言の葉孝

1902年01月27日(月) ファルとリク 5『アブないハカセ』前編

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 5『アブないハカセ』前編

 アソーティリは、組織に属しないものたちのための仕事の斡旋業が盛んであるため、“自由業の街”とも呼ばれている。
 技能を持ちながら組織に属することができない、あるいは属することを好まない、つまりそれはそれだけクセの強い人物だということだ。そんな人間があふれかえる街であるので、この町にはやや変わった人間が多かった。

 変わっているだけならいいが、多少強引過ぎる人物もいたりするので、それが事件を引き起こしたりもする。

「だぁかぁらぁ! オレッチさあ、見てのとおりすんげー強いのよ。こんなに強いオレッチにさあ、仕事がないなんておかしいでしょ? 何、除け者? オレッチが田舎者だからって除け者っていうのはないんじゃない?」
「俺が雇う人間にも、田舎者はいっぱいいるし、そもそもアンタの出身を聞いた覚えはないんだがな……」

 斡旋所もかねている酒場『自由の勝利亭』には今まさにそういう類の傭兵が出没していた。

「だったら何で、この仕事やらしてくれないのさぁ!? 要人警護! 富豪の旅行の用心棒!」

 『自由の酒場亭』には掲示板があり、依頼のあった用件を書いた紙が張り出されている。その内容は依頼の概要と、報酬、労働条件等だ。
 簡単に言うと、これを持って店主に「この仕事がしたい」と申し出れば、仕事の斡旋をしてもらえるのだ。当然、申し出たからといって必ず雇ってもらえるとは限らないが。

「その報酬・金二十枚! 金持ちとお近づきになれる上に高報酬! 楽そうだし、旅行の警護ともなれば宿も高級、食事も豪華! これほどいい条件ってなかなかないじゃないさぁ!」
「そういうシタゴコロがある時点で駄目なんだと思うが……、とりあえず、採用条件を見てくれ」

 迫力満点に詰め寄られている割には冷静に、『自由の勝利亭』店主・ウォンが募集の紙の一部を指差す。

『採用条件・実戦経験のある魔導士であること』

 短く書かれた条件欄にはそうかかれていた。

「まだ魔導士か! どうしてオイシイ話は全部魔導士なのさ!? 生まれ持った才能で違ってくるなんて世の中間違ってるよ!」
「間違っていたとしても正せないし、この条件は覆らない。それより、」
「オレッチの強さ見せようか!? 絶対そこらの魔導士より強いよ! だからこの仕事斡旋してよ!」
「あのな」
「オレッチの強さ見せようか!? 絶対そこらの魔導士より強いよ! だからこの仕事斡旋してよ!」

 完全に壊れた“受信器”状態になっている。

「おーい、“オレッチ”。ちょっとこっち向けー」

 そのとき別方向から、声をかけられた。妙なあだ名をつけられた傭兵は、ぐるりと視線をその声の主に移す。そこにいたのはその傭兵と同じくらいに体の大きな男だった。その隣では、十歳くらいの少年が昼食を食べ終わり、水を飲んでいるところだ。

「何さ、オッサン! オレッチ、この店主と話をしてるんだ、用なら後にしてくれ!」
「ああ、ちょっと待ってくれ、リク、あのな」

 呼んでおいて、平気で隣の少年にボソボソと耳打ちする。リクと呼ばれた少年はうなずくと、無垢な笑顔を傭兵に向けていった。

「ヒトの話もきかないでイッポウテキにシュチョウばっかりしてるなんてサイアクだよね。ママのところにかえってヒトとの話しかたをベンキョウしなおしな?」
「何言わせてんだファルガールーーーーーーーーーーーッ!」

 言った本人が意味が分からず疑問形であることも、とっさにウォンが突っ込んだことも、まったく意に介していないのか、その言葉は傭兵に劇的な効果をもたらした。

「何だとコラガキーーーーーーーッ!」

 傭兵はその巨体に似合わない素早さでリクのもとに駆け寄ると、周囲が散らかるのも全く気にせず、その顔面に拳をつきこむ。
 誰もがその威力にリクの体が吹き飛ぶことを想像したが、リクはその拳をよけていた。そのまま流れるような動作で懐に飛び込むと、がら空きの鳩尾(みぞおち)に掌底を叩きこんだ。

「ハイッ!」

 その衝撃に身をかがめ、下がったアゴを思い切り蹴り上げる。

「おごおぉぉ!?」

 妙な悲鳴をあげて、綺麗に宙を舞う傭兵の姿に、その酒場にいた誰もが目を丸くする。

「ファル……、おれホメたのにこの人、ものすごく怒ったよ?」
「ほめ言葉だ、なんて言ったか? まぁ、よくやった」

 あっさりとぼけるファルガールを横目に、ウォンはリオに保安局に連絡を入れるように指示をした。


   *****************************


「ファルガール……、リク、十一歳児にしては強すぎないか?」

 アソーティリに住み始めてから早くも半年が過ぎていた。そのうちに、リクも誕生日を向かえ、十一歳となっている。その間、ファルガールはリクをあちこち連れまわしながら鍛えていたらしい。

 もともと、体力は常人離れしている十一歳男児であるが、あの体捌きはともかく、あの巨漢を蹴り飛ばした怪力は明らかに人としての限界を超えている気がする。
 まるで、魔法でもつかったかのように。

「それそれ。魔法を使ってたのさ」
「……教えたのか、魔法」

 ウォンが知りうる限りでは、リクにはまだ魔法は教えられていないはずだった。師匠であるファルガールはとある目的のためにリクを鍛える必要があるのだが、必要な力を得るために魔法は必要だった。
 ところが、リクは魔法を使うために必要な魔力を本の少量しか身につけていいない。今のままでは教えてもマッチの火程度の効果しか見出せないため魔法を教えるのは自動的にお預け状態になっていた。

「まぁな。本人はぜんぜん魔法を使ったなんて意識ねェけどな。さっきのは筋力増強の魔法だ。呪文は要らねェけど、ちょっと特殊な呼吸法をすることで全身の筋力を底上げする。とりあえず魔力を増やす手段が思いつかねェから、逆に今の魔力で使える魔法を探したんだ」

 体外に効果を及ぼす魔法より、体内で効果を及ぼす魔法のほうが比較的に効率が良く、少量の魔力で大きな効果が期待できる。呪文を覚えさせてもいいが、大仰な呪文はスキができやすいので“呼吸法”を使ったものの方がいい。有名な格闘家もそうだった。
 今の研究で魔法を使ったものだと考えられているが、全く気づいていない本人は、「全身の気をめぐらせて膂力を上げる呼吸法」としてそれを記し、残した文書があったのだ。

 ファルガールはもともとエンペルファータの魔導学校で生徒を教えるとき、生徒それぞれに合った戦い方、訓練法を考えて実践させることを推奨してきた。
 だから、リクを教える際にもその思想は生きていたのだ。さすがにエリートが揃う魔導学校の場合は魔法が使えないほど魔力の量の低さという特性はなかったが。

「でもまぁ、ちょっと効果が劇的過ぎる気はするな。魔力量はともかく、魔導制御の才能はある方かも知れねェ……。それはそうと、頼んでおいたアレ、見つかったか?」

 ファルガールは便利屋であるウォンにひとつ頼みごとをしていた。魔力を増やす方法についての研究論文か何かを探してほしい、と頼んでいたのである。今までは自分ひとりで何とかするつもりだったらしいが、いろいろ試して限界を感じたらしい。専門家の知識を仕入れなければ話にならないと思ったのだ。

「ああ、その話、だが……な」
「お前にしちゃ歯切れが悪いな、ウォン」

 冷静な性格で、普段は言いよどむことなどほとんどないウォンが、珍しく言いにくそうにしている。それを見たファルガールはいやな予感が背中を走った。
 そのタイミングを見計らったように、酒場の扉が開く。

「ごきげんよう、皆の衆!! こんな天気の良い日に、酒場に引き籠(こも)って酒盛りとは嘆かわしい!」

 アソーティリ市長の息子・ジュリアーノだ。自称、七光りのバカ息子である。もっともこれは自他ともに認められつつある称号であるが。

「……営業妨害で訴えるぞ、ジュリアーノ」
「待て待て、ワタクシは酒場に籠るのが悪いと言っているのであって、酒を飲むのが悪いと言っているわけではない。だからみんなで外に出て呑もうと言っているのだ! さあ、どの宝石よりも美しい太陽の下で、その太陽よりも熱い宴を開こうではないか!」

 そう言って、片手に持ったワイングラスを掲げてみせる。

「……持ち歩いてんのか、アレ」

 それで挨拶を済ませたつもりなのか、ジュリアーノはつかつかと、ウォンとファルガールのもとに歩いてきた。

「何の用だよ、バカ息子」
「フッ、そんな口をワタクシに利いていいと思っているのかな? 今日は君にとって耳寄りな情報を持ってきたというのに」
「耳寄りな情報? 何だそれ?」
「無礼な口を利く者にくれてやる情報はないね」

 珍しく攻めに回ったジュリアーノを、ファルガールは華麗に無視をした。

「ウォンなら知ってんだろ」
「ああ、実は」
「ままま、待ちたまえ! ワタクシが持ってきた情報だ! ワタクシから語るというのがスジだろう」

 ウォンに話を聞こうとすると、あわてた様子で口をはさむ。

「え、でも喋る気ねェんだろ、喋らなくていいから、表に行ってワイン一本空けてこいよ」
「み、認めよう! ワタクシの負けだ! ぜひワタクシに耳寄りな情報を喋らせてほしい!」

 大げさなことに、ジュリアーノは深々と頭まで下げたものである。


「実はな、三日前からアソーティリにエンペルファータから研究者がやってくるのだ。その住居を世話してほしいと、父がエンペルファータから相談を受けてね」
「エンペルファータからアソーティリに? 普通逆じゃねぇのか」

 エンペルファータは今やあらゆる分野において研究者たちの最高峰だ。彼の地で研究できるという名誉は他の何にも勝るとさえ言われている。設備は整い、資料も豊富、最高級の人材も掃いて捨てるほどいる。

「何にも代えがたいのが“環境”というものなのだそうだ。自然を研究しようとするならば、研究所の外に出なければならない。今はエンペルファータの名誉の椅子に座って動かない研究者もいるみたいでね、そのスジによればちょっとしたモンダイになっているそうだよ」

 どのスジだよ、と突っ込む気も起らない語り口である。

「じゃ、その研究者を俺達に紹介してくれるってことか?」
「うむ、便宜を計らおうではないか。あまり人とは関わりを持ちたがらない人だがこのワタクシから特に頼めば―――いたっ、何をするのかねウォン!?」

 ジュリアーノが得意げに胸をそらしたところで、ぱかんとウォンが木べらでその頭を打つ。言葉を遮ったところで、ウォンが言葉を引き継いで修正した。

「実はその研究者から、市長に実験や、データを提供してくれる魔導士を紹介してほしいと依頼がきたそうだ。お前達に丁度いいと思ってな」
「コノヤロ、何が“ワタクシから特に頼めば”だ! 向こうから頼んでるんじゃねェか、恩着せがましい真似しやがって」

 この次期市長最有力候補は、とぼけているようでいて、かなり計算高い一面がある。この半年だけでも簡単な任務に見せかけて、ジュリアーノの別の懸念を解決する羽目になったことは一度や二度ではない。

「クッ……さすがに学習してきたと見える。……ところでウォン、その研究者からはいろいろ情報が得られるように便利屋も紹介してほしいと言われているのだが……」
「ああ、それならこの酒場と名前を教えておいてくれれば、情報は料金次第だと伝えておいてくれ」

 便利屋には大別して二種類あり、表だって活動し、お金さえ出せば誰の依頼でも請ける者と、普段便利屋としての活動を公言せず、誰かの紹介なくしては依頼を受けない、いわゆる“一見さんお断り”の者がいる。
 ウォンは珍しい両方のタイプだった。仕事の斡旋業としての便利屋の顔は表に出し、情報屋としての顔は普段奥に潜めている。その二つの顔を状況によって使い分けるウォンは実にクレバーな便利屋なのだが、一つだけ欠点があった。

「そうか、ワタクシの顔を立てるためにも挨拶に行って欲しかったのだが。しかたがない、麗しき研究者としても名高い彼女には、冷たくも自分から来いと言っていたと伝えよう」
「さあ、何をモタモタしているんだ、商売人として挨拶は常識だろう! 他ならぬジュリアーノの顔を立てるためでもあるしな。仕方がないから行ってやろう! リオ、夜まで店頼むな」

 それは、彼が異常なほど美女に目がないというところだった。

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