶ?」
「お、おねえちゃん………!」

 それがとどめだった。
 シーエはしばらくうつむいたままフルフルと体を震わせると、「もうダメーーーーーーーーー!」ガバッとリクの小さな体を抱きしめた。

「やわらかーい! ちっちゃーい! 肌すべすべ! リク可愛いよリク! ハァハァ!」
「わあっ!? なにナニなに!?」
「りりりり、リク君! お願い! もう一度言ってみて!!」

 ガシリと肩を掴まれ、鼻息荒く真剣なまなざしで見つめるシーエに、リクはとても戸惑う様子を見せている。

「な、何を?」
「“お姉ちゃん”ってやつ!」
「おねえちゃん」
「ああぁぁんっ♪ 声変わり前の男の子の声で“お姉ちゃん”! こんな形で夢がかなうなんて! ああ、長ズボンなんてもったいない! 男の子はやっぱりヒザ小僧が見える半ズボンよ!?」

「発言がアブないぞ……、趣味がどうのこうの言う前に」
「おい、ウォン、あの学者、問題起こしてエンペルファータを追い出されてきたんじゃねェだろうな」

 もはやツッコミという横やりを入れる隙も見つからないファルガール達は所在なさげにぼやく。
 その眼前で、シーエはアソーティリ中に響きそうな声で歓声を上げた。

「アソーティリに来て良かったわ! こんな理想的な男の子が研究対象なんてシアワセ――――――!」


1902年01月27日(月) ファルとリク 5『アブないハカセ』前編

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 5『アブないハカセ』前編

 アソーティリは、組織に属しないものたちのための仕事の斡旋業が盛んであるため、“自由業の街”とも呼ばれている。
 技能を持ちながら組織に属することができない、あるいは属することを好まない、つまりそれはそれだけクセの強い人物だということだ。そんな人間があふれかえる街であるので、この町にはやや変わった人間が多かった。

 変わっているだけならいいが、多少強引過ぎる人物もいたりするので、それが事件を引き起こしたりもする。

「だぁかぁらぁ! オレッチさあ、見てのとおりすんげー強いのよ。こんなに強いオレッチにさあ、仕事がないなんておかしいでしょ? 何、除け者? オレッチが田舎者だからって除け者っていうのはないんじゃない?」
「俺が雇う人間にも、田舎者はいっぱいいるし、そもそもアンタの出身を聞いた覚えはないんだがな……」

 斡旋所もかねている酒場『自由の勝利亭』には今まさにそういう類の傭兵が出没していた。

「だったら何で、この仕事やらしてくれないのさぁ!? 要人警護! 富豪の旅行の用心棒!」

 『自由の酒場亭』には掲示板があり、依頼のあった用件を書いた紙が張り出されている。その内容は依頼の概要と、報酬、労働条件等だ。
 簡単に言うと、これを持って店主に「この仕事がしたい」と申し出れば、仕事の斡旋をしてもらえるのだ。当然、申し出たからといって必ず雇ってもらえるとは限らないが。

「その報酬・金二十枚! 金持ちとお近づきになれる上に高報酬! 楽そうだし、旅行の警護ともなれば宿も高級、食事も豪華! これほどいい条件ってなかなかないじゃないさぁ!」
「そういうシタゴコロがある時点で駄目なんだと思うが……、とりあえず、採用条件を見てくれ」

 迫力満点に詰め寄られている割には冷静に、『自由の勝利亭』店主・ウォンが募集の紙の一部を指差す。

『採用条件・実戦経験のある魔導士であること』

 短く書かれた条件欄にはそうかかれていた。

「まだ魔導士か! どうしてオイシイ話は全部魔導士なのさ!? 生まれ持った才能で違ってくるなんて世の中間違ってるよ!」
「間違っていたとしても正せないし、この条件は覆らない。それより、」
「オレッチの強さ見せようか!? 絶対そこらの魔導士より強いよ! だからこの仕事斡旋してよ!」
「あのな」
「オレッチの強さ見せようか!? 絶対そこらの魔導士より強いよ! だからこの仕事斡旋してよ!」

 完全に壊れた“受信器”状態になっている。

「おーい、“オレッチ”。ちょっとこっち向けー」

 そのとき別方向から、声をかけられた。妙なあだ名をつけられた傭兵は、ぐるりと視線をその声の主に移す。そこにいたのはその傭兵と同じくらいに体の大きな男だった。その隣では、十歳くらいの少年が昼食を食べ終わり、水を飲んでいるところだ。

「何さ、オッサン! オレッチ、この店主と話をしてるんだ、用なら後にしてくれ!」
「ああ、ちょっと待ってくれ、リク、あのな」

 呼んでおいて、平気で隣の少年にボソボソと耳打ちする。リクと呼ばれた少年はうなずくと、無垢な笑顔を傭兵に向けていった。

「ヒトの話もきかないでイッポウテキにシュチョウばっかりしてるなんてサイアクだよね。ママのところにかえってヒトとの話しかたをベンキョウしなおしな?」
「何言わせてんだファルガールーーーーーーーーーーーッ!」

 言った本人が意味が分からず疑問形であることも、とっさにウォンが突っ込んだことも、まったく意に介していないのか、その言葉は傭兵に劇的な効果をもたらした。

「何だとコラガキーーーーーーーッ!」

 傭兵はその巨体に似合わない素早さでリクのもとに駆け寄ると、周囲が散らかるのも全く気にせず、その顔面に拳をつきこむ。
 誰もがその威力にリクの体が吹き飛ぶことを想像したが、リクはその拳をよけていた。そのまま流れるような動作で懐に飛び込むと、がら空きの鳩尾(みぞおち)に掌底を叩きこんだ。

「ハイッ!」

 その衝撃に身をかがめ、下がったアゴを思い切り蹴り上げる。

「おごおぉぉ!?」

 妙な悲鳴をあげて、綺麗に宙を舞う傭兵の姿に、その酒場にいた誰もが目を丸くする。

「ファル……、おれホメたのにこの人、ものすごく怒ったよ?」
「ほめ言葉だ、なんて言ったか? まぁ、よくやった」

 あっさりとぼけるファルガールを横目に、ウォンはリオに保安局に連絡を入れるように指示をした。


   *****************************


「ファルガール……、リク、十一歳児にしては強すぎないか?」

 アソーティリに住み始めてから早くも半年が過ぎていた。そのうちに、リクも誕生日を向かえ、十一歳となっている。その間、ファルガールはリクをあちこち連れまわしながら鍛えていたらしい。

 もともと、体力は常人離れしている十一歳男児であるが、あの体捌きはともかく、あの巨漢を蹴り飛ばした怪力は明らかに人としての限界を超えている気がする。
 まるで、魔法でもつかったかのように。

「それそれ。魔法を使ってたのさ」
「……教えたのか、魔法」

 ウォンが知りうる限りでは、リクにはまだ魔法は教えられていないはずだった。師匠であるファルガールはとある目的のためにリクを鍛える必要があるのだが、必要な力を得るために魔法は必要だった。
 ところが、リクは魔法を使うために必要な魔力を本の少量しか身につけていいない。今のままでは教えてもマッチの火程度の効果しか見出せないため魔法を教えるのは自動的にお預け状態になっていた。

「まぁな。本人はぜんぜん魔法を使ったなんて意識ねェけどな。さっきのは筋力増強の魔法だ。呪文は要らねェけど、ちょっと特殊な呼吸法をすることで全身の筋力を底上げする。とりあえず魔力を増やす手段が思いつかねェから、逆に今の魔力で使える魔法を探したんだ」

 体外に効果を及ぼす魔法より、体内で効果を及ぼす魔法のほうが比較的に効率が良く、少量の魔力で大きな効果が期待できる。呪文を覚えさせてもいいが、大仰な呪文はスキができやすいので“呼吸法”を使ったものの方がいい。有名な格闘家もそうだった。
 今の研究で魔法を使ったものだと考えられているが、全く気づいていない本人は、「全身の気をめぐらせて膂力を上げる呼吸法」としてそれを記し、残した文書があったのだ。

 ファルガールはもともとエンペルファータの魔導学校で生徒を教えるとき、生徒それぞれに合った戦い方、訓練法を考えて実践させることを推奨してきた。
 だから、リクを教える際にもその思想は生きていたのだ。さすがにエリートが揃う魔導学校の場合は魔法が使えないほど魔力の量の低さという特性はなかったが。

「でもまぁ、ちょっと効果が劇的過ぎる気はするな。魔力量はともかく、魔導制御の才能はある方かも知れねェ……。それはそうと、頼んでおいたアレ、見つかったか?」

 ファルガールは便利屋であるウォンにひとつ頼みごとをしていた。魔力を増やす方法についての研究論文か何かを探してほしい、と頼んでいたのである。今までは自分ひとりで何とかするつもりだったらしいが、いろいろ試して限界を感じたらしい。専門家の知識を仕入れなければ話にならないと思ったのだ。

「ああ、その話、だが……な」
「お前にしちゃ歯切れが悪いな、ウォン」

 冷静な性格で、普段は言いよどむことなどほとんどないウォンが、珍しく言いにくそうにしている。それを見たファルガールはいやな予感が背中を走った。
 そのタイミングを見計らったように、酒場の扉が開く。

「ごきげんよう、皆の衆!! こんな天気の良い日に、酒場に引き籠(こも)って酒盛りとは嘆かわしい!」

 アソーティリ市長の息子・ジュリアーノだ。自称、七光りのバカ息子である。もっともこれは自他ともに認められつつある称号であるが。

「……営業妨害で訴えるぞ、ジュリアーノ」
「待て待て、ワタクシは酒場に籠るのが悪いと言っているのであって、酒を飲むのが悪いと言っているわけではない。だからみんなで外に出て呑もうと言っているのだ! さあ、どの宝石よりも美しい太陽の下で、その太陽よりも熱い宴を開こうではないか!」

 そう言って、片手に持ったワイングラスを掲げてみせる。

「……持ち歩いてんのか、アレ」

 それで挨拶を済ませたつもりなのか、ジュリアーノはつかつかと、ウォンとファルガールのもとに歩いてきた。

「何の用だよ、バカ息子」
「フッ、そんな口をワタクシに利いていいと思っているのかな? 今日は君にとって耳寄りな情報を持ってきたというのに」
「耳寄りな情報? 何だそれ?」
「無礼な口を利く者にくれてやる情報はないね」

 珍しく攻めに回ったジュリアーノを、ファルガールは華麗に無視をした。

「ウォンなら知ってんだろ」
「ああ、実は」
「ままま、待ちたまえ! ワタクシが持ってきた情報だ! ワタクシから語るというのがスジだろう」

 ウォンに話を聞こうとすると、あわてた様子で口をはさむ。

「え、でも喋る気ねェんだろ、喋らなくていいから、表に行ってワイン一本空けてこいよ」
「み、認めよう! ワタクシの負けだ! ぜひワタクシに耳寄りな情報を喋らせてほしい!」

 大げさなことに、ジュリアーノは深々と頭まで下げたものである。


「実はな、三日前からアソーティリにエンペルファータから研究者がやってくるのだ。その住居を世話してほしいと、父がエンペルファータから相談を受けてね」
「エンペルファータからアソーティリに? 普通逆じゃねぇのか」

 エンペルファータは今やあらゆる分野において研究者たちの最高峰だ。彼の地で研究できるという名誉は他の何にも勝るとさえ言われている。設備は整い、資料も豊富、最高級の人材も掃いて捨てるほどいる。

「何にも代えがたいのが“環境”というものなのだそうだ。自然を研究しようとするならば、研究所の外に出なければならない。今はエンペルファータの名誉の椅子に座って動かない研究者もいるみたいでね、そのスジによればちょっとしたモンダイになっているそうだよ」

 どのスジだよ、と突っ込む気も起らない語り口である。

「じゃ、その研究者を俺達に紹介してくれるってことか?」
「うむ、便宜を計らおうではないか。あまり人とは関わりを持ちたがらない人だがこのワタクシから特に頼めば―――いたっ、何をするのかねウォン!?」

 ジュリアーノが得意げに胸をそらしたところで、ぱかんとウォンが木べらでその頭を打つ。言葉を遮ったところで、ウォンが言葉を引き継いで修正した。

「実はその研究者から、市長に実験や、データを提供してくれる魔導士を紹介してほしいと依頼がきたそうだ。お前達に丁度いいと思ってな」
「コノヤロ、何が“ワタクシから特に頼めば”だ! 向こうから頼んでるんじゃねェか、恩着せがましい真似しやがって」

 この次期市長最有力候補は、とぼけているようでいて、かなり計算高い一面がある。この半年だけでも簡単な任務に見せかけて、ジュリアーノの別の懸念を解決する羽目になったことは一度や二度ではない。

「クッ……さすがに学習してきたと見える。……ところでウォン、その研究者からはいろいろ情報が得られるように便利屋も紹介してほしいと言われているのだが……」
「ああ、それならこの酒場と名前を教えておいてくれれば、情報は料金次第だと伝えておいてくれ」

 便利屋には大別して二種類あり、表だって活動し、お金さえ出せば誰の依頼でも請ける者と、普段便利屋としての活動を公言せず、誰かの紹介なくしては依頼を受けない、いわゆる“一見さんお断り”の者がいる。
 ウォンは珍しい両方のタイプだった。仕事の斡旋業としての便利屋の顔は表に出し、情報屋としての顔は普段奥に潜めている。その二つの顔を状況によって使い分けるウォンは実にクレバーな便利屋なのだが、一つだけ欠点があった。

「そうか、ワタクシの顔を立てるためにも挨拶に行って欲しかったのだが。しかたがない、麗しき研究者としても名高い彼女には、冷たくも自分から来いと言っていたと伝えよう」
「さあ、何をモタモタしているんだ、商売人として挨拶は常識だろう! 他ならぬジュリアーノの顔を立てるためでもあるしな。仕方がないから行ってやろう! リオ、夜まで店頼むな」

 それは、彼が異常なほど美女に目がないというところだった。


1902年01月26日(日) ファルとリク 4『去ルおシゴト』後編

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 4『去ルおシゴト』後編

 なすすべもなく止まった魔導車を待っていたかのように、十数人の男たちが取り囲んだ。旧式ではあるが、全員が魔導銃を装備している。
 盗賊たちはファルガール達に車の外に出るように言われ、そのとおりにした。

「ここは今日から俺達が作った私的で素敵な関所だぜ。ここを通りたいなら通行料置いて行きな」
「シテキ? セキショ? ツウコウリョウ?」

 よく分からない単語が、いくつも出てきたのでリクが首をかしげる。

「あ〜、つまりですね、リクさん。木を倒して勝手にここに置いたのはこの人たちで、お金を払わなければここは通さないっていってるんです、彼らは」

 盗賊に囲まれてもちっとも動揺する様子を見せない運び屋が、親切にも分かりやすく翻訳してリクに教えてやる。

「いくらだ?」
「ここの通行料は金じゃねェんだ。猿を一匹置いていきな」

 この男たち、ファルガール達が運んでいる積み荷を知っている。用意の良すぎる襲撃といい、これは完全に彼らの積み荷を狙った犯行だ。

「だ、ダメだよ。これをとどけるのがぼくたちのおシゴトなんだから!」

 なぜ猿を要求されるのか分からず、ただ単に仕事に支障をきたすことを心配してリクが言う。
 さて、どうしたものか。見たところ、魔導士はいないようだし、やる気になれば三秒で沈黙させることはできる。だが、意外にも戦闘には素人ではないらしく、動きにも統率がとれているので、ファルガールが攻撃するその間にリクとクルージを攻撃されたら、守りきれるとは限らない。
 少しでも隙ができればいいのだが。

「まあ、お前らが渡さないつもりでも、こっちが勝手に頂くがな。おい! 運び出せ!」

 リーダーらしき男の指示に従って、魔導車の後方に位置していた男二人が、荷台のドアを開こうとした。
 が、リクがその前に立ちふさがった。

「ダメだったら!」
「うるせえ、ガキが!」

 そう言って、男の一人が魔導銃を棍棒代わりに振り上げてリクを殴ろうとした。しかし何とリクはそれを受け止めて、ねじり返し、男から魔導銃を奪い取ったではないか。
 そのまま魔導銃を振り上げ、男の顎を強打すると、もう一人の男の脳天を打ちおろした。

「おお! リクさん、なかなかやるもんですねぇ! お見事お見事!」

 魔法が教えられないこともあり、ファルガールはもっぱらリクに武術を教え込んでいた。
 もともと村一番喧嘩が強かったというだけあり、センスも体力もあったので、実はリクは並の大人よりよほど強かったりする。

「チッ、何やってんだあんなガキに」 

 この男たちの懸命なところは、リクの思わぬ反撃にも動揺を抑え、囲みを解かなかったことだ。ファルガールは、今のがいいチャンスと思って魔導をはじめかけたが、それも断念せずにはいられない。
 リクを子供と侮(あなど)って不覚は取ったようだが、相手も素人ではないらしい。警戒をさせてしまった以上、同じようなことは期待はできないだろう。

「ねえクルージおじさん、これってどうつかうの? ヒキガネ引いても、うてないよ?」
「ああ、これはですねぇ、安全装置が掛けてあるんですよ。ほら、そこにある小さなツマミです。そう、それで撃てるはずですよ」

 運び屋の言う通りにつまみを絞る。実はこれは安全装置に加えて威力調整の役割を果たしているツマミだったのだが、そうとも知らないリクは思いっきりそれを開けて引き金を引く。

「うわッ」

 当然の結果のように思わぬ反動がリクの腕を襲い、魔導銃の放った熱光線はその反動のまま、暴れ狂う。

「うわわわ」
「落ち着け、ガキの動きをよく見りゃ普通によけられる! 大勢を崩すんじゃねぇぞ」 

 やがて、その散らかった光線の的は盗賊たちとはまるで反対側にある、魔導車の後部扉から荷台に飛び込んだ。

「あっ」

 光線はそのまま荷台に据え付けてあった彼らの運ぶ荷物に命中し、木箱が破損する。

「さ、猿は!?」

 自分が壊してしまったことにショックを受け、リクは猿の無事を確かめるために荷台に飛び込もうとした。
 その時、中から何かが飛び出して、魔導車の屋根に上る。

 猿だった。大きさは五歳児程の大きさだろうか、体毛は白く、確かに見慣れない感じだ。見目も悪くないし、愛玩動物として欲しがる人間は確かにいるだろう。


 ―――この猿は人目につかせるわけにはいかん。とてもよくないことが起こる。


 ファルガールがその言葉を思い出した時には件の猿はすでに二十人近い人間の注目を浴びていた。
 別段、猿は変わった様子は見受けられない。屋根の上で全員を見まわしたあと、ポリポリと後ろ脚であごの下を描くと空に向かって鳴いた。

「☆▼(作者注:自主規制により、直接的な表現は差し控えさせていただきます)×●☆」

 何というか、男女のある種の状況を思い起こさせる、扇情的な鳴き声だった。荒い息遣いに嬌声とも喘ぎ声ともとれる声。そんな声が真昼間の往来で、自分たちが原因で挙げられてるのだ。何かものすごくいたたまれない。

「どうしたの?」

 たった一人年齢的に状況が分かっていなかったリクの声で、一足先にファルガールが我に戻ったのは行幸だった。かねてより待っていた、大きな隙を見逃すわけにはいかない。

「その槍穂貫くは天地、その光が意味するは天の裁き! その先からは轟く光がほとばしり、全ての罪を討ち滅ぼす! 稲光と共に現れよ、稲妻纏いし紫電の矛《ヴァンジュニル》!」

 雷がどこからともなく落ち、ファルガールの手の中に紫電を帯びた矛が収まる。

「我が矛に宿りし電気よ、大気を駆けよ! 我が導きによる《放電》によりて!」

 続けて詠唱した魔法により、矛の先にできた電気の球から四方八方に電撃が飛んで盗賊たちを一気に片付けた。

「☆▼(作者注:自主規制により以下略)×●☆」

 コトが終わった街道に、人様には聞かせられない、猿の鳴き声が高らかに響いたのであった。


   *****************************


 無事に猿を目的地に送り届けた後、とんぼ返りしてきたファルガールとリクを、ジュリアーノはウォンの『自由の勝利亭』で待っていた。

「だから、人目に触れさせるなと言ったのだがね」

 ことの報告を終えた後、ジュリアーノは言わないこっちゃないとばかりに言った。アフト・エモンの届け先で聞いた話によると、あの猿はアデゴエザルと言って、なぜか発情期に霊長類の視線にさらされると、あのような声を上げるのだという。檻ではなく、木箱だったのはそういう理由だった。
 もともとアフト・エモン近くの森にいたのだが、珍しい外見から金持ちに売れると踏んだ狩人に捕まったらしく、売りこんだ先で鳴かれて始末に困ったため、ジュリアーノに処置を願ったのだった。

「単に忠告のつもりだったから、別に守らなくても報酬を減らすようなことはせんよ。何より人の金だからケチる理由もない」

 さらっと問題発言をした。事情を聴くと、狩人から猿を買った金持ちは、あまり人に話したくない内容なので、処理のために口止め料も含めてジュリアーノに多額の礼金を出していたらしいのだが、依頼料が妙に高かったのはそのせいだろう。

「もうちょっと具体的に話をできなかったのか? 何よりも箱が壊れなくてもいいように立ちまわれたかも知れねェのに」
「言ったら恥ずかしいだろう? 今だからこそ“あんな声”で納得してもらえるが。聞く前から話して分かることでもあるまい」

 市長の一人息子は答えた後、ファルガール達に約束通りの報酬を渡すと、用が済んだとばかりに席を立った。

「ではな。今後とも懇意にさせてくれたまえ」

 ジュリアーノを見送った後、ファルガールは胡散臭(うさんくさ)げに、軽く睨む。

「あのボンボン、とぼけたふりして結構なタヌキじゃねぇか」
「そう見えたか」
「あの盗賊、俺達の積み荷が何なのか知ってて襲ってきやがった」

 普通、あの程度の積み荷なら、特殊な配達物としてよく運搬屋に頼み込んでおけばいい。運搬屋も護衛は雇っているし、他の荷物に紛れ込ませた方が、狙いはつけにくいのだ。

 しかしジュリアーノはわざわざ個別で魔導車を調達し、護衛としてファルガールに頼み込んだ。ファルガールのことはともかく、他の郵便と別にしたのは目立って仕方がない。盗賊が狙うには絶好のエサともいえる。
 あの盗賊たちは魔法は使えないものの、かなり腕はよかった。

 となると、ジュリアーノは、金持ち道楽の後始末にかこつけて厄介な盗賊団の殲滅(せんめつ)のためにファルガールの腕を利用した、と考えると筋が通って見えてくる。

「まあ目的は街の安全を守るため、だ。手段はともかく、目的は健全だよ。保証する」

 懇意にしていることもあってか、ウォンはジュリアーノには悪い感情は持っていないようだ。

「ねえ、ファル。なんでみんなあのサルのなきごえをハズかしがるの? いいかげんおしえてよ」

 一人全く事情が分かっていなかったリクは、帰りの道中、ずっとそれを聞きたがっていた。
 ファルガールも運び屋・クルージも含みのある会話をするばかりで、ちっとも謎の答えが見えてこない。ファルガールはこのときはじめて、子供に性について説明するのがいかに難度の高いことか理解することになった。

「……一般常識はウォンに聞け」
「え、俺かよ」

 その夜、ウォンは子供の好奇心の恐ろしさを十分に知ることになったのである。


1902年01月25日(土) ファルとリク 4『去ルおシゴト』前編

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 4『去ルおシゴト』前編

 アソーティリの風は湿気で方向が分かる。北からの風は、砂漠からの風ということで乾いており、南からの風はその反対で肥沃な大地が発した水分が含まれて湿っているのだ。初春は北風が多く、それゆえによく晴れた日が続いていた。

「…にーい! …さーん! …しーい!」

 こんな日は誰でも外に出たくなるのか、アソーティリ南区にある公園はたくさん人がおり、ベンチに寄り添って座る恋人同士もいれば、敷物を広げて弁当を食べている家族もいた。そして、腕立て伏せをする子どもと、それをはたで見ている大人もいるのだった。

「ここにいたのか、ファルガール」

 そこに来たのは、アソーティリでリク達が投宿している宿兼酒場、ついでに裏で便利屋まで営んでいるウォンである。

「よう、ウォン。どうした?」
「どうしたもこうしたもない。今朝、仕事の依頼人が来るから赤の刻(午後三時)までに帰って来いって言ったろ」
「ああ、そういやそんなこと言ってたな。よし、帰るか。リク、キリのいいとこまでやっちまえ」

 ウォンは、足元で腕立て伏せを続けていたリクを見た。

「リクの訓練をやっていたのか。どんなもんだ?」
「どんなもこんなも、こんなもんさ」

 待たせてはいけないと思ったのか、リクの腕立て伏せが加速する。

「なーな! はーち! きゅー! にひゃくごじゅー!」
「二百五十……? 腕立て伏せをか?」
「その前に腹筋と背筋を百ずつやってるぞ」

 リクの体力は半端ではなかった。本人が言うところによると、村のガキ大将を倒すために“トックン”を続けていたらしい。その気になれば一刻つづけて走っていられる。

「そのガキが今度は大災厄を倒すんだって特訓してるんだぜ。本当にやってくれるかもしれねェな」
「しかし体力ばかりついても仕方がないだろう。魔法を覚えんことには」

 一個人として強さを突き詰めようとすれば、人はまず体力の限界に突き当たり、それを超えるにはどうしても魔法が必要になる。魔法を使えば、一人で百人を相手にすることすらできるし、逆に魔法が使えなければたった一匹のクリーチャーにかなわないこともあるからだ。それほど魔導士とそうでない人間には開きがあるのである。

「それがな、あまりにも魔力が足らなさ過ぎて、どう指導していいか分からねェんだ」

 アソーティリに来てから、一度リクの魔力値を測ってみたが、確かに若干の魔力はあるものの、魔法の一つも使える程とはいえない。魔力は一般的にもった資質に依存するものであり、魔力を鍛える方法は一般的には知られていないのだった。
 ファルガールが、リクに訓練をさせている間に読んでいたのも、魔力に関する研究を発表している論文だった。

「……ということは今やっていることは?」
「ただの暇つぶし」

 言い切った。

「まあ、何もやらねェよりマシだろう? で、仕事ってのは?」
「物品の運搬だ。正確にはその護衛だが」

 近年は街道などが整備され、高価だが魔導車などが使われることもあり、大分安全になった運搬業であるがそれでも、途中で盗賊やクリーチャーに出くわさない可能性はゼロではない。魔導列車で運ぶのではない限り、街から街へ物を運ぶのに護衛をつけるのは当たり前だった。
 需要もあるので、専門の商会はあるが、たまに便利屋協同組合に依頼がくることもある。

「……へえ、思ったより楽そうな仕事だな。報酬は?」
「とりあえず、お前のツケをもらっても釣りは出る」
「そりゃ豪気なこった。金十枚分はたまってたろ?」

 高額のツケに対して全く呑気な反応を示すファルガールを、ジロリとウォンが睨みつけた。

「今回の報酬は金三十枚だが、利子も入れて十五枚はもらうからな」
「そんなに出すのかよ? 国宝でも運ぶ気か」
「さあな。それは会って聞けばいい」


   *****************************


「お待たせしました」

 ウォンが客を通したのは彼の運営する宿兼酒場『自由の勝利亭』の個室だった。その部屋は便利屋としてウォンが活動する時の応接間として使われており、一般の客には知られていない。

 そこに座って豆茶を飲んでいた男を見て、ファルガールは思わずぎょっとする。悪趣味を絵にかいたような貴族主義的な服装に、太ってはいないが、いかにも苦労を知らないたるんだ風情。

「ガイコクの人?」

 これはリクのコメントである。見慣れない服をそのまま異文化と結論付けたらしい。

「遅い! ワタクシはちゃんと赤の刻にやってきたのだぞ! 客のワタクシを待たせるとは何事か!」
「申し訳」
「しかし、大して待ってないしな! 美味しい豆茶もいただけたことだし、こちらは物を頼む立場だし、良しとするか!」

 ウォンが謝る前に、勝手に結論付けて納得したものである。

「……何者だ。このボンボン」

 つい、本音が出てしまったファルガールの言葉を、貴族風の男はしっかりと聞きとどめる。

「キミ! 今ワタクシのことをボンボンと言ったかね?」
「いや、申し訳ない。つい口が滑っ」
「そのとおり!」

 謝ろうとした矢先にまたもや口を挟まれた。

「ワタクシはジュリアーノ=リヒテブルグ。このアソーティリの市長の……“七光りのバカ息子”だ! ワタクシという人間の魅力は、“アソーティリ市長の息子”という立場が九割以上を占めているッ!」
「……あんまり自分を貶(おとし)めるのはやめようぜ」

 会ってそう経たないのにうんざりした様子でファルガールがつぶやく。

「さて、自己紹介が済んだところで、仕事の話に入りたいのだが」
「俺達はいいのかよ?」
「ああ、必要ない。ウォンは旧知の仲だし、キミはファルガール=カーンということもワタクシは知っているのだよ」
「ぼくは?」

 ただ一人名前が出てこなかったリクが言う。

「キミも一緒に行くのかな?」
「しらない。行くの?」

 改めてファルガールに聞くと、何をいまさら、とでも言いたげに頷いた。

「ああ、お前も一緒に働くんだよ。一応体力はあるしな使いどころもあるかも知れねェ。いいか、リク。“働かざる者は食うべからず”ってんだ」
「はたらかザルものは食うべからザル?」

 微妙に言えていない。理解をしていないと踏んだファルガールが追加説明を行う。

「つまり働かねェ奴は食う資格がねェってことさ」
「なんでだろうな。言っていることはまともなのにものすごく説得力がない」

 ウォンが漏らした声はもちろん、これっぽっちもファルガールの耳に届いた様子はなかった。

「行くというならば、私はキミの依頼人だ。自己紹介をお願いしようかな」
「うん!」

 元気よく返事をすると、リクは手刀を前に突き出して腰をかがめる。

「おひけえなすって! さっそくのおひけえ、ありがとうござんす! てめえ、名まえはリク、せいはエールともうします、生まれはエンペルリース。エンペルリースといってもいささかひろーござんす。エンペルリースはティオかいどう、ミナミのはずれのなんにもねえ小さな村でウブユにつかって十年がたちやした。
 わけあっていまはたびにでており、天下にその名のトドロくファルガール=カーンししょうのデシをやっております。よろしくおみしりおきのほどをおねがいいたしやす!」

「……おい、お前まだアレが間違った挨拶だって教えてなかったのか?」
「一般常識はお前が教えるって言ってたから俺は放っておいたんだが」

「はっはっは。中々よい挨拶だな、リク=エール殿! よろしくお願いするぞ」

 驚いたことにジュリアーノはまったく動じない。そしてリクが子供だということも全く気にしていないようだった。


   *****************************


 翌朝、ファルガールとリクは決められた時間にアソーティリの南口に集合していた。今回の届け先は南にある『アフト・エモン』という街だった。
 経済的・政治的には大した街ではないが、周りを深い森に囲まれた場所で、多種多様な動植物がいることから、生物学者を多く輩出している、というちょっとした特色を持つ街である。馬車で片道半日くらいのところにあるので、おそらく今日中に帰ってこれるはずだ。

「おまけに移動手段が魔導車ときたもんだ」

 そう、今日の移動手段は何と魔導車だった。運搬屋が複数の客の荷物をまとめて届けるならば、魔導車での運搬は一般的だが、個人の荷物で魔導車を使うなど贅沢もいいところだった。

「あのボンボン、本当に何を運ばせる気なんだ?」
「え? サルって言ってなかった?」

 昨日、自称七光りのバカ息子から話を聞いたところによると、荷物の正体は“猿”らしい。なんでも珍しい猿だとかで安全にアフト・エモンに運び、しかるべき保護をお願いするのだという。そのための手紙も、ファルガールはジュリアーノから預かってきていた。
 座席に後ろにある荷台には、一つの木箱が固定されていた。他に荷物はないので、振動で動いたりしないように綱でがっちりと固定されている。

「なんで動物運ぶのに木箱なんだよ。普通入れるなら檻だろうが」

 これは南門で初めて見たとき、見送りにきたジュリアーノにも投げかけた質問だった。
 だがジュリアーノは「これでいいんだ」と言った。

「この猿は人目につかせるわけにはいかん。とてもよくないことが起こる」

 だが、それ以上詳しくは話してもらえなかった。
 ただ、「人に見せるな」、それだけの一点張りだ。

「あのボンボン、あんなこと言われたらますます見たくなるじゃねぇか」
「ふっふ、やめときましょう、ファルガールさん。僕は、面倒は御免です」

 この魔導車を運転している運び屋のクルージが言った。堅実な性格らしく、運転も下手ではないものの、安全運転の域を全く出ない、極めて健全な仕事ぶりである。おかげで振動も少なくて済んでいるのだが。

「そうだよ、ダメだよ。見ないのもおシゴトなんだから」

 そう言ったリクは荷台に座って、じっと木箱を見つめている。初めての“おシゴト”とあって、気合いが入っているのか、一時たりとも箱から目を離さないつもりらしい。

「中身さえ見なければいい。箱でよければいくらでも凝視するがよかろう!」と、ジュリアーノは言っていた。
 ちなみに中身の猿はというと、非常におとなしくしている。時折、中で何かが動く気配はするので、少なくとも中身は生き物ということは分かる。

「ちっ、つまらねぇな。いっそ盗賊でも出てきてくれりゃ、ちょっとは面白くなるんだけどな」
「ふっふっふ、縁起の悪いこと言わないで下さいよ、ホントに出てきたらどうするんですか。……っておやおや言ってるそばから……」

 クルージが目の前に見つけたのは街道に横たわる木だった。複数本、街道をふさぐように置かれており、どう見ても自然のなしたものには見えない。

「ほらぁ、言わないこっちゃないじゃないですか。あぁ、僕には愛するステファニーがアソーティリで待っているというのに」
「家族か?」
「ヘビガラエリマキトカゲ(♂)です。可愛いですよぅ?」
「名前変えてやれよ。愛してるなら」


後編に続く


1902年01月24日(金) ファルとリク 3『いっぱんじょうしき』

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 3『いっぱんじょうしき』

 エールを出て一ヶ月。そろそろ師弟関係が板についてきたファルガールとリクは、いくつかの町を経由してファルガールが目指していた、カンファータの南西部にある町に辿り着こうとしていた。

「あれがアソーティリ?」

 そう尋ねるリクの息は上がっている。それもそのはずで、その小さな背には胴体よりも一回り大きいくらいに膨らんだ背嚢が背負われており、おまけに何も背負っていないファルガールがまったくスピードを緩めずに歩いていくので、ほとんど小走りで付いていっているのだ。
 だが、その理不尽な状況に、リクはまったく疑問を持つこともなくついてきていた。
 無論、それは師匠であるファルガールの教育(後にリクはこれを「調教」と呼ぶことになるが)の賜物である。

「ああ。ちょっと馴染みのある町でな。ずっとあそこに住むわけじゃねぇが、とりあえず拠点にしようと思う」

 アソーティリは、最新の技術を担うエンペルファータや、三大国協商の持続を担うフォートアリントン、あるいは各国主都とは違い、独特な価値を持っている町ではなかった。
 しかし、砂漠を占める部分が多いカンファータ北部とは違い、肥沃な大地の広がるエンペルファータ南部の中では中心的な役割を担う、豊かな町の一つだ。
 そして大きな特徴として、ある者達が集まる場所でもある。

 カランカランと、ドアにすえつけていた鐘が鳴り、新しくお客が来たことを告げる。その音に反応した酒場の店主が、反射的にその来客の姿を確認して、―――固まった。

「よう、ウォン。久しぶりだな」
「リオ、塩まけ、塩。最高級のをありったけな」

 カウンターの外で客に料理を届けていた、若い店員に命ずると、自らも塩つぼを抱えて何の迷いもなくファルガールに向かって投げつける。
 ファルガールはそれを魔法を使って空中で受け止めると、その塩を全て塩つぼまで押し戻した。

「おいおい、えらい歓迎のしかただな。そんなに俺が帰ってきたのがうれしいのかよ」
「やかましい! ウチじゃ、疫病神とツケを踏み倒す外道の来店はお断りしてんだよッ! ……って、一人じゃ、ないのか?」

 巨漢のファルガールの影に隠れて見えていなかったらしい。ウォンはファルガールの連れの姿をやっと見つけて、尋ねた。

「ああ、リク、挨拶しな」
「おひけえなすって!」

 手刀を突き出して元気よく切り出したリクの声に酒場が凍りついた。

「てめえ、名まえはリク、せいはエールともうします、生まれはエンペルリース。エンペルリースといってもいささかひろーござんす。エンペルリースはティオかいどう、ミナミのはずれのなんにもねえ小さな村でウブユにつかって十年がたちやした。
 わけあっていまはたびにでており、天下にその名のトドロくファルガール=カーンししょうのデシをやっております。よろしくおみしりおきのほどをおねがいいたしやす」

 口上が終わると、なぜか静まり返った酒場の様子をきょろきょろと見渡すと、リクは不安げにファルガールに視線を向けて言った。

「……ぼく、ちゃんと言えてたよね?」

 だが、ファルガールは、何がおもしろいのか今にも大笑いしそうな顔をして肩を震わせている。

「坊主……リクって言ったな」
「うん、はじめまして」

 ウォンに問われて、リクは改めて挨拶をする。

「俺はウォンだ。この酒場の店主をやっている。……ところで、今のは何だ?」
「ファルにおそわったんだよ。おせわになるヒトには礼をつくさなきゃいけないから、アイサツもきちんとしなきゃダメだって。ちゃんとしたアイサツってムズカシイよね。ここにくるまで三十回くらいれんしゅうしたんだよ」

 全く疑いをもっていない、あどけない笑顔でリクは答える。

「……この件については後でじっくり話し合うとしよう。ところでファルガール、この子がお前が探してた弟子か?」
「まあな、その辺は、飯でも食いながら話すさ」

 ファルガールが、最後にアソーティリに寄ったのは半年のことだ。弟子探しをするために魔導学校を出てから三年間、世界中を回っていたのだが、情報収集と路銀稼ぎのため、半年に一度はアソーティリに戻ってきていた。
 そういうこともあって、ウォンはファルガールにとって気のおける者であるためか、ファルガールはウォンに何一つ包み隠さず、報告した。

「ふむ。あの辺が大災厄に見舞われたことは知っちゃいたが、まさかその渦中にいて生き残るとは。よくよく悪運の強いやつだな。で、これからどうするんだ?」
「これからまあ、そうだな……十年はじっくりコイツを育てるのにかかるだろう。で、短い旅に出かけることも多いと思うが、基本的にこの街に腰を落ち着けようと思ってる。で、ウォンには、仕事の斡旋とかを頼みてェんだ」
 
 ウォンは裏では便利屋をやっており、ファルガールがアソーティリに戻ってきては情報を提供したり、仕事を斡旋したりしてくれている。
 アソーティリは、技能を持ちながら組織に属さない者達が集う街だ。一般的にまともに魔法の使える魔導士は職に困ることがない。しかし、縛られることを嫌うものはどうしてもいると見えて、そして魔導士にはなぜかその傾向が強かった。
 そうした者達は、アソーティリにある仕事の斡旋所に出かけて行き、仕事の依頼を受けて、報酬を得るという比較的自由度の高い働き方で生活をしているのである。

「ああ、それは構わない。丁度お前にやってもらいたかった仕事が……」
「あっ、ファル、みてみて!」

 隣で食事をしていたリクの声が話に割り込んできた。リクはキラキラと目を輝かせながら、フォークにからめとった海藻を見せて言った。

「すごいよ! キャビアが入ってるよ! それにこのさかな! マボロシのシマイシダイかな!?」

 またもや、酒場の空気が凍りついた。

「おい、ファルガール。なんでただの海ぶどうがキャビアになってんだ」
「シマイシダイって……これ、普通のアジですよ?」

 ついにリオまで突っ込みを入れる。

「ついでに聞くがシマイシダイって何だ?」

 質の良いと評判の料理も提供する酒場の店主のウォンだったが、シマイシダイなる魚の名前は聞いたことがない。

「クジラのおなかの中に住んでるんだって。しかもシマイシダイの住むクジラはえらばれたクジラなんだよ! トクセンソザイなんだってさ」

 えっへんと胸を張って説明をするリク。店主と店員の責めるような目がファルガールに突き刺さった。

「いやぁ、コイツ内陸部で育ってて、海の幸には縁がなかったらしくてな。あまりにも珍しがって聞くから、ついつい適当に答えちまった」
「適当にしては、想像力が豊かすぎる気がするが……ところで、お前今日の食事代は持ってるんだろうな?」
「ツケといてくれ。紹介してもらった仕事の報酬で払うから」

 あっさりと返されたウォンは、ついに客であるファルガールの胸ぐらをつかむ。

「俺の口癖は憶えているか?」
「男の口癖なんざ憶えてたまるか」
「お客様は神様だ。だが払う気がない奴は客じゃない。とりあえず次の仕事はタダ働きだからな」

 そこまで言って、胸ぐらをはなす。そんな、二人の殺伐としたやり取りに、驚いたのか、リクがおずおずと申し出る。

「あのさ、ぼく、うたおうか?」
「歌う?」

 いったいなんの提案かと、ウォンが聞き返した。

「うん。ぼく、けっこううた、ジョーズなんだよ。これまでおカネが足りなかったときに、道ばたとかおみせとかでうたってたんだ」
「子供に働かせてたのか、この外道」と、ウォンはファルガールをにらんでから、「じゃ、お言葉に甘えて歌ってもらうかな。伴奏はいるか? 一応ピアノはあるが」
「ううん、いらない。ちょっときがえてくるからまっててね」
「ちょっーーーーと待ったぁ!!」

 数少ない荷物の中から、着替えの包みを取り出そうとしたリクを、ファルガールが力一杯止めた。

「今日は着替えなくていいんだ」
「え? でもきがえないとおカネにならないってこのあいだ」
「ちょっと待て」

 師弟の怪しいやり取りに、ついにウォンが口をはさんだ。

「リク。その包みの中を見せてみろ」
「うん、いいよ」
「あ、コラ、駄目だ見せるな!」

 ファルガールが抑えるより先に、ウォンがリクからその包みを取り上げる。その中から出てきた服を広げてみて―――絶句した。

 黒を色調とし、ボリュームのあるフレア“スカート”に白く細かい刺繍のついたフリルがふんだんに縫い付けられている。ウォンの乏しい洋服の知識によれば、いわゆるゴシックロリータというジャンルの服ではなかっただろうか。

「うわぁ、かわいいですねぇ」

 リオは感心していたが、間違っても十歳男子の着るものじゃない。

「ファルガール。俺は数々のお前の行動に呆れていたがな………、まさか、まさか、お前が年端もいかない子供に女装をさせて喜ぶ変態だとは思わなかったぞッ!?」
「待て、誤解だ!」
「ファル、ヘンタイってなに?」

 珍しく慌てふためく、ファルガールの釈明が始まったが、最後まで誤解が完全に解けることはなく、ファルガールは二度とリクに女装をさせようとはしなかった。

 そして、リクはこの後、正しい一般常識をウォンから教わることになる。


1902年01月23日(木) ファルとリク 2『ゼッタイフクジュウ』

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 2『ゼッタイフクジュウ』

「出来たぞ」
「よ〜くあじわってたべなきゃ、だね」

 失われた村・エールからティオ街道を出て一日、ファルガールが人生最大の失策を犯したことを知るのに、それほど時間はかからなかった。

 食糧がない。

 大災厄直後の一日は思い出せば、何を食べる気も起らなかった。師弟関係が成立し、旅立ってしばらくしてようやく気持ちが前向きになりだしたところで発覚したのがその事実だった。
 食糧がないどころか、テントもなければ着替えもなく、今の状況では何の役にも立たないが金もない。大災厄に命以外のすべてを持っていかれた彼らには、人としての最低限の尊厳である衣・食・住を全く保障されていなかったのである。

 目の前の焚き火にあぶられているのは、近くの川で捕獲してきた小魚だ。ここらも大災厄の影響か、果物ひとつなっていなかったし、食べられそうな獣も軒並み姿を消していた。

 仕方なく、気力を振り絞って、川に電流を流した結果、ぷかぷか浮いてきたのが今火にくべられている大小二匹の川魚だった。

「大きい方、やるよ」
「ううん、ファルはカラダが大きいからこの小さいのじゃダメだよ。ぼくが小さいほうをたべる」

 そういって、リクは小さい方にかぶりつく。
 リクはいわゆる“いい子”だった。自分ですら、少し辛さを感じる空腹なのに、この十歳の少年は何事一つ言わず、ファルガールについてきた。自然豊かな村の出身とあって、体力もある。

(手がかからんのはいいが、どう扱えばいいのやら)

 実はファルガールは子供を相手にする経験が少ない。魔導学校で生徒を持ってはいたものの、十五歳以下の、“子供”と呼べる年齢の生徒はいなかった。

「ぼく、しってるよ」

 取り損ねた内蔵(ワタ)でも口に入れてしまったのか苦々しい顔をしながら、リクは言った・

「何をだ?」
「ぼくはファルにまほうをおそわるから“デシ”なんだよね。で、ファルは“シショー”」
「よく知ってるな」

 あの村には本など数えるほどしか見られなかったし、師弟関係とは縁のなさそうな村に見えた。

「でも何をするのかはしらないよ。デシって何をすればいいの?」
「師匠に絶対服従すればいいんだ」

 何か間違っている気はしたが、適当にそう答えた。

「ゼッタイフクジュウって何?」
「師匠の言うことをよく聞いて、師匠の言うとおりにする。師匠の言うことを疑ってはいけないし、逆らってもいけない、ということだ」
「わかった」

 リクは何の疑問も挟まなかったし、そのまま信じたように見える。
 骨まで食べようと頑張ってあぶっているリクの姿を見て、ファルガールは何となくからかってみたくなった。

「リク、そこの道の脇にな、できるだけ大きく穴を掘ってくれ」
「うん」

 あっさりとうなずいたリクは素手で、雑草を取り除き、穴を掘り始めた。

「これを使え」

 ファルガールは魔法を使ってその辺の土からシャベルを作り出し、リクに手渡す。
 そうしてリクは掘り始めた。

 ざっくざっくざっくざっく

 それを横目に、その辺に落ちている木の枝を集めて魔法で手桶を作り、川の水を汲みに行く。
 帰ってきたときには六分刻(三十分)立っていたが、それでもリクは休まず掘り続けていた。

「……もういいぞ」
「うん」
「じゃあ、次は掘った穴を埋めてくれ」
「わかった」

 ついにリクからは何の泣き言も、文句も出なかった。

(……面白すぎる素直さだな)

 何となく、この子供の扱い方がわかったような気がした。

 木に登らせて葉っぱの数を数えさせたり、落ちたらタダでは済まない高さの枝から飛び降りさせたり(もちろん地面に着く前に魔法で助けたが)、

 リクがファルガール以外の大人と接し、彼らの師弟関係が激しく間違っていることを知るのは、とある街に落ち着いてからの話である。



「―――あの時、師弟関係と絶対服従の意味を知らなかったのが、俺の人生における最大の過ちだったんだよなぁ……」

 十年後、成長したリクは遠い遠い目をして仲間たちにそう語ったという。


1902年01月22日(水) ファルとリク 1『はじまり』

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

1『はじまり』

 風が丘を駆け抜け、草花を揺らす。
 露になった地面のところどころが焼け爛れていた。
 そして、焼け爛れた地面のそばには瓦礫の山が詰まれ、申し訳程度に残った壁が、そこに建物があったことを教えている。
 そんな風景を、振り返る大人と子供がいた。

「よし、行くか」
「うん」


 一昨日までは、ここにエールという名の村があった。
 今ここにいる人間は大人と子供のわずかに二人だけだった。そのうち、大人の方はファルガール=カーン。魔導文明の最先端であるエンペルファータの魔導学校で、教師を務めていたという凄腕の魔導士である。
 だが、彼をもってしても、昨日この村を襲った“大災厄”と呼ばれる全てをなぎ倒す災害に立ち向かうことはできなかった。魔導学校の教師である以前にも世界最強を決めるファトルエルの決闘大会で優勝しており、強さにおいてはかなりの自身を持っていたファルガールであるが、自分以外、誰一人救えなかったことに、自らの驕りを悟り、無力を嘆いていたところだ。

 子供の名はリクというらしい。こういう小さな村では村の名が姓であるから、リク=エールというところだろう。“大災厄”の中でファルガール以外に唯一生き残った子供だ。


 エールの人口は百に満たなかったのが救いだった。それ以上あると流石にすべての遺体を片付けるわけにはいかなくなる。
 ファルガールは魔法で地面に大穴を開け、リクと二人掛かりで何とか遺体を片付けたのが昨日の夕方から今日の朝までの仕事だった。

 ファルガールは元々このエールの住人ではないから、この村が無くなったところで、住む所に困るわけではなかった。
 しかしリクは違う。聞けばこの村以外の人里に行ったこともないらしい。つまり、この幼くして天涯孤独の身となってしまった少年にとっては、失われたばかりの村とその周囲だけが世界の全てだったのである。
 つまり、一夜にして知っている世界を全て失くしてしまったのである。

 だが、本人は悲しむ様子はまるで見せなかった。
 明るい表情こそあまり見せないものの、実に淡々と作業をこなしている。流石に両親の遺体を片付けるときには多少はこたえていた様子だったが、それでも涙を一切見せなかった。実は、淡々とした態度は何かを堪えているのだということを、ファルガールは後で知ることになる。

「父さんとヤクソクしたんだよ」と、本人は語った。「泣くな、泣かすな」がほとんど唯一の説教だったらしい。だが、端的ながらいい教育方針だとファルガールは思った。


「これからどうするの?」

 昨日の夕食は、おもにこれからの予定が話題になった。ファルガールはあまり過去を語りたがらなかったし、エールの話をして取り戻せない故郷への郷愁を誘うことはない。

「リクはどうしたい?」

 ファルガールは実のところ迷っていた。大災厄の翌日は、リクに大災厄を退治するのを手伝ってくれと頼んだし、彼もそれを了承した。だが、それはある程度魔導を極めたファルガールをもってしても想像がつかないくらい果てしなく、厳しい道だ。
 子供の覚悟は無責任なものであるし、何も知らないうちからそんな道を歩ませるのは気がひけた。

「ぼくは、強くなりたい。あの“あらし”に負けないくらい。……ねえ、おじさん」
「おじさんじゃねぇよ。ファルガールだ」

 お兄さんだと呼ばせる気はないが、せめてそこだけは否定しておきたいところである。

「ふぁ、ファル……ガー…? 長くておぼえられない。ファルでいい?」
「構わねぇよ。おじさんよりずっとマシだ。で、何だ?」
「ぼくに“まほう”を教えてくれないかな?」

 その質問に、ファルガールは驚きと困惑を覚えた。
 まず、驚きとは、自分が強くなるために一番現実的で具体的な方法をこの子供が考えていたことだ。普通のこの年頃の少年なら「強くなりたい」と思うだけだろう。
 しかし、それは難しい相談でもあった。魔法が上達するかどうかは大きくその人物の素質に関わってくる。この世には魔法を使う素養をまったく持っていない人間のほうが多いのだ。村を滞在しているときに、リクに一度会ったことがあった。しかし、見る限りリクは魔法使いの素養を持っているとは思えなかった。
 仮にわずかに素養を持っていたとしても、極めるのは難しいだろう。それがファルガールに困惑させている。気持ちは買うが、望みが少ない。

「《アトラ》が言ってたんだ。戦う力をくれるって。でもそれはソシツだから、きたえなきゃいけないんだって。だからファルにきたえてほしいんだ」

 《アトラ》とは、大災厄の最中、リクを助けたという白い鳥の名だった。俄(にわか)には信じがたい話だったが、あの大災厄から生き残ったのだ。

「リク、手を出してみろ」

 ファルガールはうなずいて差し出されたリクの小さな手を両手で包み込むように握り、自分の魔力を送り込んで、リクの体の中を探ってみる。確かにかすかだが、リクの体の中に魔力が宿っているのを感じた。しかし、それは戦いに使えるような強い魔力ではない。

「…………」

 しばらく考え込んでいたが、やがてファルガールは考えるのをやめた。考えても答えは出ないであろうし、もう自分はこの少年に情が移ってしまっている。大体、昨日男と男の約束をしたのだ。試しもせずに反故にするなど、人としてやっていいことではない。

「よし、分かった。俺がお前を鍛えてやる」
「ホント!?」
「ただし修行は厳しいぞ。俺の言うことはよく聞けよ」
「うん!」

 こうして、ファルガールとリクの十年間は始まった。


1902年01月21日(火) ファルとリク・目次

魔法使い達の夢・外伝短編集

ファルとリク

〜師匠と弟子の十年間〜



1『はじまり』(リク10歳)
 大災厄で故郷を失った少年・リクと、世界最強の称号を手にしながら誰一人救えなかったファルガールが旅立ちの決意をする話。


2『ゼッタイフクジュウ』(リク10歳)
 子供の扱いに悩んだファルガールが、リクの扱い方を悟る話。
 そして、リクにとっての最大の過ちの話。


3『いっぱんじょうしき』(リク10歳)
 今後拠点とする街にたどり着く話。
 リク、ちょっと騙されすぎ。将来が心配だ。


4『去ルおシゴト』 前編 後編(リク10歳)
 アソーティリについてウォンに紹介してもらった初仕事。
 とあるものを運ぶだけの仕事に金三十枚も出される理由とは?


5『アブないハカセ』 前編 後編(リク11歳)
 魔力を増やす方法を研究している人物がアソーティリにやってくることに。
 しかしその人物、ただならぬ人物の様で……





その他番外編・企画等


■魔法使いに15の質問■

リクの回答    カーエスの回答    ジェシカの回答

フィラレスの回答    コーダの回答


1902年01月20日(月) web拍手レス

こちらではweb拍手でいただいたコメントにレスを返します。
基本的に名前は伏せる方向です。

過去ログ(2011/11/12 2010年分追加)
web拍手ログ(2009年)
web拍手ログ(2010年)




10/25 19:02
【魔法使いたちの夢、はもう更新されないのでしょうか?
何度も読み返しながらずっと楽しく読ませていただいております。ぜひ完結されることを願っております】


 繰り返し読んでくださってるとは!
 まことにありがとうございます!
 魔法使い達の夢は、まだ更新する気はありますよ!
 いくつかストックはあるのですが、キリのいいところまで掻き切ってから定期更新したいと思っています。

 頑張りますので、ぜひ見捨てないでください。






2015/08/03 23:11
【もう、日記は更新しないんですか】


 済みません。一カ月近く気付いてませんでした。
日記については、ナニブンtwitterで言いたいこと言い散らかしていたのでネタがなかったんです……。
 ただ、twitterを辞めたからと言って、その分、日記で何か言う、とかはあんまりしなくなると思います。読んだ本のレビューとかくらいでしょうか。
 気が向いたら書きます。




 済みません。一カ月近く気付いてませんでした。
日記については、ナニブンtwitterで言いたいこと言い散らかしていたのでネタがなかったんです……。
 ただ、twitterを辞めたからと言って、その分、日記で何か言う、とかはあんまりしなくなると思います。読んだ本のレビューとかくらいでしょうか。
 気が向いたら書きます。





2012/03/12 13:29 あさくらとうきさん
【秋入学がスタンダードになると、日本国の予算編成が4月スタートなので学校運営の予算編成上問題があるわけで、そういう意味で問題視されている面があるんですが、そんなこと多分マスコミは全く考えてないと思います。】


おーなるほど。予算の問題とかもありますねー。
記事には国家公務員試験の時期にも言及されていますし、マスコミの中でも日経新聞は勉強熱心な方だと思うので、全く考えてないってことはないとはおもいます。





2011/11/12 12:35 凛音さん
【拍手は初めてですが数年前から読ませていただいてました。
魔法使い達の夢シリーズが好きです。
前に読んだ作品も一から読み直してしましました。
更新は大変だとは思いますが、また続きが読めたら嬉しいです。】


ギャー! 数年前から!
サイトのほうは長いこと更新していないので、読者の方々には気を持たせて申し訳ありません!
魔法使い達の夢シリーズも三部の途中で止まったまま、実は執筆自体が進んでいなかったりします……(苦笑)
他の小説なら結構書いてたりするのですけど(オイ)。

あれも長い間放置しつつも、どっかでケジメは付けなければいけないなぁとは思っているのです。
まだまだ時間がかかるかもしれませんが、続きは書きたいといつも思ってはいますので、どうか長い目での応援をよろしくお願いいたします。




2011/10/24 23:12
【おもろいー!!
つづきを読むのが楽しみです( ´ ▽ ` )ノ 】


 ご感想ありがとうございます!
 続きは年末に集中連載する予定です。残念ながら第三部はまだ書き切れていないので、第三部の途中までですが。
 どうぞお楽しみに! 見捨てないでください!




2011/08/29 11:43 SISIさん
【よかったですー。
誤字脱字は気になりましたがー。】
関連メッセージ:ドキドキした


 楽しんで頂けたようで嬉しいです。テンション上がり過ぎて鼻血でそうなくらい(←キモッ!)

 あ、あれ、『小説家になろう』には基本的に再掲なので、掲載するときは読みなおしながらやってるので大分誤字脱字は減ってるはずなのですが、まだ気になるくらいありますか……。申し訳ありません気をつけます。

 ご感想ありがとうございました!




2011/05/23 17:09
【ストレスを与えると強くなるかも。ジブリに力があれば。
なけりゃ自殺するけど。】

2011/05/23 17:15
【だってね。駿が嘆いてたよ。まあ駿の意見が絶対ではないけど。
最近のアニメーターてさ、色塗りができんらしいの。PCで全部できる時代だから。
 そうすると手作り感が出ないというかねえ。たぶん、最近作とラピュタ比べるとそこだいぶ差があるよ。これは明らかに後退。まあ当たり前で、駿はゼロからスタートした人でしょ。ゲドの監督である駿の息子は、あるもんからスタートした人やん。だから熱量に差ができるのは当然というかね。
たださ、生徒に映画ドラえもんの話聞くと、旧鉄人兵団と新鉄人兵団では技術力にけた違いの差があるらしいの。当然、新の方がすごいってことだけど。
 これはコンピューターの功。ゆえに葛藤するんかもなあ。 】


 絵は相変わらず精緻なものですし、手塗りとコンピューター塗りの違いは僕はあんまり差は感じられないですけどね。ただスクリーンに映すことを考えれば、パソコン上でやっておいたほうが色のイメージが違ってくることもないし、いいんじゃないかな、とは思います。
 大体、アニメって一秒間につき何枚も絵を描かなきゃいけない世界らしいので、手で塗ろうなんて僕には気が遠くなります。

 吾郎監督については、厳しさは宮崎駿監督のときと変わらないと思いますよ。なにしろ常に偉大なオヤジと比べられるわけで。僕なら別の道を行きたくなりますね。下手すると一生認められない道ですよ。
 チャンスや資金、人材、設備は欲しいと思えば与えられる(ただ、あの宮崎駿監督は偏屈なイメージがあるので、息子だからって七光りを着せるような真似をするかといえばそうじゃないような気もします)恵まれた立場にあるわけで、その点は在野のアニメーターと比べると高下駄を履かせてもらってます。




2011/04/25 22:56
【オレが編集者だったら、普通だけど100万部売れる作品と、すげえけどあまり売れない作品と、両方ほしいな。贅沢かな。
売れる作品がないと出版社が倒産するし、すげえ作品がないと文学が衰退する。】


 別に文学って言うのは、出版社から出る必要もないと思いますよ。それこそ『小説家になろう』から出したらよい話ではありませんか。
 ある物語を読んだら、気分が晴れたとか、心が救われたとか、そんなんでよいのですし。

 でも、出版界にはつぶれて欲しくないです。本がなかったらきっと僕は新でしまう。(もっとも売っている本がないなら自分で作りますけど)




2011/04/22 07:29
【死にたい……。】


 はい。では、2011年4月18日の日記からどうぞ。


2011/04/22 07:35
【坂本の生き方は共感できるな。「今日死んだとしてもそれも天命」みたいなノリで生きてたでしょ。これはいいなあ。
ただ、それは自衛官ややくざや小説家限定にしてほしい。
一般人にまでそれを押しつけないでほしい。
例えば、被災者に「今日あんたが死んでも、それは天命だよ」と政府が言ったらわしゃキレるよ。
でも、繰り返しになるけど、小説家や自衛官はアリだと思う。】


 ……別に押し付けてる事実なんてないと思いますけどね。どうも貴兄の論調って、被害妄想気味に聞こえるというか。(←ここ数日のやりとりであけすけになってきた)
 それに坂本竜馬は投げやりに生きてたわけでもなく、日本を変えるという一番の目的のために、命を張らざるを得なかったのですよ。

 あと、一般人については、何から何まで自分で自分のみを守れとは言わないのですが、別に誰かを守るのもいいし、守ってもらうのもいい。ただ、自分の死を人の所為にするような生き方はしないで欲しいと思います。

 ……どんな職業でも命がけですよ。お笑い芸人でも体を張って命を落とした人はいます。


2011/04/22 21:05
【ヤミ米って何がいかんかようわからんのよなあ。なぜかというと、ヤミ米がないと餓死してしまう。ならば、ヤミ米オッケーではないか。国に国民を殺す権利なんてない。ヤミ米を取り締まる前に、安定した米供給をできない自分たちの無策を反省せえと。
ただ音楽等の違法ダウンロード反対には賛成。なぜかというと、ダウンロードしなくても死なないから。
それに、違法ダウンロードを許可すると、ゆくゆくはミュージシャンが生活に困り、餓死する。
たかがくそリスナーが、優秀なミュージシャンを殺す権利なんてねえ!】


 ああ、2月の違法ダウンロードの話ですね。
 危うく反発しかけましたが、言葉が乱暴(というか、暗い方向に極端というか)なだけで、おおむね同意できるコメントでした。
 それでも筋を通して食糧管理法という制度の理不尽さを訴えた山口判事の「生き方」は立派でした。




2011/04/21 16:18
【ドッグカフェ難民笑ろた。母さん、天然やな。
しかし、生活保護受けてる人より収入が少ない労働者がたくさんいる現実……笑えない(といって、子供が三人くらいいて、お母さん病気の母子家庭を想定すると、15万てのもきついけどさ、アルバイトがフルタイムで13万てのはきついよ。もちろん、正社員はハードだからたくさんもらうのに異議はないけどさ。誰に向かって怒ればいいかわからん。ダウンタウン松本のエッセイ読んでたら、全盛期、収入の半分6000万を税金でとられたつうから、金持ちもかわいそう。国土交通省で512万円のキャンピングカー購入してたつうニュースを昔テレビで観て、そのあたりを何とかせんとなとちょい思った) 】


 あ、日記を読んでいただいているのですね、ありがとうございます!

 でも国の制度などで改めるべきところはもちろん改めるように指摘するべきですが、それと自分の状況の改善は一緒に考えないほうがいいと思います。

 たとえば学校でテストがあって、僕が真面目に勉強しても30点しか取れなかったとします。そして隣のB君はうまく先生に取り入って、こっそりテストの問題を事前に教えてもらったり、カンニングを見逃してもらったりして90点とれました。
 僕はその事実を知ったとして、B君と先生を糾弾しても僕自身の点数は変わらないのです。ましてや「僕の点数が悪いのは、B君と先生の所為だ!」なんて的外れもいいところですからね。






 今日は4つコメントを頂いているのですが、初めの3つに関しては別口で返事をしているので掲載はしません。


2011/04/20 21:21
【動物になって生きるか、人間として死ぬか、難しいとこだな。
被災地で、一本1000円の大根を売ってるおっさんは、動物としては正しい!
うん。生きるエネルギーをばんばん感じる。中国人みたい。
一方で、被災地で激安の値段で野菜を売ってるおっさんがいる。おっさんも被災者なんだけど。
おっさんが、お客さんに米をもらって泣いてたな。
これって人間的だね。日本人が好きそうだ。
どっちが正しいかは難しいなあ。悪徳おっさんの立場に立てば正しいし、被害者の立場に立てば間違ってる。まあ普通の考えだわね。
ただ、バイタリティーという意味では両極端であるが、おっさん二人に同じ匂いを感じるな。 】


 今日の日記に書いた「生き方」の問題ですね。
 でも、大根一本1000円もあながち悪じゃないです。物が手に入りにくい土地で売ってるんだから、価値が上がってもおかしくない。
 よく砂漠で水一杯をいくらにするか? というたとえ話がありますが、それと同じで助かれば、相手も喜んで対価ははらうと思いますですよ。





 名前がなかったので、確信がもてないのですが、ほぼ間違いなく僕の思った人だと思うので、書いた時間がバラバラながら同一人物からのWeb拍手コメントとして取り扱わせていただきます。


2011/04/19 13:50
【著作権法は司法側もぐだぐだしてる。
漫画家小林よしのりが、昔、裁判で戦っていたが内容がむちゃくちゃ。
ある左翼運動家が、よしりんの漫画を使ってよしりんに批判的な評論を出した。使ったといっても、本の三分の一がよしりんの漫画。これはもう常識で考え泥棒と考えていい。しかも、その運動家の通常出してる本の倍売れたから、泥棒間違いなし。
にも関わらず、司法は、「表現の自由だからオッケー」と下し、最初よしりんは敗訴した。
むちゃくちゃだ。最高裁でやっと勝てた。いったいどういう理不尽な世の中だ。
昔、オレはディズニーが嫌いだった。幼稚園のプールの底にディズニーキャラを描いたら「やめなさい」と言ったり、ある評論で、ディズニーキャラの絵を挿入するとき、黒塗りになってたり、何だか、うざい感じがしてた。そこまでするかと。けど、よしりんの事件を考えると、ディズニーは完全に正しい。】


 小林よしのり氏のゴーマニズム宣言の件はあからさまでしたが、著作権問題に関しては難しいところですね。たまたま同じのを思いついたと言われればそういう気もすることもありますし。(松本零士氏の一件みたいなこともありますし)
 僕もディズニーのあの姿勢は正しいと思うし、ディズニーの著作権ネタも大好物です。


【児童ポルノが問題になってるので、それについて書くと、基本、ロリコン犯罪が巷で起こった場合、ロリコン漫画家に罪はなく、あくまでやっちまったやつに罪があると考える。漫画を読まなくても犯すやつはいる。それに、漫画を読んで犯罪を抑止してるやつもいるから、ロリコン漫画家に「ロリコン漫画描くな」とは言えない。てか、犯罪抑止のためにぜひ描いてほしい。
けど、確かに、漫画家は「これ描いて犯罪増えないかな」と考えて描く必要はあると思う。何でもありではない。
漫画家も犯罪については考えないといかん。けど、ロリコン漫画が違法ダウンロードされてるのを考えると、読者も犯罪について考えないといかん。そういう犯罪をすれば、漫画家の生活が困窮し、よりよい作品が生産できなくなるということまできちっと考えないと。手軽に犯罪できちゃうゆえに考えないと。逮捕されないからいいなんて言ってたら、あなたの大好きなロリコン漫画が滅亡しますよということだな。
誰に向かって怒ってるのか意味不明である。】


 この件に関しては何でも「親の教育」で方がつくと思っています。猟奇的殺人にしろ、性犯罪にしろ、そういう漫画を読む時点で眉をひそめるくらいの理性、倫理観は十分に教育で養うことが可能なはずです。
 英語で親として子供の世話をすることを「mothering」「fathering」、つまり「母親」「父親」を動詞として扱うことで表現することがあります。日本語で言えば「母親する」とか「父親する」とかいう感覚ですね。
 「mothering」や「fathering」は、お金を稼いで食わせることだけを意味しているかどうか、それは考えるまでもありません。


2011/04/19 14:47
【ミスタービーンのカンニングが面白い。
隣の人にじょじょに近づいていって、ばれると、じょじょに離れていく……。
あれに近いな。あの、エスカレーターのギャグ。平地で、どんどん上ってったり下がったりしてくやつ。】


 残念ながらミスタービーンについては、あまり作品は詳しくないのですが、あの「エレベーター」は僕も好きです。
 というか、全体的にパントマイムは好きですね。あの何もないところから、しぐさだけで「らしさ」を演出して、あたかもそこにあると思わせるような演出というべきでしょうか。


2011/04/19 14:49
【そういや、昔の漫画で壮絶なカンニングがあった。
夜中に教室に忍び込み、脚立使って、天井に書き込んでいくやつ……。
「あくまで勉強はせぬ」という不動の姿勢が感動的であったぜよ。】


 僕が読んだ漫画、「おまかせ! ピース電器店」っていうやつなのですが、主人公が機械いじりは好きなくせに勉強が嫌いで、「カンニングができる機械」を作る話がありました。
 オチとしては、機械を使うことは失敗に終わったのですが、結局その機械を作る過程が勉強になっててテストをクリアできたという秀逸なものでした。


2011/04/19 22:17
【アートでいえば、キース・ヘリングがええなあ。ぐっとくる。まあ理由はよくわかりません。うははははは。】


 キース・へリング、は聞いたことがあるようなないような。
 あとで検索してみます。





2011/04/03 08:52
【そうそう!エンピツのindexは優秀ですよね!どうもブログの表示方式にはなじめなくって。全日記のタイトルのみを一覧表示してくれるのは何気に凄く便利ですね。シンプルでその割に意外と自由度が高くてほんと素晴らしいツールだと思います。サービス終了の日にはどうかCGIの公開を……!とか酷い事をちょっと思っていたりして(マイエンピツ絡みは無理だけど)】


 賛同ありがとうございます! ブログだと、いつも見たい記事の日付を延々と探し続ける羽目になって大変なんですよねー。
 本当に『エンピツ』にはがんばって欲しいです。最近MyEnpituが減っちゃて……。
 もし、サービスをやめるなら、半永久ユーザーなんだからCGIの公開はしてくれてもいい気がしますね。
 でも多分規約では、半永久ユーザーでもサービスを続けられなくなったときはあきらめるように書いてあると思うのですけど(←読んでないんかい)



1902年01月19日(日) 呪縛の蝋・あとがき

呪縛の蝋・あとがき

 というわけで、サークルの文芸誌『クリエイター』に載せるために書いた似非怪奇ミステリーもどき短編『呪縛の蝋』でした。


【お題について】

 今回は、少々縛りがありまして、キーワードとして【お前も蝋人形にしてやろうか?(台詞)】【赤ペン先生】、そして条件として【男キャラ2名以上出すこと】というものがありました。

 男キャラ2名というのが実はやおいねらいで、頭に「美形の」がつくらしかったのですが、一応若いころの赤羽教授と伊戸部礼二は美形という脳内設定があるので、まあ良しとします。

 「お前も蝋人形にしてやろうか?」というデーモン小暮閣下の名台詞は赤羽教授が回想で出てきましたね。この台詞をそのまま利用して「蝋人形魔術」というこの小説の根幹を成すモノができたのですよ。

 「赤ペン先生」の使い方はかなり秀逸だったと思います。前編だけ見ると、赤羽教授のあだ名というだけなのですが、後編の謎解きではこの言葉がかなり重要なヒントとなるのが分かるはずです。
 色覚障害については、いろいろな症例があるそうですが、赤羽教授のパターンは創作ということでご理解ください。


【キャラについて】

 今回は、謎解きに絡まない場面等、実験的に少しコミカルな要素を含ませて見ました。
 本来主人公・千鶴は特殊語尾を使わないのが僕の美学だったのですが、今回は語尾を延ばすほにゃららしたキャラになってしまいましたし、

 そして微妙に便利に使わせてもらったヒロイン・雛子はいかにもトロそうな主人公にはツンツン(後に微妙に変化)して、真摯な赤羽教授(オジサマ)にはデレデレするという設定にしたつもりなのですが、肝心の赤羽教授との絡みがなかなか成立せずに終わっちゃいました。(つーか、今見てみたら雛子がオジサマに話しかけてる場面、二つしかないよ!)

 ですが、今回光ったのは脇役ですな。
 コードネーム『ガキ大将デカ』井上巡査、とか。
 コードネーム『実は隠れ親バカ』三沢芳雄(雛子の父親)とか。

 特に井上の出てくる場面は書いててとても楽しかったです。


【怪奇ミステリーというジャンルについて】

 まー、蝋人形というギミックが先にたったこともあり、いろいろ触発されるものがあって怪奇ミステリーに挑戦いたしました。

 もどきでも一応ミステリーの形にしたつもりですが、なかなかストレスがたまりますね、これ。「言いたいんだけど、まだ言えない」みたいな(笑)。
 でもあまり最後までわけの分からないまま引きずるのもアレなんで考察を主にやっていた中編では時々ヒントっぽい事実や、伏線も張ったりしましたし、千鶴たちが考察を述べる場面では、「どこまで書いたらいいのか」とか非常に気を使いながら書きました。

 ま、短編ミステリーなんでちゃちいモノですが、とっておきだったのが、「なぜ伊戸部礼二はあのような犯行に至ったのか」「だれが伊戸部礼二の部屋の偽装工作を行ったのか」の2点ですね。
 「失踪した六人の村娘の行方」に関しては、大体想像のついた方も多いんじゃないかと思います。

 謎解きの場面、「やっと喋れる〜!」と、私は気持ちよく書かせていただいたのですが、読者のみなさんはご理解いただけたでしょうか? それだけが心配です。


【エピローグについて】

 僕は今まで、どの作品にもキャラクターが作中で見せていた迷いに答えを出し、後日談等、明るい“これから”をにおわせるエピローグを必ずつけてきたのですが、今回はその前に片付いてしまったので、あえてあそこで終わらせていただきました。
 かなり最終段階まで翌年4月に雛子が千鶴の大学に進学してきて、挨拶がてらに後日談を語る場面をプロットの中に入れていたのですが、何か書きたかったことが全部その前に持ってきてしまったために消滅してしまったのでした。


【参考文献】
「中村のきまぐれ法医学」
URL:http://www.kacho.ne.jp/hobby/legal-med.htm

「屍蝋(Wikipedia)」
URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E8%9D%8B

「一度見たら忘れられないミイラ・ロザリア・ロンバルド」
URL:http://www.nazoo.org/phenomena/rosalia.htm


【これからの執筆予定について】

 今年に入ってから『生と死の狭間に』『呪縛の蝋』にばかり、執筆時間をとられ、メイン小説である“まほゆめ”をほったらかしていたので、これからしばらくは“まほゆめ”に集中していきたいと思います。
 とりあえず8月中に一話アップしたいですなー。




 では、短編とはいえ少々長いこの小説に最後まで付き合っていただき、まことにありがとうございました!
 ご意見ご感想等、ございましたらいつもどおり、掲示板、もしくはメールやweb拍手メッセージにてよろしくお願いいたします。


1902年01月18日(土) 呪縛の蝋・16

呪縛の蝋


16



「これから、何か変わるのかな?」

 煌々と燃える篝火の前で祈りを捧げる赤羽教授の姿を隣で遠目に見ていた雛子が千鶴に尋ねた。

「それは生きている人たち次第じゃないかなー」

 三十年以上、この村に影を落としていた事件の幕が下ろされるのだ。特に遺族の人々にとっては決して小さくはない転機だろう。
 だが、事態が悪いほうに転がるも、良いほうに転がるも全ては生きている者たち次第、つまりは雛子たちに委ねられるということになる。それが生きている者達の責任というものだろう。

「……アンタ、じゃない。あ、青山さ…んの」
「千鶴でいいよ、何?」
「じゃあ……千鶴。千鶴、しゃべり方が元に戻ってるなー、と思って」

 先ほどから少し会話しているが、赤羽教授と離れてから、千鶴の口調は元の間延びしたものに戻っている。

「ああ、もう役目も終えたカンジだしー」

 真相は解明し、伝えるべき形をとってその結果を残した。あとの変化については村内の問題なので、千鶴が手を出すことはないだろう。
 雛子は、ふう、と大きく息を付いていった。

「……何か、今聞くと何かホッとするわ。千鶴が早口で喋ってるときって大変なときだから、元に戻ると気を抜いていいんだな、って」
「真似してみるー? 楽になるよー?」
「それは……遠慮しとくわ。ところでこれからどうするの?」

 今晩は夜も遅いため泊まることになるのだろうが、明日以降は千鶴はもうすることがない。だとすれば、

「うん、明日帰るよー。お世話になりましたー」
「……来てよかった?」

 好奇心とはいえ、尊敬する教授について知りたくないことも知ってしまったこともあり、後悔しているとも考えたのだろうか、そう尋ねる雛子の態度は妙に心配そうだ。
 だが、ほぼ即答に近い形で、千鶴は力強くうなずいて答えた。

「うん、すごく考えさせられることが多かったからねー。勉強になったよー」

 愛や夢、狂気に後悔、今まで見たこともないような感情がたくさん見られる事件だった。
 また、真実を知ることは、それだけの責任を伴う。今回の事件の真相は取り扱い次第で更なる悲劇を呼んだ可能性もある。それだけに、一見すらすらと述べられた千鶴の推理であるが、その裏で大きな緊張を感じていたのである。ただ、知ったこと、真実を並べるだけでは、人は幸せになれるとは限らないということを実証できた出来事だった。

「ここにきたことを今後後悔はしないと思うなー」
「そっか……」

 千鶴の答えに、うなずくと、そのまましばらく考え込むようにうつむいていると、やがて納得したように大きくうなずいて言った。

「よし、決めた!」
「何をー?」
「私ね、実は進学するか就職するかで迷ってたのよ」

 進学するとたぶん下宿になって親に負担かけることになるし、就職しようか、と雛子は考えていたのだが、赤羽教授や千鶴を見ていて考えが変わった。
 今回のことで世界の広さと深さを垣間見た気がする。大学で、それら網羅できるわけではない。知識を自分のものにするには、きちんと学問を修め、まず考え方を学ぶ必要がある。

「今は父さんと母さんに苦労をかけることになるかもしれないけど、そのほうがきっと後悔はしなくてすむわ」
「いいことだと思うよー。きっとお父さんもお母さんも応援してくれるんじゃないかなー。受けるのってウチの大学―?」
「当前でしょ。オジサマの講義を受けるのが私の夢だったんだから!」

 高らかにやや不純な動機で受験大学を決めることを宣言する雛子、その横を不意に顔面を蒼白にした男が駆け抜けていった。

「……何かあったのかなー?」
「行って聞いてみましょ」

 二人で頷き合うと、男のあとを追っていく。
 男は皆の集まっている篝火のそばまでやってくると、息切れもあいまって、混乱も露に口を開く。

「ろ、蝋人形館が! 蝋人形館が……!」



 先ほどまでは村を代表する木造建築であった白灯村蝋人形館は大きな火柱に飲み込まれ、暗い闇を広い範囲で照らし出している。

「よう、お前らか」

 現場にたどり着いた千鶴と雛子を向かえたのは井上巡査だった。彼は昼間、洞窟を掘り出したときと同じく、若い男たちを動員して、消火活動にあたっている。

「どうしてこんなことになってるの?」

 息を整える間も待たず、雛子が尋ねると、井上は珍しくため息を付いて答えた。

「放火だろう。多分やったのは伊戸部のじいさんだ」

 伊戸部老は、“灯籠送り”には参加していなかった。「罪を犯した息子などと共に送られてはみんなも適わんだろ」と言い、彼は息子の遺体を一度蝋人形館の中に運ばせたまま、外に出てきてはいない。

「それで、伊戸部さんは!?」
「中に入ったまま出てきやしねぇ。自分の息子の死体と館もろとも心中する気じゃねぇかって、みんな言ってるけどな。何にしろ、もう蝋人形館の全焼は止められねぇよ」

 吐き捨てるような井上の言葉を受けて、千鶴は燃え盛る炎の中の洋館を見遣った。
 完全に炎に包まれた洋館はもはや消火の手を付けられない。できることはといえば、周囲の草木を取り除き、水を撒いて延焼を防ぐことくらいだ。


 全てが融け失せて行く。


 地下アトリエの六体の現し身(うつしみ)、

 二階の芸術的な作品群、

 伊戸部礼二の部屋に赤羽教授が作り上げた嘘、

 老いた蝋人形職人、

 そして、その息子である蝋人形魔術師。


 広場で焚かれた柔らかな篝火とはまったく質の異なる、まるで全てを根こそぎ持っていってしまう洪水のような炎は、蝋人形魔術の全てを飲み込み、洗い流していく。

 思えば長い悪夢のような事件だった。
 たった一人の男が屍蝋と出会い、それを実践しようとして六人の娘が犠牲になった。
 その悲しみから、六人目の娘の恋人はその男を殺して“希望”という“嘘”を作った。
 以後、三十年、犠牲者も、その家族も、関わった者たちは皆ずっとこの事件の“呪縛”に捕らわれ続けていた。

 だが、今日でそれも終わりだ。
 六人の村娘の死は受け入れられ、今日、先祖たちと一緒に黄泉の国へと去っていった。
 “嘘”を作った六人目の娘の恋人も、心の整理をつけた。
 そして、全ての始まりであった蝋人形館が全てを抱いて消失していく。

 この炎が全てを燃やしつくし、全てを洗い流し、蝋を融かしきった蝋燭のように、悲しみを融かしきって消えたとき、


 蝋人形魔術は真にこの世から消え、人は“呪縛”から解き放たれる。


(呪縛の蝋・完)



1902年01月17日(金) 呪縛の蝋・15

呪縛の蝋


15



 日が暮れて、訪れた夜に鈴虫が夏を歌う。
 静かな祭囃子(まつりばやし)を奏でる篠笛(しのぶえ)が、その声を縫うように柔らかい旋律を奏で、それにあわせて踊るように人々の中心にある大篝火(おおかがりび)の炎が揺らめいている。
 人々はその炎に先祖の魂を宿し、盆を共にすごした灯籠を次々とその炎の中へ投げ入れてゆく。

 毎年、お盆にあわせて催される“白灯祭”。三日間に渡って続けられる。先祖の魂を宿した灯籠をもって村を回る“燈籠巡り”がはじめの二日に行われる。
 そして今、村の広場を利用して行われているのが、大きな炎によって灯籠を燃やして、“白灯祭り”の締めくくりとして再び先祖の魂が黄泉の国に帰るのを見送る“灯籠送り”である。
 見送りという形の儀式なので、それほど盛り上がる行事ではないのだが、今年の“灯籠送り”はことさらに厳かに執り行われていた。

 今年は先祖に加え、三十年前に起こった事件で命を落とした六人の村娘を送ることになったからだ。
 千鶴が蝋人形魔術事件の真相を明かしたあと、彼らは見つかった遺体をどうするかについて話し合った。
 結果、ちょうど、今日は“灯籠送り”で先祖も一緒に黄泉の国に帰るのだから、ついでに彼女らの魂も連れて行ってもらおう、ということになった。

 さすがにただの篝火で遺体を焼くのは憚(はばか)られるので後日きちんと荼毘に付すとして、今日は遺髪の一部を切り取って、灯籠を燃やす大篝火に投げ入れるのである。
 つい先ほど解き明かされた奇怪な事件はセンセーショナルであり、また、殺された六人にしてみればこの事件は悲劇としか言いようがない状況であるため、成仏を願う村人たちの祈りはその分真摯なものだ。



 赤羽も高野日奈の遺髪を手に篝火の前に立っていた。
 恋人の髪を最後に触ったのはいつだろうか。あの頃は何気なく触れていたが、三十年経った今、再び触れることになろうとは。感触はあまり思い出せないが、それでもその存在を通して、日奈とすごした日々、交わした言葉が次々と脳裏をよぎる。

 信じきることができなかった。
 守りきることができなかった。

 幼馴染との恋の果てに、彼の心に残ったのは悔いと喪失感だけだ。

(だが、それも今日までだ)
 あの蝋人形魔術事件は今日をもって終わりを告げたのだから、もう“少なくとも彼女の死だけは”引きずることはない。

 赤羽が篝火の前に一歩進み出て、手の中の遺髪を炎の中に滑り込ませようとすると、横から手が伸びてそれをとめた。

「待って、オジサマ」

 ほっそりとした手の先から目で追ってゆくと、日奈に似た顔立ちの少女を認める。―――雛子だった。
 隣には千鶴も立っている。

「日奈さんとお別れをされる前に、是非聞いていただきたいことがあります」



 人の輪から外れ、篝火が光がやっと届くところまで来ると、赤羽は口を開いた。

「わざわざ私を皆から離したということは、“あのこと”に気がついていたんだね?」
「はい、皆さんにはお話しませんでしたが、どうしても教授だけには聞いてもらいたかったんです」

 千鶴が皆に話した内容は、蝋人形魔術事件のすべてではない。一部ではあるが重要な事実を抜かしたものだ。
 蝋人形館の伊戸部礼二の部屋で見たもの―――屍蝋とはまったく異なり、魔術書などを揃え、世にも奇妙な書体で書かれたノートを残してこの事件をより魔術的なものに“演出”した偽装工作である。
 千鶴は、単刀直入に尋ねた。

「あの偽装工作をしたのは教授ですね?」

 根拠のない憶測ではなかった。
 まず、偽装で施された蝋人形魔術が、本当の蝋人形魔術である屍蝋作りの実態とはまったく違ったものであること。また、井上巡査の父が書いたノートには伊戸部礼二の部屋を捜査した記述もあり、そこには魔術的な書物のことについては触れられていなかった。他の書物のことについては述べられ、しかも本人が“蝋人形魔術失踪事件”と呼んで、この事件の魔術的演出に目を向けていたのにもかかわらず、である。
 つまり、状況的に事件直後はこの偽装はなされていなかったということだ。しかもそのときにはすでに伊戸部礼二は死亡しているため、偽装工作を行った人間は伊戸部礼二ではありえない。

「では、誰がしたのか? という話になると、それほど難しくない」

 偽装工作、と一言でくくれる作業であるが、じつはあれほど大掛かりに“魔術の研究をしていた”という状況を作り上げることは簡単なことではない。
 まずあれらの本を揃えることが難しい。何気なく並べられていた本であるが、あれはドイツ語で書かれたものであり、いかにも魔術書らしい本の造りや、とてもまともに見えない内容からして稀覯本(きこうぼん)くさい。とてもそこらの古本屋に転がっているものではないだろう。

「教授は民俗学を専攻していますが、とくにドイツの民俗には詳しかったし、ドイツ語も使えたはずです。そして確たる証拠が、あの研究ノートですよ」

 内容的にいかにも研究したらしい走り書きがたくさん走っていた。あれほど見事に“研究したあと”に見せかけるのは素人には難しい。“普段、研究をしている人でない限り”。
 そして千鶴にとって決定的だったのがあの奇妙な文字である。いかにも気の狂った人間が書きそうなばらつき、ゆがんだ文字列であったが、千鶴はその文字に心当たりがあった。

「……教授は色覚障害を持っている」

 赤羽は、普段ものを書くのに赤いペンを使い“赤ペン先生”と呼ばれている。これは一種の色覚障害で普通の黒ペンがあまりよく見えず、逆に赤がよく見えるという症状のためだ。
 今でこそ数え切れないほど本を読んで黒い文字にもなれ、訓練をしてきれいな字を書けるようにはなったが、昔は本を読みたくても読みにくいジレンマで大きなストレスに悩まされ、字が汚いことが周囲からの人格否定につながり、大変な苦労を負ったと聞いている。

「そんな状態で字を書くと、こんな風に不揃いになる可能性は高い」

 赤羽はまったく答えないが、異を唱えないところを見ると、千鶴の話に間違いはないらしい。雛子は、少しは否定してもらいたい気持ちもあったが、今まで立ててきた推論が崩れずにすんだことに安堵もしており、心中は実に複雑である。

「そしてこの偽装工作はある一つの事実を示しています」千鶴は、人差し指を立てると、少し間をおいて告げた。「―――伊戸部礼二は自殺じゃない、赤羽教授、“あなたが殺した”んです」

 なぜ、赤羽は偽装工作を行ったのか、それを考えて出した結論がこの“伊戸部礼二の赤羽教授による殺害”である。
 この事実は先ほどまでは推論でしかなかったが、伊戸部礼二の遺体を目にすることで確証を得た。

「自殺であるならば死体はあそこから動けないはず。それでも、伊戸部礼二が自殺に使ったものと思われる道具はどこにも見つからなかったんです」

 手首や頚動脈を切ったならばナイフやカッターがそばに落ちているだろう、毒を使ったのならば、その苦しみの中で座禅を組んだ体勢になるのは難しいだろう。ほかに目立った外傷もない、ということは、伊戸部礼二は第三者に殺された可能性が高いのである。
 そして、他殺と見てしまえば、一番最後に彼にあった人物、恋人を殺されたという動機を持っている人物、つまり赤羽が加害者という構図が出てくるのにさほど苦労はない。

「教授、あなたは本当は全部知っていたんでしょう? 失踪した村娘がどうなったのかも、あの洞窟のことも」

 当人は、「怖くなってその場から逃げた」と、言っていたが、他の村人ならともかく、当時珍しくも村の外に出て真剣に学問を修めていた理知的な当時の赤羽青年である、いくらそっくりの蝋人形を並べられても、それが恋人自身であるといわれて納得できるはずがない。

 千鶴の推測によると、赤羽は一度蝋人形館から出たあと、伊戸部礼二が出てくるのを待ち伏せた。一人になれば必ず六人の村娘を隠している場所に向かうと考えたのであるが、それが見事に当たり、出てきた伊戸部礼二のあとを尾行することであの洞窟の存在を知ることになる。
 そして、洞窟内で日奈やほかの被害者たちの遺体を発見、そして再び伊戸部礼二と対峙、もしくはひそかに忍び寄り、伊戸部礼二を何らかの方法で殺害した。

「なぜなら、最後の被害者である高野日奈と、伊戸部礼二の失踪が同日であることから、伊戸部礼二が死んだのはこの日、あの洞窟であると考えられるからです」

 つまり“伊戸部礼二を殺害した者はこの日のうちにあの洞窟のことを知ったことになる”のである。
 千鶴のように、何もない状態から、推測などから得た条件などを当てはめて場所を割り出す方法は一日で発見するには非効率だ。だとすれば、当時取れた方法で、あの洞窟を発見するのに一番いいものは伊戸部礼二を尾行することである。

 あとは、同じく息子の所業に戸惑っている伊戸部老に会いに行き、伊戸部礼二が“蝋人形魔術”を研究していたといい、それによって蝋人形になってしまった娘たちを元に戻すために“蝋人還し”を催すように言った。
 そして、捜査の目が一段落した後、捜査の間に集めた本や、書き上げたノートで伊戸部礼二の部屋を偽装工作したのである。

「一昨日の夜、どうしてあまり調査をするのに賛成でないのに協力してくれるのか、と教授に聞いたときに、あなたは知られるのは怖い、それでも知ってほしいと言っていました。

 犯した殺人の罪と、偽装工作でだました罪―――知られるのは怖いけれども、だれかにこの罪を知ってほしい、話すのは怖いが、誰かに知ってほしい、そういう意味合いだったのではないか、と僕は考えました」
 千鶴は、そう言って、長い口述を締めくくる。あとは、それが合っているのかどうか、赤羽の答えを待つばかりだ。



 雛子と千鶴、二人の視線が注がれる中、赤羽はふっとやわらかく微笑み、ゆっくりと拍手をした。

「満点だよ、青山君。何もかも君の言ったとおりだ。私が伊戸部礼二を殺したのだよ」
「オジサマ……」

 慕う者が殺人罪を認めたことで、雛子の表情がこわばる。覚悟はしていたとはいえ、やはり現実に認められると心に与えられる衝撃は小さくない。

「何で……偽装工作なんかしたの?」

 事件が起こったのは赤羽が原因ではないし、赤羽が伊戸部礼二を殺してしまったのも気持ちも分からないでもない。だが、これだけがわからない、どうしてわざわざ事件を魔術的に演出したのか。
 千鶴の推理どおり、六人の遺体や、伊戸部礼二の居場所を突き止めたのならばそれをそのまま警察に言えばいい。そうすれば、こんなにも長い間、無駄な希望を抱いて、“蝋人還し”のような凶器に満ちた真似を遺族にさせることもなかっただろうに。

「あの人たちは三十年間、あの蝋人形になってしまった人たちが元に戻るって信じてたのに……それが嘘だって知ってたのね」

 それどころか、その嘘を作り上げた張本人が、赤羽なのだ。

「……弁解をさせてもらえれば、その嘘にだまされた人たちをあざ笑っていたわけではない。ただ、信じてやれなかった。守ってやれなかった。私が日奈に対してできることは“忘れさせない”ことだった」
「忘れさせないこと?」

 雛子が聞き返すと、赤羽はうなずいて続けた。

「彼女が死んでしまった、という事実は私にとって受け入れがたいことだった。でも見てしまったからには否定はできない。だから考え方を逆にした」

 すなわち、見ていなければ、死んだとは言えない。
 高野日奈の死を見てしまった自分はもう仕方がない。だったら、他の人々からだけでも隠し通せば、彼女及び他の村娘たちは生きているという希望が残ることになる。

 だが、それだけでは弱い。ただ行方不明になるだけではすぐに忘れ去られ、生きていたとしてもその存在を失ってしまう。だから、できるだけ鮮烈に人々の記憶に残る形にしたい。
 そこで、赤羽は伊戸部礼二自身が語っていた“蝋人形にしてやった”という表現を思い出した。本人は冗談のつもりだったのだろうが、遊びのつもりだったのか丁度生き写しのような蝋人形も作られていたので、それを利用して“蝋人形魔術”という、忘れようにも忘れがたい奇怪な演出を作り上げたのである。

「伊戸部さんには悪いことをしたよ。自分の息子の罪を償うためだと、協力をさせた部分があったからね。私は彼の息子を殺したというのに」

 伊戸部老は、息子の罪を否定したがっていた。それは千鶴が調査の段階で「伊戸部礼二に罪はないかもしれない」という文句を使って調査に協力をさせたことでも明らかである。
 それを赤羽も感じ取って、利用したのであろうか。
 だが確かに、そうして被害者の家族たちに付き合うことで、加害者の父としてのそしりを免れた部分もあったのであるが。

「だが、その嘘を作り上げたことを、すぐに後悔することになった」

 初めて心に引っかかりを覚えたのが最初に“蝋人還し”の儀式を行ったとき。その前までは、その“魔術の呪文”を考えるなどをしてすごし、バレたりしないかどうか、緊張をしていたのだが、開始後十分も過ぎると、心が締め付けられる思いがした。
 被害者家族たちの祈りがあまりにも真摯すぎたから。
 本当にあのただの蝋人形が娘自身だと、姉自身だと思っている。そして祈れば必ず生き返ると信じているのだ。

「よほど、その場ですべてを打ち明けたかった。……だができなかった―――怖かったのもある。人の死において、彼らの心を弄んだのだから。だがそれよりも、彼らの抱く“希望”はあまりにも強かった」

 ここまで真剣に儀式に参加してもらえるとは思えなかった。外の大学で科学的な思考を身に付けたからだろうか、ここまで純粋な信心を予想していなかったのである。

「簡単に言えば、引っ込みがつかなくなったのだよ」

 彼らの思いに対して、自分は自分の作った嘘を否定してはならない。この事件の幕を引くのは自分以外の者でなければならないのだ。
 だが、それも難しい話だった。あまり大きくは取り扱われなかったが、奇怪な事件として社会面に載せられた事件にミステリーに興味のある者たちが時々この村を訪れたのだが、大抵は興味半分で蝋人形館を一瞥し、すこし村人に話を聞いて回っただけでほとんど冷やかしのままに帰ってしまった。

 そして十年前、あの洞窟の崖が崩れたのを受けた赤羽は、もう事件は解明されないと思った。だが、三十年目にしてその謎を解き明かすものが現れた。
 六人の村娘の行方も、自分の侵した罪もすべて解き明かして見せたのは、何の因果か大学における自分の生徒だったとは。

「だが、なぜ私のしたことを彼らに公表しなかったのかね?」

 確かに自分では罪を告白しなかったが、もし真実を解き明かすものが現れた場合、その真実をどう扱うかは全てその者に任せようと決めていた。その結果、自分がどうなってもかまわない、と。

「それを決めたのは僕じゃないです」と、千鶴は答え、雛子に視線を送る。

「雛子君が?」
「あ、青山……さんが、自分は真実を解き明かすけど、それをどうするかは私に決めてほしいって」

 いつもは二人称の“アンタ”で実は今初めて千鶴の名前らしきものを口にした雛子であるが、少し戸惑ったようであるが、それ以上はよどみなく答えた。

「……私はもうこれ以上この事件に幕を下ろそうと思ったんです。皆に真実を知らせて、あとは何も残さないようにしようって」

 だが、赤羽のしたことを公表していれば、彼はただではすまないだろう。三十年間、人の生き死にに関係して嘘をつき続け、被害者家族たちの心を弄んでいたのだ、例え恋人が亡くなった当時の行動でも簡単に許せるものではない。
 だから、赤羽のしたことは皆には話さないでおこうと思った。いまさら赤羽を憎んでも、被害者家族をはじめとした村人達に何もいいことはない。あの事件の悲しさを引きずるだけだ。

「だから、オジサマのしたことは皆には黙っていようと思ったの。村の人たち、みんないい人よ。オジサマもいい人。だからその事件のことだけでオジサマを嫌ってほしくなかった」
「僕も三沢さんの意見には賛成でした。公表して悪い結果になると予想されるなら、例え真実でも知らされるべきものじゃない」
「……では、君は私がしたことに対してどう思う?」

 赤羽がさらに尋ねた質問に、千鶴はしばらく考えて答えた。

「死んでしまった人のために何かをしてあげようとか、忘れないでいてあげよう、という気持ちも大切だと思います。……でも、“形がよくなかった”」

 死者に対してしてやれることは限られている。忘れないこと、その死に意味を持たせることはその最たるものであるが、それは死者が生きてきた証、存在を現世に残そうということだ。
 だが、赤羽がみんなに“忘れさせないため”に偽装工作を行ったとしても、それはすでに死んでいる者に対して、生きているという希望を抱かせるだけの、死者にとっては意味のない形だった。

「結果として、被害者のご家族も不自然に心を縛られてしまいました」

 千鶴は、根拠も乏しい中であの蝋人形こそが本人であると信じ続け、その可能性に縋って“蝋人還し”を繰り返していた被害者家族の“希望”を“呪縛”だと表現した。

「その“呪縛”に縛られるのは残されたものだけではありません。意味のない希望に縋るような形で、ずっと心の中に留められる死者もかわいそうだと思います」

 その答えを聞いて、赤羽は満足そうに微笑んでうなずいた。

「ああ、その通りだ……。それに気付けなかった私は愚かだったよ」



 改めて“灯籠送り”の大篝火の前に立つ。不思議なことに先ほどと比べると明らかに済んだ気持ちでここに立てている。悔いてはいるが、気持ちは過去よりもこれからのことに向いている。

(青山君たちのおかげだな……)

 全てを知っていた赤羽は、他の被害者家族とは違い、彼らの心を縛っていた“希望”は持っていなかった。
 それでも、彼の“呪縛”は人一倍強かった。適わないと知っているからこそ、願いは強くなるものなのかもしれないものだ。そして、まやかしの“希望”を作り出した罪も、彼の心を強く絞め付けていた。
 だが、それ以上に―――

(私が、君たちを縛り付けていたんだ)

 千鶴が言ったように、“忘れさせないように”と作り出した“希望”は意味のないものだった。
 死者の立場になって考えてみると、長い間忘れられなくても死んでしまっているのに、生きることを願われても迷惑に違いない。それよりもいつか忘れられるにしろ、自分の死を受け入れて供養をしてくれたほうが数倍ましだ。

 いくら忘れないためとはいえ、このように無理に記憶にとどめても、本当に死者を想うことなどできはしない。
 自分が大切だと思える人に、自分を大切に思ってくれる人の心の片隅にいればいい。いつも想われていなくても、時々思い出してくれればそれでいい。

 自分が死んだときのことを考えると、そう思えるようになった。忘れてほしくないとは言え、死んだ身であまりに残した人を縛りすぎるのも忍びない。

(私が愚かだったよ、日奈。利奈さんも雛子君も、もちろん私も生きている限り君を忘れることはないだろう)

 三十年の月日を経て、ようやくみんな彼女らの死を受け入れた。
 もう何者も縛られることはない。
 縛らなくても、大切な者同士、繋ぐ絆は消えたりしない。

「済まなかった。これからはお互いに自由になろう」

 手の平に乗せていた遺髪を炎の中に滑り込ませると、一瞬、明るい炎がそれを包み、あっという間に炎が生み出す上昇気流にのみこまれてしまった。
 ぱち、ぱち、と大篝火の組み木が鳴り、火の粉が炎の周りを踊りながら天へと昇っていく。伝承によると、その火の子が黄泉の国へ帰ってゆく魂の姿なのだそうだが、もしその通りだとしたら安心できる。
 風のままに踊る火の粉の姿は、見る限りとても奔放で自由だ。


1902年01月16日(木) 呪縛の蝋・14

呪縛の蝋


14



「しかし、よくここを見つけたものだね」

 一度、あの広い場所に戻ったところで、赤羽教授が感心したように言った。
 その疑問は無理もない。何しろ三十年間誰も見つけ出せなかったこの洞窟を、状況と資料からの推論だけで宝の地図のような印も無しに土砂の下から見つけ出したのだから。

「それは、条件に合った場所が一箇所だけしかなかったからです」
「条件?」
「ええ、先ほど屍蝋の説明をさせてもらったときにいいましたが、遺体の身体が蝋に変質する現象はごく限られた条件でのみ起こります」

 まず、“腐敗菌が繁殖しない環境であること”。蝋化には長い時間がかかるためその間に死体が腐敗しては屍蝋は完成しない。だから密閉されているか、菌が繁殖しないくらいの低音であるなど、死体の腐敗しない状況を作り上げなければならないのだ。
 二つ目は“水分”である。肉体が蝋状になるにはいくつかのプロセスがあり、まず生命活動をとめた肉体の脂肪が水分と結合して脂肪酸に分解される。その現象が体の内面へと浸透していく間に、外側から水分と結合して還元され、飽和脂肪酸となる。そうして体が弾力を失い、硬くなった状態が屍蝋なのだ。
 このように、肉体が蝋へと変化していく化学反応には水分が必須であるため、屍蝋作りには多分な水分が必要不可欠なのである。

「さらに今回の場合は状況からの条件が加わります」

 屍蝋作りは今述べたように、限られた条件で行われ、それを人為的に行うにはかなりの手間がかかると予想される。その本拠地を村から相当離れた場所に作ったのでは、管理、維持もままならない。
 よって、村、特に蝋人形館からそれほど遠くないところで、目立たず見つかりにくい場所に限られる。

「この白灯村は日陰は少し寒いくらいに低温ですし、ここは十年前までは上を川が流れていて、滝の裏にあったらしいですしね。その水しぶきで水分も十分。そして場所的にも蝋人形館からさほど遠くない。これだけ条件のそろっている場所は二つとないんですよ」

 おそらく、イタリアに留学する前から伊戸部礼二はこの洞窟のことを知っていたのだろう。だから、この村に戻ってきた。自分の目的を達成するためのすべての条件がそろっているこの村に。



「それで、礼二の話はどうなっとる?」

 話題が一段落した一瞬の沈黙をついて発言したのは、伊戸部老だった。息子の所業をこうして次々と暴かれるのはやはり気分がよくないらしく、その表情は自然にしかめられている。

「アンタは居なくなった娘らの居場所を突き止め、どうなったかは解き明かした。でも犯人・伊戸部礼二の話は出てきとらん」
「……では、今からお話します。こちらへどうぞ」

 伊戸部老の問いに、元々いつもの呑気さが失われていた千鶴の表情の緊張が深くなる。
 彼は、この広間から分岐している二つの道のうち、まだ案内していなかった右側の道へ入っていく。こちらの道はやや狭く、高さも平均の成人男性の背丈ぎりぎり(長身である千鶴はすこし身をかがめなければならなかった)、幅は大人二人分といったところか。
 そんなところなので、左の道のように、ランプは設置されておらず、懐中電灯でもって照らして進む。

「伊戸部さん、あれを見てください」と、言って千鶴は持っていた懐中電灯で対象のものを照らし、すぐ後ろにいる伊戸部老に声をかける。
 伊戸部老は自分の前から千鶴が退き、視界が開けると、懐中電灯の光を千鶴が指示したほうに向けて照らしてみる。

「………アレが……か」

 それは、最初、人影のように見えたが、懐中電灯の光に目が慣れてみると、それが人であって人でないことがわかる。
 大まかに述べると、それは座禅を組んだ体勢だった。足を硬く組むことによって、それが土台となり、うまくバランスが取れて支えがなくとも倒れることがない状態になっている。
 だが、それは先にも言ったとおり、人型ではあっても人の姿はしていなかった。その体は骨がほとんど露出しており、肉や皮は申し訳程度にしか残っていない。それは、先ほど見た“屍蝋の失敗作”そのものだった。

「あれが、蝋人形魔術事件を引き起こした張本人・伊戸部礼二さんです」
「……それが何で屍蝋の出来損ないに?」

 そのおぞましい光景に息を呑んでいた者の一人が尋ねる。

「それは、“こうして自らが屍蝋になることが伊戸部さんの最終目的だったから”です」

 赤羽教授から聞いた、三十年前の話によると、こう言ったという。

『どれほど美しくても年をとればやがて誰もが醜く変わり果ててしまう。だが、こうして蝋人形にすることで永遠の美しさを手に入れることが出来るのだから』

 これによると、伊戸部礼二は老いによって容姿が醜くなることに対し抵抗を覚えていたらしいことが読み取れる。伊戸部自身も容姿は相当色男であったことであるし、自分が醜くなっていくのも耐え切れなかったのだろう。
 だからずっと美しさを保っていられる術を求めていた。そうしてたどり着いたのが蝋人形魔術だったわけである。

「しかしどうやったらそんな答えになる? 礼二はイタリアで何を見てきたんだ?」

 伊戸部老が問うと、千鶴は一枚の資料を取り出してみせた。

「これを見てください」

 その資料は写真をカラーコピーしたものだった。その写真に写っていたのは一人の女児の寝顔である。外見年齢は二、三歳。柔らかく波打った茶色の髪に、ピンク色のリボンがとめてある。
 だが、明らかに普通の状態ではなかった。肌は濃いコーヒー色、質感は無機物っぽく、人形のプラスチックの肌のようだ。女児の体は棺のようなものに入れられ、その体を赤茶色の布に包まれている。

「それは……?」
「世界で一番美しい死体と呼ばれるもので、“世界一有名な屍蝋”です」

 イタリアはカトリックの総本山・ヴァチカンのお膝元とあり、宗教活動が活発で、厳格な信仰生活に身をささげる者達が集った、イエズス会、フランチェスコ会、ドミニコ会などを代表とする修道会も数多い。その中に特に厳格な“カプチン会”と呼ばれる托鉢修道会があった。
 その修道会は全会員が“カプッチョ”と呼ばれる先のとがった頭巾、コーヒー色の衣といういでたちが有名なのだが、このカプチン会にはカトリックらしからぬ一風変わった“風習”があった。

「それは、“死体をミイラにして保存する”というものです」

 それは、血を抜いて干からびさせたあと、酢で洗い、外に干してさらに乾燥させる。
 さらに独特なのが、完成したミイラは生前を思い起こさせる格好で保存されることだ。干からびて細くなった肉体を、わらで巻くなどして補正し、その上に服を着せる。そして、人形を抱いて手招きをする、お辞儀をする、などあたかも生前に行ったようなポーズをとらせているのである。

 そのような一風変わった風習を持つ、カプチン会の地下納骨堂には、古代エジプトのそれと比べるとお粗末なミイラ作りの技術のおかげで風化し、ただの白骨と化してしまっているミイラが並んでいるわけであるが、その中で八十年間もの間まったく腐敗し、風化する様子も見せず生前の姿を保っているミイラがある。

「それが、この写真の女の子、“死少女”ロザリア=ロンバルドです」

 一九二〇年、ロンバルド将軍の娘であるロザリアはたった二歳でこの世を去った。それを嘆き悲しんだロンバルド将軍はカプチン会の会員でもある医師・サラフィアに遺体の保存を頼んだのである。
 サラフィアは見事それをやりとげ、ロザリアの遺体は永久にその姿を留め、今日に至る。だが、サラフィアはその遺体の保存方法を全く明かすことなくこの世を去ってしまったため、成功例はこのロザリアの遺体の一例だけだ。

「伊戸部礼二さんが行ったのもイタリア。だとすればパレルモを訪れた可能性は十分にあります。そして、この生前の姿を完璧にとどめる屍蝋に出会ったとしたら」

 “影響を受ける”という言葉がある。芸術家は、ときに他の作品に胸を打ちのめされ、結果、その心が自分の作品にその技術等を取り込まれる形で反映されるのだ。ロザリア=ロンバルドの屍蝋という“芸術”に伊戸部礼二は影響を受け、自らがその“芸術”になれればいいと思った。
 だが、ロザリア=ロンバルドの屍蝋の製法は残されていない為、それを模索する必要があった。やり方はいろいろ研究し、仮説もいくつも立てられたが、実験をしないと成功する確信は得られない。

「その実験こそが三十年前に起こった蝋人形魔術事件の全貌といえるでしょう」

 そして、警察に追い詰められたと感じた伊戸部礼二は、蝋人形魔術の完成を見届ける事無く、出来るだけ屍蝋になれる条件を整えた後、ここで命を断って今に至る、という訳である。



「でも、高野日奈で一度成功したのに、どうしてこっちでは成功していないんだ?」

 次に質問をしたのは、この場に同席していた井上である。まだまだ駆け出しの巡査とはいえ、父のこともあり、先ほどからの千鶴の説明を事細かにメモに書きとどめていた。
 確かに、高野日奈は“二体目のロザリア=ロンバルド”として、その形をとどめるにいたっている。だが、その後に死んだはずの伊戸部礼二自身は自分の屍蝋化には成功していない。

「まぐれだったってことか?」
「確かに高野日奈さんの屍蝋だけ偶然成功したということは考えられますが、伊戸部礼二さん自身の屍蝋については失敗する要素はいくつも考えられます」
「いくつも?」

 意外そうに、井上が聞き返すと、千鶴はうなずいて答えた。

「そう、たとえば“脂肪分不足”」

 先ほど述べたとおり、人間の肉体が蝋に変化するための第一の条件は低温度と高湿度である。だが、そのほかにも屍蝋ができるための条件はある。

 たとえば“材料”である。人間の肉体が蝋に変化するメカニズムについて、遺体が腐敗せず、水分が多く存在する状態にあるばあい、人体の脂肪分がその水分と結合し、化学反応を起こして蝋に変化するということは先に述べたとおりだが、今述べたことでいえることは屍蝋が完成するための“材料”は水分のほかに脂肪が必要なのである。
 蝋人形魔術の犠牲者は女性ばかりだが、これはなにも伊戸部礼二の趣味というだけではない。これは女性のほうが総じて体脂肪率が高いため、屍蝋化が成功する可能性が高かったためであろう。

 特に、井上の父が作った資料によると伊戸部礼二は痩せ型の男であったというのであるから、脂肪分不足は彼が屍蝋化するのには厚い壁であったわけだ。

「もうひとつが、“薬品を使えなかったこと”」

 ロザリア=ロンバルドの遺体を屍蝋化させた医師・サラフィアは結局、その方法を明かさずにこの世を去ってしまった。だが、いくつかその要素が解明されているのだが、その一つが何らかの薬品を遺体に使ったのではないかということである。
 ミイラ作りの本家・エジプトでもミイラを作る際には血を抜き、防腐処理などのために高級な薬に遺体を漬ける。そのために、ミイラを粉にしたものはよい薬になると信じられ、盗掘の原因の一端となったのであるが。

「ちょっと待て。でも伊戸部礼二はもとから自殺をするつもりだったんだろ? 自分の死体を薬漬けにするなんてことはできなかったんじゃねぇのか?」

「そこです」いい質問だ、とばかりに千鶴は質問をした井上を指差した。「自分を屍蝋化させるためには、死んだ後は全く手を加えなくてもきちんと遺体が変化するようにしなければならなかったんです。だから“彼は生前から薬品処理する方法をとった”」

「え?」
「思い出しませんか? この事件に関連して、とある“薬”が出てきたことを」

 はじめは何を言っているか分からない様子だったその場の面々であるが、その一言で皆合点がいったのか、いっせいに声を上げる。

「あっ、“麻薬”!?」
「その通り、麻薬です」

 これは完全に千鶴の憶測でしかないが、伊戸部礼二が誘拐する前の娘に麻薬を用いていたのは生前から体質を変化させ、死亡後、特に何もしなくても屍蝋化が進むようにする目的であったとみている。
 よく麻薬中毒の人間を“クスリ漬け”と言うが、実際に血管などを通し、体中に浸透させるにはそれが最良であっただろう。

「いろいろやりやすくなるように娘を手懐けるためじゃなかったのか」
「その目的もあったと思いますよ。実際、麻薬としての効果はあったわけですし」

 伊戸部礼二にとって、自分の死はまだ先のことだった。だから、麻薬などで頭の働きを鈍らせるわけにもいかず、高野日奈の件で麻薬のことが警察に嗅ぎ付けられ、追い詰められて仕方なく命を断った時点では“前処理”が終わっていなかったのだ。

 こうして伊戸部礼二は志半ばにして、この世を去るが、彼の最後の作品である“高野日奈”は見事にその姿をこの世に留め、彼の成果として実を結ぶ。
 しかしこの悲劇が最後に生んだ皮肉か、長らく望んでいた“蝋人形魔術”の完成を、その術者はついに目にすることはなかったのである。


1902年01月15日(水) 呪縛の蝋・13

呪縛の蝋


13



 赤羽たちが、現場に到着したときにはすでに村のほとんどの住人がこの場に集まっていた。
 赤羽がやってきたのに気がつくと、並んで順番を待っていた者たちも道を空けて、彼に先を促した。赤羽は、彼らに一礼すると、雛子の両親・利奈や芳雄と共に住人たちが注視する中、ゆっくりと洞窟の中に歩いていく。
 洞窟の入り口では、神妙な顔をした千鶴と、不安そうな顔をした雛子が並んで立っている。

「期待通り、と言えるかどうかわかりませんけど、どうぞ」

 千鶴は、懐中電灯を取り出して見せると中へと赤羽たちを案内する。



 洞窟の中は涼しい白灯村の日陰にも増してひんやりとしており、また湿気に満ちているという妙な空気を持っていた。そして独特な臭気が立ち込めている。
 入り口から数メートルは狭かったが、奥に行くにつれて広くなっており、やがて大広間のような大きく開けた場所に出る。

 そこには机や、紙、本などが散乱し、また、壁際や机の上にはランプが配置されており、明らかに何者かがここで何らかの活動を行っていたことが伺える。
 もっとも、ランプは古くなって今は使えないらしく、今は代わりに蝋燭の炎が部屋の中を照らし出していた。
 そして、この場所には先客がいた。伊戸部老人をはじめ、その他五家族、毎年“蝋人還し”を一緒に行っている人たち―――つまり、蝋人形魔術の事件において失踪した娘たちの家族だった。

「これで全員が揃ったわけですね」

 全員の注目が集まる中、千鶴は部屋の中央に立ち、それを取り囲む被害者家族を見回して言った。

「はじめに自己紹介をしておきます。僕は赤羽教授の大学の学生で、青山千鶴と申します。今回、蝋人形魔術の噂を聞き、それを実際に確かめてみたいと思って、この旧白灯村にやってきました」

 ま、実際は忍び込んだわけですが、と、苦笑して、千鶴がこの事件にかかわることになった経緯を述べる。
 最初は、興味本位だったこと。蝋人形館を見学して、蝋人形魔術事件のことを赤羽から聞き、生半可な気持ちで首を突っ込むことはやめようと思ったこと。

「でも、一日目に“灯籠巡り”をしたとき、僕はあるものを見てしまいました。そう、“蝋人還し”の儀式です」

 奇妙な宗教儀式を見ただけなら、それほど、合理にこだわる性格ではない千鶴は、その儀式が気味の悪いものでも、意味があればそれでいいと考えられた。
 だが、事情を知っていた千鶴は、根拠のない“希望”に縛られた行為だと思い、その“希望”の真実を得るために、調査を開始した。
 そして昨日一日を使って、資料などを調べた結果、全ての謎が氷解し、今日、その推論を裏付ける証拠を見つけたのである。

「あなた方が間違っているから止めろ、とは言いません。これをどう受け止めるかはあなた方の自由です。ただ、今から僕が話すことが、すべての真実であり事実であるとだけ申し添えておきます」



「まず、“この部屋の奥にあるもの”について説明をします。こちらへどうぞ」

 千鶴は、蝋燭を手に持って先導する。
 洞窟には、この大きな部屋からさらに奥へ伸びる二本の道があった。千鶴が案内したのは向かって左のより大きな道だ。
 その道には、両側に棺のような人一人が入れる大きさの箱が置かれていた。そしてその中に納まっているのは―――

「うっ……!」

 千鶴の後ろにいた者の大半が“それ”を見て息を呑み、数人がえづく。
 それは、ミイラ、といって差し支えないものだった。とはいえ、ミイラとしては肉付きが悪く、骨にところどころ申し訳程度に皮と肉がついていた程度だったが。
 それは五つ続き、不可思議なことに奥に行くほど、ミイラについている肉が多くなっている。5つ目のものなどは顔の半分、体の八十パーセントは瑞々しく張りを残したままだ。

 そして、最後の一体は一番奥に安置されていた。寝台のように盛り上がった岩の上に横たえられた、その姿は色こそ真っ白になってしまっているが、紛れもなく、雛子と似た目鼻立ちであり、蝋人形館の地下アトリエに残された蝋人形と同じ顔―――高野日奈であった。

「姉さん……!」

 利奈が思わず息を呑み、隣にいた芳雄にすがりつく。

「……これは一体何なんだ? 探偵さんよ」
「これが人を蝋人形に変える魔法、“蝋人形魔術”の成果なんです」

 そう言いおいて、千鶴は“屍蝋”について、彼らに説明をしてやる。

「遺体は普通ほうっておけば腐敗するものです。ですが、ある条件下では腐敗菌は繁殖せずに、化学反応によって体の脂肪分が蝋状に変化する。それを屍の蝋と書いて“屍蝋”と呼びます」

 そこで、千鶴は少し間をおいて続けた。

「そして、それを人為的に行うのが伊戸部礼二の研究していた“蝋人形魔術”の正体なんです」
「で、でも他のはそれほどキレイじゃないのはどうしてなの?」

 被害者家族の一人がそれを尋ねる。確かに、日奈のように生前そのままに残っていてもショックだろうが、ボロボロのミイラにされた者に関しても納得はいかないのは確かだろう。

「……それは、他の五体については“失敗したから”です」

 千鶴は答えると同時にメモを取り出した。

「この村の警官である井上巡査から借りた、彼の父上が当時独自に事件を捜査したノートによりますと、最初に山下妙子さんが失踪したのが一月八日、それから“三十日後”の二月七日、二人目の桂美里さんが姿をくらましています」

 そのさらに“三十日後”の三月九日には三人目・川口智美が失踪。
 そしてその“三十九日後”である四月十七日には四人目・加村英子。
 次の五人目・伊藤夕菜は“四十六日後”の六月二日。
 そして最後の一人、高野日奈が“七十五日後”の八月十六日に失踪している。

「このように失踪事件の間隔に注目してみると、“どんどん周期が長くなっていく”ことが分かります」
「それが、何を意味するんだね?」と、尋ねたのは伊戸部老だ。

 千鶴はノートの別のページを開いて答えた。

「実は完全に屍蝋ができるまでは三年もの月日がかかります」

 屍蝋化が始まるまでは一ヶ月、それが全身に及ぶまでは三ヵ月、大体見た目が完成するのが半年後、そこからゆっくりと完全な蝋化へ移っていく。
 ところが最初の事件から三人目の事件までは間が三十日しか空いていない。

「これは、死体が蝋化現象に移行せず、そのまま腐敗してしまったからだと考えます」

 つまり、三十日目において屍蝋作りが失敗したと知った伊戸部は、そのときに備えて前から目をつけていた他の娘を誘拐して殺害し、ここに運び込んでは屍蝋を一から作り直したのだ。

「……要するに、ここに並べられてあるのは紛れも無く姉さんたちの遺体なんですね?」

 そう聞いたのは姉の屍蝋のそばに立っていた利奈だ。

「その通りです。そして、蝋人形館の地下アトリエに残された蝋人形はただ姿を似せて作られた蝋人形です」

 “失踪した六人の村娘の行方”という謎に対する結論に、被害者家族の何人かがうめき声を上げた。それが、家族の死亡が確認された悲しみか、今まで自分たちがしてきたことに対する虚しさか、もっともそれを知る術は赤羽には無い。


1902年01月14日(火) 呪縛の蝋・12

呪縛の蝋


12


 時は少しさかのぼる。昨日、事件の真相に対して、一応の結論を出した千鶴は雛子と共に早朝から村の北側にある崖の土砂を掘り起こしていた。自分の推論を裏付けるためである。
 もともと土砂崩れで覆われた土なので、柔らかく、思ったよりも容易に掘り進められている。ただ、柔らかいがゆえに土が崩れてくることも考えられるので、あくまでも慎重に掘り進めることになった。

 セミの合唱も最高潮を迎える正午になると、二人は日陰に入って昼食をとることにした。今日は雛子が弁当を用意しているのだ。
 千鶴が、期待感をこめた眼差しで見つめる中、雛子は淡々と弁当を広げていく。鳥のから揚げ、玉子焼き、焼きししゃも、豚のしょうが焼き、もやし炒め、煮物、などが色鮮やかに収められており、もうひとつの容器の中にはきれいな三角形をしたおにぎりが並べられている。

「おー、豪勢だねー。作るの大変だったんじゃない?」

 量はともかく種類が多い。煮物など昨日の残り物などではなく新しく作ったものなので相当時間がかかっただろう。

「そりゃ……、人に食べてもらうとなると嫌でも気合が入るわよ」

 頬を若干赤くした雛子が、照れ隠しのつもりか、いささかつっけんどんな調子で答えるのをほほえましく受け取ると、千鶴は「では、いただきまーす」と、手を合わせ、玉子焼きをつまんで食べる。
 玉子焼きも十分に手の込んだだし巻き卵であり、滑らかな舌触りとともに、口の中に出汁の旨味が広がっていき、夏の暑さで減退しがちな食欲を掻き立てる。

「うん、美味しい!」

 千鶴の反応をうかがってちらちらと視線をよこしていた雛子は、すまし顔で、答えて言った。

「と、当然よ。不味いモノを食べさせるわけないじゃない」

 とはいうものの顔は紅潮し、浮かぶ笑みを我慢してか、口元が引きつっている。

「素直に喜べばいいのにー」
「別に喜んでなんかないわよ」

 千鶴が指摘すると、雛子は顔が見られないようにうつむいて、おにぎりを頬張る。

「あのさー、見つかっちゃったら、話す暇も無くなるだろうし、お昼の間に話しておこうと思うんだけどさー」
「……何よ」

 からかわれたことを根にもってか、若干睨むような目つきで、雛子が千鶴に視線を戻す。

「三十年前の事件の真相だよー」

 その一言で、うつむきがちだった雛子の顔が上げられた。昨日からずっと調べていたことだけに、その真実を聞くとなると、興奮を隠せない。

「まず、今掘ってるところから何が出てくるのかだけどー」
「……“屍蝋(しろう)”……で合ってる?」

 意外にも、雛子の口から答えが出たので、千鶴は数瞬動きを止めた。

「へえ、それに気づいたんだー」
「昨日は私も本を読んでいたのよ?」

 雛子が読んでいた本はもともと千鶴が選んでいたものだ。見当のついていた彼の選んだ本なのだから、それを読めばピンとくるものがあってもおかしくない。

「その通り。僕の考えが間違っていなければ、あの崖の下には失踪した六人の“屍蝋”がある」

 屍蝋。ミステリーが好きな人にはわりと知られているものであるが、要するに遺体の状態の一種を表す言葉である。生物の体は生命活動を止めると、微生物などの働きで分解され、腐敗するのであるが、とある条件下に置かれると、遺体は腐敗せずに、体の脂肪分が変化して蝋状になってしまう。
 つまり、本当に“人体が蝋になってしまう”わけだ。人為的に屍蝋を作る方法、それが伊戸部礼二が研究していた“蝋人形魔術”だったのである。

「でも、どうして伊戸部礼二はそんなことをしたの?」

 よほど異常な思想が無い限り、そのような研究はしようとも思わないだろう。

「それに、“屍蝋”を作った伊戸部礼二自身はどこに行ったの?」
「僕が一番話したかったのはそこなんだ」

 いつもの間延びした口調はまったく出さず、千鶴はその“真実”をゆゆっくりと語りだした。



 一時間後、休憩をしっかり取った二人は再び発掘作業に戻っていた。昼下がりの崖は日光がさんさんと降り注ぎ、湿気を帯びた風は生ぬるくて体温を下げる助けにはならない。
 それでも、雛子はそれをまったく意に介さず、黙々とシャベルを振るい続けてきた。
 つい先ほど、千鶴から聞いた話が信じられない。否、疑っていたい。彼の話は理路整然としており、むしろ自分を納得させてしまった。だが、その事実は受け入れがたい。
 本当のことを確かめたい。でも知るのが怖い。

「はい」

 不意に、横から声をかけられた。そこには麦茶の入ったカップを持った千鶴が立っている。

「ちゃんと定期的に水分取らないと倒れるよー」
「あ、ありがと」

 雛子はカップを手に取ると、中に入っている液体を一気に飲み干した。魔法瓶の中でいまだ力を保ち続けている氷に冷やされた麦茶がのどを通り抜け、全身に染み渡る心地がする。

「……やっぱりショックだったー?」

 尋ねられて、雛子はカップに口をつけたままこくりと頷いた。

「じゃ、知らないほうがよかったかなー?」

 続く問いに、雛子は数瞬考えると、首を振る。

「ううん、知らなくても事実は変わらないもの」

 さきほどから、なんとなく土を掘り返していたが、今の会話でやっと気持ちに整理がついた。
 知らなくても、事実自体は変わらない。それよりも知って前へ進める道を模索できたほうがいい。



「あれ? お前らそんなところの土掘り返して何してんだぁ?」

 二人が発掘作業を行っている崖の下から彼らに声をかけたのは昨日会った若い警官だった。警邏中なのか自転車に乗っている。

「あ、昨日のー……」
「おーよ、井上丈巡査だ。敬いたければ敬え」

 なぜか胸を張る井上巡査である。

「お前ら何して……って昨日の今日だから、アレだろ? 例の蝋人形事件の調査」
「ええ、まあー……」

 若干、顔を引きつらせながら、千鶴が答える。それもそのはずで、こういうところを大々的に掘り返すのには、役所の許可がいるのだが、当然千鶴はそんな申請など行っていなかった。
 そんな後ろ暗いところのある状態で、警官に会ってしまったのだから、さすがの千鶴も平常心ではいられないのだ。ここで、手続きを要求されてしまっては、今日中には確実に掘り出せなくなるし、下手をすれば許可が下りず、もう掘り返すことすら出来なくなるかもしれない。
 指摘されたらどういい逃れようと思考をめぐらせていると、井上巡査がにやりと笑っていった。

「で、掘り返してるってことはだ、この下にホトケさんが眠ってるってわけだな?」

 これからどう出るかと伺っているところに、ズバリ核心を突く意見に、思わず千鶴は一歩退(たじろ)ぐが、次に彼の口をついて出たのは意外な言葉だった。

「よし! 今から若いヤツらを連れてきて手伝わせよう!」
「……はいー?」

 何の追求もなく、それどころか思いがけなく出された若い警官の提案に、千鶴は目を丸くする。

「心配すんな。暇をもてあましてる連中の溜まり場知ってんだよ。あいにく携帯なんて洒落たモンはもってねぇけど、行けば確実に引っ張ってこれる。ちょっと待ってろよ」

 止める暇もなく、彼は自転車に飛び乗り、あっという間に目の前から去っていってしまった。

「……いいのかなー?」
「いいんじゃない? 昔からガキ大将みたいなノリで、細かいことは気にせずに大騒ぎにするのが大好きな人だし」
「……よく警官になれたねー」



「野郎共ー! 手ェ抜くんじゃねェぞー!」
「おおーーー!」

 井上が一度去ってから二十分後、発掘現場である崖にはシャベルや手押し車を抱えた男達十数人が井上の掛け声に応えて発掘作業にとりかかった。
 さすがに二人だけで発掘していたときとは比較にならないスピードで彫り進められ、始めて早々、土砂崩れの土とは明らかに違う、崖そのものの地盤が現れたりもした。
 井上が連れてきた若者の中には女子の姿もあったが、そちらは力仕事ではなく、近くの店から飲み物などを調達するなどして発掘作業をする男達のサポートをしていた。

「この分なら、今日中には掘り返せるだろ」
「……井上さんって仕事中だったのではー?」

 ちなみに井上はまだ制服姿のままだ。

「ダイジョーブ、ダイジョーブ。こんな田舎だ。事件なんざそうそう起こりゃしねぇよ。ま、喧嘩しそーなやつらはここに集まってるしな」
「君たちは一体、何をやっとるんだッ!」

 さすがに若者が集まると、目立つらしく先ほどから野次馬が集まっており、その人だかりを掻き分けて、一人の背広姿の男が千鶴たちに向かって叫んだ。

「ありゃ、まじい」と、先ほどまで井上の顔に苦味が加わる。「役人だ」

 最初はなぜまずいのか分からなかったが、付け加えられた一言で、千鶴の表情からも血の気が失せる。ここで発掘を中止させられれば、余所者でありながら勝手に発掘した千鶴には二度と発掘許可は下りないだろう。最悪、法的手段に訴えられる可能性すらある。

「許可は出ているのか?」

 お盆で役場も休日の折、そんなものは出せるはずもなく、答えに困っていると、役人は警察の制服を着た井上に目をつける。

「君は井上さんとこの息子だな? 君は警察官だろう!? なぜ一緒になってこんなことをしてるのかね」

 一緒になってやっているどころか、ここにいる若者連中を集めたのが井上なのであるが。

「い、いや、俺はてっきり許可は出ているモンだと」

 タチの悪いことに、この軽い警官はトボケにかかったものである。

「警官がウソをつくんじゃない! そもそも職務中だろうが君は!?」

 違いない。これには言い逃れができず、井上はばつが悪そうに、そっぽを向いて沈黙した。
 井上を黙らせた役人は、次に千鶴に向き直る。

「で、そっちの君は何をやっていたのですかな? 見たところ、この村のものではないようだが」
「えーと、それはですねー」

 なるべく穏便に済ませるために、正直に説明をしようと、千鶴が口を開いたその時、背後から完成が聞こえた。

「洞窟だ! 中に何かあるぞ!?」


1902年01月13日(月) 呪縛の蝋・11

呪縛の蝋


11



「あら、俊彦さん。何かお探しですか?」

 ずっと離れの書斎に篭りっぱなしだった赤羽が母屋の居間に来ているのを見つけた雛子の母・三沢利奈(みさわ・りな)が声をかけた。

「ああ、少し小腹がすいたので、何かつまむものでもないか……と、思ったら随分いいものを食べているじゃないか、三沢君」

 赤羽が目を向けたのは居間で茶を飲んでいた雛子の父・芳雄(よしお)が食べている饅頭である。

「茶に付き合うなら食わせてやるぞ」
「それでは相伴に預かるとしよう」

 芳雄は赤羽の同級で、この小さな村ゆえ、当然のように親友同士の間柄だった。

「しかし、俊彦さんはまったく外出なさらないんですね。せっかく村に帰ってきたのだから、もっと外に出てもいいじゃありませんか」
「バカ、故郷だからこそだろう? いまさら見て回ってもしかたないし、こいつ目が悪いくせに昔から本の虫で友達もロクにいなかったからな」

 利奈の言葉に、芳雄が赤羽に饅頭を勧めながら返す。

「それにしたって散歩くらいしなきゃ体に悪いでしょう? せっかく自然があって散歩するにはいいところなのに。青山君だって今日も朝早くから出かけてるんですよ」
「……雛子も一緒か?」

 やや動揺した様子で芳雄が聞き返すと、利奈はくすりと笑ってうなずいた。

「ええ、一緒ですよ? 昨日もずっと一緒に行動してたみたいだし、雛子にしては珍しくあの男の子を気に入ったみたいね」
「つ、ついに雛子が婿に行ってしまうのか……」

 どことなく落胆の様子を見せる芳雄である。しかしながら、何故、この村の人々は付き合う、付き合わないを通り越して結婚まで話を飛躍させてしまうのだろうか。

「結婚どころかまだ付き合ってもいないというのに……。ところで、俊彦さん、あの青山君という子はどういう子なんです?」
「そうだ。いくら、当人同士が好き合っていても、いい加減な男には嫁がせられん」

 芳雄はやはり話を飛躍させたまま、赤羽に答えを促す。赤羽はふ、と口元に笑みを浮かべて答えた。

「……優秀な生徒だと私は思っているよ。登山部で、並みの若者より体力もあるし、頭もいい」

 第一、第二印象はいつも笑っていて、人によっては軽薄と取られるかもしれないが、ああいうゆっくりとした口調の裏では彼の頭はとんでもない速さで回っていて、外見とは想像がつかないくらいに深いことを考えている。
 赤羽が気に入っているのはそこだった。あの和やかな雰囲気と、彼の思考能力のギャップ。能ある鷹は爪隠すというが、青山千鶴という男はそれを地で行っている。

「雛子君が最初あれだけ毛嫌いしていたのに、結局今日も一緒に行動しているのも、ああやって一緒に歩き回っているうちに、彼のそういった一面をみて見直したからだと思うがね。恋愛関係としてはあまり経験があるようには見えないが、誠実であることは確かだよ」

 その答えを聞いて芳雄が複雑な顔をする。娘の相手として千鶴の人格の保障が得られて安心する反面、娘がボーイフレンドを作るということに口を挟めなくなって残念にも思う心があるのだろう。

「まあ、雛子も十八じゃないですか。それに高校を卒業したら俊彦さんの大学に入って勉強したいって言っていますし」

 群馬の奥である白灯からでは赤羽や千鶴の大学にはとても通えない。であるからして、そのうち彼氏云々どころの話ではなくなるのだ。

「十八歳……か」
「ますます義姉さんに似てきた気がするんだよなぁ」

 赤羽は雛子の年齢を感慨深く口にした心を読みとったように、芳雄が呟く。
 利奈の姉であり、赤羽の恋人である高野日奈が失踪したのが二十二歳、まだ四歳の開きがあるがそれでも、時々見紛えるほどに、雛子と当時の彼女の容姿が似通ってきている。あと四年もすればほとんど瓜二つになるに違いない。
 無論、生き方が違うため、雰囲気的な意味では大分違うのだが、それでも雛子を見ていると赤羽の胸は守れなかった恋人のことを否が応にも思い出させられ、胸が締め付けられる心地がする。

「……俊彦さんも、姉さんのことにこだわらずに結婚なさればよかったのに」
「そうしようとも思ったのだが……駄目だった」

 あれから三十年。早ければもう孫を持ってもおかしくない年になったものだが、あれ以来恋人と呼べる人間は現れなかった。彼女の失踪が自分を不幸にしては彼女が悲しがるだろうと、幸せを求め、ちょうど言い寄ってきた女性と付き合ったこともあるが、それでも日奈と比べてしまい、うまく行かなかった。
 真の愛とは得がたいもの。彼女を失ってからの三十年で身にしみたのがそのことだった。

「真の愛、ですか」
「見合い結婚のウチには縁遠い話だな」と、芳雄が笑う。
「いやいや、過程は重要ではないよ。見合い結婚でも真の愛は生まれると私は思うよ。要するにうまく行けばいい。私には君たち夫婦の間には真の愛が見える」

 赤羽の言葉に、三沢夫婦が顔を見合わせる。息の合ったその反応に小さく笑う。そして、再びその瞳に憂いを帯びさせ、縁側から見える夏の青空を見上げた。

「……まあ真の愛が得られても、守りきれなければ悲しいだけだがね」



「ねえ俊彦さん、雛子たちは三十年前の事件を調べているんでしょう?」

 しばしの沈黙を破って尋ねたのは利奈だ。
 だが、赤羽は答えなかった。

「あの子達は真相を見つけられるのかしら?」
「……青山君なら、あるいは見つけられるかもしれないね」

 とても見つけられないと思ったなら、千鶴が首を突っ込むのを止めたりしなかった。もしかしたら、と思うからこそ一度止めたのだ。

「私は、見つけられなければいいと思います」

 思いの外はっきりとした意見に、赤羽に利奈に振り返り、芳雄もうつむけていた顔を上げる。視線を受けて、利奈は困ったような苦笑を見せて言った。

「だって今さら姉さんが帰ってきても、どう迎えたらいいのかもわからないし、死んでしまっているにしてもそれがわかってしまえば、みんな姉さんを忘れてしまうでしょう?」

 死者は忘れ去られる。例え、憶えていようと努力をしても、ただの死者は数世代もすれば完全にその存在をこの世に残せなくなる。
 蝋人形魔術の犠牲者として、あの蝋人形館の地下アトリエにいる限り、人々は彼女のことを忘れない。その姿もそこにあるままだ。正直、蝋人形魔術などは疑い混じりだ。利奈は高野日奈がそこに在るために毎年の“蝋人還し”に参加している。
 だが、動かない蝋人形のためにそこまで心を砕くべきだろうか。他にも目を向けるべき対象があるのでははないだろうか。そう、赤羽は思っている。だが、その“希望”を奪うことが果たしてよい方向に転がるのか否か、それはわからない。
 だから、その判断を本来部外者である千鶴が、この事件を解くか否かに任せたのである。彼が真実にたどり着けば、希望が失われたとしても何かの天命ということだろう。

 そこに乱暴にインターホンが鳴らされた。利奈が応答するのを待つのももどかしかったのか、その客は庭に転がり込むように現れた。

「あら、本間さんじゃない、どうかしました?」

 本間と呼ばれた中年の男は息を整えると、未だ冷めない興奮を一分も隠さずに行った。

「あ、アンタのとこの客だろ、あの余所者の若造! アイツと雛子がえれえモン見つけたぞ!? 村中大騒ぎだ!」


1902年01月12日(日) 呪縛の蝋・10

呪縛の蝋


10



 図書館での調べ物を終えるころには、太陽も西に沈みかけ、空を赤く染め上げていた。

「ごめんねー、つき合わせて。図書館とかつまんなくなかったー?」
「……そういう気遣いができるとは意外だわ……」

 どことなく、朴念仁的な雰囲気を持っている千鶴だ。自分の世界に没頭している間は、一緒にいる人への配慮などないのだと思っていた。雛子名義で借りてきた本(住人でない千鶴には借りられなかった)も全部千鶴が持っている。

「失礼なー。僕だって、女の子に優しくするくらいできるよー?」
「……別に、つまんなくはなかったわよ。心配しなくても」

 あれからずっと、本を読んでいた。伊戸部礼二が読んだ本。蝋人形の本。イタリアの本。
 知らないことでいっぱいだった。そしていろいろなことを知った。イタリアの本を読んでいる間、雛子は図書館ではなく、イタリア中を旅行していたのだ。本などほとんど読んだことはなかった雛子だったが、進んであんなに分厚い本を読む人のことが少しわかった気がする。
 これからは少しずつ本を読んでみよう。



 今日はもうどこにも行くことはないというので、千鶴と雛子は三沢家に戻ってきた。夕食を済ませた後、雛子の部屋に上がり、図書館で借りてきた本を読む。

「……って、何であたしの部屋なのよ」

 やや乱暴に麦茶の入ったグラスを、千鶴の前に置きながら言った。

「だって、なんか教授は何か研究してるみたいで邪魔できないし、かといってリビングに残るのも君の両親の目に付いて困るでしょうー?」

 カラカラと氷を鳴らしながら答える千鶴。今度はちゃんと麦茶に氷が入っているところを見ると、少しは雛子の千鶴に対する評価は変わってきているらしい。
 千鶴は、今は村の資料と地図を見比べていた。図書館でとってきたコピーに白灯村のホームページ(その存在を雛子は知らなかった)をプリントした資料と照らし合わせては何かを書き込んでいる。

「……大体はわかったみたいね」
「んー、まぁねー」
「明日にはわかりそうなの?」
「んー、多分ねー、でも肝心なところが詰められないー」

 確かに、先ほどまでは頻繁に地図のコピーにペンを入れていたのだが、今握られたペンはくるりくるりと彼の指の上で踊っているだけだ。体も落ち着きなく動かされている。

「……ひょっとして焦ってるの?」
「もしかしなくても焦ってるよー」

 雛子に指摘された千鶴が苦笑して答えた。いつも間延びした口調で、焦ることなど一切なさそうな彼が焦っていることを認め、雛子はへえ、と感嘆の声を漏らす。

「でも、どうしていつもそんな間の抜けた話し方をしてるの?」
「もともとは早口だったんだよー」



 幼い頃から本をよく読み、語彙の多かった千鶴は、それだけたくさん話し、その早口と言葉に乗せられた情報量の多さから「もっとゆっくり話しなさい」と注意されてきた。そして、その早口に見合うだけのせっかちな性格だった。おまけになまじ頭がよかったものだから、完璧主義まで身についてしまったものだ。

 ある日、数学の課題にあった問題で手間取った。いつもどおり誰よりも早く終わらせようと、配られた瞬間から手をつけたはいいものの、ある問題に引っかかってしまい、これに悩んでいる間にどんどん他の生徒が課題を提出していく。
 提出期限前夜になっても、さっぱり解けない。何度か無理やりやり方を変えてみてもなかなかうまくいかなかった。徹夜で考えた挙句、次の日は高熱を出して寝込んでしまった。
 徹夜をした理由を聞いた千鶴の母親は「それならそこは先生に聞くか、何も書かないまま出せばよかったじゃない」と言った。
 それはとんでもない提案だった。真面目で完璧主義者だった千鶴にはわからないまま提出することも、先生や他の生徒に聞くのも、その問題に負けたようで嫌だったのだ。

 この数学の問題の件を抜いても、四六時中何かをしており、気を張りっぱなしで生きてきた千鶴はそのツケを時々支払わされるような形で熱を出して寝込んでいた。おそらくこれは根を詰めやすい性分であった千鶴の肉体が、精神的に限界を迎える前に強制的に休息を取らせる自己防衛機能のようなものだったのだろう。
 ともかく、そういったことでかなり限界を感じていた千鶴は少し気楽にいられる生き方を検討し始めた。これでさえ一生懸命取り組もうというのは本末転倒だったかもしれないが。

 しかし心にどう余裕を持とうとしても、中々今までの生き方が変えられない。どうしたものかと母親に相談すると、「まずはゆっくり喋ることにしたら?」と、助言してくれたのだ。
 気が急くのはどうも制御できないが、それならできそうだと思い、実際にやってみると、思いのほかうまくいった。始めは言いたいことがたくさんあるのに、なかなか喋れなくてもどかしい思いもしたが、それに慣れてくると、本当に自分の言いたいことだけを選別し、簡潔にまとめられるようになった。
 同じように行動も本当にやりたいこと、やる必要のあることだけを抑えていれば、何の支障もなく生活できることがわかり、時間と気持ちに余裕が生まれたのである。



「それが身に付いたあとははもう、楽で楽でー」

 あっはっは、と実に晴れやかな笑みを浮かべる千鶴である。

「想像が付かないわ……」

 この、ほにゃらら男が、完璧主義だったなどとは。

「あはは、それは分かるけどさー、今でも何かやるときは結構根を詰めたりして大変なんだよー。これから卒論もあるしさー」
「へえ……で、今は何で引っかかってるわけ?」
「うん、ここなんだけどねー」と、千鶴は再び地図のほうに目を落とす。話がすこし脇道にそれたのがよい影響を及ぼしたのか、地図へ取り組むときの雰囲気がいくらか和らいでいる。

「川のことでちょっと腑に落ちないところがあってさー」

 旧白灯村にはその盆地を突っ切るように、小川が五本流れている。それが村の出入り口あたりで合流し、白灯川となっているわけだが、千鶴が地図を見る限りもう一本、川が流れていそうな地形があったのである。

「ここなんだけどさー」と、とんとん、と千鶴が指し示したのは村の北端あたりだった。

 千鶴は登山部に入っている関係上、地図を読むのに長けている。小さな谷状をした筋が、村を回りこむように走っている。だが、そこには川の表記はなく、村の情報からも、この六本目の川の名前はなくそして、千鶴が最初来たとき、上から見た景観でも川は五本しか見えなかった。

「僕が今探しているのは攫われた六人の遺体の隠し場所なんだー」

 千鶴は初めて“遺体”という言葉を使ったが、雛子は別段驚いた様子は見せなかった。六人もの人間と男一人、それら全部が全部、警察の目を逃れて今まで暮らしているとは到底思えない。

「で、いろいろ条件を考えてみたんだけど、その条件に合うのがここなんだよ」

 今度示されたのは、その“川ならざる川”の一部、地図からしてかなりの急勾配で、実際崖になっているであろう場所だ。

「ただ、ここが川でないと条件に合わないんだー」
「……川“だった”のよ。そこ」

 ほとんど駄目でもともと、自分の考えを整理するためにあえて声に出していってみたくらいのつもりだった千鶴は、思わぬ雛子の言葉に、弾かれるように顔を上げた。

「どういうこと?」
「十年前、大雨が降ったときにここで土砂崩れが起きたのよ」


 そのときの大雨は記録的なもので、当時村を流れていた六本の小川もこのときばかりは、水位が脅威となるほど水かさが増したらしい。そしてとうとうその一本が土砂崩れを起こすともにあふれ出したのだ。
 その土砂崩れと洪水をもろにかぶったのが村の北のほうに住んでいる人々である。家は潰された上に土地が水浸し。とても立て直せる様子ではない。
 よって、家を失くした者のほとんどは各地の親戚などを頼りに、村を後にしていったのである。
 そして、雛子たち三沢家もその家を失くした家族のひとつだった。雛子たちの場合は、外に身寄りがあるわけでもないし、何より失踪した母方の姉・高野日奈のために地元に残らなければならなかった。
 どうしたものかと途方にくれていたとき、声を掛けてきたのが、あの事件のあと、順調に博士号を獲得し、大学で民俗学を教えていた赤羽教授だった。
 どのみち、一年でいくらも戻らないし、一人ですむにしても部屋はたくさん余っているから、うちに来ればいい、と。


「それ以来、オジサマは三沢家にとって恩人なのよ」
「あー、だから教授の家に君達が住んでたのかー」

 その点は千鶴も気になっていたのだが、事情があるのだけはわかったので雛子達から話し出さない限り、聞かなかったのである。

「それでー? 川のほうはどうなったのー?」
「そのときの土砂崩れで川の流れが変わっちゃって、ここの一本に合流して流れるようになったの」

 そして水が流れなくなった、小川は埋め立てられてしまった。そのおかげで交通の便がかなりよくなった面もあり、それはそれでよいことだったのだが。

「じゃ、三十年前の時点ではここって川だったんだー?」
「そういうことね」

 かちり、自分の頭の中でパズルの最後のピースがはまる音がした。

 千鶴は、ノートを開き今得た情報を書き込むと、ぱらぱらとノートを見直して情報を整理する。そして最後のページを見終わると、パシンと音をさせて閉じた。
 その様子に、雛子がおずおずと千鶴の顔を覗き込んで尋ねた。

「……疑問は解けたの?」
「うん、考えることはもうないねー」

 あとは事実の裏づけだけだ。


1902年01月11日(土) 呪縛の蝋・9

呪縛の蝋




 夏になると蒸し暑くなる日本は、せめて気持ちだけでも涼やかにありたいという気持ちが強いためか、この季節の風物詩が特に多い。目の前の冷麦しかり、暖簾の横に下げられた風鈴の音しかり。特に、旧白灯村は比較的山奥にあるため、夏でも日陰は涼しい。特にこの蕎麦屋のように昔ながらの日本家屋となると風通しもよいのでこの真夏でもクーラーいらずである。
 蝋人形館を離れたのが十一時半過ぎだった。そこで、千鶴は「少し休憩もしたいし、少し早いけどお昼にしようかー」と、雛子にこの蕎麦屋に案内させて今にいたる。

 おごるというので、もっと高いものを頼んでやろうかと考えたのだが、いろいろ頭がいっぱいでどうにも食欲が振るわず、せっかく蕎麦屋なのに、家にでも食べられる冷麦しか食べる気がおきなかった。
 流石に大学生の男らしく、天ぷらそば定食をあっという間にやっつけた千鶴は先ほどから井上巡査から預かってきたノートと自分のノートを見比べ、時折自分のノートにメモを取っている。

「ねえ、何かわかったの?」
「まあ、少しはねー」

 ペンを走らせるノートから顔を上げずに答える。それ以上の詳細は教える気がないらしい。わからないことだらけのこっちとしては気になって仕方がない。
 どうも先ほど、特に伊戸部礼二の研究ノートをみてから千鶴の様子がおかしい。その前までもっとのんきそうな雰囲気だったのだが、今はそれが影を潜め、笑みを浮かべていてもあまり余裕があるようには思えない。

「まさか、蝋人形魔術は本物だった、なんて言い出すんじゃないでしょうね」
「それはないよー。あの伊戸部礼二の部屋は後から捏造されたものだからさー」
「……どうしてそう断言できるのよ? あのノートがあったじゃない」

 本に線が引かれていないだとか、付箋がつけられていない、などと千鶴は言っていたが、あの狂気じみた覚え書きこそが伊戸部礼二が魔術の研究を行っていた証ではないのか。

「もともと、それは疑っていたんだー。さっきの警官のお兄さんが貸してくれたノートを見た時点でねー」

 はじめに聞いた話は、魔術の研究ノートが見つかったから蝋人形魔術の噂が広がったというものだった。
 しかし千鶴が井上巡査から預かった彼の父親の捜査ノートを見てみると、伊戸部の部屋を探索した記述はあれど、そういった魔術的な本や研究ノートについてはまったく触れられていなかった。彼が蝋人形魔術と呼んだ理由については、あくまでも事件における魔術的な展開を見て、である。

「だから、あの部屋は事件の後しばらくして作られたものなんだよー」
「誰が? 何のために?」
「……それはヒミツー。最後にまとめて話すよー」

 口元はいたずらっぽく笑って言う千鶴だったが目が笑っていない。手元の水を飲み干すと、会計のために店員を呼ぶ。

「お姉さーん、おアイソお願いしまーす」

 二人分の料金を払い、千鶴は再び真夏のまぶしい空の下に出て行く。

「次はどこに案内すればいいの?」
「そうだねー、じゃ、涼しいとこがいいなー」



 もともと村立の規模である白灯村の図書館は大学の図書館と比べると図書館とは呼べないほどに小さい。蔵書もそれほどよくはなさそうだ。

「何か調べごとでもするの?」
「まーねー。あ、パソコンがあるんだー」

 蔵書は足りないながらも、図書館として一通りの調べ物ができるようにとの配慮なのか、隅のほうに三台だけインターネットに接続されているパソコンがある。使える人、もしくは興味のある人が少ないためか、三台だけでも利用者はいない。

「これなら結構楽に調べられるかもー」

 いそいそとパソコンの前に座り、まずは図書館検索システムを立ち上げ、キーワードを入力してこの図書館に収められている本で関係のありそうな本をリストアップしていく。
 それを題名と番号をメモすると、雛子に手渡していった。

「このリストアップしてある本、探してきてくれるかなー?」
「うっ……」

 いかにも面倒そうな頼みごとに、雛子は少し戸惑ったようだが、ここに残っても結局やることはないので、引き受けることにした。リストアップされた本は、十数冊に及び、図書館に慣れない雛子には、探すのは相当骨が折れそうだ。

 千鶴が指定した本は三種類に大別された。
 蝋、または蝋人形に関することを書いた本、イタリアについて書いた本、そして、美術について書いた本。美術については蝋人形館の二階に並べられていた伊戸部作品群に近い雰囲気を持つ芸術家に関するものだ。要するに、伊戸部礼二から連想されることをキーワードに検索したらしい。それに加えて、白灯村の地図が付け足されていた。
 一応、カテゴリごとの探索なので一冊見つければ同じような場所に何冊も見つかって、思ったよりも本探しは楽に進んだ。

「ふぅ、本っていうのもかさばる上に重いわね」

 こんな分厚い本を読んでいる者が本当にいるのだろうか。閲覧机に本を置いて一休みすることにして、本の中でも一番興味の持てそうな、イタリアの観光名所を紹介する本を手に取り、ページをぺらぺらとめくっていく。なるほど、ヴェネチアやフィレンツェなどの有名都市を始め、比較的マイナーな観光スポットのことも詳しく書かれている。
 ふと、雛子は奥付の部分に貼り付けられた封筒に差しこまれているカードを抜き取ってみた。そこに今までこの本を借りた人の名前が書かれているのである。
 その名前を見て、雛子はピタリと動きを止めた。

『伊戸部礼二』

 日付は四十年前。なんとなくまだ幼い感じのする字からして、伊戸部が中学を卒業してイタリアに渡る前のものだろう。このころからイタリアについて勉強をしていたのだ。もしかしたらイタリア語会話の本も借りて読んでいたかもしれない。
 他の本も調べてみると、伊戸部礼二の名前が書かれたカードがいくつも出てくる。雛子は胸が高鳴るのを感じた。四十年も前のことではあるが、自分たちが追う謎の鍵を握る人物が実際に手に取った本。

 彼は何を知りたくて読んだのか。

 この本に何を見たのか。

 そしてどんな気持ちを抱いたのか。

 これらを読めば、伊戸部礼二を理解できるかもしれない。
 雛子は、再び本を抱えると、残りの本を探すべく閲覧机から離れていった。


1902年01月10日(金) 呪縛の蝋・8

呪縛の蝋





 洋館という分類上、蝋人形館の一角の雰囲気は日本のものとは違った雰囲気がある。そのためか、気のせいであろうが、歩いてくる途中ではあれだけうるさかったセミの声も館が近づくにつれて小さくなる。特に、昨夜“蝋人還し”を見てしまった千鶴や雛子の目には、いかにも妖しい雰囲気とかもし出しているようにさえ思えた。
 そう、交番の次に彼らが向かったのは蝋人形館だった。事件の中心人物である伊戸部礼二、そして“現場”ともいえる蝋人形館を調べなおすことはこの調査には必要なことだ。

 洋館の前では伊戸部礼二の父親である老人・伊戸部宗太郎が昨夜の灯籠巡りで洋館を照らし出していたかがり火の台を点検していた。足音が聞こえたのか、ある程度近づくと二人の存在に気付いた様子を見せて、その手を止める。

「おはようございますー」

 千鶴が挨拶をすると伊戸部老は「ああ」と返事を返す。しかし、表情をわずかに潜める。赤羽教授の知り合いとはいえ、村への不法侵入者が彼の監視を離れてうろうろしているのが気になったのだろう。

「今日の灯籠巡りの準備ですかー? 朝からご精が出ますねー」
「真夏の日差しはワシのような老体には辛いので朝のうちに済ませとるだけだ。何か用かな?」
「息子さんのお部屋を見せていただこうかと思いましてー」

 何のために、とは言わず率直に用件を言ったために、あまり意味が伝わらなかったようで、伊戸部老はしばらく表情を固め、よく吟味しなければ千鶴の要求の意味がわからなかったようだ。

「……何をする気かな?」
「蝋人形魔術の件で調査しようと思いましてー」
「余所者には関係のない話だ。悪いが帰ってくれ」

 予想されていた答えだったのか、あるいはどう答えようとも同じ対応をするつもりだったのかもしれない、とにかく伊戸部老は切り捨てるような口調で言った。

「赤羽教授から許可をいただいているのですがー」と、千鶴が教授からもらった手紙を出して見せるも、伊戸部老の態度は変わらない。
「いくら赤羽君の弟子だろうと無関係なのには変わらんだろう。ワシはただ余所者の心無い好奇心で事態を引っ掻き回してほしくないだけだ」
「知りたいと思わないんですか? 息子さんがどこに消えたのか、そして何をしたかったのか?」きびすを返して去ろうとする老人に千鶴は言った。「ひょっとすると彼は無実かもしれませんよー」
「……本当か?」

 最後の一言が利いたか、伊戸部老は足を止めて振り返る。

「万が一、という可能性ですが僕はそれもあると思っていますよー」

 本気かどうか確かめようとしたのだろう、じろりと伊戸部老が数瞬にらむ。しかし千鶴はまったく動じず、いつもの締まりのない笑みで受け流した。

「いいだろう、ついてきなさい」


 お盆の間、旧白灯村は閉鎖され、外からの観光客がまったく入ってこないので、蝋人形館もそれにあわせて休館となっている。

「ま、いつもどおり開けていても、相当の蝋人形マニアしか来んから、まったく問題はないがな」

 この洋館の維持については村のほうから補助金が出ているので伊戸部老人も特に生活に困ることはないらしい。そういった体制が状況をさらに悪化させているのかもしれないが。

「楽そうでいいですねー」
「確かに呑気そうなアンタにゃ向いとるよ。だが、ワシには少々退屈だ。せっかく蝋人形が作れるのに腕を振るうことができない。今となってはもう遅いが、アレのことがなければ他の町に移住しとったかも知れんな」

 つい失念しそうになるが、伊戸部老はもともと外から村が町おこしの蝋人形館を設立するためにつれてきた蝋人形職人である。よって地元としての愛着もなく、蝋人形職人としての生き方も失えば失望するのも無理はないのかもしれない。
 そこでふと思い当たった千鶴は伊戸部老に尋ねてみた。

「そういえばどうして伊戸部さんは息子さんをイタリア留学させたんですかー?」

 蝋人形の芸術としての地位は低い。ましてやこのような偏狭の蝋人形館を継がせるためだけにわざわざ留学までさせるだろうか。

「二階の作品は見たか?」

 あの一階のものとは明らかに一味違った、表現力の強い作品群のことだろう。

「はい、なかなか面白い作品でしたー」

 ここが交通の便さえよければ、もしくはこの蝋人形館が首都圏にあれば、あれらを目玉にこの蝋人形館はお盆に休むことなどできないくらい人で賑わっていたにちがいない。

「あれはイタリアへ行く前の作品だ。何も学ばない原石の状態であれだ。こんな小さな蝋人形館で終わる器じゃない。きちんと芸術を学ばせて、蝋人形の芸術家(アーティスト)としてどこまでいけるか、見てみたかった」

 息子に見た夢を語る老職人の声は先ほどまでの千鶴を拒絶する意思が込められた硬質なそれと比べて明らかに熱を帯びている。彼も蝋人形職人の世界に夢を抱いていたのかもしれない。だが、このような誰も来ない蝋人形館にやってくるところをみると、あまり職人として満足な道を歩いてきたわけではなさそうだ。自身が叶えられなかった夢を、いつしか伊戸部老は息子を通して見るようになったのだろう。

「イタリアから帰った後の作品はあるの?」

 横から今まで黙って話を聞いていた雛子が口を挟む。

「あの七体の蝋人形だけだ。確かに精巧さは増しておるが、アレの本来のセンスはまったく生かされておらんよ」
「その七体の蝋人形を作っている間はまったく気付かなかったの?」
「ああ、作ってる間はワシをアトリエに入れなんだし、出かけるときはいつもどこかに隠してしまっていたからな」

 伊戸部が寝室として使っていた部屋は蝋人形館の二階、一階のアトリエと同じように、ロープで区切られた順路の奥にあった。伊戸部老は三つの錠を順番にあけていくと、ドアを開けて言った。

「ここが倅の部屋だ。時々掃除のために入りはするが、ものの位置は当時のまま動かしとらん」

 そして、ドアだけ開けて、千鶴と雛子を部屋の中に促すと、自身は部屋から一歩離れて言う。

「それじゃワシは祭の仕事に戻る。好きなだけ時間をかけてくれて構わないが、手は触れて動かしたり壊したりしないように」
「はい、わかりましたー。ありがとうございますー」

 千鶴の礼が聞こえたか聞こえないか、とにかく伊戸部老はその場からあっさりと立ち去った。

「……やっぱり忌むべき部屋ってことかしら」

 立ち去るにしても一歩たりとも足を踏み入れようとすらしなかった伊戸部老の様子に、雛子が怪訝そうに眉をしかめる。あのいくつも鍵を使った厳重な施錠といい、アトリエにあった伊戸部の蝋人形を思い起こさせる。
 伊戸部老が去ったところで、早速部屋の物色をし始める千鶴に、雛子が尋ねた。

「ねえ、あの伊戸部さんに言ってた、伊戸部礼二が無実かもしれないって本当?」
「いや、十中八九黒だね、彼は。ああでも言わないとこの部屋みせてくれなかったでしょー? 方便、方便」

 本棚を眺めながら、さらっと白状をする千鶴。へらへらしているようでなかなか腹黒い。

「方便にしても、よくアレで通してくれたわねー」
「それだけ何も知らないってことなんじゃないかなー、あの人」

 答えながら、千鶴はおもむろにその書物のひとつを手にとってぱらぱらとめくり始める。

「どういうこと?」
「どうして伊戸部さんがあの“蝋人還し”に参加してると思うー?」

 その問いに、雛子ははっとした。そういえば、蝋人形魔術事件において、伊戸部老の立場は微妙だ。
 本来、犯人の父親として、非難されてもおかしくないのだが、犯人である伊戸部礼二の失踪の上、魔術めいた演出なども相まって、殺人事件とも誘拐事件ともとられにくい状況ができあがり、かろうじて村を追われるところを免れている。また、“蝋人還し”の儀式に参加していることが、伊戸部老が被害者側の立場に立っているイメージを与え、“犯人の父親”として意識させないように働きかける効果があったようだ。

「え? まさかそのために?」

 そこまで考えた雛子が突如浮かんだ結論に声を上げた。

「そこまで計算していたわけじゃないだろうけど、息子の罪滅ぼしのつもりだったんじゃないかなー」

 細かいことは置いておいて、真相としては二つの場合が考えられる。一つが、蝋人形魔術は本当であり、アトリエにある六体の蝋人形が消えた娘達自身であること。二つ目は、蝋人形魔術はただの演出であり、蝋人形はただの蝋人形、本物の娘たちは殺されたかさらわれたということ。
 前者の場合、万が一蝋人形から本当の姿に戻すことができれば伊戸部礼二の罪は大分消える。後者の場合においても、被害者家族の希望を消さず、全面協力することで、被害者家族の伊戸部老に対する悪感情はほぼ中和できるのである。

「それはわかったけど、どうして“知らない”って言えるのよ? 全部わかってて隠してるだけかもしれないじゃないの」
「だったら息子が無実かもしれない、って言った時点で僕らをここに通さないでしょー?」

 それに、この部屋といい、アトリエといい、よく保存されている。犯罪者となった息子のものなど全部処分してしまってもおかしくないのに。

「ひょっとしたらまだ無実かもしれないと信じて待ってるのかもしれないなー、息子さんが帰ってくるの」

 それから二人は言葉を交わさず何か手がかりになるものを求めて部屋を探索した。改めてみると伊戸部礼二の部屋はおよそ一般人が考える芸術家の部屋らしい。シンプルであまり余計なものをおいていないが、その代わりに蝋人形の仕上げに使う彫刻刀などが机の上にころがっている。そのそばには下書きをするために使ったのであろうスケッチブックとナイフで削った鉛筆。
 それなりに片付いてはいるが、どことなく汚れている。伊戸部老は時々掃除をしているようだったが、それでも部屋のあちこちに塗料の跳ねた跡や、削った蝋のくずなどが見受けられた。
 唯一異様なのが本棚だ。大半が日本語以外の本であり、装丁からしてあきらかに美術書や実用書、あるいは小説といったまともに流通している本ではない。

「ハァ、よく読むわね、こんな本」

 学校の授業で少しかじった英語ならまだ分かりそうなものだが、これは読み方がなんとなく分かる程度で意味はさっぱり分からない。

「たしか伊戸部礼二が留学してたのはイタリアよね。ならイタリア語なのかしら?」
「違うよー。多分ドイツ語だよ、これー」

 千鶴にも登山用語を除いてドイツ語はさっぱりだが、それでも雰囲気からなんとなく分かる。しかしイタリアに行っていた伊戸部にドイツ語が読めたのだろうか、ほかの本も見てみたが、日本語でない本はほとんどがドイツ語だった。
 ぱらぱらとめくって行くうちに、本番からもらった資料に目を通している時点で思い当たったことが確信を帯びていく。

「この本は研究用に使われたものじゃないねー」
「え、何で?」
「普通研究に使われるとさー、彫ってあちこち付箋が貼られたり、線が引いてあったりするもんなんだー」

 だが実際に伊戸部の蔵書の中で怪しい本にはそれらしき痕跡は認められなかった。

「そういう人だったんじゃない?」
「でも日本語のイタリア美術史の本には線が引いてあるよー?」と、千鶴は別の本を開いてみせる。確かに要所要所に付箋が張られ、赤線が引かれていた。
「怪しい本だから汚したら呪われると思ったとか?」
「あーそれはあるかもねー」

 少しばかり突飛な発想ではあるが、特に否定できないので、とりあえず相槌をうちつつ今度は机の引き出しを開けてみた。
 一番上が彫刻刀などの道具類を、二段目は塗料だった。そして一番下の段には―――

「ノートだー」

 二、三冊の古びたノートが置かれていた。先ほど交番で貸してもらったノートと古さは似ている。おそらく、伊戸部の研究ノートだろう。

「どれどれ?」と、雛子は好奇心をむき出しにして千鶴の開いたノートを覗き込む。初対面のとき、千鶴を出歯亀と野次馬批判したと気持ちは棚の上にしまったらしい。
 手にとってぱらぱらとめくると雛子は眉をしかめていった。

「うわぁ、異様……」

 それは本人以外には、もしくは本人も解読ができるかどうか怪しい、混沌とした内容だった。行間や文字の大きさの一定しない文体、文字からしておそらくこれもドイツ語だろう。
 一応全てのノートをざっと見てみたが、どれも同じ調子だった。これをどう見るのか気になり、尋ねようと雛子が彼の顔を覗き込んで驚いた。千鶴の顔から笑みが消えて、あろうことか眉間にしわが刻まれていたのだ。しばらくブツブツと何かを口の中でつぶやいていたが、やがて自分のノートにメモを取り始める。
 書き留めた文章に目を通し、しばらく黙考すると、千鶴はパタンとノートを閉じて大きくため息をついた。

「……流石にこれは予想外だなー」


 見る場所はすべて見たので、千鶴と雛子は引き出しや本を元の場所に戻した後、洋館をでた。外では先ほどと同じように伊戸部老が燭台を相手に何か作業をしていた。

「何か手がかりは見つかったか?」
「えぇ、まぁ」

 苦笑を返した後、千鶴はしばらく伊戸部老を見つめた後にたずねた。

「……伊戸部さんは、真実は公表されるべきだと思いますかー?」

 意図の読めない質問に、老人はしばらく黙考した後に答えた。

「……それは、誰を大切に想っとるかによるだろ」


1902年01月09日(木) 呪縛の蝋・7

呪縛の蝋




「おっ、雛子じゃん。久しぶり」

 交番に行くと一人暇そうに書類に目を通していた若い制服警官が親しげに声をかけてきた。年齢的には千鶴と同じか少し上くらいだろう。まだ配備されたばかりに違いないが、この馴染みようからしてこの村出身なのかもしれない。

「おめー、昨日の“灯籠巡り”、オトコと歩いてたんだって? 学生連中が騒いでたぞ。男嫌いの雛子がムコを連れてきたって」
「なんでそういう部分だけ広まるのよ。教授の客を案内してただけだって何度も言ったのに。しかも何よ婿って! どれだけ話が飛躍してるのよ!?」

 雛子は不満そうに口を尖らせるが、噂とはえてして面白い事実のみ誇張されて広がるものである。それはさておき、“男嫌い”の方は否定しないのだろうか。

「おっ? 後ろのヤツが噂の婿か?」
「青山千鶴ですー。今日はちょっとおまわりさんにお願いがありましてー」と、千鶴はとりあえず挨拶をした。
「ちゃんと否定しなさいよッ!」

 雛子から抗議の声が上がる。

「でも、別に噂だけなら放っておいてもいいんじゃないー? 別に君が責任とって僕と結婚しなきゃいけないんなら別だけどー」

 間の抜けた口調ではあるが、割と説得力のある意見に、雛子はなるほど、と納得した様子を見せた。

「へぇ、雛子を黙らせたよ。たいしたヤツだね、兄ちゃん。俺はこの村出身で警官をやってる井上丈(いのうえ・じょう)ってんだ。今年この交番に配備されたばっかで、階級は巡査。……で、お願いって何だ?」

 客だというのに、丁寧語の欠片すら見えない井上の対応だが、特に見下しているわけでもなく、親しみのこもった口調であったため、不思議と不快感は沸かなかった。

「蝋人形魔術の事件、知ってますー?」
「へえ、あの事件かい。この村でその話を知らねぇやつはモグリだ。もっとも、俺らの世代の半分は本当にあったかどうかも疑わしいと思ってるがね」
「僕、その真相を調べてるんですよー。で、その捜査資料かなんかあったら見せていただけないかと思いましてー」

 その言葉に、年若い警官はへえ、と目を見開いて言った。

「へえ、本気かい?」

 こくり、と笑って頷く。同時に、雛子も神妙な顔で頷いたのをみて、井上はもう一度「へえ!」と、感心した様子を見せた。

「でも、ああいう大きい事件はフツー県警のほうで取り扱うから、ここに資料はないぞ。あっても内部資料だからな、どのみち見せることもできねぇし」
「あらー、そうですかー……」

 そんなもんだろうと考え、さほど期待もしていなかった。ひょっとしたら生き字引のような警官が残ってて、当時のことを覚えていないだろうかとも期待したが目の前の新人警官じゃ、まだ生まれてもいなかっただろう。
 隣の雛子はというと、結構な期待を抱いていたらしく、目に見えるほどに落胆している。しかし一瞬でその落胆を吹き飛ばすと、くるりと踵を返し、千鶴の袖を引っ張っていった。

「仕方がない。次に行くわよ」
「待て」

 立ち去ろうとした雛子と千鶴を井上は後ろから呼び止めた。

「俺は『フツーはない』って言っただけだぜ?」
「……ってことはあるんですかー?」

 千鶴が振り返って聞くと、井上は「ちょっと待ってろ」と、言って交番の棚にあるダンボールをあさり始めた。

「その頃、親父が俺と同じように新人でここの交番勤務に回されてたんだよ、そしたらあの大事件だろー? 事件捜査は警官の夢だからな、解決に燃えちゃったらしくて、休日に時間を割いて独自に聞き込みやら現場検証やらをやったらしいんだ。その記録用のノートが確かこの辺に……お、あったあった」

 ダンボールの中の荷物(大半がノートなどの書類だった)のほとんどを横に積んだところで一冊の古びたノートを取り出した井上が、それを千鶴に差し出す。

「ほい」
「……原本そのまま渡しちゃうんですかー?」
「雛子経由でいいからあとでちゃんと返してくれよ。なんたって親父の青春なんだから」

 あっさりと手渡されたノートに目を落とし、珍しく千鶴が驚きを見せるが、井上のその返答もかなりあっさりとしていた。

「そんなのがあるんならさっさと出し―――むー、むー!」

 からかったことに対し、井上に言い募ろうとした雛子の口を千鶴が押さえて礼を言った。

「ありがとうございましたー。お父さんにも是非お礼を言っておいてくださいねー」
「ああ。その代わり、謎が分かったら教えてくれよ。俺も気になってしかたねぇし、親父にも教えてやりたいからな」
「はい、必ずー」

 そのまま、千鶴は、その腕の中でもがいている雛子を引きずるようにして交番から離れていった。


「ちょっと、何で止めるのよ! それにあれはセクハラよ」
「いや、親切で出してくれたのに文句行ったら悪いでしょー? せっかくノートが見られるのに引っ込められちゃったらこっちが困るんだからさー」

 うっ、と雛子は言葉を詰まらせる。しかし、どこか子供を諭すような千鶴の口調が気に入らないのか、それに加えて相手が間の抜けたイメージのある千鶴だったということもあるだろうが、不満そうな顔でうつむいてしまう。

 ほほえましげな雛子の反応を横目に、千鶴は先ほど渡されたノートを開いてみた。
 さすがに地元というだけあって、容疑者・伊戸部を中心とした相関図などは、県警の本物の捜査資料よりも詳しいのではないだろうか。証言も当時の村人すべてから取ったのかと思われるくらいたくさん書き込まれており、噂レベルにいたることまで書き込まれていた。
 そのせいで多少考察の部分はその噂に振り回されているようではあったが。
 この、『蝋人形魔術失踪事件』と名づけられた(実際の警察はこんな幻想的な名前をつけるはずがないので、これを書いた井上父の勝手な呼称だろう)タイトルが書かれているノートの概要は以下のとおりだった。




 まず、事件の始まりは一件の村娘の失踪事件から始まったらしい。30年前の一月八日、松も明け、新年の祝いムードも抜けたころ、一人の村娘がいなくなってしまった、との通報が交番に入った。
 その娘、山下妙子(やました・たえこ)は十八歳で高校卒業を控えており、また本人は就職の折、上京希望だったが、その両親は反対していたという事情から家出と処理され、東京のほうに捜索願が送られて事件は決着した。

 そして二月七日、また一人の村娘が行方不明になる。桂美里(かつら・みさと)、二十三歳で当時こういった村には珍しく、その年齢でまだ独身であった。早くに病気で母親を亡くし、また父親も病床に臥せってしまったため、仕事と看病の毎日に追われて、結婚どころではなかったらしい。
 彼女の場合、家庭でのトラブルもなく、また看病に疲れた様子もみせていなかったため、何の前触れのない形での失踪となった。警察としても事故で川にでも落ちたのでは、と周囲を聞き込み、最後の目撃地点から川の捜索などを行ったがついに見つかることはなかった。

 さらに三月九日、今度は駆け落ちと思われる失踪事件がおきた。川口智美(かわぐち・ともみ)・二十歳が、「恋人と旅行にいってくる」という書置きを残し、以降帰らなかったという事件だ。
 奇妙なのはその前に彼女に男と付き合っていた気配がまったくなかったことと、付き合っていたとしても、特に相手が外部の人間であっても反対をするつもりはなかった、と両親が話していることだ。また、そこまであからさまに駆け落ちをしておいていまさら「旅行だ」と嘘をついている点も妙であったが、結局ただの駆け落ちということで処理され、あまり重く受け止められなかったようである。

 次に失踪事件が起こったのは四月十七日、失踪したのは加村英子(かむら・えいこ)十九歳。高校卒業後、この村の木蝋作りの会社に就職したばかりで、まだ研修期間が始まったばかりだった。整った容姿が評判の娘だったらしく、当時の上司がしつこく言い寄って困っていた、という記録がある。
 それがついにトラブルにまで発展する。上司のセクハラ行為がさらにエスカレートし、彼女が仕事中に逃げ出したのである。当時セクハラという概念はなかったが、それでも悪質であると判断され、その上司を処分する決定を下し、加村英子を探したが彼女の姿は村から消えてしまっていた。列車を使うなど村から出た様子がなかったことから、自殺行為に及んだのではないかという噂も立ったという。

 五つ目の失踪は六月二日。伊藤夕菜(いとう・ゆうな)二十一歳。山菜を取りに森に入ってから行方がわからなくなった。
 失踪した六人の娘の中では唯一既婚である。ただ、夫がストレスを溜めやすい性格だったらしく、アルコールに逃げた結果、妻である夕菜に暴力を振るうようになり、そのことを友人に相談したりもしている。


 村ではこんなに短期間に五人もの村娘が失踪するなど前代未聞で、神隠しか何かじゃないか、とそれなりに騒ぎになっていたのだが、この五つの事件は当初全く別々に取り扱われていた。今述べたとおり、五人の失踪には五人ともうら若い娘であるということ以外は共通点が見出せなかったからだ。
 それが結びついたのが六人目の失踪者・高野日奈の事件だった。警察はこれとは別に捜査していた麻薬密輸に関して調査しており、この事件の容疑者が伊戸部礼二であった。高野日奈の事件で、家宅捜索の許可が下り、そこで見つけたのが先に失踪していた五人の娘たちの蝋人形であった。
 この事実を受け、警察は高野日奈も含めた六人の娘の失踪事件を一つの事件として扱い、本格的に本部を組んで捜査した。テレビでもこの不可思議な事件にスポットを当て特番が放送され、その捜査は全国に及んだが、結局一人も見つからないまま、迷宮入りし捜査本部は解体された。




「『伊戸部礼二についての証言はあまり多くない。子供のころは芸術性の高い子供として、村から著名人が出るのでは、と期待されていたが、イタリア留学で村を空けているうちに、彼のことを忘れてしまっていた者もいた。
 帰ってきて積極的に挨拶回りするでもなく、蝋人形館のアトリエに篭ったまま、まったく出てこない様子だったため、この狭い村でもイタリアから帰ってきたあとに彼に接触した人数は少ない』、だってさー」
「普通、帰ってきたらみんなに会えて嬉しいから会いに行くんじゃない? 何のために帰ってきたのかしら」

 千鶴が読み上げたノートの内容を聞いた雛子の疑問はなかなか核をついている。どのみちアトリエに引きこもるなら、わざわざ白灯村に戻ってくる意味はないのだ。蝋人形館を継ぐにしても伊戸部老もそのころはまだ若かっただろうし、特に急ぐ理由もなかった。
 村のほうが伊戸部礼二を必要としたわけではない。“伊戸部礼二が村を必要とした”のだ。


1902年01月08日(水) 呪縛の蝋・6

呪縛の蝋





 翌朝、朝食の席でもう一泊お世話になることを三沢家の人たちに伝えると、離れに戻った赤羽教授は千鶴と向かい合って座った。

「では、昨日の儀式について話そうか。もっとも君には検討がついているだろうが……」
「“蝋人形になってしまった人たちを人間に戻す魔術”、ですよねー」
「そのとおり、“蝋人還し”と私たちは呼んでいる」

 少し考えれば分かる。村人はこう信じている。あの六体の蝋人形は魔術によって生身の人間が変えられたものだ、つまりあの蝋人形はいなくなってしまった村娘たち本人である、と。そして魔術で蝋人形になってしまったのなら、魔術で元に戻すことができる、そう考えてもおかしくない。

「あの魔術儀式ってどこから出てきたんですかー?」
「伊戸部の研究メモが自宅に残されていたそうだ」

 人間を蝋人形に変える魔術、蝋人形魔術のうわさが広まったのも、この伊戸部の言動のみではなく、そうした形に残ったものが元になったのだろう。
 そのメモには蝋人形から人間に戻すための魔術の記述があったらしい。何のためにはわからないが。

「いつか自分自身も蝋人形になってみたくなったとき、元に戻すための手段がほしかったのかもしれないな」
「でも、何度もやってるんでしょうー、“蝋人還し”。なのにぜんぜん元に戻らないんですかー?」
「“蝋人還し”は未完成の段階らしくて、今の状態では成功確率は千分の一らしい。だから何度やっても成功しないし、困ったことに一年に一度しかやってはいけないことになっている」

 だから、死者の魂がうろつく盆を選んで行っているのだ。

「ふむふむ」と、千鶴は教授が述べていく事実を手早くノートに書き留める。「ま、アレについてはこんなもんかなー」

「これからいろいろ聞いて回るのかね?」
「ええ、そうですよー。まー、教えてくれるとは限りませんけどねー」

 元々、この旧白灯村は現在外部のものが立ち入れないことになっている。そのルールを破ってここにいる千鶴は、住人の信頼がまったくないために、行動はかなり制限されるだろう。
 覚悟の上だとはいえ、これからする苦労を思い、のんきそうな笑みに苦味を走らせる千鶴に、教授は封筒を差し出していった。

「君の身元を私が保証すると書いた手紙だ。もし拒否をされてもこれを見せて説得すれば何とかなるだろう」
「え、本当ですかー?」と、ぱっと表情を明るくして千鶴はその手紙を受け取ると、ふっ、と思ったことを聞いてみる。
「教授って、この調査にはあまり賛成してないように見えたんですけどー、急に協力的になったりして、一体どうなって欲しいんですかー?」

 教授は数秒間、千鶴と目が合ったまま沈黙していたが、やがて意味深長な笑みを浮かべて答えた。

「知られるのは怖い……が、知って欲しい。それに尽きるよ」



 外に出ると、強い日光が千鶴の肌を焼き始めたのを感じた。光にはわずかながら圧力があるというが、夏はそれを実感できる季節だ。紫外線は肌に悪いが、昼間に唯一見える星である太陽の美しさが一番映える夏を、千鶴は気に入っている。

「まずは交番かなー」

 三十年前の事件だがまだ当時のことを覚えている警官がいてもいい。
 交番の場所はわからないがおそらく村の中央部のどこかにあるだろう。公的機関はすべてそのあたりに集中しているからだ。
 時計をみて九時を一,二分過ぎたのを確認すると、目的地を決定し、いざ進もうとしたそのとき、先ほど千鶴も出てきた玄関扉が開く音がした。

「ちょっと待ちなさいよ」

 振り返らなくてもこのとげのある口調でわかる。千鶴は肩越しに目をやると、案の定雛子だった。睨み付けるような眼差しで彼の視線を受ける彼女に、千鶴は口元の笑みを深くし、やや嬉しそうに言った。

「来たねー?」



 昨夜、“あれ”を見た後、雛子に聞かれた。

「……ねえ、どうすればいいと思う?」

 あれほどつっけんどんな態度を取っていた相手にそんなことを聞くとは、よほどショックを受けたのだろう。手に持った灯籠の光に照らされた彼女の顔は薄暗くてもはっきり分かるくらいに困惑をあらわにしている。

「そう聞く人は大体、どうしたいか分かってるんだよねー」
「分かったような顔して言わないでくれる!? どうしたいかなんて関係ない、どうすればいいのか分からないから聞いてるのよ!」

 いささか捻くれた返答と取ったのだろう、雛子は調子を取り戻したようにキッと千鶴を睨んだ。千鶴はその怒りは全く受け取らずに流すが、視線だけは受け取って合わせると、笑いかけて言った。

「そう、君がどうしたいかなんて関係ないんだよー。そして、君がどうすればいいかも関係ない」
「ど、どういう意味よ?」

 意の掴めない言葉に、雛子は少しひるんだように剣幕を引っ込めて聞き返すと、千鶴は相変わらず間の抜けた調子で、だがしっかりとした言葉で答えた。

「僕がやるからー」

 しばらくの沈黙の後、雛子は続けて尋ねた。

「……それって蝋人形魔術の秘密を暴くってこと?」
「そうだよー」
「それで、あの蝋人形が日奈伯母さんじゃない、って証明するってこと? 死体を見つけて?」
「死んだと決まったわけじゃないしー、見つかるって保証もないけどね、最善は尽くすつもりだよー」
「いなくなった人たちが生きてるって信じてる家族の希望を奪うって言うの?」

 赤羽教授が言っていたことを受けて聞いているのだろう。
 希望を奪われることは心の支えを失うこと。真実は知られるべきものだとしても、それを貫いてまで人の希望を奪う権利は、千鶴のような好奇心しか持たない部外者には無い。
 その問いを受けて千鶴は答えた。

「あれは希望なんかじゃないと思うんだー」

「……どういうこと?」
「どう見ても異常だったでしょうー? “あれ”」

 伊戸部老が唱える呪文に合わせて、魔方陣にむかってひれ伏す大人たち。まともな神経でできるものではない。あれはおそらく蝋人形魔術で蝋人形になってしまった人達を元に戻すための儀式なのだろう。
 なぜそんな魔術があるのかは分からないが、それでもあの大人たちは「あの蝋人形はいなくなった娘たち自身である」つまり、「まだ娘たちは死んでいない」ということを信じての行為だ。
 それを教授たちは“希望”と呼んでいるが、本当に生きていると信じているならばやらなければならないことがあるはずだ。村娘たちは死体が見つかったわけではない。ただ、拉致されてどこかで生きている可能性もあるのである。
 それを探そうともしないで、あんな魔術的なものにとらわれている様は、生きているという希望に縋っているのではなく、生きていると“信じ続けたいだけ”なのではないか。
 だとすれば、それは希望などではない。執着、否、その“希望”に捕らえられてしまっているという意味では“呪縛”と言って良いだろう。

「呪縛は心を支えない、ただ縛るだけ。だったら、開放してやるべきなんじゃないかなー?」
「で、でも! 真実を知った事でなにかが壊れちゃったら……!?」

 あの儀式にさえ目をつむれば、この旧白灯村は全くの平和なのだ。人口が少なく、住人全員が知り合いのこの状況を下手にいじれば全体がギクシャクしてしまうことになる。

「それなんだけどねー、一応真相は調べておこうと思うんだー。それをどうするかを決めるのは君に任せようかと思ってる」

 突然の指名を受けて、雛子は目を丸くした。

「……私?
「君は事件の関係者と関係が近いわりに事件との関わりは薄いしねー、真実を知った後でこれを公表するかどうか決めるのは君が一番最適だと思うんだー」

 でねー、と千鶴は続けた。

「よかったら、一緒に調べないー?」
「え? な、何で?」

 何でアンタなんかと、というより、邪険に扱っているはずの千鶴が誘ってきたことに驚いているらしい。

「結果だけ聞いてもあんまり分かんないかもしれないからさー。調べる過程から見れば、本当に理解できるんじゃないかなー、と思って」

 千鶴の提案と考えに、雛子は言葉を返すこともなく目の前で考え込み始めた。好奇心や責任感、恐れ、そういった感情が複雑に彼女を板ばさみにし、葛藤させている様子が見て取れる。
 だから言った。

「どのみち調査を始められるのは明日からだから、今夜ゆっくり考えてみて。もしOKなら朝九時にここにきてくれればいいからねー」



 そして雛子は現れた。若干の遅刻はギリギリまで悩んでいたからだろう。おそらく窓あたりから千鶴が出かけるのをみて慌てて追って来たに違いない。

「協力してくれるんだー?」
「……自分の中でもやもやしているのが嫌なだけよ」

 そう、雛子は今までと変わらずつっけんどんに答えるが、そんなに毛嫌いしている相手の言葉でもちゃんと聞いて受け入れられる素直さは美徳で好ましい、と千鶴は思った。

「どっちにしろありがたいよー。僕、この村のことあんまり知らないからさー」

 それがはじめに交番を選んだ理由であったりする。狭い地域とはいえ、千鶴にはこの地域の土地勘がない。それが、一番初めに交番を選んだ理由だ。ここならこれから回ろうと思っていたところすべてを聞いて把握できる。
 だが、人間関係をはじめ裏にある事情というものはそこに長期間住んでいないとわからない。これから話を聴きに行く人たちも、見知った雛子が一緒にいるほうが口も少しは軽くなるだろう。

「で、どこから行くつもり?」
「交番かなー。事件当時の捜査資料とか残ってるかもしれないしー」

 こうして、千鶴と雛子による蝋人形魔術の謎への挑戦が始まった。


 三十年前、伊戸部礼二が何をしたのか? 何がしたかったのか?

 蝋人形魔術の真相は?

 蝋人形の代わりに消えた伊戸部礼二と六人の娘たちの行方は?


 やるべきこと、解くべき謎は山積している。


1902年01月07日(火) 呪縛の蝋・5

呪縛の蝋





 赤羽教授は、帰ってきたときには離れの書斎で寝泊りするのだが、食事は雛子たち三原家と取ることになっているらしい。とりあえず今夜は教授と一緒に離れに泊まらせてもらうことになったのだが、その流れで千鶴も夕食に呼ばれることになった。

「すみませーん、おかわりお願いできますー?」

 千鶴は、空になった茶碗を雛子の母に差し出した。

「あらあら、やっぱり若い男の人は良く食べるのねぇ」
「いやぁ、普段はそれほど食べないんですけど、お母さんのお料理美味しいんでー」

 ついつい、と笑って言う千鶴に雛子母も悪い気はしないらしく上機嫌で茶碗にご飯をよそう。

「アンタ、他人の家でご馳走になってるんだから、少しは遠慮しようと思わないの!?」

 焼き魚の身をいそいそとほぐしていた雛子が千鶴をにらみつけると、千鶴は笑顔で味噌汁をすすって答える。

「食べられるときは食べるよー。遠慮しないのが礼儀でしょー? あ、どーも、ありがとうございます」

 白米が盛られた笑顔で茶碗を受け取る千鶴に、今度は赤羽教授が話しかける。

「それで、明日はどうするんだね?」

「朝一番で帰ろうかと思います。まだ色々知りたいことは残っていますけど、教授の行ったとおり、部外者の僕が首を突っ込んでいいところじゃないしー」

 好奇心は確かに残しているだろうがさして執着を見せないという器用な反応を返した千鶴に、熱い茶の入った湯飲みを片手に雛子の父がふむ、と頷いて提案する。

「なら、今夜の白灯祭を見ていったらいい。割と珍しい形の祭りだ。きっと青山君の好奇心も満たされるぞ」
「え? いいの? こんな余所者うろつかせて。確か、一日目は手伝いがあるんでしょ?」と、意外そうな声を上げたのは雛子だ。

「でも表が賑やかなのに離れでジッとしていろというのも酷だろう。確かに、一人で歩かせば問題はあるが、簡単な話だ。お前も一緒に行けばいい。年頃も近いし、意外と気が合うかも知れんぞ」
「ええっ!? あたしが!?」



 白灯祭は盆に催されるということからも分かるように、この時期に帰ってくる死者の霊を歓迎する、というのが主な目的の祭である。各自神社で霊を宿らせる媒介となる灯籠を受け取り、故人と過ごした昔を懐かしむように、村中を歩いてまわる『灯籠巡り』が主な行事だ。
 村の各所には祝い餅や振る舞い酒、菓子類などが配られており、各自それを受け取って帰るスタンプラリーのような形式で行事は進む。

「うん、いいねー。こういう純和風な雰囲気は大好きだよー」

 配られていた米菓子を食べつつ満足そうに頷く長身細身の大学生を、雛子はじろりと軽くにらむ。

「アンタねぇ、あれだけご飯食べておいてまだ食べるの!?」
「育ち盛りだからー、僕」と、身長一七〇、御歳おそらく今年で二十二の男が気楽そうに答え、雛子は盛大にため息をついた。

 いちいち間の抜けた口調にはまったく我慢ならない。何故自分がこんな男に付き合わなければならないのだろう。今年こそオジサマ(赤羽教授)と灯籠めぐりしたかったのに。―――今頃、美咲は西村勇と仲睦まじく歩いているのだ。ご先祖様片手にうらやましい、もとい、浅ましい。
 だが灯籠片手に夜の村を歩くというのは、この長閑(のどか)さくらいしか取り柄のない村にしては気の利いたロマンチックな行事であることは確かだ。雛子にも恋人がいれば一緒に歩きたい。もっとも同年代の色気づいた男子達とはあまり付き合いたいとは思わないが。彼らはどうも底が浅すぎ、青すぎる。男はもっと渋く、重く、そして深くあるべきなのだ。

 しかし今、隣にいるのは恋人にしたいランキング現在一位のオジサマではなく、今日あったばかりの不法侵入ヘラヘラ男・青山千鶴である。何故、出会う知り合いすべてに「彼氏だ」「男だ」と騒がれなければならず、そのたびにコイツは赤羽教授の教え子云々の説明を繰り返さなければならないのか。
 ちなみに本命のほうは、父母と一緒に祭の運営の手伝いに回るとかで、今日の灯籠巡りには参加していなかった。

「教授たちはどこで働いているのかなー」
「さあね」私が聞きたいわよ、という勢いではねつけるように雛子は答える。「ぜんぜん見かけないし配るお餅とか運ぶ裏方でもやってるんじゃないかしら」

 もう何度も灯籠巡りを行っているが、両親および教授は必ずといっていいほど一日目は姿を消す。美咲が近年親友の自分より幼馴染上がりの彼氏をとって一緒に回る相手がいなくなってからは、その居場所を突き止めようと探したりもしたのだが、やはり見つからなかった。


 灯籠巡りの一番の名所はやはり蝋人形館である。中には入れないが、暗い中、かがり火の揺らめく光に照らし出された古い洋館というだけでもいろいろな意味で凄味のある景観だ。たとえ扉が開いていたとしても、とても足を踏み入れる気にはなれない。

「あはは、何か冒険心をかきたてられるね〜、なんとか中に入れないかなぁ?」

 同行中のヘラヘラ男はと言えば、子供のように灯籠で照らして中をのぞいたり、窓をガタガタ鳴らしたりしているのだが。ただの蝋人形館だし、特に心霊スポットだったり神聖な場所ではないのだがなんとなくバチ当たりだ。

「ガキっぽいことしてるんじゃないわよ。ホラ、さっさと行くわよ」

 声を掛けるが、千鶴は全く聞いた様子も見せず、館の側面に回ろうとしている。

「ちょ、ちょっとどこに行くつもりよ?」
「いやぁ、あの明かり取りの窓はどこかな、と思ってさー」

 どうやら夕方、赤羽教授に案内された地下室の窓のことを言っているらしい。あの地下室は上部二十から三十センチほどは地上に出ており、たった一つだけ明かりを取るための窓があった。位置関係からして裏だろうとあたりをつけたのか、千鶴は指して迷うことなく屋敷の裏へと入っていく。
 どういうつもりであんなモノを見たがっているのだろう。
 勝手な行動をするなら置いていこう、というかむしろこの男から離れるチャンスだ、と思ったのは確かだが、ここで面倒を起こされて後で自分にしっぺ返しがくるのも歓迎できない。
 というより正直、若干の好奇心もあって、雛子は千鶴の後を追って、蝋人形館の裏手に回る。

「ちょっと待ちなさいよっ」

 小走りに追いかけると、千鶴は奥の角を曲がったところでぴたりと足を止めた。それが不意の行動であったため、雛子は止まりきれずに彼の背中にぶつかってしまった。

「うぷっ……、アンタね、そんなに急に止まることないでしょう!?」

 待てと言っておいてなにやら理不尽な文句であると自分でも思ったが、千鶴はそんなことは気にした風も見せず、自分の唇に人差し指をあてて、喋らないようにジェスチャーをする。そして、その指である一点を指差した。
 その先をたどって視線を移してみると、確かに一点、おかしなところがある。

「……明かりが点いてる?」

 千鶴が指差したのは、彼が探していた地下室の窓だった。ただ、予想外だったのが、その窓の中から微かに光が漏れていること。忌まわしい事件の跡に残った部屋なので、こんな祭りの日でなくともほとんど人は立ち入らないはずなのに。
 しかも、ただの明かりではなかった。電灯にしては薄暗く、しかも揺らめいていたのである。

 すっ、と千鶴が足を踏み出した。ぜんぜん足音がしないと思ったら、彼は靴を脱いでいた。近づいて窓をのぞきこんでみるつもりなのだろう。
 雛子はホラー映画のように覗き込んだ瞬間、何かに襲われるか、得体の知れない怪人と目が合うような気がして、あまり覗きたいとは思わなかったが、それでも自分の身内に関わる問題である、という事実が見なければならない、と己に告げている。
 見たくはないが、見なければ気がすまない。雛子は意を決して、千鶴に習い、靴を脱ぎ、持っていた灯籠も地面に置くと、窓に歩み寄った。

「光に当たらないように気を付けてねー。あっちから見えちゃうかもしれないからー」

 追いついてきた雛子に、千鶴が小さな声で注意する。なんでこの緊張すべきときまで間の抜けた喋り方をするのか。しかもヘラヘラ男の癖に注意などと年上ぶって。(というか、先ほど靴を脱いだ事といい、そんなノウハウをどこで身に付けてきたのか)何か言い返してやりたい気分になったが、素直な心で見れば彼の言っていることはもっともだったので、何とか衝動を抑えて光を避けるように立って、中を覗き見る。
 そして、見なければ良かった、と雛子は一瞬で後悔した。


 サバト―――雛子の素人目にはまず、その言葉が脳裏に浮かんだ。
 まず目に付くのが、部屋の中央の床に描かれた円形の文様である。魔術儀式などでは良く使われる魔方陣という奴だろう。太く六芒星が描かれたそばに細かい文様が付け足されている。
 その六芒星の各頂点には、それぞれ件の六体の蝋人形が円の外に正面を向けた形で配置され、その目の前には灯籠が淡い光を放っていた。窓から漏れていた明かりはどうやらこの灯籠だったようだ。
 そして、魔方陣の真ん中に、その蝋人形を作った本人である伊戸部礼二の蝋人形が入っている(と、言われている)、お札がたくさん貼られた大きな箱が据えられていた。

 また魔方陣を囲むように人影も見える。一人は地下室の奥側に立ち、なにやら本を読み上げているようだ。慣れた動作なのか中々堂に入っている。そして残りの十五人近い人々はそれぞれ目の前にある蝋人形に向かって跪(ひさまず)き、一心不乱に祈りを捧げていた。
 雛子が認めたくない事実は、このサバト自体ではない。人影の招待のほうだ。灯籠の頼りない光に照らされて本を読み上げている男は間違いなく伊戸部宗太郎。そして、偶然窓に正面を向けて唯一顔が判別できた“高野日奈”の蝋人形、その正面で祈りに結んだ手を震わせている人物は―――


 もう何度も灯籠巡りを行っているが、両親および教授は必ずといっていいほど一日目は姿を消す。美咲が近年親友の自分より幼馴染上がりの彼氏をとって一緒に回る相手がいなくなってからは、その居場所を突き止めようと探したりもしたのだが、やはり見つからなかった。

 ―――ここに、来ていたからだ。

 心臓が早鐘を打ち、気の遠くなる思いがした雛子は、窓のそばの壁に背を持たれかけて座り込んだ。
 どうすればいいのだろう。ここから乱入でもして儀式の邪魔をするか。それともこの場は見逃して、帰ってきたところを待ち伏せて問いただそうか。
 そこで、もう一人そばにいることを思い出した。ふと千鶴がいたところに視線を移すと、彼もまた窓から目を離し、立ち上がっていた。自分が見上げていたのに気づいたのか、彼も雛子に視線を移し、自然と二人の目が合った。

「いやはや、ちょっと覗くだけのつもりがなかなかスゴイものと見ちゃったねー」

 口調と表情は変わっていない。いつもと同じ間の抜けた語尾に、へらりと笑った顔。だが、微笑みに細められた目が違っていた。薄暗くて瞳など見えるはずもない。だが、それでもその目には好奇心だけの今までとは違う、明確な意思の光が宿っていた。




 その晩、日付が変わってしばらくして離れに教授が帰ってきた時、電灯も消し、千鶴のために敷かれた来客用の布団にすでに横になってはいたが、意識は覚醒したままだった。

「教授?」

 まさか、千鶴が起きているとは思っていなかったのか、相当の動揺を見せて彼は千鶴に向き直った。

「青山君、まだ眠っていなかったのかね? 明日は早いんだろう?」
「教授こそ、こんな遅くまでどこへ行ってたんですかー?」
「ああ、祭の手伝いでね。明日の準備もあって、こんな時間まで掛かってしまったよ」
「蝋人形館の地下室でー?」

 あらかじめ用意してあったらしい嘘に対し、千鶴が真実を知っていることを匂わせると、案の定、教授は激しく動揺したようで、暗い中で表情は読めないものの、それでも大きく身じろぎ、しばらく沈黙した。

「……見てしまったのか……あれを……」
「はいー」

 返事をすると、千鶴はむくりと起き上がり、教授に向かい合って正座をすると、突然例の間の抜けた口調を忘れたように宣言した。

「というわけで、気が変わりましたー。帰るつもりだったんですが、僕は明日からも調査を継続しようと思いますー」
「……好きにしたまえ。私は君の調査に加わる気はないが、できる範囲で協力しよう」

 そう言って赤羽教授は自分の寝床に入ってしまった。彼の言動を見ていると、どうも千鶴がこの件に関して首を突っ込むことに、あまり賛成ではないらしい。しかし、それでもハッキリと反対をしないのは、その一方で何かを知ってほしい、という気持ちがあるからかもしれない。
 どちらであろうと、千鶴のこれからすることに変わりはない。


1902年01月06日(月) 呪縛の蝋・4

呪縛の蝋





 高野日奈、当時は二十二歳、素朴な可憐さはもとより、よく気がつき、村の誰もが彼女の幸せを願ってやまない器量よしだった。家が近かった赤羽とは幼いころからの付き合いで、その関係はごく自然に恋人同士となっていった。
 そのころの赤羽はすでに大学院生で、大学近くの下宿に一人暮らしをしていたが、長期休暇となれば家に戻っていた。

「俊ちゃんったら、帰ってくるたびに栄養失調になって帰ってくるんだから。お勉強も大切だけど、体を壊したらそれもできなくなるのよ」

 講座に入って自分のしたい勉強ができるようになってからというもの、研究にのめりこむあまり、食事をおろそかになりがちだった赤羽が帰ってくるたび、そう言って腕によりをかけたご馳走を作ってくれたものだ。
 高校を卒業した後、地元で働き始めた日奈であるが、このときすでに赤羽とは博士号を取って講師として働き始めた折には結婚しようと約束をしていたのである。しかし、それが果たされることは無かった。


 三十年前の夏、修士論文が佳境を向かえ、夏休みに入ってもなかなか地元に帰らなかった赤羽が実家に戻った盆の白灯祭も間近に迫った8月の半ばだった。
 赤羽を迎えた日奈の隣に一人の男が立っていた。この田舎には珍しく白い肌をもち、顔立ちが整った、さぞ女達が騒ぎそうな端麗な容姿。

「俊ちゃん、覚えてない? ほら、伊戸部さんとこの息子さん。中学までこの村にいた―――」

 日奈の紹介で、ようやく赤羽はその男のことを思い出した。伊戸部礼二、赤羽と同じ年でこの村の蝋人形館の蝋人形職人をやっている伊戸部宗太郎の息子だ。
 親の血筋か、村の中でも抜きん出た器用さと美的感覚を備えており、絵画のコンクールか何かで入賞し、父親以上の蝋人形職人となるべく中学卒業と同時にイタリアに修行に出ていた。
 今思えばその年の違和感の始まりはそこからだったはずだ。ところが旧友に会え、イタリアの様子などを聞いて話が弾んでいるうちに、それに気づけなかった。


 その違和感がはじめて赤羽の心を掠めたのは、帰ってきたその日の夜だった。いつもは、勉強にかまけてきちんと食事をとらない赤羽を叱りつつ、腕を振るってくれる日奈だが、この年に限って叱ることも食事を作ることもしなかったのである。
 単に仕事や白灯祭の準備で忙しいのだろう、とこの時の赤羽は結論付けた。今年は帰ってくる時期が時期であっただけに、仕方の無いことだと納得してしまったのだ。

 違和感が疑念につながったのは、その年の白灯祭だった。赤羽と日奈は例年通り二人で祭を回っていたが、どうも日奈の様子がおかしい。どこか口数が少ないうえに、時々他の考え事に気をとられているようだ。
 どうかしたのか、と聞いても日奈はなんでもない、とその都度苦々しさを帯びた笑みを返し、余計に赤羽の心配を募らせた。
 そのときから、赤羽は何かと日奈に対して気を配るように心がけることにしたのだが、肝心の日奈は盆が終わると朝に仕事に出たまま、なかなか帰ってこない。日奈の両親に聞いてみても、このところの帰りの遅さは不可解に感じているだけで、理由などは聞けなかった。


 ある日、赤羽は仕事の定刻の少し前から、日奈の仕事場の前を見張っていた。聞けば日奈の仕事はあまり残業がないタイプのものらしい。そこで、仕事の後彼女がどこに向かうのか後をつけてみようと思ったのだ。

 定刻をすこし過ぎると帰り支度を済ませたらしい日奈が仕事場から出てきた。赤羽は見つからないようにそっと彼女を尾行したが、彼女が歩くのは村に帰る道である。今日は普通に家に帰るつもりなのかと、なおも付いていくと、不意に日奈は帰路から外れた。そして彼女がたどり着いたのは、村の蝋人形館だ。
 玄関まで着くと、伊戸部礼二が日奈を迎え、二人して中に入る。どくり、と痛みを感じるほど心臓が大きく鼓動したが、おそらく蝋人形か絵かのモデルになっているのだろう。ここのところ帰りが遅かったのもいつもここによっていたからに違いない。そうして無理矢理自分を納得させたが、心の痛みは消えそうにない。
 赤羽はこの感情の名前を知っていた。これが「嫉妬」というものか。あまりにも当たり前に恋人同士になっていたために、今まで危機感など抱いたことが無かったのだが。
 ならば、と日奈が出てくるまで待とうとしたのであるが、運命が彼をあざ笑うがごとく、日奈はその晩に限ってその蝋人形館から出てくることはなかった。


 激しい落胆が彼を襲っていた。いくらモデルだろうと朝まで付き合うことはないだろう。つまり二人は“そういう関係”である可能性は極めて高い。だが、まだ信じたい。日奈を失うことなど受け入れたくない。彼の人生では女性は彼女だけ、愛する相手も彼女だけ。一生涯だ。失いたくない。失えない。
 日奈を問い詰めようか、それとも伊戸部のほうを責めようか。ともかく、ここで静観しているようでは話にならない。
 とりあえず、後をつけていたことは伏せて、日奈に夕べどこにいたのかを尋ねることにした。しかし、彼女は目をそらしたまま答えようとしない。そこで、伊戸部の名前を出した。尾行がばれてもいい。はっきりさせようと思った。
 伊戸部に気持ちが傾いているのか、と聞くと、日奈は激しく首を振った。

「違う! 私が好きなのは俊ちゃんだけよ! それは本当よ……信じて……」

 その激しい否定に安堵を覚えた。嘘ではない。少なくともそう信じたい。では何故、とさらに尋ねようとしたとき、異変は起きた。
 日奈の顔は青ざめ、呼吸がし辛いのか胸を押さえて、うずくまる。大丈夫か、と声をかけると、日奈は部屋の隅に置いてある自分の鞄を指差して答えた。

「薬……、薬をとって……」

 日奈が病を患っていることに衝撃を受けつつも、鞄をまさぐり、薬らしきものを手にしたそのとき、赤羽を更なる衝撃が襲った。
 その薬というのは、注射器とセットになっているものだった。注射器つきの薬などまともな病院や薬屋では処方しない。そして、今の日奈の症状―――まず疑いなく“禁断症状”だ。


 結果的に、赤羽はまず落ち着いて話をするためにその薬を注射してやった。
 そして、まず日奈に話したことは、彼女が「薬」と呼んでいるものの正体である。そのときの彼女の表情を見ると、日奈がそれが麻薬であると認識はしていなかったようだ。三十年前のこの片田舎では、麻薬のことなど知らないものがほとんどだったのである。
 彼女にこれを与えたのはやはり伊戸部であったらしい。精神的にショックを受けていた彼女にこれ以上問いただすのは酷だと考えた赤羽はとにかく、しばらく耐えれば禁断症状からは抜け出せることと、二度と麻薬を摂取するなと言い置いて、彼女の両親に事情を話しに離れた。

 ここで、彼女から離れず見守っていれば、彼女は守れたのかもしれない。だが、彼女に対する気遣いよりも伊戸部に対する怒りのほうが大きかった赤羽は、彼女を見守る、という一番大事なことを見逃し、両親に話をしている間に彼女が部屋を抜け出したことにも気づけなかったのである。


 日奈が部屋からいなくなってしまったことに気づいたのは、その日の夜、日奈の持っていた薬を持って、伊戸部が麻薬を扱っている事を警察に告発しに行った後だった。その際、警察官が気になることを言っていたのである。

「伊戸部礼二か……君、礼を言わせてもらうよ。これで彼に家宅捜査を掛ける口実ができた」

 先ほど、日奈の両親に相談した際、去年の秋ごろから次々に村の娘が五人、行方不明になっているという事実を聞いた。村は狭く、消えたどの娘も日奈とは親しかったため、かなり気落ちをしている様子だったと話していた。
 その失踪事件が始まった時期と、伊戸部礼二がイタリアから帰ってきた時期と重なるために、警察は彼を疑っていたらしいが、死体も見つからず、また、彼を疑うにも証拠・証言があまりにも少なかったため、家宅捜査も出来なかったのだという。

 姿を消した日奈が伊戸部の元に向かったのは明らかであったため、赤羽は息が切れるのにも気づかない勢いで蝋人形館へと駆けていく。今までの五人の村娘の失踪事件。伊戸部が犯人であった場合、おそらくその五人はもう生きてはいまい、と警察は考察していた。その事実が、焦燥感が彼の体を駆り立てていた。
 伊戸部が展示スペースの奥にある階段を下った先にある地下室を作業室として使っていることは知っていた。扉を開け、転がるようにその階段を駆け下りて、赤羽はその場で固まった。
 薄暗い電灯の下で、ワイングラスを傾ける伊戸部、その向かいに座っていたのは、赤羽に今まで向けていたものとはまるで性質の違う、よそ向けの微笑を顔に貼り付けた“高野日奈”だった。

「喜ぶがいい。君の愛する彼女が永遠の美を手に入れたことを」

 赤羽が突然やってきたことにまるで動じた様子も見せずに伊戸部礼二は言った。

「元々、彼女が余計なことに首を突っ込んでいたのがいけなかった。例の失踪事件を追っていたらしいが、中々手がかりが見つからなくてね、気落ちしていたので、少々薬を分けてやったらいたく気に入ったらしくてしょっちゅう相談をしにきてたよ」

 何のつもりか、ぺらぺらと上機嫌でしゃべり続ける伊戸部の言葉はほとんど聴いていなかった。

 何だ、これは。

 薄い微笑を浮かべたまま微動だにしない日奈の向こう側で、同じように椅子に座っている娘が五人。

 何だ、これは。

 震える足を何とか前に出し、どうにか日奈に歩み寄った。だが、正面で視線を合わせても、まったく反応がない。日奈、と名を呼び恐る恐る、彼女の顔に触れた。

 弾力と熱を失った肌―――明らかに、人のものではない。

 その瞬間、赤羽は悟った。彼の唯一無二の恋人、高野日奈を失ってしまったことを。

「彼女は、君のことばかり話していたよ。さっきここに来たときも、こんな薬に身を汚してしまって、君に申し訳ない、そう言っていた。相当悔しかったんだろうね、君を落胆させてしまったことが。何を思い余ってか、僕に襲い掛かってきたから、蝋人形にしてやったんだ」

 全身から力が抜ける心地がした。膝が崩れ、その場に座り込んでしまう。事実を拒絶し、嘘だと自分に言い聞かせることもできない。「心にぽっかり穴が開く」ということを赤羽は身をもって知った。

「何を嘆いている? 君は彼女を失ったわけじゃない。ここにいるじゃないか」

 伊戸部は隣に座る日奈を一瞥して言った。

「むしろ喜んだらどうだ? どれほど美しくても年をとればやがて誰もが醜く変わり果ててしまう。だが、こうして蝋人形にすることで永遠の美しさを手に入れることが出来るのだから」

 だが、もう日奈は自分に向かって話しかけることはない。体を気遣い、料理を作ってくれることもない。その空っぽな微笑のまま、豊かに感情表現をすることもない。

「同じ体になれば、永遠に一緒にいられる。彼女が動かないことで嘆くのならば―――」

 底冷えのする眼を細め、狂気じみた笑みとともに伊戸部が続けた言葉は、耳ではなく心に直接届くような妖しい響きを持っており、今でも録音でもしたかのように脳裏に焼きついている。

 ―――お前も蝋人形にしてやろうか?




「気がついたら、蝋人形館の外に駆け出していたよ。要するに逃げたんだな。もう動かない彼女からも、得体の知れない伊戸部からも」

 彼が、高野日奈を失った翌日、麻薬取締法違反の容疑で家宅捜索令状を持った警官たちが、蝋人形館に踏み込んだが、すでに伊戸部礼二の姿はそこに無かった。その代わりに、鏡で写したかのような伊戸部の蝋人形が残されていたという。
 同時に、高野日奈をはじめ、今まで行方不明であった五人の村娘の蝋人形が伊戸部の作業室で発見された。しかしながら、実際の身柄が見つからず、この事件は失踪した娘たちが蝋人形になって帰ってきたという奇怪な事件として、当時はずいぶん話題になったらしい。
 その後、“人体を蝋人形にする魔術”を研究していたという伊戸部礼二の手記が見つかり、この村ではこの蝋人形が実際に失踪した娘たちなんだと信じられている。

「だが、魔術や伊戸部などはどうでもいい。あの事件で悔やまれるのは唯一つ―――大切な人を守りきれずに失ってしまったことだ」

 赤羽教授は三十年たった今でも変わらず微笑み続ける高野日奈の蝋人形の髪を弄びながら、語り終えた。

「……それで、その伊戸部サンの蝋人形はどこにあるんですー?」

 しばらくの沈黙の後、千鶴が尋ねた。話には出てきたが、ここにあるのは六人の村娘の蝋人形だけだ。見渡す限り、それらしきものは見当たらない。

「ああ、あの中だ」と、教授が指差したのは、部屋の隅に置かれた長方形の箱だった。確かに人一人は入りそうだが、よくよく見てみると、箱には鎖が巻きつけられ、それが錠前で閉じられている。また、箱の表面にはいくつもの魔術的な文様が施された札が貼り付けられていた。

「やったことがことだからね。村に忌み嫌われて、あんなふうに封印されてしまったんだよ」

 封印、恨み、怨念、そういった言葉が不意に脳裏に浮かび、背筋を寒気が走る。この現代にここまでオカルトじみた話が実在していたとは。

「青山君」

 不意に名前を呼ばれ、千鶴は「はい?」と返事をしながら赤羽教授の方に向き直った。

「君の探究心は学者として、実に良い資質であるといえるが、ここで一つ忠告をしておこう」

 旧白灯村の人たち、特にそこにいる蝋人形の彼女たちの肉親は、ここに彼女たちの姿があり、そして死体が見つからないことで、“まだ彼女たちはここにいる”という希望を持っている。
 いかに千鶴が好奇心に任せて、真実を暴くことは、その希望を打ち壊すことになりかねない。いくら学者でも、人の心の支えを取り払ってしまう権利はない。教授の言いたいことはそういうことらしかった。

「もし、これ以上この事件について調べたいのなら好きにしたまえ。村の人は非協力的だろうが、何とか力を貸してもらえるように、取り計らってもいい。だが、真実を暴きだした後の責任をとる覚悟はしておくように」

 その口調はいつもどおり紳士の温和さを持っていた。だが、千鶴にはとても厳しい響きに聞こえた。


1902年01月05日(日) 呪縛の蝋・3

呪縛の蝋





 今の旧白灯村は、主導権が片品町のほうに移ったため、そういった動きはあまり見られないが、昔はどこの村にもあったように村興し、というものを考えたらしい。
 そういった計画の下、少しでもこの村のことを知ってもらおうと、村の主産物である木蝋の関連もあり、見物客を見込んで建てられたのが『白灯村蝋人形館』である。
 そう説明する赤羽教授の案内によって辿り着いた木造の洋館を眺めて、千鶴は言った。

「……またずいぶんとそれらしい雰囲気で」

 遠目には白亜に見えたが、近くによると木造の壁はささくれ立ち、塗装があちこち禿げ、申し合わせたようにツタが絡みつき、古さにむしろ誇りを持った感じすら見受けられる。確かに、“ああいった噂”が立てられるにふさわしい雰囲気といえた。
 近づいていくと一人の老人が、蝋人形館の入り口前をほうきで掃いている。彼も、こちらの気づいたのか、ほうきを動かす手を止め、顔を上げた。

「赤羽君? いつ帰ってきてたんだ?」
「昨日ですよ。お久しぶりです、伊戸部さん」

 伊戸部(いとべ)と呼ばれたその老人に、赤羽教授はぺこりとお辞儀をして挨拶をする。

「後ろの雛子ちゃんの隣にいる人は?」と、伊戸部老人は赤羽教授の後ろで立っている千鶴に視線を送って尋ねる。この時期は外部の人間の立ち入りを制限されているために、明らかに見たことのない人物に戸惑っているようだ。

「彼、青山君は私の教え子でして、恥ずかしながら例の噂に引かれて忍び込んできたのです。本来は即刻帰すところなのですが、せっかく来たのですから、教え子のよしみで、人形館くらい見学させてやろうかと」

 そういうわけで、人形館を開けてもらえないだろうか、と赤羽教授が頼むと、伊戸部老人は答えを渋り、外来である千鶴を怪訝な目つきでしばらく見る。そして、うーん、と唸った後、「……ま、いいでしょう」と、ようやく答えを返し、腰に掛けてある鍵束を赤羽教授に差し出す。

「君なら勝手が分かっているだろう? どうせこの後中の掃除もするつもりだったから出るときも鍵は閉めなくてもいい。ただ、帰るときにその鍵をワシに返すのを忘れないようにな」
「ありがとうございます、では」

 鍵束を受け取った赤羽教授は、老人に一礼すると、千鶴と雛子をついてくるように手招きをした。



 外見はいかにも古く、ほこりっぽい部屋を予想していたのだが、中は意外に清潔に保たれていた。

「それはそうだ。この蝋人形館は今でも普段一般公開しているのだからね」

 もっとも、客はほとんど入っていないらしいが、と正直に感想を述べた千鶴に赤羽教授は苦笑して答えつつ、電灯のスイッチを入れ、洋館の玄関ホールに灯をつける。
 窓から入ってくる日光では陰影がきつく、あまり良く分からなかった室内が伝統に照らされたその瞬間、千鶴は思わず息が詰まった。
 目の前にクラシックないでたちの執事と給仕が立っていたのである。その手前には『いらっしゃいませ、白灯村蝋人形館へようこそ』
と、達筆な楷書体で書かれた手紙が貼り付けられたスタンドが設置されていた。

「あぁ、びっくりしたぁ。蝋人形だったんだー」
「まるで生きてるみたいでしょ?」

 面食らった千鶴の反応を楽しむかのように、雛子は彼の顔を覗き込みながら得意げに言う。
 千鶴は蝋人形を実際に見るのが初めてというわけではない。卒業論文で蝋人形を取り扱っただけにいくつか蝋人形館を覗き、その精巧さに目を見張ったものだが、ここにある蝋人形は格が違う。まるで、実際に生きている人間をそのまま固めたような現実感があるのだ。いつ呼吸を始めてもおかしくない。

 広い玄関ホールにロープで仕切られた順路に沿っていくと、このような豪奢な洋館に住む欧州貴族の生活をテーマに、さまざまな情景が蝋人形で表現されており、それぞれの情景についての説明がそのどれかの人物の台詞として手紙に書かれ、スタンドに貼り付けられていた。
 企画自体はありふれたものだが、ポットから紅茶を注がれる瞬間を表現したもの(樹脂か何かで紅茶を表現している)など、芸が非常に細かい。

「これは職人の腕がよほど良かったんだなー」

 すっかり感心した様子で言う千鶴を、赤羽教授は「ここはまだ序の口だ」と言って、階段のほうへと導いていく。
 二階の展示部分は、階下とは趣が大幅に違い、生活習慣の紹介という感じはしない。まるで泉から上がってきたばかりのように、服ごとずぶぬれになって絡み合っている『水の滴る男女』、足の方から何か黒い液体に体を絡めとられている男を表現した『黒い衝動の束縛』、被弾して脇腹から出血しているが、木に寄りかかって安らかな死に顔を見せている兵士『ようやく見つけた安らぎ』。

「こりゃ珍しいねー」

 蝋人形は元々、医学研究のために解剖した遺体をそのままの形で蝋製模型として残すために作られたものだ。その後、歴史的に重要な場面を再現したジオラマを作って展示したのが蝋人形館の始まりで、現代の蝋人形館は、それに加えて有名人や故人を本物そっくりの蝋人形にして展示しているものが人気を博している。
 蝋人形、というものは低い温度で溶けるという性質が不安定なのか、このように何らかのメッセージをこめた芸術作品としてはほとんど考えられない。蝋人形作りはどちらかというと依頼されたものを黙々と作るような職人芸なのである。
 だが目の前にある蝋人形は明らかに“美術作品”として製作されたものだ。千鶴はあまり美術方面に造詣があるほうではなく、美術品としてのこれらの作品の良し悪しは分からないが、たしかに珍しい。

 そこで、製作者の人格に興味が移ったところで、千鶴は思い出した。

「これを作った人が例の蝋人形魔術を?」
「そう、伊戸部礼二(いとべ・れいじ)、という名前の男だ」
「伊戸部?」

 というと、先ほど表を掃除していた老人の名前ではなかったか。そういう意味合いでたずね返すと、赤羽教授もそれを察したのか、首を横に振って答えた。

「いや、彼、伊戸部宗太郎(いとべ・そうたろう)氏はその父親だ。この人形館においてある蝋人形を作っていた最初の蝋人形職人でもある。……ついてきたまえ」

 教授は半ば言い捨てるようにぼそりと言って、きびすを返すと先ほどの階段を降りていく。

「………」

 千鶴は先ほどから小さな後悔を覚えていた。どうも、自分が蝋人形魔術事件の話題を振ってから、教授の表情が暗い。普段から紳士めいた振る舞いで、温和そのものの教授がここまで心の闇をちらつかせたことがあっただろうか。
 ほとんど好奇心だけで首を突っ込んでしまったが、自分は知らずに赤羽教授の心の傷に触れていたのではないだろうか。
 ここを見終わった後で、本当に赤羽教授が自分に帰ってほしいと願っているなら、本当に帰ろう。


 赤羽教授は階段を降りると、先ほどの順路を逆にたどるのではなく、仕切りのロープをはずして、階段の奥に続く廊下に千鶴を案内した。そこは、展示用に装飾されているわけではないため、さきほどとは変わった殺風景さと薄暗さが目立つ。
 その廊下の奥にあるドアを教授は開けると、その向こうに現れた階段を一段降りていく。

「薄暗いし、勾配が少し急だ。足元に気をつけたまえ」

 教授のその注意どおり、その狭い階段はバリアフリーの精神など欠片も感じられない急勾配で、一段一段が狭く、気を抜くと踏み外してしまいそうだった。
 それを抜けると、二十畳程度の広さはある板張りの部屋にたどり着く。薄暗かったので中はあまり見えない。代わりに、この部屋の第一印象を訴えたのは嗅覚だ。鼻腔をくすぐるこの独特のにおいは間違いなく蝋のものだった。

 赤羽教授が真っ暗だった(地下室なので少し地上に出ている上部に申し訳程度につけられた窓から以外、まったく日光が入ってこない)部屋の電灯のスイッチを入れると、部屋の全貌が明かされた。
 そこはアトリエだった。二十畳はありそうな広い部屋にさまざまな蝋人形を作る道具が並べられ、そこここに散らばっているのは失敗したのか、腕や足、首といったパーツがあり、立てられたイーゼルの上にはデザイン画が描かれている。
 中でも目を引いたのは、部屋の中央に置かれた“六体”の蝋人形だった。これらには何の趣向も凝らさず、かといって一階の蝋人形群のように欧州人を模したものでもない。れっきとした日本人であり、格好としては昔の日本では普段着だった袴などが着せられている。

「これはひょっとして……」
「例の魔術で作られた蝋人形だよ」

 教授はその中のいったいに歩み寄ると、椅子に腰掛け、肖像画を描く画家に向けたようなすこしはにかみを混ぜた微笑を浮かべる女性の顔を覗き込んだ。
 その容姿を見た千鶴は、隣にいた雛子と見比べた。その視線に気づいた雛子はむっ、とした表情を見せて冷たく言った。

「あたしのお母さんのお姉さん。それに……」そして、目を伏せて付け加える。「オジサマの恋人だった人」

 雛子の言葉に、千鶴は弾かれたように赤羽教授に視線を移した。教授は、やや自嘲気味な笑みを返して言った。

「驚いたかな? 君の聞いた噂の事件、当時私は君が思うより遥かに近くにいたんだ」


1902年01月04日(土) 呪縛の蝋・2

呪縛の蝋




 がさがさ、という音を立てて森を抜けた千鶴は、茂みの陰からガードレール越しに昼下がりの住宅地を見やった。住宅地と言うには建物の密集度がかなり低く、ぽつりぽつりと大きめの古びた日本家屋が建てられているだけだ。
 見通しはかなりいいが、人影は見受けられない。真っ昼間の今なら家で家事をしているか、ワイドショーや昼ドラを見ながら菓子でもつまんでいる奥さん方くらいしかいないだろう。
 この、人が出払っている間に何とかキャンプを張れる場所を見つけたい。人を受け付けないなら宿の類も期待できないので、はじめから一週間くらい滞在できる用意はしてきている。
 上から見た限りではキャンプの場所は木蝋製造所の裏手が良さそうだった。近くを小川が流れて水が使えるし、村のほうからは見えづらい形でいい具合に開けている。
 あとは何とか蝋人形館に潜入していろいろ調べるだけだ。人の話を聞けないところがどうにもやりにくいが、白灯祭というイベントにも何らかの秘密は隠されているはずだ。それを見る価値は絶対にある。ひょっとしたら村の人たちの噂話のひとつでも拾えるかもしれない。少なくとも、外部の怪奇ミステリーに染まった人間が勝手に想像力を膨らませて語る噂よりもよほど信憑性は高いだろう。

 今いるのは集落の東端。目指すところは村の北東だ。住宅地に人がいるなら外を回りこむつもりだったが、住宅地の中を通っていけばずいぶん距離が違う。安全とはいえないが、早く寝床を確保しておきたかったこともあり、千鶴は住宅地をショートカットしていくことにした。

「よいしょっ……と」

 ガードレールを乗り越え、道を確認しようと顔を上げたとき、千鶴は凍りついた。

「アンタ、誰?」

 目の前に高校の制服を着た少女がいた。何かの運動部に入っているらしく、肩に掛けられたスポーツバッグは大きく、もうひとつ細長い棒状の袋が背負われている。あまり化粧っ気はないが、ポニーテールにほどよく日焼けた顔が健康的だ。

「イヤッ、山歩きをしてたらすっかり遭難してしまってね〜。ここはどこかなー?」

 一応、用意をしておいたとぼけ文句を口にするが、彼女はそれをきいて睨む視線を強くし、千鶴ににじり寄る。

「この辺に山歩きをするような場所があるなんて聞いたことないわよ! 初めからここに忍び込むつもりでやってきたんでしょ!? 時々いるのよね。この時期この村が立ち入り禁止になってるのを知ってて忍び込もうとするデバガメが!」
「出歯亀とはまた古風な言い草だなー……」
「いい!? あたし達が立ち入り禁止にしてるのはそれなりの理由があるからなの! あたし、アンタみたいな軽がるしく人の思いを踏みにじるようなケーハクな野次馬が一番嫌いなのよ!」

 男子大学生でも背の高いほうである(が、かわりに細身だが)千鶴にここまで強気に出られるとは外見どおりの性格らしい。これはまたとんでもないのに見つかってしまったようだ。

「分かった、悪かったよー。今日はこれで帰りますってー。村の出口どこ? 国道はすぐ分かるかなー? じゃ、僕はこれで。また来るよー」

 こうなったら、さっさとこの場から退散するに限る。帰ると見せかけて森に逆戻り。今度は慎重に外側を通っていこう。ショートカットをするつもりがとんだ回り道になってしまった。
 彼女に背を向け、坂を下っていく千鶴だったが、しばらくして後ろから足音がやまないことに気がついた。ゆっくりと後ろを振り返ると、先ほどの女子高生が彼の後ろからついてきていることに気がついた。

「あれ? 君の家はこっちなのかなー?」

 しかし、この道は先ほど彼女が上ってきた道だったはずだ。嫌な予感がしたが、目の前の気の強い少女はその期待は裏切らなかった。

「何言ってんのよ。アンタがちゃんと村を出て行くか見届けに行くんじゃない」

 どうやらこちらの作戦はお見通しらしい。これはどうしたものか。下の入り口がふさがれているから、遠いところから森に入ったのに、そこを出てしまったら挽回が利かなくなる。
 どうやって撒こうか、と思案しながら一緒に歩いている、というより連行されていると、前方から一人の初老の男性が坂を上がってくるのが見えた。しかも、見覚えのありすぎる人物である。
 その男性は俯かせていた頭を上げて、千鶴と目が合うとぴたりとその動きを止めて固まった。

「青山君!? どうしてここに……」
「それは僕の質問ですよー、赤羽教授」

 その二人のやり取りを聞いた少女は目を丸くして千鶴を振り返る。

「え? アンタ、オジサマの知り合いなの?」
「オジサマ……?」

 よく状況が理解できないが、どうやらここに赤羽教授が現れたことは彼にとって助け舟になるらしかった。




 ほどよく緑の生い茂る庭。日のよく当たる縁側。庭の木陰を通り、吹き込んでくる涼風を迎え入れて鳴る風鈴。香る畳の匂い、水滴の浮いた冷たい麦茶のグラス。正しい日本の夏だ、と思う。

「……私は“注意”したつもりだったのだけれどね」

 反対に煽ることになるとは、と赤羽教授は手元のグラスを傾け、麦茶の氷を鳴らしながら言った。

「教授もここが教授の実家だというのを黙ってたじゃないですかー」

 話を聞くところによると、教授が盆に帰るといっていた実家はこの旧白灯村にあったらしい。先祖代々の持ち家であったため、手放すには忍びなく、それならばと職場に近いところに別宅としてマンションを借り、時々こちらに戻ってくる形にしよう、というわけだ。

「というわけで、オジサマも困ってらっしゃるみたいだし、コレ飲んだら帰りなさいよ」

 麦茶を持ってきたお盆を胸に抱えつつ、冷たい視線を送るのは先ほど千鶴を見咎めた少女、名を三沢雛子(みさわ・ひなこ)というらしい。彼女はこの教授の母屋に住んでいる。というのも、昔、家が焼失してしまったらしく、それならば、と普段自宅に戻らず、すでに家族も亡くしていた教授が母屋を提供したのだという。特に光熱費を除けば家賃は取っていないらしいが、その代わりに留守がちの自宅を掃除をするなど管理をしてもらっている。それから離れを自分の書斎にした教授は、帰ってきた際にはそこで過ごしているのだ。
 オジサマこと赤羽教授のことは結構慕っているらしいが、千鶴はどうやら歓迎されていないらしい。オジサマの麦茶にのみ氷を浮かしているくらい露骨な態度の差別化である。

「いやいや、せっかくここまできたんだから、蝋人形館くらい見せてやってもいいだろう」

 初対面の男にまったく遠慮なく冷たい態度を貫く雛子に苦笑しながら赤羽教授は言った。

「でもそれじゃ東京に帰れなくなっちゃいますよ」
「今夜くらい泊めても構わない」からり、と彼はもう一度グラスの中の氷を鳴らす。「……それに、なぜ私たちがこの時期外の人を拒絶するのか、その理由くらいは教えてやってもいいだろう」

 そう続けた赤羽教授の声は何故か沈んで聞こえた。


1902年01月03日(金) 呪縛の蝋・1

呪縛の蝋


『蝋人形といえばさ、俺、変な話知ってるよ』

『つーか、変じゃない蝋人形の話なんて聞かないよな、さわやかな蝋人形の話とか想像できん(笑)』

『確かにね(笑)。で? どんな話なの?』

『創作とかじゃなくてさ、本当にあった話らしいんだけど、ある村に蝋人形館があってね、そこの蝋人形職人がさ、人間を蝋人形に変える魔術を編み出したんだって。それで、その職人自身も色男だったらしくて、自分に言い寄ってくる村娘を次々と蝋人形に変えちゃったらしいよ。六人ぐらい』

『そっくりの蝋人形を作って殺しただけじゃないのか?』

『当時の警察もそう考えて、遺体を捜したらしいけどただの一体も見つからなかったらしい。今も、その蝋人形館にはその娘達の蝋人形が残されてるんだってさ』

『へえ、その蝋人形、六体しかないのか? 村にその蝋人形職人が気に入った娘が六人しかいなかったってこと?』

『いや、蝋人形は全部で“七体”あるんだ』

『七体? 蝋人形にされた村娘は六人なんだろ?』

『こんなとこでも勿体振らないでよ。焦らさず話すべし』

『だから、「娘」じゃなかったのさ。その七体目は―――その蝋人形職人本人のなんだ。もちろん彼の姿もそれきり消えてこの事件は終わり。それきり進展はない』

『へえ、そりゃまた理解に苦しむ話だな。ところでそれ、どこの話なんだ?』

『群馬県だね、もっとも今は例の市町村合併で“村”ではなくなったらしいんだけど――』


   1


「……群馬県片品町白灯……“旧白灯(しらひ)村”、かぁ……」

 駅からヒッチハイクを乗り継いでやってきたのはとある山中だった。周りを見渡しても夏の日光を浴びようと必死で生い茂る緑の木のみ。自動販売機も、人気のないところにこっそりと置かれた、十八歳未満は利用できないものを最後にまったく見かけなくなっていた。
 ここまで乗せてくれたトラックの運転手も妙なところで降りるものだ、と怪訝な顔をし、背負っていた大きな背嚢の中身に関心を寄せていた。バラバラの死体でも入っているのか、と勘繰っていたらしい。

 千鶴は、コンパスと駅で買った地図を取り出して、現在の位置を確認するとガードレールを乗り越えて深い森の中に足を踏み入れた。その先には、彼の目的地がある。
 もちろん、村とは言っても、目的地・旧白灯村はそこまで徹底したド田舎ではない。自動販売機もあるし、二十四時間営業ではないが、コンビニもある。とにかく、こんな山中を歩いていかなければたどり着けない場所ではないのだ。

 では、なぜ千鶴はわざわざこんな面倒なルートを辿っているのか。その原因は目的地に関するある情報があったからである。




 研究室にしては埃っぽさが足りない。

 青山千鶴(あおやま・ちづる)は、赤羽俊彦(あかばね・としひこ)教授の研究室に来るたびにそう思う。整然と並べられた書物は、まあ分からないでもない。自分も本は大きさをそろえて並べておきたい性質だ。
 しかし、この部屋の整然清潔さときたら姑が口を挟む隙も見つからないほどで、それにとどまらず壁には小さな絵画が掛けられ、本棚の上などにも上品にインテリアがちりばめられている。

 目の前で、前期末試験のレポートに赤ペンを走らせている本人の姿も、シワ一つないスーツにぱりっと糊の効いたワイシャツ、その仕種でさえも、無駄ひとつなくびしっと決まっている。
 人は、こういう人間を指して“紳士”と呼ぶのだろうが、大学の生徒達はこの教授をそう呼ばない。

(うあー……)

 みるみるうちに、レポート用紙が赤ペンで真っ赤にされていく様子を見て、千鶴は内心で呻いた。
 赤羽教授に提出したレポート用紙は全て赤ペンによる校正が入って帰ってくる。それがいい加減な気持ちで適当に書いたレポートでさえも本気で校正するので、提出期限前夜に徹夜をし、インターネットからコピー&ペーストで手抜きをしようものなら、たちまち文体の違いを見抜かれて赤ペンが入ってしまう。だが、適当でも一応の苦労をして書いたレポートにそこまで細かくダメ出しされて気分を害さない人間はいない。またレポート評価が厳しく単位のとりにくい授業と見れば逃げ腰になる生徒も多く、赤羽教授の講義を履修するのはそれなりに真面目に授業に取り組む根性のある生徒に限られてくる。
 また、赤羽教授は一種の色覚障害なのか、訂正だけでなく、普通に文字を書くときも赤ペンを使う。それだけならともかく、講義で赤チョークを使うので彼の板書はすこぶる評判が悪い。(字自体はとても綺麗なのだが)
 以上の特徴的な行動から、人呼んで“赤ペン先生”。それが“紳士”を差し置いて彼に与えられた称号である。

「これからの休みはどこかに出かけられる予定なんですかー? 教授」

 評価が終わり、疲労のにじむ吐息と共に渡されたレポート用紙の束をクリアファイルにはさみ、付箋に日付を書いて貼ると、「返却」と書かれたファイルボックスに収めながら千鶴は聞いた。
 この質問は、夏休みに“遊ぶ”予定を尋ねているのではない。生徒への講義以外に研究という大きな仕事のある大学教諭職は、夏期休暇という期間が持つ意味は非常に重要だ。研究によっては長期にわたって現場に滞在して行うものもあるのである。
 教授も前期の講義のレポート評価、新学期の講義の準備などで今までの夏休みをつぶしてきたが、まだ夏休みは一ヶ月と半分残されている。

「ああ、盆に一度本宅に戻ってゆっくりした後、インドのほうを見て回ろうかと思っているよ」

 教授は東京から少し離れたところに先祖代々住んできた“本宅”を持っているらしい。普段は大学に程近いところに“別宅”としてマンションの部屋から通っている。

「君はどう過ごすのかな? 大学院行きはもう決まっているし、卒業論文もほぼ完成と見たが」
「あれに関連してちょっと面白い噂をネットで拾ったので、ちょっと現場に行ってみようかなぁ、と思いましてー」
「噂? 蝋人形の?」

 赤羽教授の民俗学のゼミで、千鶴は“蝋人形”を取り扱った。いささか意表をついた論点ではあるが、蝋人形は昔の風俗を非常に正確に表現しているという内容でいくつか例を挙げて並べたものだ。

「ええ。群馬の方にある蝋人形館なんですが、車で行けないこともないでしょー?」
「もしや“旧白灯村”のことかな?」

 言おうとしていた地名を先に言われ、千鶴は目を丸くした。しかもそんな僻地の名など知るはずがないと思っていたのに。

「インターネットで調べたと言ったね? ならば私と同じルートで突き当たったのだろう」

 千鶴の表情に疑問の色を見て取ったのか、先手をとってそう答える。確かに同じ言葉で検索を掛ければ大抵同じ結果が出る。となると、この話を知っていたとしても不思議はなかった。

「いつ行くつもりかな?」
「できればすぐに。ちょうどお盆ですしー」
「お盆は止めておきたまえ。あそこはお盆の間、出入りを禁止されているからね」

「え?」と、未知の情報に動揺する千鶴に、赤羽教授はさらに説明した。
「白灯村はいつもお盆に白灯祭(しらひまつり)っていうお祭りをやるんだが、そのお祭りの間、外部の人間は中に入れないんだ」
 白灯村に続く道は一本なのだが、その一本がその祭りの間、封鎖されてしまうと言うのだ。
「行くなら、お祭りが終わってお盆が明けた後にするのだね」




 行くなと言われると、行きたくなる。

「それが人情ってモンでしょうー!」

 その主張を掛け声にして、千鶴は丘を越える最後の一歩を踏み出した。背中に大荷物を背負って道なき道を踏破するのは正直辛かったが、大学時代を通して登山部に所属し、鍛えてきた健脚はまだまだ余裕がある。
 背嚢の側面についているポケットから水筒を取り出すと蓋を兼ねるコップに麦茶を注ぎ込み、一息つきながらこれから下りていく丘の麓に広がる景観を眺めた。

 白灯盆地。それが眼下に広がる地形に与えられた名称である。それは盆地と言うよりすり鉢のようで、そこにあるべき平地は申し訳程度にしかない。
 その平地も盆地の五箇所から流れてくる小川が合流して白灯川となり、下流のほうに流れていく。地図に大きな間違いがなければそれを下っていくと片平川へと合流し、やがて利根川にたどり着くはずだ。
 その白灯川に沿ってこの村唯一の外部とのつながりである国道が通っており、それが村の中心へと至っている。そこには村役場と見られる建物や、その他商店などおよそ主要な設備は盆地の真ん中である平地部分に建てられているようだ。
 その周りを囲むように段々畑が設けられており、ポツリポツリと農家や住宅地が存在していた。
 また、盆地の奥のほうに一つだけ工場のような建物がある。木蝋の製造所だ。実は白灯村は東日本、しかも山奥の群馬には珍しい櫨(はぜ)の木の数少ない群生地のひとつで、この村の主産業は和ろうそくなのだ。

 そして村の中心に目立っている洋館、それが噂の現場―――白灯村蝋人形館。


1902年01月02日(木) 呪縛の蝋・目次

呪縛の蝋




 三十年前、群馬県白灯村にて、六人の村娘が相次いで失踪する事件があった。

 次々に失踪していく村娘はあとになって、その娘そっくりの蝋人形がその町の蝋人形館にて見つかった。他に生きている姿も見受けられず、遺体ももちろん見つからない。

 そして、六人目の村娘が失踪し、同時に蝋人形として見つかった日、同時にその蝋人形館の蝋人形職人も自身の蝋人形を残して姿を消す。


 この状況を受けて、人々は噂した。


 一人の蝋人形職人が、人間を蝋人形に変える魔術を編み出し、六人の村娘を次々と蝋人形に変えてしまった、と。

 



前編『白灯村蝋人形魔術事件』


                  


中編『真相を求めて』


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後編『呪縛の蝋』


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あとがき

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