言の葉孝

1902年01月28日(火) ファルとリク 5『アブないハカセ』後編

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

 5『アブないハカセ』後編


 その研究者・シーエ=ルミークに与えられた研究室は、アソーティリにある高等学校にあった。研究所といえば、エンペルファータだが、まさか学校がエンペルファータにしかないということはない。特にアソーティリのような大きな街には、高等学校施設が一つはある。
 アソーティリ市立高等学校には、研究活動ができる研究棟があり、客員教諭として教える代わりに、研究室を提供しているのだそうだ。

「……205号室。ここだな」

 研究室の戸についていた呼び鈴を押すと、中から物音がしてかちゃり、とゆっくりとが開いた。
 噂のシーエ=ルミークは確かにジュリアーノが評するとおり、化粧っ気はないが、見目の良い上品そうな娘だった。

「えーと、あなた方は?」
「はじめまして、市の紹介でまいりました便利屋で、ウォンと申します。そっちがファルガール」

 スッと一歩前に出し、相手の目を見つめ、胸に手を当てながらお辞儀をするウォン。

「ウォンおじさん、いつもより三ばいダンディだね」
「……女の前だからなぁ」

 いつもは冷静な対応の多い、ウォンの変貌に少し呆然としているファルガールも挨拶を済ませる。

「ファルガール=カーンだ」
「ああ、あなた方がジュリアーノさんの紹介の。初めまして、シーエ=ルミークよ。よろしく。専攻は、魔力学。よろしくね」

 研究者によくある、じめじめした雰囲気が全く感じられない笑顔で、シーエは挨拶を返す。

「はじめまして、リク=エールです! 十一歳です!」

 続いてリクが元気よくやっと覚えたまともな挨拶をすると、シーエは初めてリクの存在に気がついたらしい。弾けるように、リクの方に視線を向けたかと思うと、そのまま数秒中止する。

「あの、シーエ博士?」
「ああ! ごめんなさい、よろしくね。私のことはシーエでいいわ。これからはお互いに協力し合う立場だから、敬語とかは無しにしましょう」
「そいつは助かる。敬語の類は苦手でね」

 苦手どころか、魔導学校の校長に向かってすら、タメ口で話していたファルガールである。


 シーエは三人を研究室に通すと、応接用のソファに座らせ、豆茶を淹れてファルガール達に出す。

「飲んでみて。いいアイデアはいい豆茶から。私、豆茶には結構うるさいのよ」
「うん、いい香りだ。この渋み、この旨味。豆の選択も、挽き方もこだわりが感じられる」
「確かにうめぇな」

 ほめられて、シーエは得意そうに笑みを返す。自分から言うだけあって、その豆茶は香り高く、自ら挽くからこそ味わえる新鮮な風味があった。
 しばらく、豆茶談義をしていたが、ファルガールがふと隣を見る。リクが、熱い豆茶をふーふー冷ましながら一口ずつ飲んでは顔をしかめていた。

「リク、おこちゃまにはちょっと苦すぎるんじゃねぇか? このお師匠様がミルクと砂糖をもらってやってもいいんだぜ」

 意地の悪い笑みまで浮かべて言うのだからタチが悪い。そんな言い方をされて引き下がれるわけがなかった。

「だ、ダイジョーブだよ! シーエさん、このアジワイ、オトナの味だね!」
「え!?」

 突然話しかけられたからなのか、今までファルガール達が豆茶をすする様子を眺めていたシーエがビクリと体を震わせる。

「なななな、何かしら、お代わりかしら!?」

 そしてリクのカップに豆茶をドボドボと注ぐ、なぜか明後日の方を向いており手元を見ていないため、豆茶は遠慮なくこぼれて、あたりを侵食しだした。
 それを見たシーエは「わわわ」とまたあわてて、こぼれた豆茶を雑巾で拭こうとして、その熱さに飛び上りもする。

「……? 調子が悪いのなら、そう言ってくれればまた出直させていただくが?」
「いやいや、体の調子が悪いというわけではないの」

 怪訝そうな目を向けるウォンに、シーエは咳払いを一つして冷静さを取り戻す。

「ところで、魔力を増やしたいというのはファルガールさんかしら」
「ううん、おれだよー」

 はいっ、とリクが手を挙げる。

「ひょあう!?」
「シーエ?」

 奇声をあげてしまった研究者に注目が集まった。しばらく沈黙が続いたあと、シーエはぶんぶんと手を振って仕切り直す。

「ああああ、いやいやなんでもないわ。そう、り、リク君のほうね。魔力値は今はどのくらいなの?」
「こないだ測ったので十二マナだな」

 ちなみに一般的に、魔導士を名乗る実力を得るには、最低五十マナはなくてはならないと言われている。十二マナではお湯を沸かす魔法がせいぜいといったところだろう。

「だが、コイツはどうしても強くならなきゃいけねぇ事情があってな。魔力が増やせるなら、この際何にでもすがりてェ状況なんだ。多少怪しい実験だとしてもな」

 体内の魔力はめったなことでは増えることがない。実例がないわけではないが、なぜ増えたのか本人にも分からない場合がほとんどで、保有魔力の増加は一つの奇跡と言われている。
 どのくらい奇跡かというと、「魔力が増えます」という謳い文句の怪しい商品の魔力が増えたらしき人への対話が載っていた紹介文書が時々掲示板の広告枠を飾り、、魔力が増えたという魔導士が他の魔導士にその秘密を教えるということで授業料を取り、そのまま行方をくらます詐欺事件が後を絶たなかったりするくらいである。

 実はその手の怪しい噂もいちいちウォンに裏を取ってもらっていた。ことごとくガセや詐欺という結論が下されていたが。
 つまりそれほど、ファルガールは魔力を増やす方法を貪欲に探していたのである。

「率直に聞くがアンタの所で、いくつか方法にアテはあるのかい?」
「確証が取れた方法はないわ。しかし、いくつか仮説があるの。それをリ、リク君に一つ一つ実験をさせてもらえればと……」
「ちょっと待った」

 シーエの説明を、ファルガールが遮る。

「もういっぺん、リクって言ってみな」
「リリ、リク君」
「なるほど、リクの名前を毎回どもるんだ」

 そういえばこのしっかりした研究者が、奇声をあげたり、妙な様子を見せるときはいつもリクを見たり、リクが何かを言ったりするときだった。

「リク、このおねーさんの隣に行ってみろ」
「え? うん」

 訳が分からない様子で、リクはシーエの隣に座る。

「きゃ………」

 声が出かけたシーエだったが、何とかその声を飲み込む。
 息を止めているせいもあるが、その顔が完全に紅潮仕切っていた。

「あれ? シーエおねえちゃん、カオ赤いよ? だいじょうぶ?」
「お、おねえちゃん………!」

 それがとどめだった。
 シーエはしばらくうつむいたままフルフルと体を震わせると、「もうダメーーーーーーーーー!」ガバッとリクの小さな体を抱きしめた。

「やわらかーい! ちっちゃーい! 肌すべすべ! リク可愛いよリク! ハァハァ!」
「わあっ!? なにナニなに!?」
「りりりり、リク君! お願い! もう一度言ってみて!!」

 ガシリと肩を掴まれ、鼻息荒く真剣なまなざしで見つめるシーエに、リクはとても戸惑う様子を見せている。

「な、何を?」
「“お姉ちゃん”ってやつ!」
「おねえちゃん」
「ああぁぁんっ♪ 声変わり前の男の子の声で“お姉ちゃん”! こんな形で夢がかなうなんて! ああ、長ズボンなんてもったいない! 男の子はやっぱりヒザ小僧が見える半ズボンよ!?」

「発言がアブないぞ……、趣味がどうのこうの言う前に」
「おい、ウォン、あの学者、問題起こしてエンペルファータを追い出されてきたんじゃねェだろうな」

 もはやツッコミという横やりを入れる隙も見つからないファルガール達は所在なさげにぼやく。
 その眼前で、シーエはアソーティリ中に響きそうな声で歓声を上げた。

「アソーティリに来て良かったわ! こんな理想的な男の子が研究対象なんてシアワセ――――――!」

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