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2017年09月23日(土)
『薄い桃色のかたまり』

さいたまゴールド・シアター『薄い桃色のかたまり』@彩の国さいたま芸術劇場 インサイド・シアター

おおお、岩松了の作品のなかで『シブヤから遠く離れて』と張るくらい好きかもしれん……岸田今日子と小泉今日子が共演した『隠れる女』や、一青窈の音楽劇『箱の中の女』(12)を思い出す。やっぱり岩松了は自分にとってかなりだいじな劇作家。網羅は難しくても、節目節目で末長く観ていきたい。以下ネタバレあります。モチーフのひとつとなる映画に関しては、知らないで行った方が現場で「……ああ!」となる驚きがあって楽しいと思いますよ。

東日本大震災後の福島を舞台にする、というプランは蜷川さんがご存命の頃に決まっていたそうだ。タイトルは富岡町の、夜の森の桜並木からイメージされたもの。蜷川さんだったらどう演出したかな、と考え乍ら観るところもありつつ、ああ岩松さんだとこうするか、こういう空間づかいをするのかと新鮮な思い。見えない場所に何を見るか、そこから聴こえる音から何が見えてくるか。観客に想像を促し、秘められた謎を覗きみる後ろめたさと快楽へと誘う演出。岩松さんのもともとの得意技だが、ステージを見降ろす構造のインサイドシアターではもうひとつの視点が加わる。天と地を見る視点だ。

岩松作品に頻出する「階段」は、正面客席の中央にある。インサイドシアターにもともと設置されており、観客の入退場に使われるものだ。最後列の後ろにある狭いスペースには木が一本。そこへ若者がやってきて、視線を宙に投げる。ハッとする。ここは、そして客席の勾配はあの高台だ。観客は登場人物と同じ目線で、同じものを見る。津波に覆われていく郷里をただ見るしかなかった、あの光景だ。床へと落ちる照明(岩品武顕)は雨粒となり、鳥瞰に映える色とりどりの傘が散る。それを差すひとたちの表情は見えない。客席の背後に、傘の下に、見えない場所がある。

岩松さんがゴールドシアターに書きおろした前二作はさい芸の小ホールで上演されたが、思えばこちらもすり鉢状で、ステージを見降ろす客席配置だ。ゴールドシアターに三作書きおろし、役者たちを十年見てきた時間がここにある。「蜷川さんへのオマージュは伝えたいという気持ちは自分のどこかにある」(後述のインタヴュー参照)と話した演出家と、いまはもういない演出家の共作を見たような思いになる。

岩松作品といえば、の緊張感あふれる対話が官能に転じる男ふたりのやりとり。あてがきだろうか、相対する内田健司と竪山隼太が再び観られるとは。ネクスト×ゴールドの『リチャード二世』(2015年2016年)で、ふたりの対話に感銘を受けた自分にはたまらないものがあった。顔立ちが似ている訳ではないのに、鏡を介して立っているように感じる場面が何度もあったリチャード二世とボリングブルック。ひとりは去り、ひとりは残るという立ち位置も同じだ。黒の上下に白いシャツ、内田さんのジャケットはロングという衣裳(紅林美帆)の対比も、ふたりの身のこなしも美しい。

内田さんは、蜷川演出作品とは違う顔を見せてくれた。少し日灼けして、さっぱりしたストレートの黒髪。シェイクスピア作品や『カリギュラ』で見せた青白い顔と痩躯の若者ではなく、現代の青年がいた。そういえば主役を張る前、『財産没収』で内気な青年を演じていたときの彼はこうだった。カーテンコールではにっこり笑って礼をしていた。初めて見る表情。ささやいてもつぶやいても通るあの声は変わらず。彼しかもっていない声だ。これからさまざまな役で観るのだろうと思う。楽しみになる。

そうそうこれもあてがきかな(笑)、『冬眠する熊に添い寝してごらん』でいぬを演じた中西晶が再びのよつあし役。すんばらしいいのししでした。いやほんとすごいよ。めちゃめちゃ至近距離で見られるシーンがあったんだけど、めちゃめちゃいのししだったよ。むっちゃかわいいし。身体的にとても負担がかかる役なのでとてもたいへんだと思う。千秋楽迄どうぞご無事で……。

上村正子と佐藤蛍(周本絵梨香とダブルキャスト)、女性ふたりの色がにじむやりとり。田内一子のコメディエンヌの才、大串三和子の声の魅力。かしましい女優たちの生命力、いさましくもなさけない男優たちのチャーム。ゆったりとした動きからも躍動が伝わる、感情が弾けるダンス(振付:井手茂太)。唯一無二の劇団と向き合い、劇作家/演出家は腕をふるう。「私は、今より先しか見ないの」という台詞を重本惠津子が発したとき、思わず拍手しそうになった。笑みがこぼれる。

モチーフとなった映画は『シェルブールの雨傘』。災厄によりはなればなれになった恋人たちが再会する迄、そしてそれから。恋人たちだけの呼び名にあれ? となり、傘店の登場に確信する。終盤にあのテーマ曲が流れたときのカタルシスといったら。この横糸の忍ばせ方、憎い! ラストシーン、闇に浮かぶ桜並木、どこ迄も続いていくかのような薄い桃色のかたまり(美術:原田愛)。現在と未来が交錯し、恋人たちがすれ違ううたかたの時間に別れを惜しむ。

さまざまな思いが交差するカーテンコール。ゴールドシアターのカーテンコールは格別だ。

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・自分の演劇を壊すものと出会う さいたまゴールド・シアター第7回公演『薄い桃色のかたまり』岩松了インタヴュー|埼玉アーツシアター通信 VOL.70
4、5ページ。
「通常、僕の書く戯曲は正確さを求めた、スピード感ある対話劇で、それによって緊張感やある空気を生んだりする芝居です。でも彼らとやりたいことはそれではない」「やっと自分の演劇を壊すものと出会えそうだという期待があります」
岩松さんのインタヴューって、書くものとは違って謎を残さないように話してくれるよね。同誌に連載中のエッセイも毎号楽しみにしています

・演出助手に井上尊晶の名前。ゴールドの面々のケア含め、ノウハウを知っているひとがいるのは心強い

・蜷川さんのメモリアルプレートも見てきました。遺品がおさめられたケースの横に、小峰リリーさん逝去のしらせ。新聞に訃報が載ったのは25日だった。演出家と長年組んできたひとたちも、だんだんいなくなってしまう

・昨年『NINAGAWA STUDIO』と名付けられた大稽古場の入り口に、ちょっと傷の入った『GEKISHA NINAGAWA STUDIO』というプレートが設置されていた。ベニサンピットで使われていたものかな