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2015年05月27日(水)
『高地戦』

『高地戦』@韓国文化院 ハンマダンホール

駐日韓国文化院の定期上映会。本年度のプログラムが発表になったとき、大きなスクリーンで観られる〜とDVDはお預けにしていたのでした。原題は『고지전(高地戦)』、英題は『The Front Line』。本国では2011年、日本では2012年に公開。

朝鮮戦争休戦直前、最前線のエロック高地で中隊長が「戦死」する。死体から味方の弾丸が出てきたため、防諜隊中尉が調査員として派遣される。そこには精鋭部隊と言われる「ワニ中隊」がいるが、やけにのんびりした風情だったり、少年の面差しを残した若者が大尉になっていたり。何かがおかしい。

そんな彼らは、北との密かな交流に憩いを見出している。高地は日々奪い奪われるので、両軍は同じ塹壕を入れ替わり立ち替わり使っている。ある日、南が塹壕を去る際隠した食料品が、数日後戻ってきてみると消えている。かわりに山盛りのウンコと手紙の置き土産。怒り狂った南は「判断力が弱っていた。冷静な頭だったら時限爆弾を入れただろうに」、手紙に返事を書いた。北は南にいる家族に手紙を送ってくれと頼み、南で流行っている歌の歌詞を教えてくれと頼む。南は彼らの依頼に応え、酒やマッチを受け取る。戦っている意味も判らず、お互いを殺さなければならないと言う同じ立場の彼らに、ほのかな仲間意識が生まれる。やがて休戦協定が締結し、高地から笑顔で立ち去ろうとする彼らだが……。

映画のセオリーとして、こうした異常な状況での幸せなひとときは、その何倍もの残酷さで崩壊する。兵士たちの笑顔は、最も悲惨な形で消えることになる。

ミステリ仕立ての導入からユーモラスなシーンを経由し、あれよあれよと言う間に戦争への憎悪が露わになる。のんべんだらりのワニ中隊がいざ本戦となると豹変するくだりや、「2秒」と呼ばれる凄腕の狙撃手(着弾から銃声が聴こえる迄2秒、つまり680m離れたところから標的を倒す)の描写、そしてその正体には「うわーあかん、これ格好いいと思ってしまうわ」と思う。無駄のない動きと連携、的確に素早くくだされる判断。その道のエキスパートへの畏敬の念すら抱く。ところがやがて、それらは「そうしないと死んでしまうから」だと判ってくる。

他に方法のないサヴァイバル術は、確実に兵士たちの心身を蝕む。そう迄して生き残っても、傷は消えない。以前の自分には戻れない。信じていたものは変わる、祈りも変わる。「死にたくない、助けてください」から「殺してください」に。終盤、大尉が何故自分たちが「ワニ」と呼ばれるのかを明かす。名付けたのはアメリカ軍だ。エロック高地は架空の土地。AERO-K、と書く。この名前は裏返すとKOREAになる。

この作品に興味を持ったのはシン・ハギュンが出演していたから。あの目にはこんなものを見てほしくなかった……と思わせられるような、瞳が綺麗な役者さん。とにかく目が物語る。変わってしまった友を演じたコ・スとのもの言わぬやりとりに、静かな激情を滲ませる。もの言わぬ、と言えば、「2秒」を演じたキム・オクビン(好き!)も物語る瞳を持っている。大尉を演じたイ・ジェフンも素晴らしかった。

前述したように、ユーモラスな演出ではあったものの兵士たちの排泄物がガッツリ映るシーンがあった。『王の涙』でも『国際市場で逢いましょう』でも同様のシーンがある。登場人物たちの過酷な状況が実感として伝わる。そういう描写から逃げないすごみは、韓国映画のすごみでもあると思った。

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・映画『高地戦 THE FRONT LINE』 公式サイト
日本の公式サイトまだ残ってた

・輝国山人の韓国映画 高地戦
いつもお世話になっております。ここ、キャストのプロフィールや他の出演作にリンク張ってあるのが本当に有難い。あの綺麗な顔の大尉どっかで…と思ってたんだけど『建築学概論』の子(主人公の若い頃の方)かーい! いやー全然役どころが違うってのもあるけどすごいな…あんなフワフワした大学生がこんな…戦争ホントいや! と思わせるに充分……素晴らしい。
それを言ったら二等兵の子(イ・デビッド)は『テロ, ライブ』のあの子かーい! 不憫な子の役ばかりじゃ…つらい……。
あと『チラシ:危険な噂』に出てきた盗聴マニアのおっさん、コ・チャンソクもいい仕事してはりました

・(逆風満帆)作家・森村誠一:上 原点に熊谷空襲の不条理:朝日新聞デジタル
話違うけどこの話思い出してね…森村誠一んちが8月15日に空襲(熊谷空襲)を受けたって話。不条理、理不尽。当事者とは誰なのだろう?



2015年05月23日(土)
『わが星』

ままごと『わが星』@三鷹市芸術文化センター 星のホール

2009年に初演、2011年に再演。戯曲は出版後すぐ読み、映像も観た。やっと舞台で観られた。いつか青山円形劇場で観てみたいと言う願いは叶わなかった。でも、星のホール。初演と同じ場所、そしてこの名前のホールで観られたことが嬉しい。

マチネで鑑賞、いい天気。自然光が入る明るいロビーからホール内に入ると真っ暗、目が慣れる迄ちょっと時間がかかる。おそるおそる歩く。諸注意後キューを出し、最後に上演が終わったことを知らせる制作の方も出演者と言っていいように思う。

時報、ライム、ダンス、音楽。そして台詞。柴さん言うところの「観客の時間をコントロールできる演技の技術」を持つ役者たちの身体。「『ここからテンポが変わった』という“錯覚”を、俳優が生身で生み出すのが本来の演劇の力」。譜割されているかのような台詞や動きは、一見演者をコントロールする要素がとても多いように思える。しかし役者は、その声、その表情、その跳躍を持ってルールのある舞台上に自由を見出し、舞台から宇宙への物語を観客に感じさせてくれる。

少しずつ変換されていくやりとり、「ねこかよ」が「がんばれ」になる。決して同じではいられない。生まれた瞬間に、少しずつ死に近付いている。開演前不思議に思う、観客全員に配られているアポロチョコの意味が判るとき。女の子たちの揺れるドレス。夫と妻のそれぞれの視点。祖母を見送る家族の思い。物語は普遍的なもの。宇宙の現象はひとびとの歴史。モチーフと言語をいかようにも変えて、きっと世界中どこでも上演出来る。死は避けられない。しかしそのことに安堵を覚える。眠くなるわたし、見つめているあなた。ひとつひとつが二度とない、それでいて永遠に続くようなできごと。

おばあちゃんを男優の方が演じるのは共通のようで、これがまた味わい深いもの。部屋の明かりが消えるとき、命も消える。しかし、その光は遠い時間の果ての誰かが見ている。必ず。

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・わが星 * ままごと オフィシャルサイト
ソースコード見るとちょっとくすっとするね。かわいい

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帰宅後webを開き、扇田昭彦さんの訃報を知る。この日『わが星』を観たことと切り離せないできごとになった。扇田さんの劇評を読むことをいつも楽しみにしていた。必要としていた。膨大な知識と記憶、平易な文体。その場でしか観られないものをその場にいないひとたちに伝える力。

何度劇場でお見掛けしただろう。大劇場でも、小劇場でも。数え切れない。ちいさな劇場(あるいは劇場とも言えないような小スペース)で毎週のように遭遇したことがあり、そのときはあ、と言う顔をお互いしたものだ。遭う度こちらがあまりにも凝視するものだから、憶えられてしまったのかも知れない。きょとんとしたあの大きな目は今でも思い出せる。そんな体験をした芝居好きは、きっと沢山いる。twitterに流れてくるいくつものお悔やみの言葉を読んだが、現場主義、明晰、公平な文章、温厚、紳士と言った言葉が並ぶ。そして何より、上演される作品、その舞台をつくりあげたひとたちへの敬意があったと。批判であっても、決して気品を失わなかった。

作品への敬意を失わず、揚げ足をとらず、悪意を込めない。劇評を読んだあとに作品を目にするひとたちに対して、先入観を持たせない。自分にとって、観た舞台の感想を書くことはただの趣味だ。それでも扇田さんの書くものは指針だった。

これから扇田さんはどう書くのかな、と思えなくなるのが悲しい。観劇の航海図とも言えるテキストの数々に感謝します。

・扇田昭彦さん | ___evidence*___薛珠麗's BLOG
・松井今朝子ホームページ: 訃報
・さようなら扇田昭彦さん - Blog of SAKATE
・TheaterGoer Directoy 長谷部浩の劇評【追悼】扇田昭彦、現代演劇の良心
・web dorama de songha

・昭彦お父さん、ジィジ: 〆てがみ座俳優でいりーめーる

(20150527追記)
・扇田さんのこと
『初日通信』の小森収さんによるテキスト。扇田さんと小森さんの間でこんなやりとりがあったと24年経って知る。スズカツさん読んでるかな

(20150530追記)
・(演出家の独り言 蜷川幸雄)僕より先に逝ってしまうなんて:朝日新聞デジタル
蜷川さんが扇田さんにケンカを売ることは時折あって、それは公演が続いている自分のカンパニー(役者、スタッフ)を守るためでもあった。今年の一月、扇田さんの書いた『ハムレット』の劇評に対し、蜷川さんはこう応えた。あのあとふたりは会って話をしたのだろうか。今となっては本人たちしか知らなくてもいいことだし、第三者にはわからなくていいことかも知れない。いろんな思いが込められている、このエッセイの言葉だけで充分に思えた



2015年05月20日(水)
BOOM BOOM SATELLITES『FRONT CHAPTER Vol.4』

BOOM BOOM SATELLITES『FRONT CHAPTER Vol.4』@Shibuya CLUB QUATTRO

久々『FRONT CHAPTER』、ゲストは石野卓球! そりゃアガる。5分程遅刻したのだが開演時間過ぎてるのに入場が終わっておらず、整理番号の呼び出ししてた。おいおい卓球をFA扱いかよ、どうした。

と言う訳でフロアに入るなり踊り倒す。ゴリゴリミニマル、トライバルリズムパターンだけでグイグイ押す場面も。声ネタが色になる〜! と言えば、終盤ブンブンのチャックDネタをぶっこんでたような…気のせいじゃなかったら嬉しいな。

さてブンブンさん。基本は三月のワンマンと同じセット。「VANISHING」を抜いただけかな? あとちょっとだけ曲順が変わったか。キャパがEX THEATERとは全然違うので、音の鳴りも全然違って聴こえた…と言うか、聴き方も変わると言うか。EX THEATERでは空間全体の鳴りを、今回は音のひとつひとつを聴いていた感じでした。あとあれだ、EX THEATERのときはいろいろと何か変わっているところはないか、大丈夫か、と思い乍ら観ていたところがあったので……今回は細かいところに注意を持っていけた。

そしたらまー、「FOGBOUND」で使ってる音のパーツ、かなり更新されてたんですね。うっすらなんか違う…とは思ってたけどようやくどこがどう、てのが判ってきた。リズムパターンがまず全然違うがな! 16から8にしたくらい違う、間合いの妙。この辺りはyokoさんとのやりとりで仕上げていったのだろうな。あと「ONLY BLOOD」って最初に聴いたときはどこのNINじゃと思ったもんだが、曲は育つ。と言うか中野さんは曲を育てる。この曲のブリッジパターンやモチーフは結構前からあって、NINの前の出番(サマソニ09)でそれを使ったときには度胸あるなと思いましたし(笑)、「DISCONNECTED」では「Starfuckers Inc.」まんまかい! と思ったものですが、今回はもうNINを連想するところはなくなっていた。そのかわり「FOGBOUND」のアウトロで「Rez」は思い出した…なんだろうこれ。サンプリングとはまた違う、彼らが今迄聴いてきた音楽や影響を受けてきた音楽が、いい具合に消化されてきていると言うことかな。今のブンブンの曲は、ブンブンにしか成し得ないものになっているように思った。

あと「MORNING AFTER」なー。この曲、当時中野さんが「川島くんの声は綺麗を通り越す感じがするときがある」みたいなこと言ってたんですよね。ちょっと具体的な言葉を思い出せないんだけど。音源だとそこんとこ顕著で、怪鳥音と言うかキエーみたいな声がうっわ怖! てか言い方悪いけどキショい! と思いつつ病みつきになってアルバム中いちばんリピートして聴いてた曲なんですが、今回声含めてますます純度が上がってる感じがして。抜けがよいと言うか。

「STAIN」をライヴで聴けたのが嬉しかった。ノイズ含めたザラリとしたバックトラックに、澄んだピアノと川島さんのファルセットが重なる瞬間のカタルシス。続けて「STAY」、と言う流れも美しい。以前にも書いた気がするが中野さんは泣いた赤鬼みたいなところがあって、お客をもてなしたくてごはんとおやつをてんこもりで出す子って印象があるんですが(…)近年はその手札を出したり引っ込めたりするバランスがいいように思います…って偉そうなこと書いてすみませんね。エレピの手弾きが増えたことにもその要因があるように思う。ピアノは情緒を喚起出来る音色を持っていると言うことと、その残響を聴かせる配慮。心情的な部分も大きいように思う。以前は小数点単位のズレも許さん的な空気があったものね。

心情と言えば、ここんとこ中野さんも川島さんもライヴを楽しんでる感じが伝わってくるのが嬉しい。あんなに笑顔が出るライヴなんてね。川島さんの顔がとてもいい。いやもともと男前な方ですが…体調も関係するのだろうけど、このひと顔に浮腫みが結構ハッキリ出るじゃないですか。ここんとこ見てる限りではそれがなくてスッキリした顔になっている。前向きに考えられる。あとやっぱり面構えが変わった感じがします。

今回のツアーも撮影フリー。写ルンです(!)を持っているひとをフロアに見付けた中野さん、撮ってあげるよと分捕って(笑)フロアにカメラを構える。「俺も写りたーい」とカワちゃんフロアに降りる、カンちゃんも降りる。皆で笑う。次のライヴでも笑顔で会おう!

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セットリスト

01. SHINE
02. ONLY BLOOD
03. BACK IN BLACK
04. BLIND BIRD
05. A HUNDRED SUNS
06. OVERCOME
07. EMBRACE
08. NINE
09. FOGBOUND
10. MOMENT I COUNT
11. KICK IT OUT
encore
12. BACK ON MY FEET
13. MORNING AFTER
14. STAIN
15. STAY

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・【ライブレポート】ブンブンサテライツ、自主企画イベントで川島「ただいま!」、ファンからは「おかえり!」 | BOOM BOOM SATELLITES | BARKS音楽ニュース
・石野卓球とブンブンサテライツの対バン実現! | Qetic
・ブンブンサテライツ 自主企画ツアーで石野卓球と対バン実現 川島「僕らの尊敬する大先輩です。」│Daily News│Billboard JAPAN
QeticとBillboard JAPANのは元のテキストが一緒かな

・twitter|ハッシュタグ #ブンブンサテライツ
メンバーもスタッフもタグつきで画像あげるの推奨してる。いい表情が沢山

・With Boom Boom Sattelies.ソニテク
終演後の卓球のツイート。卓球からソニテクて言葉が出てるのも嬉しいわ…スペル間違いはご愛嬌だ。皆いい顔。で、

・卓球さんに次長課長の井上に似てるって言われた。
同じく中野さんのツイート。だははよく言われてたよね。個人的には近藤等則にも似てると思ってます。てかどんどん似てきている…逆に近藤さんは近年柔和な顔立ちになってきてる。歩み寄るといい!

・SONY TECHNO PAGE
実はソニテクのサイト、残存してます。ブンブンの頁もまだあるよ!

・次世代アーティストの為の新しいプラットフォームを 〜ユーマ(株)[ex.Third-Ear JPN Ltd.]、(株)Pinc代表 弘石雅和氏インタビュー | Musicman-NET
ソニテクと言えば弘石さんですが、ちょっと前にしらべものしてたときに見付けた記事。今はこんなお仕事をされてるんですねー。当時の話もしています。SHOP33のこととかブンブンについてってロンドンで仕事してた頃のこととか

・next33
SHOP33の現在。ブンブンさんとも馴染み深いSHOP33、実店舗は吉祥寺にありました

・伝説の店shop33期間限定復活で石野卓球、高野政所らDJ - 音楽ナタリー
そういえば限定復活のときのイヴェントに卓球参加してたなーと思い出し

ああ、振り返った振り返った。としよりは話が長いぜ!



2015年05月17日(日)
『聖地X』『国際市場で逢いましょう』

イキウメ『聖地X』@シアタートラム

プロトタイプ(と言っても、当時ちゃんと本公演として上演された作品ですが)の『プランクトンの踊り場』は未見です。いーやー面白かった。

オカルト的な事象を理詰めで解説していく、しかしどうしても解明出来ない謎は必ず残す。その余白をやはり理屈だけでは証明し得ない衝動や感動へと落とし込む、と言う手法に磨きがかかりまくっている。

理詰めで解説していくため、「またまた〜」「このひと頭おかしいのかな?」と言うところから一歩踏み込むことが出来る。理解出来ない事象に対してツッコミを入れる人物を配置することで、「信じられない。有り得ない」が「自分が信じようとしていなかったのだ。では、信じてみたら?」と言う変換のガイドになる。過去の作品に出てきた言葉でもあり、前川さんが言っていたこともであるが、「人類が誕生してからの長い歴史を考えると、今生きている人間よりも、過去に死んでいる人間の人数の方が全然多い」と言う当たり前の事実は、そりゃー生きてる人間の知識を結集しても解明出来ないことがあるのは当然だよなあ、と納得させられる。

「納得」は「信じてみる」ことでもあり、そして今回のストーリーにも出てきたように、「信じる」ことは「祈り」に繋がる。それは奇跡を呼ぶこともある。

登場人物たちのバランスの取り方も巧い。散々兄とAmazon(小道具の段ボール箱はAmazanになっていたが・笑)に罵詈雑言を浴びせた妹が、その兄のパソコンでAmazonを使って製菓道具を購入する。高等遊民の兄は、帰郷を知られた同級生に対して気まずそうだ。その同級生はクライアントに誠実で、自分の仕事を楽しんでいる。歯の浮くような夫の言葉、おいおいこれどうなの? 笑うとこ? とギリギリ迄引っ張っての「消えろ」、爆笑。理路整然、軽妙洒脱なやりとりは以前からの特色だけど、コメディとしてのやりとりがこんなに面白かったかこの劇団…と瞠目する場面もしばしば。安井順平が劇団にもたらした効果と、劇団員全員の実力がグイグイあがっていることを強く感じる。間、テンポ、リズムのよさ。

イキウメならではの、ともすれば説明としての処理になりがちな仮説→実験→検証の場面展開。これらを笑いとともに鮮やかに見せる技がますます冴える。料理人とオーナーのすれ違いを回想のちょっとした会話から眼前に再現する。シュークリームとペプシが出現する(笑)実験台として使われる人物の下準備にも唸らされた。常に俯瞰で構成されているなあと感嘆。兄妹の絶妙なコンビネーション、ケンカの抜け感も見事。各々の場所を小道具の位置がえと壁のスライドで見せた美術(毎度の土岐研一!)も、現在と過去、オリジナルとコピーを錯覚させ、目に見えるものがいかに曖昧なものかを実感させる。

劇団作品を続けて観ていると、と言う点では、今回の兄は『地下室の手記』の彼の違う人生かもと思える楽しさもあった。自立出来ていないように見える子供たちは、(前川作品に重要なモチーフである)地方都市にある実家と財産を有意義に使う。この兄にしても、不誠実な誠実を併せ持つ夫にしても、素直な心を持つが故に故障してしまう料理人にしても、当て書きか? なんて思わされてしまう(浜田さんごめん・笑)。女性の強さもね。今回いちばんグッときたのは盛さん演じる不動産屋さんでした。

後味はよいけれど、そこはかとない怖さ、割り切れなさも余韻として残る。「三人目」は生きている人間か? 彼はあの後どうなったのだろう。

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・余談。もーどこで何が起こるか判らない! と気を張って観ていたもんで、終盤兄がトイレから出てきたとき「これも増えたやつ?!」としばらく疑っていた(笑)て言うかトイレで増えるって判ってるのにここで用を足す兄の図太さに感心した…冴えてるけどやっぱアホの子の片鱗が……

・赤堀雅秋×前川知大インタヴュー『散歩する侵略者』(2006年)
当時張ったけどまた張る。つくづくこのタッグ企画したひと慧眼よな…観られてホントよかった……と、この日の観劇後話していたのでした。前川作品を他の演出家が手掛ける難しさ、映像にする難しさ、と言う話題から。見えないものが見える、対象物が増える、と言うのは映像では簡単に出来る技術だけど、果たしてそれは実際に「見える」のだろうか?

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『国際市場で逢いましょう』@シネマート新宿 スクリーン1

ファン・ジョンミン出演作。原題は『국제시장(国際市場)』、英題は『Ode to My Father』。昨年十二月に本国で公開され、あれよあれよと動員記録が塗り替えられていくさまをリアルタイムで見ていてヒェーッとなっていました。それから約半年で観られるとは…韓国映画の日本公開、大概一年後とかだったりしますので。東方神起(ユンホのスクリーンデビュー作だそう)効果でしょうか? 宣伝展開もとてもしっかりされていたなー。新大久保には期間限定でコンセプトショップも開店しています。配給さんに感謝。

韓国現代史をひとりの平凡な男の視点から辿る。主人公ドクスは朝鮮戦争で父と妹と離れ離れになる。西ドイツへ出稼ぎに行き、ベトナム戦争に技術者として出征する。長男である彼は、家長としてひたすら家族に尽くす。文字通り身を削って。

ちょっとしたことに頑なになり腹を立てる、現在の年老いた主人公。何故そんな些細なことに拘るのか? 観客が不思議に思うタイミングで、ストーリーは過去へと遡る。「歌手でいちばん」なのはナム・ジン、叔母から受け継いだ店と土地は絶対に手放さない、その理由。壮大? 確かにそうだが、これらはこの国、その時代に生きた人々に、満遍なく降りかかったことばかりだ。主人公が体験したことは、この国では「平凡」になってしまう。時代は過ぎ、語られなくなった歴史は忘れられていく。映画は、語られなくなりつつあるこれらの出来事を、誠実にひとつの記録として残す。沢山の涙と、沢山の笑いとともに。

そしてこの国における家長、長男の責任の重さたるや。父が帰ってくる場所を守り続けた主人公の生涯は美談にも出来る。しかしそれでよかったのだろうか? 映画を観ている間、頭の隅からこの思いが離れなかった。主人公の最後の台詞にひとつの答えがあった。安堵、恐怖、さまざまな感情が湧き上がる。彼のなかで父親は生き続けている。「父との約束」は呪いの言葉でもあったのだ。団欒の場から離れ、隣室でひとり涙を流す「平凡」な男。妻に泣くならふたりで、と言っていたのに、自分はひとりで泣いている男。いつでも「大丈夫だ」と言い、家族に見返りなど求めず、老年を沈黙で過ごす男。このシーンは、家族と言う枠組みについて苦い味を残す。

主人公は最後の台詞により、父系の呪いから自分と家族を解放したとも言える。彼は「特別」な男だった。そんな偉大な男たちが、この国には沢山いるのだろう。そして映画は、彼らに感謝の思いを贈る。副題とも言える英題(秀逸!)にそれが表されている。

同じような記憶は自分たちの国にもある。これらは繋がっていて、今も続いている。離散家族を探すテレビ番組は中国残留孤児の報道を見ていたときの気持ちを甦らせる(若い子は知らないよねもはや……)。傷痍軍人の姿や、炭鉱事故のニュースも幼い記憶に残っている。「チョコレートギブミー」も戦後の日本人の知識としてある。「技師なので危険はない、戦闘に参加する訳ではない」なんて、最近どっかで聞いたばかりの話だよね〜。そして『追憶のアリラン』ではソ連って国はよお…と思い、この作品ではアメリカって国はよお……と思ったのだった。

自分に寄せて話をすると、ウチの父は長男で、台湾からの引き揚げ組で、お父さんが早くに亡くなり、弟妹を育てるためにいろんなことを諦めたひとだ。やはりダブらせて観てしまうところはあった。数年前その頃の話を突っ込んで聞く機会があった。聞くことが出来てよかった。父は伴侶(まあ私の母ですな)も早くに亡くし、ここ迄自分を育ててくれて、育ったら放っておいてくれた。家族と言うものに縛りつけなかった。感謝してもしきれない。

さてジョンミンさんですが、いやもう素晴らしかったですねって言うかドクスにしか見えなかったですね! 鑑賞中はドクスとしてしか見てませんでしたね! と言いつつあの綺麗な茶色の瞳がスクリーンに映し出されるシーンでは監督有難う〜と思っておりました。なんかもう、この映画で「韓国の父」とかなんとかキャッチフレーズがついたようで…ここにもまた「国民的俳優」が……。特殊メイクやVFXによる見た目の変化もすごいですが、年齢に沿った姿勢や発声を丁寧に使い分けていたところに感嘆させられました。そしてドクスの生涯の友、ダルグを演じたオ・ダルスが最高でした。歴史の重みに押し潰されず観ることが出来たのは彼の存在が大きい。あの(いい加減な・笑)生き方、指針だわ。あたしゃダルグみたいな人間になりたいわ……。「ドクスやああ〜〜〜」の声が耳から離れませんよ。ファッション七変化も楽しんだわ〜ときどき竹中直人に見えた(笑)。

ドクスのお父ちゃんは『チラシ:危険な噂』(DVD発売時『ゴシップサイト 危険な噂』)にも出てたチョン・ジニョン。冒頭にしか出てこないのに強烈な印象を残す父親像。稲川淳二に似てると思っていた……。あと子役なー! 特にダルグの子供時代! よう見つけてきた!

主人公が時代時代ですれ違う実在の人物たちも印象的。アンドレ・キムはすぐ分かった(笑・沼の知識として)。お相撲さんが分からなかったなー。国民的シルム(朝鮮相撲)選手、イ・マンギだそうです。シルム界の技のデパートと呼ばれ、現在は仁済大学教授とのこと。こういう豆知識をパンフ等で補足してくれると嬉しいな(要望)。ユンホさんは実在の歌手ナム・ジン役。出演時間は長くありませんがとても印象に残りました。歌も唄ってくれて、命も助けてくれて、そりゃドクスもダルグもぽわ〜てなるわ。

あと何度か観に行きます。映画館毎に違うコラボ企画をやっているので、有楽町でも観てみたいな。

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・『国際市場で逢いましょう』
日本の公式サイト

・輝国山人の韓国映画 国際市場で逢いましょう
データベース。いつもお世話になっております! 有難うございます!

・「国際市場」新大久保店 〜東方神起ユンホ出演『国際市場で逢いましょう』と釜山の魅力満載のコンセプトショップが期間限定で誕生!|韓流Mpost
・CJ JAPAN - 新大久保に、映画の舞台となった「国際市場」コップンの店が登場!|Facebook
行こうっと

・ファン・ジョンミン、インタビュー!「やっと自分の子供に見せられる映画が撮れました」 | 韓スタ!
・MOVIST|즐길 줄 아는 폭 넓은 배우가 되기까지 <국제시장> 황정민
・excite翻訳:楽しむことができる幅広い俳優になるまで『国際市場』ファン・ジョンミン
・스타 매력탐구 | 우리 아버지들의 초상 황정민, 그리고 <국제시장> - 한국의 ‘톰 행크스’가 쏘아 올린 연기의 ‘결(結)’
・excite翻訳:スター魅力探求|うちのお父さんの肖像ファン・ジョンミン、そして『国際市場』-韓国のトム・ハンクスが打ち上げた演技の‘結’
ジョンミンさんのインタヴュー、関連記事。写真も素敵。韓国のトム・ハンクスと言われているのは『国際市場〜』で主人公が韓国とその時代を代表する重要人物と会う場面から。『フォレスト・ガンプ』を連想させるんですね

・―韓国人の深き孤独―韓国映画「国際市場」|ハフィントンポスト
・ふしぎソウル:(11)大ヒット映画に見る激動の韓国現代史 - 毎日新聞
・『国際市場で逢いましょう』にみる韓国の家族像 - 西森路代|WEBRONZA - 朝日新聞社
・私の知る、最も紹介したい韓国がここに!´ぅ_ ;`)|韓国・ソウルの中心で愛を叫ぶ!
読み応えがあり、知識としても役立ったレヴュー。有難うございます

・映画『Ode To My Father(国際市場で逢いましょう)』〜より進化した「老化・若返り」技術〜|foton
ジョンミンさんたちの顔をツルツルに若返らせた(笑)日本のデジタルイメージングカンパニー、foton

・Vimeo: Age Reduction VFX “Ode To My Father”

レタッチメイキング動画

・Love Larson : Magnolia Agency
登場人物の70歳代特殊メイクアップを担当したスウェーデンのチームLove Larsonのサイト。『007 スカイフォール』も担当したと言うのは上記fotonの記事で読んでいたけど、『ドラゴン・タトゥーの女』もそうだったんだ! 一緒にアーカイヴされて並んでるの、嬉しいなあ

・‘국제시장’, 개봉 4일만에 100만 관객돌파 ‘입소문 시작됐다’
・excite翻訳
封切り四日で動員100万人を突破したときのニュース記事。口コミでみるみる動員が増えたようです。
出演者たちによる100万人突破有難う画像も。クリスマス近くだったのでサンタとトナカイに扮してるのがかわいい

・'국제시장' 천만 감사 인사 영상|CJ Entertainment Official

本国1000万人突破時の出演者コメント動画。
韓国では大体動員300万人突破すると結構なヒットなんだそうです。最終的には歴代二位、1410万人を動員したとのこと



2015年05月09日(土)
『地獄のオルフェウス』

『地獄のオルフェウス』@シアターコクーン

1940年に初演されたテネシー・ウィリアムズの商業舞台デビュー作『天使たちの闘い』。歓迎どころか手酷く否定されたこの作品に彼は拘り続け、17年後『地獄のオルフェウス』として生まれ変わらせる。そうした背景から考えても今作はウィリアムズの原点であり、劇作家ウィリアムズのエッセンスが凝縮されていると言える。確かにここにはブランチもトムもローラもいる。敏感な心を持つ故に孤立する女性。故郷を、家族を捨てた青年。「悪夢が始まる装置」としての女や道化、蒸気オルガンが奏でるラグタイムは『欲望という名の電車』における花売りやタマーリ売り、ワルシャワ舞曲に相当する。「自分を売る」ことに飽き飽きし、あるいは恐怖し乍らも、自身の野性に忠実に生きることを選ぶ登場人物、その一瞬の輝き。彼らを徹底的に打ちのめし、抹殺するコミュニティ。これを見ろ、この残酷な生きものを見ろ。知ってるだろう? 知らないとは言わせない。叫びのような告発と、道理への諦めと。そしてブルース。死者を慰め、故郷を思う。

暗闇にふわりと光る蛍のような台詞の数々。その儚い光に魅了され、追い続け、ようやく掌に包む。掌を開いたとき、蛍はもう死んでる。モノローグによる失われた光景の描写、言葉から拡がるイメージのスケールの壮大さ。足のない小鳥、真珠のような素肌を持つ少女、オルフェウスの姿と声を持つ青年。グランドオープンする菓子店なんて、美と幸せの象徴じゃないか。その場所が一瞬にして惨劇の舞台へと転換する。ウィリアムズの人生が凝縮されているかのよう。そして今作にはギリシャ悲劇のマナーが引用されている。女たちの噂話はコロスの嘆き。事件は舞台の外で起こる。ビューラの昔話は伝令の役割を担っている。タイトル通りオルフェウスは「地獄」に「舞い降りる」(原題は『Orpheus Descenging』)。

興味深いのは、レイディとヴァルを叩きのめす人物たちだ。陰惨な差別感情を持ち、陰口を叩くひとたち。しかし、彼らを完全ある悪として見ることは難しい。人間にはその要素が必ず備わっている、それはたったひとりで立つ人物に対して、ひとりで立つことが困難な人物たちが群れるときに発揮される、と言う諦めにも似た寂しさを感じるのだ。ひとりで立つ人間には野性が備わる。それは「群れ」に生きる限り許されないことだ、と言う社会。噂話をする女たちも、マイノリティを暴力で排除しようとする男たちも、ひとりのときには何を思っているのだろう? 暴力は苦手だ、と言った保安官が象徴的だ。

野性を発揮した瞬間、レイディとヴァルはお互いを失う。「ヴィジョン」を授かったヴィーは光を失う。キャロルは既に失っている。しかし彼女は新しく手にしたものがある。「あたしの勝利よ!」と叫んだレイディの言葉は、その悲劇とともにキャロルが伝承していく。「生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ!」と言うメッセージとともに。ブルースはマーダー・バラッドの子孫だ。

謎めいた美しい青年に惹かれる不幸な人妻、と言う外枠はあれど、レイディとヴァルは人生を取り戻すために闘うバディのようにも見えた。大竹しのぶも三浦春馬もすごかったな……。警戒心、恐怖心、猜疑心。それでも近付きたい。ヤマアラシのジレンマだ。対話のなかから少しずつ相手のことを知り、距離が縮まっていく。触れたいと言う思いが爆発したとき、ふたりは身体だけでなく心も触れ合うことが出来たのだと思えた。そんなふたりの演技だった。

三浦さんは掃き溜めに鶴か! と思えるような美しさ。そして憂いに満ちた弾き語り。オルフェウスだ、オルフェウスがいるよ! 何より驚いたのは、翻訳劇の台詞を見事に乗りこなしていることだった。観劇後、今回の新訳で発行された戯曲を読んだ。ウィリアムズの書く台詞は美文だが、一定のリズムを以って読み進めるのが難しい。しかし舞台上で奏でられていたそれは、言葉の意味と内容が違和感なく伝わり、心地よく響いた。翻訳調に振り回されることなく、その人物の血肉として響いてくる。初のストレートプレイでこれとは。演者の技量を思い知る。リズムが感じられる広田敦郎の訳もよかった。

戯曲と言えば、フィリップ・ブリーンの演出はト書きにかなり忠実だった。このト書き、「指定」とも言えるような細かい情景、人物描写が記されている。序盤、ドリーに話しているのに観客側を向くビューラが気になった。蜷川幸雄がイギリスで『タンゴ・冬の終わりに』を演出したとき、役者たちから「何故対話の場面なのに相手を見ないのか、客席を向くのか? リアルじゃないよ?」と質問されたと言うエピソードが印象に残っていたからだ。イギリス人演出家のブリーンが何故? 果たしてト書きには「説明として」「観客に向かって」「対話の体裁をとら」ず、「このモノローグによって上演全体の非リアリスティックな色合いが決まる」とあった。「珍妙な服装」と指定された彼女たちの衣装(黒須はな子)もひと目見た瞬間から違和感が伝わるものだった。この「似合わなさ」は、彼女たちの生きづらさを表現しているのだと思った。窓外に雨が降る家屋の美術(マックス・ジョーンズ)もト書きに忠実でありそして印象的。丁寧に作られた舞台は、観たあとも噛み締められる。女性たちの陰口を、執拗な迄の囁き声に増幅させる演出はブリーンのアイディアだと思われる。幻聴のようなこの声は、レイディの心を傷付けるに充分だった。

ビューラとドリーを演じた峯村リエ×猫背椿コンビのやりとりは流石。保安官を演じた真那胡敬二もよかったなあ。そして久ヶ沢徹の役! めちゃこういう久ヶ沢さん観たかったって役! 夢が叶ったよ……おおうおおう(泣いてる)。敢えてどの役か調べないで行ったんですよね…ビューラとドリーの会話聴いてて「え? まさかまさか」と思って。「この役? てか出る迄にエラいハードル上げてないか」と思って(……)。で、ホントにその役で出てきたとき心で「キターーーーー!!!!!」て叫びましたね。ギャー! は、はつこいのひとー!!!!! はあはあはあ、有難うございます有難うございます。こんな二枚目の久ヶ沢さんが観られて幸せです。キャスティングしたひとにも感謝ですよよよ。

で、この公演が発表されたときから思っていたのだが、当初はこれ、蜷川さんが演出する予定だったんじゃないかな。それはそれで観てみたかった。いやでも今回、ブリーンと言う演出家を知ることが出来てよかった。パンフレットには、彼から蜷川さんへの感謝の言葉が記されていました。

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・オルフェウスと言うと脳内でこれが鳴る、多分もう一生そう。名曲
David Sylvian - Orpheus



2015年05月04日(月)
『ART』

『ART』@サンシャイン劇場

『前に下がる 下を仰ぐ』『現代演劇ポスター展』と、二日間現代アートに触れてきてこの作品。いやーニヨニヨしました。よりにもよって? 山口晃展には『オイル オン カンバス(本歌 西本願寺 襖絵)』と言う(一見)真っ白な作品がありましてな……(苦笑)。

三人芝居。ひとりが絵を買う。真っ白なキャンバスに真っ白な線が数本描かれている。500万円也。ひとりが笑い飛ばす。なんでこんなクソに500万も!? ひとりは自分の結婚を前にして落ち着かない。かくて三人の友情に亀裂が生じ始める。いや、そもそも三人を繋ぎとめていたのは友情だったのだろうか? 支配欲、服従欲、自己愛の変態過程だったのではないか?

ヤスミナ・レザ好きだわー。『偶然の男』、『おとなのけんか』(『大人は、かく戦えり』の映画版)と観てきてハズレがない。対人関係の齟齬を描き、背後にある社会との関わりや個人の事情を浮き彫りにする。基本的に問題は解決しない。仕方ない、それでも、と言う感覚も消えないが、それでも寛容を感じずにはいられない。痛烈なブラックコメディとも言えるが、後味は意外にも悪くない。人生は苦くて甘い。

登場人物たちが直面する問題に苦笑させられ乍らも(身に覚えがないと言うひとはいないだろう)、今回考えさせられるのはアートの価値と言うもの。作家の有名性、価格と言った付加価値や、単純に色を沢山使えばその分絵具代がかかるだろうと言ったコストパフォーマンス迄。作家、作品への敬意をお金で表すことの難しさ、作品をまっさらの状態で見る、感じることの難しさ。セルジュが白い絵に感動したのは事実だろうが、それに500万(この額はイワンの年収…いやその倍だったか? を上回る)を出したのは彼が裕福だから? その絵を陵辱したのはマークへの服従心から? それとも名声のため(だけ)に手にしたものなど代替可能だから? 作品をクソ扱いしたマークは、セルジュの本心を知っていると言う慢心がある。そしてセルジュが心底嫌うマークの妻は、絵の受難を救う方法を知っている。

マーク=市村正親、セルジュ=益岡徹、イワン=平田満。市村さんは身のこなしが美しく、自信にあふれ、それが同時に傲慢として映る人物像。しかしいちばん観客を沸かせる。どんなに酷いことを言っても愛嬌があり、支配されていると感じていても彼に惹かれてしまうセルジュの気持ちに同情の念すら沸く。とても魅力的な人物像。平田さんは、急に痩せたと言う役柄なので衣裳が全体的にぶかぶか。終始萌え袖だったのがもーかわいいのなんの! 寛容=何もかもがどうでもいい、はある意味真理。それをどう見せるか? と言うところがイワンを演じるところのキモなのでしょうが、平田さんは生活者としての諦めを図々しさとして見せていて、これがまた憎めないのです。そういうもんでしょ? と問い掛けられたようでハッとする。例の長ゼリ(市村さん曰く「かわいそう」、後述リンク参照)すごかったです、拍手喝采。必死で喋るイワンをつめた〜く(と言うかもはや無の境地で)聴き続けるふたり、と言う場面が面白くて面白くてもう! 波状の笑いが続いてましたよね……。争いの発端となる益岡さん、インテリで気遣いも出来る大人でもあり、寂しさを抱えた人物でもあり。響きのある深い声に陰影がある。

と言うか、登場人物全員が愛嬌のある魅力的な人物なんですよね。実のところこれ、キャパ500いや300くらいの緊密な空間で観たい芝居なのですが、役者が劇場のスケールにきちんと合わせた演技をしてくれるのでとても楽しめました。

絵画同様白を基調とした、壁面をスライドするだけで三人それぞれの家に変わる美術もよかったです。

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・観劇予報 : 16年ぶりに市村正親・平田満・益岡徹が再結集! 舞台『アート』製作発表レポート

・ヤスミナ・レザ作品の登場人物、『偶然の男』は二人、『ART』は三人、『大人は、かく戦えり』は四人なのな。まあ発表順でいけば『ART』が1994年、『偶然の男』が1995年、『大人は、かく戦えり』は2006年なんで特に意味はないんだろうが…これからも上演があったら観ていきたいです

・それはともかく『ART』はシティボーイズで上演したら面白そうと思いましたよ。イワンは固定できたろうさん、あとのふたりはどちらがどちらの役やってもハマりそう

・ちなみに翌日には二子玉川に『ストランドビースト』を観に行きましてん…初期型は羽根やペットボトルが砂でガサガサになっててのらいぬみたいでかわいかった、動かすとこも観られた! しかしCMで使った大きなやつを多摩川河川敷で動かすんだと思ってたら、展示場もデモエリアもショッピングセンター敷地内に点在する形。なんかちりぢりになった兄弟みたいでちょっとあわれであった。アート三昧なGWでございました

・中外製薬CM 風で吹きこまれるいのち篇 「創造で、想像を超える。」



2015年05月03日(日)
『現代演劇ポスター展―演劇の記憶、時代の記憶、都市の記憶―』

『現代演劇ポスター展―演劇の記憶、時代の記憶、都市の記憶―』@ヒカリエホール ホールA

ヒカリエ入口では京劇衣装(かな? リリパットアーミー時代のわかぎえふさんを思い出す感じ)を身にまとったひとたちが、チラシを配ったり呼び込みしたりしておりました。ポスターハリスカンパニーのスタッフさんかしら。と言う訳でポスターハリスカンパニーの財産が一堂に! 寺山修司生誕80年記念関連イヴェントになるのかな。天井桟敷、状況劇場からハイバイ迄、約150点を展示。後述リンクの画像にあるとおり、パネリングしたものを二〜三枚ずつワイヤーで吊るすと言う展示方法は圧巻です。会場に入った途端思わず「おぉ……」と声を漏らす。

天井桟敷、状況劇場(紅テント)、68/71黒色テント、早稲田小劇場と言った所謂アングラ第一〜第二世代には間に合わなかった世代ですが、実際に観た作品と、そうではない作品のポスターの前に立ったとき、自分の気持ちに湧き上がる思いに若干違いがあることに気付きます。横尾忠則、合田佐和子と言った大御所が手掛けたポスター群。あのシーンから生まれた芸術家たちは、演劇と美術の垣根を軽々と超えて、海をも、時間をも超えて疾走し現在に至る。憧憬の念を持って、作品として鑑賞する。B倍と言うサイズ、シルクスクリーンで刷られた紙面も迫力。

対して遊眠者(後期)、第三舞台、東京サンシャインボーイズと実際に観た作品のポスターを前にすると、その紙面を媒介として上演された作品の記憶が甦る。いや、作品だけではなく、席の位置や劇場までの道のりで何があったか、当日の天気、誰と観たか、と言った思い出をもぶわりと迫ってくる。「風に記された文字」、だ。「文字」の前に立ち止まる。しばし呆然とする。もう二度と観られないあの作品、この作品。惜しむよりも、感謝の思い。

個人的にはZAZOUS THEATERの『NORD<北へ』『LYNX』(初演)のポスターが観られて嬉しかった。いろんなことを思い出した。

そうこうするうち入口付近が賑やかに。先ほどの京劇風のひとたちが、太鼓やアコーディオンを演奏し乍ら入ってきました。劇団唐ゼミ☆の劇団員だったそうです。ギャラリーガイドとして、ポスターの制作秘話や上演時の時代背景等をお話しされていました。

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・横尾忠則、赤瀬川原平らによる演劇ポスター集結、60年代以降の約150点展示 - art-designニュース : CINRA.NET

・kai(@flower_lens)/2015年05月03日 - Twilog
撮影可だったので、その画像。ホントはもっと撮った。twitterで検索すると行った方の撮った画像が他にもいろいろ観られますよ



2015年05月02日(土)
山口晃展『前に下がる 下を仰ぐ』

山口晃展『前に下がる 下を仰ぐ』@水戸芸術館現代美術ギャラリー

水戸芸術館に行ったの、廿年(山口晃作品にちなんでこの表記にしてみた)くらい前の金守珍×坂手洋二×鈴木勝秀のシンポジウム(検索しても記録が見付からない…)以来ですよ……。昨年の群馬県立館林美術館『画業ほぼ総覧』に行けなかったのでこれはもー! と意気込んで出掛けました。と言う割に直前迄日程の都合がつけられなかったので、この日開催された『お絵描き道場』には参加出来ず。アーティストトーク等関連プログラムが盛り沢山なのは、山口さんが完成していない新作を会場で描き続けていて(苦笑)水戸に滞在しているからでしょうかね……。会期中も(閉館後の夜)描くと言うのはこの方の場合珍しいことではないのですが、今回は「制作中のお声掛けはご遠慮ください」と言う看板がEテレの日曜美術館で流れていたので、開場中も描いているのかも。

8セクション(ギャラリー内7+外1)。動線が決められており、ゲートを通過しフェンスで区切られた狭い道を辿る。第一室の展示作品をまず遠巻きに眺める。第三室には階段(十三段)、それを登って立体作品『忘れじの電柱 イン 水戸』を観る。このエリアのみ撮影可だったので、階段を降りてから写真を撮る。周りにはいい角度で電柱を撮ろうと、妙なポーズになっているひとがちらほら。まあ自分もそうだったが。第五室の突き当たり、表題作『前に下がる 下を仰ぐ』を観て振り向くと、視界に拡がるのは自分が辿ってきた一直線の道。

第一室に戻り、間近で作品を観る。新作の数々は新境地とも言える色遣い、圧倒されて思わず後ずさる。対して同じく新作の『オイル オン カンバス(本歌 西本願寺 襖絵)』、タイトル通り白地のカンバスにオイルで絵が描かれている。一見真っ白な絵、しかし観る角度によってオイルが照明に反射し、描かれているものの姿が垣間見える。この照明が曲者。ちょっと移動すると反射面が自分の影で遮られてしまう。よって絵の全体像を観ることが出来ない。それを意図して照明の位置が決められたそうだ。インスタレーションとしての空間作りも緻密。

美術手帖の特集で会田誠がコメントしていたが、展示で観ると山口さんが現代美術家だと言うことがよく解る。「美術」は西洋から入ってきた言葉を日本語に翻訳したもの。よって「西洋美術」と言う言葉は一種のダブルバインドだ。(西洋)美術の手法で描かれる日本の美術、それは何なのか? それを自分はどうやって描いていくのか? 圧倒的な画力、ユーモアあふれる筆致の深部には、思想が込められている。

第六室は『無残ノ介』シリーズ一挙公開、感極まる。本気で会場で涙ぐんだ(エモ)。ご本人もカタログに「図録に収まってしまうと、そのあたりはなかなか再現されにくいのがもどかしい」と書いていたが、確かにこれは場作り含めて観てこそ、と思わずにはいられなかった。マンガの手法を用いたコマ運びが、サイズを問わず繰り広げられる。コマ割りされたA4サイズからいきなり100号サイズへ。モノトーンの墨絵から色彩鮮やかな油彩へ。紙、キャンバス、板と素材も自由自在。またストーリーが素晴らしくてな…のちに無残ノ介に挑む、舞を仕込まれた三人のこどもたちの日々のパートでは涙で視界がぼやけ、山車出動のパートではニヤニヤを抑えきれず。ふと周囲を見ると同様にブルブルしているひと多数(笑)。これなー。作家への畏怖と敬意を抱きながら、作品を通して親睦を深めている。

作家の妄想が指先に降り、線になる、色になる。登場人物の肌の弾力迄感じられそうな、刀の軌跡が起こした風が瞼に触れそうな。五感をフルに喚起する画面に対峙する観客たちは、思い思いに作品を観てい乍ら、どこかで作家に、その場にいる誰もがにコンタクトしている。美術館が方舟のようだ。感覚を研ぎ澄まされる(よって鑑賞後には心地よい疲労感がある)作品群と、思わず頬が緩む『紙ツイッター』、『食日記』の緩急。そのどれもが山口晃と言う作家。

ギャラリー内最後の第七室には、三年前のエルメスでお披露目された『Tokio山水(東京圖2012)』。これも会期中の夜描き続けられていたものだ(夜な夜な通ったコンビニでは顔を覚えられたとか)。真夜中の銀座、ビルの一室で制作を続ける作家の姿を想像する。展示期間は冬〜春で、再度訪問したとき絵の中に桜が咲いたことを思い出した。ほのかなその色に再び向き合う。今もまた春だ。出口には『どこでもドアは行きたい場所を思い描かなくてはどこへも行けない』。また山口作品に会える場所を想像し、扉をくぐった。

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・作品単体で言うと『ベンチ』『ポータブルマン』『大和撫子』が好きだったなあ。『大和撫子』は「ナデシコジャパン」と読むそうです
・『緑の台所』もよかったなあ。作品のなかにひとり、勘三郎さんに似ているひとがいたよ(微笑)

・水戸芸術館|美術|山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ
公式サイト。関連プログラムもいろいろあったでよ

・山口晃 前に下がる 下を仰ぐ | 青幻舎 SEIGENSHA Art Publishing, Inc.
カタログ。作品集として青幻社より出版。英訳文も載っているんですが、『続・無残ノ介』のセリフや効果音も全部英訳してあるのが面白いよ

・美術手帖2015年4月号 | 特集 思想する絵師 山口晃 | 美術出版社
これは保存版! ちょう充実の内容でした。水戸への、水戸からの車中読んで過ごしました

・kai(@flower_lens)/2015年05月02日 - Twilog
当日の水戸あれこれ。撮影した画像等も載せてます