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2017年09月30日(土)
大駱駝艦・天賦典式 創立45周年『擬人』

大駱駝艦・天賦典式 創立45周年『擬人』@世田谷パブリックシアター

大駱駝艦45周年おめでとうございます! 新作連続上演、まずは『擬人』。フィナーレ含め全9セクション、AIをおどる、死体をおどる、バグのふりした正常反応をおどる。どうプログラミングしなおしてもそうなっちゃうのねー。

エネルギッシュに展開する構成で、体感時間がとても短かった。ストーリーも明確で曲とのつながりも強く、8曲(フィナーレはカーテンコールとしての「おどり」なので)のダンスを、それぞれとりだしてひとつの作品として観ることも出来そう。オープニングの群舞が圧巻。並んでステージに座り、脚を投げ出した状態のダンサーたちは、同じ動作をしてもそれぞれが持つ身体により違うものになる。エイジアンの、日本人の身体。『イノセンス』の人形を思い出す。大駱駝館ではおなじみの、セクションのリーダー的な存在が区切りごとに「シュッ」と口を鳴らすキュー出しの呼吸により彼らはAIとしておどる。腕、手足の指、表情筋がぎこちなく、やがてなめらかに動きだす。つづいてスパニッシュギターをモチーフにした土井啓輔の音楽にのせ、人形とおどる男性ダンサーたちの「死体集め」も素晴らしかった。死体の人形たちがまるで生きているかのように動きだす。その操縦の妙にも感服。

集められた死体にプログラミングが施され、学習を経て社会に対応していく。しかし辿り着くのは「殺す」「殺す」。そこへ登場するのは棺桶(文字どおり桶、日本が土葬だった時代に使われていた座棺というやつだ)に両足つっこんだ状態の麿さんだ。死体がスタートかよ! 格好いいやろがー!

それにしても桶に入ったまま自力で移動している。しかし外からの力で桶が動くときには歩いている様子がない。どうなってるんだろうと思っていたら、桶の底は完全にくりぬかれているのではなく、足が乗せられる板がわずかばかり張ってあったのでした。麿さんは相当な時間そのなかにいたんですが、何気にこれすごくないか。御年74ですよ。足腰とかつらくないのか。とへんなところに感嘆してしまった。先日観た『薄い桃色のかたまり』でも思ったが、おどりというものは躍動だけではないのだなあ。ひとの心や自然の情景は、静止やゆらぎによって表現する方法もあるのだ。とどまる動作に、ゆったりとした動きにとてつもない力をつかう、蒼い炎のような表現。

「緊急出動」のクレジットで、美術にKUMAさんこと篠原勝之。ステージ中央にニューロンを思わせる枝ぶりの一本の木。死体たちが収まるケースはアクリルではなくガラス。重厚かつ華やかな存在感。おなじみ堂本教子の衣裳は、美しい装置にもなる素材とパターンででダンサーの身体に寄り添う。

KUMAさんは出演も(!)。登場したとき客席からふわっとした空気が生まれる。わ、出てきた! 白塗り! といったくすりとした笑いも。首輪と鎖で繋がれた麿さん、鎖の持ち手のKUMAさん。山高帽とモーニングという衣裳も相俟って(『を待ちながら』を観たばかりだったこともあるかな)、ゴドー待ちのラッキーとポッツォを連想しました。そういえば麿さんは鴻上尚史演出のゴドー待ちに出てましたね、こっちではポッツォだった。

とらえられた麿さんはどうなる?! ステージに「つづく to be continued」との映像、『超人』は来週上演。こちらはついにAGIが登場するそうです、楽しみ。

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・生身で繰り広げるAIの世界、大駱駝艦45周年記念公演の“前半”「擬人」が開幕 - ステージナタリー

・大駱駝艦は艦員ののぼりがそれぞれあってロビーに飾られるんだけど、ジェフ・ミルズのもありました。近年はもう殆どレギュラーだもんね

・以前花粉の季節に大駱駝艦観たとき白塗りの粉が舞って(この様子がまた美しいのだが)くしゃみが出たことあって、今回も前の席だったのでヒヤヒヤしてたが大丈夫だった。よかった…呼吸器が弱ってるんで不安だった……

・前々作くらいからすごいルックスが好みの女性ダンサーが入ったんだけど名前がわからないわ〜キャメルアーツ所属でもないみたい



2017年09月27日(水)
『パターソン』

『パターソン』@新宿武蔵野館 1

やーやっと観られた、公開してすぐ一度行ったんですが、入館直前になって喘息の発作が出て断念したのでした。発作くるならチケット購入前にきてくれよ……。症状がおちついてきて一本めの映画。うれしいもんですな。

ううう〜好きなやつだった……ルーティンだいすき、日々の穏やかなくりかえしだいすき。くりかえしだけれどちょっとずつ何かが違う。バスを運転し乍ら乗客の会話に耳がいく。座席に座ると足が浮くちいさなこどもたちをミラー越しに見る。微笑んだり、バツのわるい顔になったり、そしてパートナーの夢に出てきたキーワードを思い出したり。行きつけのバーは常連客が殆どだけど、それでもしらないひとが来たり、トラブルが起こったり。家にいるパートナーは、 部屋の飾りつけや、料理や、アートで日々に彩りを与えるが、その色はモノクロだ。カーテンも服も、市場に出すカップケーキも白と黒。しかし家はにぎやかで、カップケーキは売れに売れる。

カーテンや服のペイント、カップケーキに描かれるアイシング。日々のくりかえしは、これらの模様のようにたまに不気味に見えてくる。バーに張られていく殿堂入りの人物たちは、なかなかストレンジなキャラクターの持ち主だ。詩人の主人公は発表するつもりのない詩を日々書き留める。パートナーのアイディアあふれる、口に合わない手料理を水で流し込み、同僚の愚痴を聞き、マイペースにすごす。

それでもときどきペースは乱される。それはふいにやってくる。バスが故障し、バーで騒ぎが起こり、外食やデリバリーのピザに心躍らせる。実は曲者だったいぬに、エラい目に遭わされる。かなしい、かなしい、生きることはひたすらかなしい。でもいぬのおかげでノートをコピーせずに済む。日本人の詩人と出会う。とるにたらない日々を過ごす、とるにたらない街の詩人(偉人)たち。そんな場所が、そんなひとがあちこちにくらす、とるにたらないちいさな星。ナイト・オン・ザ・プラネット(Night on Earth)だ。カメラは静かに彼らをとらえる。アダム・ドライバーが見せる表情が素晴らしい。ときおり輝く瞳、陽光のような微笑み。映像の妙。開巻時から「うわ、好き! 誰?」とクレジットを待ったSQÜRLの音楽もとてもよかった。ソダーバーグ作品におけるクリフ・マルティネスやドゥニ・ヴィルヌーヴ作品のヨハン・ヨハンソンや、ああいう感じで(どういう感じ)うわ〜ジャームッシュこれからもこのひとと組んでよ、と調べてみたらジャームッシュのバンドだった。ビックリ、最高か。

『コーヒー&シガレッツ』のイギー・ポップとトム・ウェイツのパートとか、ジャームッシュの描く気まず〜い空気が大好きです。気づかいがどんどんもつれていっちゃうあの感じ。これもやっぱりかなしい、ほろっとくる。そんなイギーもバーの「殿堂の壁」に登場。そしてアレン・ギンズバーグもパターソン出身なんですね。その土地で起こるささやかな出来事を静謐な映像で、静かに沁み入る音楽とともに。ジム・ジャームッシュ、愛すべき映画監督。

そんなこんなで、誰しもいつかは死ぬので映画を観に行くことも出来なくなるねというとるにたらないことを思い知る。エンドロールに“In Memory of Nellie”の献辞。いぬのマーヴィンを演じたNellieはもうこの世にいない。ひとつひとつの時間と思い出はだいじにしたいものだなあとしみじみした一本でした。そして災難に遭ってもひとの心はリカバリ出来ると信じたい。それでも人生にイエスといおうぜ。

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・『パターソン』キャスティングに込められたジム・ジャームッシュの深謀遠慮|CINEMORE
出演者たちのあれこれ。観てから読むと滋味深い、この作品がより愛しくなる

・フォントファンのためのフォント萌えをするフォント映画。ジム・ジャームッシュ『パターソン』|CINEMORE
ウィリアム・カーロス・ウィリアムズとギンズバーグとの興味深い関係について。そしてフォント、フォント、フォント!



前回、これを買ったあと発作が出たのでそのまま持ってかえってきたのよね。なんとなく切ってみてひいっとなった(笑)



ちなみに『アシュラ』公開時にはこんなの売っておりました。新宿武蔵野館おもろい……



2017年09月23日(土)
『薄い桃色のかたまり』

さいたまゴールド・シアター『薄い桃色のかたまり』@彩の国さいたま芸術劇場 インサイド・シアター

おおお、岩松了の作品のなかで『シブヤから遠く離れて』と張るくらい好きかもしれん……岸田今日子と小泉今日子が共演した『隠れる女』や、一青窈の音楽劇『箱の中の女』(12)を思い出す。やっぱり岩松了は自分にとってかなりだいじな劇作家。網羅は難しくても、節目節目で末長く観ていきたい。以下ネタバレあります。モチーフのひとつとなる映画に関しては、知らないで行った方が現場で「……ああ!」となる驚きがあって楽しいと思いますよ。

東日本大震災後の福島を舞台にする、というプランは蜷川さんがご存命の頃に決まっていたそうだ。タイトルは富岡町の、夜の森の桜並木からイメージされたもの。蜷川さんだったらどう演出したかな、と考え乍ら観るところもありつつ、ああ岩松さんだとこうするか、こういう空間づかいをするのかと新鮮な思い。見えない場所に何を見るか、そこから聴こえる音から何が見えてくるか。観客に想像を促し、秘められた謎を覗きみる後ろめたさと快楽へと誘う演出。岩松さんのもともとの得意技だが、ステージを見降ろす構造のインサイドシアターではもうひとつの視点が加わる。天と地を見る視点だ。

岩松作品に頻出する「階段」は、正面客席の中央にある。インサイドシアターにもともと設置されており、観客の入退場に使われるものだ。最後列の後ろにある狭いスペースには木が一本。そこへ若者がやってきて、視線を宙に投げる。ハッとする。ここは、そして客席の勾配はあの高台だ。観客は登場人物と同じ目線で、同じものを見る。津波に覆われていく郷里をただ見るしかなかった、あの光景だ。床へと落ちる照明(岩品武顕)は雨粒となり、鳥瞰に映える色とりどりの傘が散る。それを差すひとたちの表情は見えない。客席の背後に、傘の下に、見えない場所がある。

岩松さんがゴールドシアターに書きおろした前二作はさい芸の小ホールで上演されたが、思えばこちらもすり鉢状で、ステージを見降ろす客席配置だ。ゴールドシアターに三作書きおろし、役者たちを十年見てきた時間がここにある。「蜷川さんへのオマージュは伝えたいという気持ちは自分のどこかにある」(後述のインタヴュー参照)と話した演出家と、いまはもういない演出家の共作を見たような思いになる。

岩松作品といえば、の緊張感あふれる対話が官能に転じる男ふたりのやりとり。あてがきだろうか、相対する内田健司と竪山隼太が再び観られるとは。ネクスト×ゴールドの『リチャード二世』(2015年2016年)で、ふたりの対話に感銘を受けた自分にはたまらないものがあった。顔立ちが似ている訳ではないのに、鏡を介して立っているように感じる場面が何度もあったリチャード二世とボリングブルック。ひとりは去り、ひとりは残るという立ち位置も同じだ。黒の上下に白いシャツ、内田さんのジャケットはロングという衣裳(紅林美帆)の対比も、ふたりの身のこなしも美しい。

内田さんは、蜷川演出作品とは違う顔を見せてくれた。少し日灼けして、さっぱりしたストレートの黒髪。シェイクスピア作品や『カリギュラ』で見せた青白い顔と痩躯の若者ではなく、現代の青年がいた。そういえば主役を張る前、『財産没収』で内気な青年を演じていたときの彼はこうだった。カーテンコールではにっこり笑って礼をしていた。初めて見る表情。ささやいてもつぶやいても通るあの声は変わらず。彼しかもっていない声だ。これからさまざまな役で観るのだろうと思う。楽しみになる。

そうそうこれもあてがきかな(笑)、『冬眠する熊に添い寝してごらん』でいぬを演じた中西晶が再びのよつあし役。すんばらしいいのししでした。いやほんとすごいよ。めちゃめちゃ至近距離で見られるシーンがあったんだけど、めちゃめちゃいのししだったよ。むっちゃかわいいし。身体的にとても負担がかかる役なのでとてもたいへんだと思う。千秋楽迄どうぞご無事で……。

上村正子と佐藤蛍(周本絵梨香とダブルキャスト)、女性ふたりの色がにじむやりとり。田内一子のコメディエンヌの才、大串三和子の声の魅力。かしましい女優たちの生命力、いさましくもなさけない男優たちのチャーム。ゆったりとした動きからも躍動が伝わる、感情が弾けるダンス(振付:井手茂太)。唯一無二の劇団と向き合い、劇作家/演出家は腕をふるう。「私は、今より先しか見ないの」という台詞を重本惠津子が発したとき、思わず拍手しそうになった。笑みがこぼれる。

モチーフとなった映画は『シェルブールの雨傘』。災厄によりはなればなれになった恋人たちが再会する迄、そしてそれから。恋人たちだけの呼び名にあれ? となり、傘店の登場に確信する。終盤にあのテーマ曲が流れたときのカタルシスといったら。この横糸の忍ばせ方、憎い! ラストシーン、闇に浮かぶ桜並木、どこ迄も続いていくかのような薄い桃色のかたまり(美術:原田愛)。現在と未来が交錯し、恋人たちがすれ違ううたかたの時間に別れを惜しむ。

さまざまな思いが交差するカーテンコール。ゴールドシアターのカーテンコールは格別だ。

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・自分の演劇を壊すものと出会う さいたまゴールド・シアター第7回公演『薄い桃色のかたまり』岩松了インタヴュー|埼玉アーツシアター通信 VOL.70
4、5ページ。
「通常、僕の書く戯曲は正確さを求めた、スピード感ある対話劇で、それによって緊張感やある空気を生んだりする芝居です。でも彼らとやりたいことはそれではない」「やっと自分の演劇を壊すものと出会えそうだという期待があります」
岩松さんのインタヴューって、書くものとは違って謎を残さないように話してくれるよね。同誌に連載中のエッセイも毎号楽しみにしています

・演出助手に井上尊晶の名前。ゴールドの面々のケア含め、ノウハウを知っているひとがいるのは心強い

・蜷川さんのメモリアルプレートも見てきました。遺品がおさめられたケースの横に、小峰リリーさん逝去のしらせ。新聞に訃報が載ったのは25日だった。演出家と長年組んできたひとたちも、だんだんいなくなってしまう

・昨年『NINAGAWA STUDIO』と名付けられた大稽古場の入り口に、ちょっと傷の入った『GEKISHA NINAGAWA STUDIO』というプレートが設置されていた。ベニサンピットで使われていたものかな



2017年09月20日(水)
菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール『戦前と戦後+』

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール『戦前と戦後+』@渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール

やー久しぶり、ここんとこMOTION BLUE YOKOHAMAでのコンサートが続いていたのでなかなか行けず、都内のホールで聴けたのは『歴史は夜作られる』以来かな。先月『TABOO』にも出ていたけど行けなかった。UNITでPTA、どんな感じだったんだろう。

というわけで新しいストリングセクションを聴くのもお初です。なんでもガン○ム景気でストリングセクションをゲストでなく雇用出来たそうです、嘘ですと菊地さんがいうてました。ちなみに全員小学生だそうです、嘘です。1st、2nd Vn. が女性、Vla. とVc. は男性。女性陣は自分たちの演奏の合間にリズムセクションを楽しそうにニコニコ聴くおおらかさ、男性陣は切迫した表情で譜面とコンダクターを見つめる緊張感。この楽団に入るとMCでいじられる運命がついてきますが、全員あのMCにうまいこと対応(受け流しからなんから)しており、それにもびっくりした。まだ聴けてない新編成のDC/PRGにもバンドのことをなんも知らんで入ってきた新人がバキバキにやってるそうですし、こういうある意味鬼っ子たちの今後は楽しみですねえ。

それにしてもVnのふたり、あのますますカオスに渦巻くリズムをニコニコして聴いてるのはすごいなと思った。2nd Vnの方なんて八歳なのにすごいなあ。嘘だけどなあ。全編リズムの構造が底からごろっと変わった印象だったんですんですが、こういう変化は逆にストリングスが一新された今やるのが得策ともいえる。その変化にまず嬉々として乗っかるのは鳥越啓介と林正樹(菊地さんいうところの天才と日本の宝)ですが、水を得た魚のようでした。このふたりは現場が修行、修行が本番のジャズ畑のひとたちなのでいつそれが起こっても対応出来ると思うんです。でも多分ストリングスはそうはいかない。新顔が加わったリハで慣らしておくにはいい機会だったのかもしれない。田中倫明/大儀見元のパーカッションペアは己の進む道を進めば進むほど楽曲に官能的な野性を宿らせるのでコンダクターも満面の笑みでいっつまでもソロから戻らせない。「Killing Time」のソロ、いつもよりなっがかったような気がします(笑)。それこそDC/PRGの「Circle/Line」のブリッジのようだったよ。やー、俺生まれかわったら大儀見になる(©菊地成孔)。

そうそう、ライヴでオムスくんがいない「Caravaggio」久々? 初めて? 聴いた気がするけどこれがすごかった。キップ・ハンラハンの紹介から英詞の解説、ポエトリーリーディングからラップ、そして歌。日本語詞の紙が透けて見える、手書きでところどころぐしゃっと塗りつぶした痕跡がある。読みあげながら紙の束をめくっていく。菊地さんのライヴはMC込みの流れも含めひとつの作品だなあ。そんでやっぱ声がいいよな〜と思ってたらきましたよ「Woman(Wの悲劇)」!  冴えてる! この日は構成もキレッキレで、オープニングにチューニングタイムを設けずすぐ楽曲に入り(チューニングは中盤に一度だけ、というのも珍しかったような)曲間も殆ど空けずガンガン進めるスピード感。その曲間も指パッチン(菊地さんの指パッチン絶品よな)でBPMの指示出ししてるようなものなのでコンサート本編でひとつの組曲になっているようでもありました。このスピード感もDC/PRGらしくなってる…では今のDC/PRGはどうなっているんだろう? ようやく来月観られそうなので楽しみになってきた。

あっそれで思い出した。むか〜し窪田晴男が歌ものアルバム出したときに、ドラムレス、パーカッション×2(ヤヒロトモヒロとWhachoだった、確か)の編成で、一度もビートを切らさずノンストップで全曲唄うという構成のライヴをやったんだけど、それもアフロビートが基調だったんですよね。あれはよかったなあ。菊地さんと窪田さん、また何かの機会に共演してほしいなあ。

閑話休題。楽団で息を吹き込んで演奏するパートはサックスのみ(空気を吹き込む、という意味ではバンドネオンもあるが)。心肺のコンディションがテキメンに出る楽器でもあるので、今回ちょっと不安定だったのがちょっと心配。歌では全くそう感じなかったので、歯がどうかしたのかなあなんて余計なお世話なことも考えたりしました。毎回見るマウスピースを外す場面がなかったし、何か変わったのかな? 久しぶりに観るといろんなことが気になります。変わらないのは、どんなときでもショウは素晴らしいところ。親父に陰口と自慢話だけはするなといわれて育ったけどその親父ももうくたばったので自慢をします、素晴らしい楽団員たちの自慢を。とはじまった長尺のメンバー紹介もひとつの作品。日本を離れパリへ拠点を移した(コンサート当日に旅立たれたとのこと)中島ノブユキへのはなむけの言葉にもグッときた。「今日いらっしゃいませんか」とメールをしたら「今成田なんです」と返事がきたというエピソード、空港がらみでハラカミくんのことを思い出して視界がぼやけた。菊地さんはひととの別れを言葉で描き、その思いを音に孕ませる。粋です。

思えば前回のコンサートはインストオンリーの第一夜のみ行ったので、菊地さんの歌を堪能したのも久しぶりでした。よい夜。

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・ツアー中のメキシコで地震に遭った鳥越さんは無事帰ってきていましたが、19日にまた地震があったとのこと。スカパラが出演する予定だったフェスも中止になった。来月頭にスクエアプッシャーも公演の予定が入っていたけどどうなるんだろう

・渋谷で深夜2時まで営業する角打ちサンドイッチスタンド、その名も『ドレスのテイクアウト店』 - メシ通
さくらホールだったので行く途中でここのサンドイッチが買えた〜ウマイウマイ

・クラシック系のコンサートだったんで咳が出ないか怖かったよー! なんとかもってよかった……。冒頭の微弱音のときには出ないでくれ〜とすごい緊張してた…緊張するとそれがストレスになって逆に咳が出やすくなるような気もする……はよおちつきたい



2017年09月18日(月)
『を待ちながら』

『を待ちながら』@こまばアゴラ劇場

『コルバトントリ、』から二年、山下澄人と飴屋法水のタッグ再び。タイトルからもピンとくるように、『ゴドーを待ちながら』の飜案でもあります。

これから行かれる方、従来のアゴラとは入場経路が違います。その道のりを注意深く見ておくと、着席してから当日パンレットを読んだときや、とあるシーンにあたって考えることが増えて楽しいですよ。以下ネタバレあります。

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この演劇をこの場所で観ること、この場所で待つこと。いつかはこの場所から移動したいと思っている登場人物たちと、終演後に劇場を出ていく観客たちひとりひとりについて。そして、今観ることについて。ひとは生まれたときから死にはじめているし、生きていると必ず死ぬ。そして一度死んだら死ぬことはない。死ぬ要因はいろいろあれど、それを何かのせいにすることが出来ないやさしいひとたちがいる。彼らは何を待っている? そのことを考えさせられる。

おとうさんとこどもがいる。おとうさんは身体を思いどおりに動かすことが出来ない。おとうさんは自殺をはかったことがある。ふたりは何かを待っている。ゴドーかもしれない。ここから移動するきっかけになることかもしれない。それは死ぬことと同義かもしれず、待望するものであるかもしれない。長身の自称こびとと白髪のかっぱがやってくる。こびととかっぱはじゃれあい、こびとはかっぱのことをからかったりする。かっぱはニヤニヤして、くるくるとよく動く黒い瞳でこびとたちを見る。一輪車に乗ったもうひとりのこどもがあるしらせを持ってくる。

今月に入り、青年団が豊岡へ移転することが発表された。アゴラ劇場が2020年以降どうなるかはまだ判らないそうだ。オーナーが変わり続くかもしれない。なくなるかもしれない。いや、なんでもいつかはなくなるのだ。ひとと一緒だ。入場時間がきて案内されたのは、いつもの急な階段口ではなかった。楽屋口だろうか? メイク道具らしきものや小道具をつくった痕跡がある部屋を通り、従来の舞台がある場所へ辿り着く。非常口誘導灯があそこにあるということは、普段の正面はこちらかなどと考える。舞台袖はない。観客は演者たちと同じ場所から出入りする。あんなところにエレベーターがあったのか。なくなるかもしれない劇場の、初めての顔を見た。

一輪車のこどもは血まみれで、途中迄自分が死んでいることに気づいていない。こびととかっぱが出るよという噂をききつけ、わくわくしながら、狂喜の様相で家を出る。おかあさんに一輪車に乗っていくのは危ないからやめなさい、といわれたが気に留めない。うっかりおばあさんの黄色い車に轢かれる。ちいさなちいさなおばあさん。こんな歳になってひとを轢き殺してしまうなんて。一輪車のこどもはやりきれない。おばあさんのせいじゃない。では何のせい? 一輪車で出かけた自分のせい? こびととかっぱが出るという噂のせい? あなたたちの噂を聴かなければ私は死ぬことはなかった。おばあさんがひとを殺すことはなかった。私はあなたにあたりたい。やつあたりしたい。

やつあたりを静かに受けとめるひと。誰にもあたれないやさしいひと。彼らの沈黙をじっと見る。「聞き逃さないよ」という。「助けられないよ」という。劇中『アンネの日記』が朗読される。アンネ・フランクは病死だが、一輪車のこどもとこびとは「殺されたんや」と明言する。

誰に殺されたのだろう、何に殺されたといえばいいのだろう。そんなこびとはかっぱに煽られ首を吊ろうとする。そのための木は客席にあるようだ。彼は客席に踏み込んでいく。彼の胸あたりが自分の目の前にくる。呼吸が浅い。こびとは実際は大柄で、死のうとすることも演技だ。それでもあの胸の動きが忘れられない。演劇は嘘だが、その効力はとても大きい。かっぱはこびとに、待ち続けるふたりに、一輪車のこどもに、彼らとともにいる音楽家に向かって叫ぶ。「助けちゃだめかな?」。

ままにならぬは浮世の習い。そうだ、「僕にだけ吠える犬」は『動物園物語』にも出てきたな。「死ぬ」と「いぬ」の母音は同じだ。「行く」もそうだ。彼らは「いう」。不条理演劇の代表作といえば『ゴドー〜』と『動物園物語』じゃないか。しかしどちらも作品が不条理なのではなく、世の中の不条理を描いているだけではないのだろうか。そんな世界でやさしいひとたちは沈黙し、彼らに「助けちゃだめかな?」と問うひとがいる。それを知ることが出来た。この作品を観てよかった。

山下さんと飴屋さん、ふたりのおきゃんな面が観られたことも楽しかった。山下さんの関西弁が場を和ませる。もととなった作品の笑いの部分に気づかされる。飴屋さんをかっぱにしたのも絶妙な…きゅうりぎらいのかっぱな……(笑)。

一輪車で軽やかに、滑らかに場を走りまわる佐久間麻由の肢体、身体能力、声、表情が素晴らしかった。一輪車って、乗りこなせるとあんなに美しい動線を描くものなのか。劇中登場する蚊のようでも、その蚊に血を吸わせるおとうさんを指してこどもがたとえる天使のようでもあった。音楽の宇波拓が演奏家としても出演。台詞もある。開け放ったドアの外から聴こえる環境音と、そこへとけこむアナログな弦楽器、打楽器。かっぱのマイクパフォーマンスにはデジタルなノイズ。そして自身が発する声。音のためにいるが、その存在は最初からここにいるのが決まっていたかのよう。ゴドー待ちに現れた六人目、彼はゴドーなのか? と思うのも楽しい。

待ちつづける荻田忠利とくるみは、世界の不条理をしかと見ている。開演前からふたりは舞台にいて、家族のように(演じている役柄は確かに父子だ)時間をすごしている。その静かな様子を目にすることも、忘れがたいひととき。最後にひとりで立ちあがった荻田さんが、退場していく場面をずっと憶えていようと思う。このとき、この場でしか見られない座組だった。

聴き逃さないように、見逃さないように。耳を澄ます、目を凝らす。今しか聴けない「下手くそな嘘」を。今しか観られない演劇を。

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・『新潮』2017年10月号
『を待ちながら』戯曲掲載。かっぱは当初おじいさんだったんだね…白髪の……(微笑)
今作のプロデューサー、佐々木敦による『死んで いる者たち』の寄稿も。
観てから読むもよし、読んでから観てもよし…って、新潮なのに角川みたいなこといってもうた。そして「助けちゃだめかな?」は戯曲にない台詞で、別のシーンに「手伝っちゃダメなんだっけ」という言葉で出てくる。この変化について考える

・佐々木敦のTumblr『小島信夫の/とベケット』
観劇後に読んだ。今回の企画が実現してよかった

・芥川賞作家・山下澄人が7年ぶりに脚本を手がけた舞台『を待ちながら』を上演 | SPICE
インタヴュアーが元シアターガイドの今井さん。インタヴュー前のテキストがまたよいです

・先月末から喘息発症、やー数十年ぶりですわこんな派手なの。芝居や映画を数本とばしようやく症状がおさまってきたので観ることが出来た一本目でした。アゴラって退場しづらいつくりなので、何かあったときのためなるべく出口に近いとこに…と思ってたら入退場口が普段と違うので焦った。発作が起きず無事終わってホッとした

・ライヴとかならまあ大丈夫なんだが、芝居、映画、クラシック系のコンサートはまだちょっと怖いなあ。22時間大丈夫でも残りの2時間で発作が起こったりするので諦めの判断が難しい



2017年09月10日(日)
SPC 20th Anniversary event 高橋徹也[10th New Album 発売記念ワンマン『Style 2017』]

SPC 20th Anniversary event 高橋徹也[10th New Album 発売記念ワンマン『Style 2017』]@STAR PINE'S CAFE

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Vo、Gt:高橋徹也
B:“KID”鹿島達也
Key:“sugarbeans”佐藤友亮
Drs:脇山広介
Pedal Steel:宮下広輔
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記念イヴェントが続いております。スターパインズカフェ20周年+高橋徹也さん10枚目のアルバム『Style』リリースおめでとうございます! いやー、いやー、すばらしすさまじかった。心眼に訴える演奏と歌、眼前に風景がぶわっと拡がる。そういう意味では聴衆に魔法をかけるバンドだなあ。催眠にかけるといってもいいか。だんだんあやしげな喩えになってきましたが、聴き手を瞬時に作品世界のなかへ引きずり込む演奏なのです。いや、すごいな……。プレイヤーに手練れが揃っているのは勿論なんだが、そういうひとらがよってたかって調子に乗れる楽曲と言葉があるからこそ。げにおそろしきは高橋さんの描写力と表現力。

こちらの思い込みもあるかもしれないが、ちょっと堅いスタート。ライヴではやりなれているものの「新譜の曲」を披露する、という緊張もあったのだろうか。それともあれかな、メンバーが登場したときすごーい静かだったんですよフロアが。SEが消えて照明が落とされる迄の時間もとても静かで。こっちからすれば「いよいよ新譜が……」とか「どんなステージが観られる?」という期待が大きくて、一音たりとも聴き逃すものか、一挙一動見逃すものかという集中度合いが高かったためだと思うが、リリパだし周年記念のお祭りらしくわーっと盛り上がればよかったか。

さて始まってみれば、今度は音の鳴りが普段と違って聴こえたことにもちょっと戸惑った。二階にいたからかもしれないが、当方SPCでの高橋さんのライヴは二階から観ることが多いので勘違いでもなさそうだ。鹿島さんの音が埋もれてる感じがしたのだが、全体の演奏はとても綺麗に聴こえる。普段(といっても昔は知らないので近年の、か)の音響バランスとは違うように感じた。新譜からの楽曲を演奏するにおいて、何か調整があったのかな。

というわけで序盤はこっちもえらい緊張して観てたんですが、鹿島さんがアップライトベース持った辺りから普段のペースになったように思いました。途中メンバーが各々チューニングしてるときもすっごいシーンとしてたのですが、準備が出来た高橋さんがにっこり笑って「今の、いい時間でしたね」とひとこと。常連のお客も多いとは思うけど、やっぱりリリパって(特に高橋さんのは)特別な雰囲気がありますね。

ライヴで練られ(なんでも初披露から17年経っていた曲もあったそう)満を持してにも程があるというレベルで収録された新譜の曲の数々ですが、スティールペダルと高橋さんの声の相性についておおお、と思うところが多かった。えーとうまく説明出来るかあやしいが、あのー高橋さんの楽曲って転調だけでなく半音上げ/下げを一曲のなかでいったりきたりする展開って多くないですか。で、それらは音符で切るというより所謂グリッサンドになっていることが多い。スティールペダルはそれにうってつけの楽器ですよね。うわっとなるのは、それを高橋さんが声でもやるところ。ロングトーンのまま上げ下げする。この揺らぎ、ちょっとズレるとピッチが合ってないとも思われかねない。さらっとやってるけどすごい難しいのではないか……自分でも何いってるかわからなくなってきてるが伝わってますか。「シグナル」「雨宿り」が顕著でした。歌詞のセンテンスの切り方も独特なリズム感、スキャットも魅力。高橋さんのうたぢからが強く印象付けられました。

リズムといえばシャッフルみたいなリズムパターンのアレンジが随所にあって、これがまあ素晴らしかったですね。素晴らしいばっかりいってるが。余談だが先週ウォルター・ベッカー逝去(はやいよ……)に伴いSTEELY DANをよく聴いていたのですが、メンバー紹介から「Aja」に入る展開のライヴ音源がすっごいこの日の演奏に重なりました。自在か! という。座って聴いてても腰が浮く。静かに聴いているのに心に波風がたちまくる。スキルを手にしたパンクっておそろしい。

閑話休題。それにしても「シーラカンス」が圧巻だった。からの〜「5分前のダンス」がハイライト。以降ハイライトが続き、「新しい世界」の転調のごとく多幸感が続くので結局どこがハイライトだったんだろうというのは高橋さんのライヴではいつものことですね…素晴らしいですね……。実は「シーラカンス」の終盤、二階で気分が悪くなったのかひとが倒れるというアクシデントがありまして、スタッフの出入りも激しくあたふたしていたのですが、ステージには影響なかったようでよかったです。てかこっちも演奏は聴きたいがえええどうしよう、てな感じで頭が忙しかったんですがその後おちついてよかった。倒れた方も無事帰っていかれたようです。この辺りになると観客もすっかりほぐれてやんややんやの喝采が起こる。「大統領夫人と棺」では出ましたダンサー高橋徹也の本領発揮、ここはわあっとわきましたねー。黒いシャツ着てたからかもしれないが、アベフトシを彷彿させる挙動にはいやーやっぱ腕脚ながいわーステージ映えするわーと妙なところに感動する。

さまざまな街の風景、さまざまなひとの日常が描かれていく。ちいさな街を散歩する、大きな世界をそこに見る。海のないプラハ、海底に沈む部屋、近所を歩く犬と老人。夕暮れ、坂道、島国、惑星、地球。宇宙迄のぼっていけるようなドローンが、犬と老人をただ見ている。空の目は、僕に降りてくる。二時間半、音による旅に同行させてもらった気分。

アンコールの「八月の疾走」は佐藤さんとデュオで。最後はメンバーが手をつないでウェーイと挨拶のあと、お互い握手。満を持して(だいじなことなので二回いう)のニューアルバム『Style』、多くのひとに届け!

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セットリスト(ご本人のツイートより12
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01. スタイル*
02. Summer Soft Soul
03. シグナル*
04. 雨宿り*
05. 曇ったガラス*
06. 愛の言葉
07. 新しい名前*
08. Praha*
09. シーラカンス
10. 5分前のダンス
11. チャイナ・カフェ
12. 新しい世界
13. 大統領夫人と棺
14. 夜明けのフリーウェイ
15. 夕暮れ星*
16. 真夜中のメリーゴーランド*
17. 犬と老人
encore
18. 八月の疾走*
19. 真っ赤な車
20. 花火*
(自分用メモ:*は新譜から。全曲やりましたね)

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・本日の名言。記憶で書いているのでそのままではありません
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-(iPhoneの機種変について)もっと年配のひとに説明するように話してください
- Wi-Fiは喰えない
- 秋晴れですね、運動会思い出します。みなさんもありましたよね? お気に入りの体操着
-(夏の暑さは)ズシッとくる暑さ
- このライヴにむけてから揚げを断っていた。ライヴ終わったらこーんなやつ(ジェスチャー)食べたい
- でもまだSmall Circle of Friendsとのツアーがあるから食べられない
- 12月31日に食べます
- それ迄はアイス喰います
-(メンバーについて)感謝してます、はい(喧嘩腰)
- 20年やって10枚、数字だけみると結構いいペースでやれてるみたいですよね。何年も出してない時期もありましたが……40過ぎてからいきなり出しはじめて、なんなんだって感じですよね。でも20年で10枚……ねえ?『許してやるか』って気にもなりますね
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「Wi-Fiは喰えない」……喰えるもののたいせつさ、座右の銘にしたいわ………。あと「何も着ないで出ようかと思ったんだけど」っていうのもあったが何の流れか忘れた。先日のLITEとフルアマの対バンで、井澤さんが「フルアマは上半身裸でLITEは下半身裸で出るんだよね」とひなっちにいじられていたのを思い出した。折しもこの日吉祥寺ではお祭りやってましたが、晩夏は裸まつりの傾向があるのだろうか

・投げキッスするの初めて見ました。貴重なものを……(手をあわせる)

・入場するなり山田稔明さんが物販しててひいっとなる。前日はGOMES THE HITMANでステージ側にいた方がお手伝いにきてる…た、たよりになる……

・井澤さんに羽田さんに鹿島さんと素晴らしいベーシスト週間でした。低音堪能

(20170919追記)

・レコ発ワンマン終了!|夕暮れ 坂道 島国 惑星地球
「制作面から予算管理までを全てひとりでオーガナイズするようになってこれで4作目」、アルバムの価格についても。音楽に対する真摯な姿勢と、それを裏付ける出来上がった作品。聴くことが出来て感謝、感謝

・高橋徹也ワンマンライブ『Style 2017』感想まとめ - Togetterまとめ
chinacafeさんいつもまとめ有難うございます! うう、読みかえすと胸が熱くなる



2017年09月09日(土)
catune presents nine days wonder "with EUPHORIA" リリース15周年記念ライブ

catune presents nine days wonder "with EUPHORIA" リリース15周年記念ライブ@FEVER

今回なんと二部制。夜の部を観ました。おえーかっこ、かっこよかった…年1〜2本でもいいからこれ恒例にしてほしい……。

所謂中期になるのかな? 五人編成、インストもあり。ベースは引き続き羽田さんがお手伝い。ご本人のツイートによると「当時は弾いてません」とのことなので今回のライヴにあたって結構リハしたんだろうなあ。

mouse on the keysからの遡り組なので、今回初めて川さんと清田さんが揃ってるndwを観たことになります。清田さんが私服(っぽい)+立奏というのがすごい新鮮だったし、あんな踊り乍ら弾くんやってのが衝撃だった。はしっこにいたので本編は見えていなかったのですが、アンコール前に「すっごい踊り乍ら弾いてるの、他のところ見てても視界に入ってきて気になって仕方がないから見て!」と場所をかわってくれた(笑)。そしたらまー、めちゃめちゃ踊ってなさった。森岡賢かなーくらいの(イメージ)…前にも書いたけどmotkでは醒めきったパッセージで正確に演奏する反面、ちょっとそれ頭おかしいってなダイヴとか突然するひとなんで、未だにこのひとわからない。底が知れませんね……。

motkで使っているものをシンプルにしたセッティングだったように見えたが、エレピというよりシンセな音づかいもmotkではあまりない要素。というかmotkではその手の音は新留さんが担っている印象なので、そういうところも新鮮でした。あとmotkをはじめるにあたって川さんにピアノを猛特訓させられた(後述)という話が記憶のなかで拡大してて、「motkはじめる迄全然弾けなかった」くらいに勘違いしていたので、ndwではkeyじゃなかったんだっけ……? とすら思っていた。当時の楽曲を演奏してるわけだから、なんだよ全然弾けるじゃん! かわさきさんひどい! と思った。そんなこと知らない川さんはこの日も調子よくブイブイ叩いてらした。

それにしても川さんと清田さんはmotkで知ったし、羽田さんはNAHTから知ったもので、このへん聴いてる割に何故ndwにはリアルタイムで出会わなかったのか謎だ。こうやってリユニオンしてくれて、ライヴが聴けるのは有難いことです。そして齋藤健介という才能に遅ればせながら会えたこともうれしい。新装盤がリリースされた『with EUPHORIA』も愛聴盤になりそうです。

対バンのup and comingは初見、格好よかった! 京都のバンドだそうで、こちらも今回再結集とのこと。えらい緊張してなさった。「こどもがここ(ステージ袖を指差す)で聴いてるってのが当時と違うとこ」と感慨深げにしてなさった。そうそうお子さんがそこらへんうろうろしてるのもリユニオンライヴらしい光景で微笑ましい。またの機会を楽しみに。

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・Interview with mouse on the keys|白と黒を混ぜ合わせた強力な音楽|ARBAN
2015年のインタヴュー。「清田に連絡したんです。最初は人差し指でボタンを押すみたいにキーボードを弾いていて、今のようではなかったですけどね(笑)。motkになってから、猛練習が始まったんです。『これは時間をかけるだけの価値がある、一緒にやろう!』」
かわさきさんホントジャイアンよね……

・nine days wonder 2017 trailer

そうそうこのトレイラーでも清田さんはっきり映らないから「keyだっけ?」とか思ってたんだよ〜

・ライヴ前にFEVER併設のカフェPOPOでごはん食べたんだけどうまいなここ!



2017年09月05日(火)
LIQUIDROOM 13th ANNIVERSARY LITE / FULLARMOR

LIQUIDROOM 13th ANNIVERSARY LITE / FULLARMOR@LIQUIDROOM ebisu

別名「秋の井澤祭り」。ご本人「自分がいいだした企画じゃないんだよ、リキッドルームから話がきたの」と恐縮しておりました。かくして出ずっぱり、八面六臂の活躍ぶり。あの井澤さんとしかいいようのないベースを堪能出来ました。

先攻フルアマ。五月のツアーはチケットとっていたけど体調不良で結局行けなかったのでやっと観られたよ! ホリエさんと大喜多さんはLITE-Tシャツ着用。ベーシストとしてのひなっちしか知らなかったので全編井澤さんとのツインベースでいくのかなと思っていたら、曲によってアコギもエレギも弾く。彩りゆたかでメロディアスな楽曲揃い、しかし五拍子の曲もあってリズムも面白い。ツインベースの場面ではプレイヤーの色がハッキリ違ったのも興味深かったな、唸るひなっち、唄う井澤という感じ。ひなっちのベース、なんというか浪曲のようだ。

フルアマもLITEも恵比寿リキッドの歴史と重なる活動年数で、思い出話に花が咲く。あの頃はバイトしてたとか、メールアドレス普通に公開してたとか。てか井澤さんのブログ、今でもある(そして思い出したようにときどき更新してる)けど遡るとメルアドも書いてあるよ(笑)。このブログ、学生時代にLITEをはじめた頃からの記録が本人の心情とともに克明に残されていて、今読むと微笑ましいしなんだか眩しい。バイトにもバンドにも誠実に向きあい乍らも音楽だけで食っていきたいという焦りが見えたり、海外ツアーや企画イヴェントをDIYで続けていくなかでの苦労や失敗など、青春時代の泣き笑いがつまってる。こういう記録ってとても貴重だし、残っているとこうやって遅れてきたリスナーが読めて有難いです。

それにしてもひなっちのトーク力に感心したな……講談のようだった。浪曲に講談て。お弁当のかまどやからSiri迄弁舌なめらか、まあひろげるひろげる。急に話をふられて絶句した井澤さんとの対比が面白すぎた。ベースのカラーといいほんと対照的。

後攻LITE、こちらは武田さんと山本さんがフルアマTシャツ着用。なかよし。こちらはガンガン演奏をすすめ、あーいい対バンなどと思う。すくないMCのなかでやはり思い出話、恵比寿に移ってから2年目のアニバーサリーイヴェントにも呼んでもらえたんだけど、今思うとよく出れたな、なんで呼んでくれたんだろうなんて話しておりました。リキッドはいいハコだな! 夜遊びの拠点だったこともあって新宿の思い出の方が印象深いななんて思っていたけど、気づけばもう恵比寿に移ってからの方が長い。13周年おめでとうございます。

前述の井澤さんのブログのタイトルは『LITE井澤日記』なのですが、LITEは井澤さんのホームなのだなあと感じるステージでもありました。エフェクターを駆使し、一曲のなかでも指/ピックで弾きわける等、ベースの音づくりに際しての創意工夫がつまってる。こうして井澤さんのスタイルが確立されたのだなあと思う。それにしても、いつ聴いても瑞々しいなあ。構成が練られた楽曲、それを実演する鉄壁のアンサンブル。ものっそ練習してる感が嫌味なく出てるとこがいい。この曲をやるには練習してあたりまえというか、こういう曲をやりたいからこそ練習を怠らないというか。 まず楽曲ありき、自分たちがやりたいことに対しての妥協がないように感じられる。活動年数と同じく積みかさね、磨きぬかれたスキルと、メンバー同士の信頼感。これらの地盤があると、演奏がとても自由になる。あれだけユニゾンがガッチリ合うのに自由? 矛盾しているようだけど、演奏がピタリと合うことが呼吸するように自然なことになっているということです。

リバーブがかかっていたようなドラムの音が新鮮。プレイヤーとともに演奏も楽曲も進化する、ライヴの真価。リハでも休みがなかった(そりゃそうだ)という井澤さん、「ぜんっぜんつかれてない!」。挙動もキレッキレでございました。

そうそう「7day Cicada」やってくれたの! やっとライヴで聴けたよ〜! 武田さんが「普段やってない曲」といってたけどやっぱレアなの? 七日目の蝉か、蝉の七日間か。生まれて生きて、死ぬ迄の命が曲のなかに織り込まれている。ちいさな命のなんとドラマティックで、壮大で、美しいことか。この曲にこのタイトルつけるセンスも大好きです。夏の終わりに聴けてうれしかった!

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オフィシャルFacebookで終盤四曲(「Bond」「Pirates and Parakeets」「Infinite Mirror」「7day Cicada」。太っ腹!)の動画公開。ステージ袖にフルアマの面々も見えますね。いやーよがっだー

・タイラダイスケ(FREE THROW)【生活と音楽 Vol.2】×武田信幸(LITE)バンドマンとして、バンドを続ける「不安」と「喜び」に向き合う(前編)|Sam's Up
・(後編)|Sam's Up
(後編もアップされ次第貼ります)
「30くらいになった時に周りのバンドがバタバタと止まっていくような環境もあったりして、このまま続けていくのは本当に負担が大きいなと思って」「『ミュージシャン』とか『ギタリスト』というよりは『バンドマン』だっていう感じだった。だからそれを続けるためにじゃあどうするかっていったら」。「生活」と「音楽」の両立。このやりかた、今後も楽しみに見ていきたい

・toe 山㟢廣和というスタイル | dia STANDARD
あわせてこれも。何度読んでもいいインタヴューだなー、インスタの「#山㟢家の食卓」も大好きです