言の葉孝

1902年01月22日(水) ファルとリク 1『はじまり』

まほゆめ外伝短編集・ファルとリク

1『はじまり』

 風が丘を駆け抜け、草花を揺らす。
 露になった地面のところどころが焼け爛れていた。
 そして、焼け爛れた地面のそばには瓦礫の山が詰まれ、申し訳程度に残った壁が、そこに建物があったことを教えている。
 そんな風景を、振り返る大人と子供がいた。

「よし、行くか」
「うん」


 一昨日までは、ここにエールという名の村があった。
 今ここにいる人間は大人と子供のわずかに二人だけだった。そのうち、大人の方はファルガール=カーン。魔導文明の最先端であるエンペルファータの魔導学校で、教師を務めていたという凄腕の魔導士である。
 だが、彼をもってしても、昨日この村を襲った“大災厄”と呼ばれる全てをなぎ倒す災害に立ち向かうことはできなかった。魔導学校の教師である以前にも世界最強を決めるファトルエルの決闘大会で優勝しており、強さにおいてはかなりの自身を持っていたファルガールであるが、自分以外、誰一人救えなかったことに、自らの驕りを悟り、無力を嘆いていたところだ。

 子供の名はリクというらしい。こういう小さな村では村の名が姓であるから、リク=エールというところだろう。“大災厄”の中でファルガール以外に唯一生き残った子供だ。


 エールの人口は百に満たなかったのが救いだった。それ以上あると流石にすべての遺体を片付けるわけにはいかなくなる。
 ファルガールは魔法で地面に大穴を開け、リクと二人掛かりで何とか遺体を片付けたのが昨日の夕方から今日の朝までの仕事だった。

 ファルガールは元々このエールの住人ではないから、この村が無くなったところで、住む所に困るわけではなかった。
 しかしリクは違う。聞けばこの村以外の人里に行ったこともないらしい。つまり、この幼くして天涯孤独の身となってしまった少年にとっては、失われたばかりの村とその周囲だけが世界の全てだったのである。
 つまり、一夜にして知っている世界を全て失くしてしまったのである。

 だが、本人は悲しむ様子はまるで見せなかった。
 明るい表情こそあまり見せないものの、実に淡々と作業をこなしている。流石に両親の遺体を片付けるときには多少はこたえていた様子だったが、それでも涙を一切見せなかった。実は、淡々とした態度は何かを堪えているのだということを、ファルガールは後で知ることになる。

「父さんとヤクソクしたんだよ」と、本人は語った。「泣くな、泣かすな」がほとんど唯一の説教だったらしい。だが、端的ながらいい教育方針だとファルガールは思った。


「これからどうするの?」

 昨日の夕食は、おもにこれからの予定が話題になった。ファルガールはあまり過去を語りたがらなかったし、エールの話をして取り戻せない故郷への郷愁を誘うことはない。

「リクはどうしたい?」

 ファルガールは実のところ迷っていた。大災厄の翌日は、リクに大災厄を退治するのを手伝ってくれと頼んだし、彼もそれを了承した。だが、それはある程度魔導を極めたファルガールをもってしても想像がつかないくらい果てしなく、厳しい道だ。
 子供の覚悟は無責任なものであるし、何も知らないうちからそんな道を歩ませるのは気がひけた。

「ぼくは、強くなりたい。あの“あらし”に負けないくらい。……ねえ、おじさん」
「おじさんじゃねぇよ。ファルガールだ」

 お兄さんだと呼ばせる気はないが、せめてそこだけは否定しておきたいところである。

「ふぁ、ファル……ガー…? 長くておぼえられない。ファルでいい?」
「構わねぇよ。おじさんよりずっとマシだ。で、何だ?」
「ぼくに“まほう”を教えてくれないかな?」

 その質問に、ファルガールは驚きと困惑を覚えた。
 まず、驚きとは、自分が強くなるために一番現実的で具体的な方法をこの子供が考えていたことだ。普通のこの年頃の少年なら「強くなりたい」と思うだけだろう。
 しかし、それは難しい相談でもあった。魔法が上達するかどうかは大きくその人物の素質に関わってくる。この世には魔法を使う素養をまったく持っていない人間のほうが多いのだ。村を滞在しているときに、リクに一度会ったことがあった。しかし、見る限りリクは魔法使いの素養を持っているとは思えなかった。
 仮にわずかに素養を持っていたとしても、極めるのは難しいだろう。それがファルガールに困惑させている。気持ちは買うが、望みが少ない。

「《アトラ》が言ってたんだ。戦う力をくれるって。でもそれはソシツだから、きたえなきゃいけないんだって。だからファルにきたえてほしいんだ」

 《アトラ》とは、大災厄の最中、リクを助けたという白い鳥の名だった。俄(にわか)には信じがたい話だったが、あの大災厄から生き残ったのだ。

「リク、手を出してみろ」

 ファルガールはうなずいて差し出されたリクの小さな手を両手で包み込むように握り、自分の魔力を送り込んで、リクの体の中を探ってみる。確かにかすかだが、リクの体の中に魔力が宿っているのを感じた。しかし、それは戦いに使えるような強い魔力ではない。

「…………」

 しばらく考え込んでいたが、やがてファルガールは考えるのをやめた。考えても答えは出ないであろうし、もう自分はこの少年に情が移ってしまっている。大体、昨日男と男の約束をしたのだ。試しもせずに反故にするなど、人としてやっていいことではない。

「よし、分かった。俺がお前を鍛えてやる」
「ホント!?」
「ただし修行は厳しいぞ。俺の言うことはよく聞けよ」
「うん!」

 こうして、ファルガールとリクの十年間は始まった。

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