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2015年06月30日(火)
『TOKYO TRIBE/トーキョー・トライブ』

『TOKYO TRIBE/トーキョー・トライブ』(DVD)

鈴木亮平出演映画二本目。こちらもマンガ原作、脚本・監督は園子温。園監督作品を観るのは『冷たい熱帯魚』以来です。ヘンな話だが自分の日記のログを探してて、あーこれ震災前に観たんだなあ、震災を知らない自分が観たんだなあなんて思った。と言うのもこの『TOKYO TRIBE』の世界は地震が日常のものとして撮られていたので。

全編ラップミュージカル。出演者はオーディションで選ばれた本職ラッパーと役者の混合チーム。ラッパーと役者のラップにはやはり差が出ますが、その差は違いとして観られました。窪塚洋介はラップがほぼ普段の口調と変わらないようにも響きますし、狂言回しポジションの染谷将太はいい味のナレーションになっている。格好いい場面場面を舐め尽くすように楽しむのがいいかな。ストーリーはかなりの破壊力。よくもわるくもヒドい…そもそも抗争の原因がアレだな。

と言う訳で個人的見所は役者、美術、アクションになりました。オープニングの長回しがすっごく格好よかった。オープンセットの街(グラフィティは天才ハイスクール!!!!)が、縦横無尽のカメラによって出現する。映画のなかの世界観が一発で伝わる。こういう導入大好き! 徹底的に拘ったのが伝わるシーン毎の色味(照明含)もよかったなー。ファミレスpenny'sのラヴ&ピースな風景もあったかくて好き。人間家具部屋は室内にある時計といい演者と言い(舘形比呂一がメインダンサー!)寺山修司を彷彿させ、この辺りは監督の根っこの部分が滲み出てるように思いました(その後調べたらホドロフスキーの影響もあるとのこと)。

アクションの撮り方はちょっと自分とは合わなくて「今はここをこっから撮ってくれよなんでそっちを撮るんだよ!」と思う箇所もあり。演者がすごかっただけに! 今作のアクション監督は匠馬敏郎と言う方なんですが、調べてみたらこのひと坂口拓でしたよ。そりゃすごいよ! で、その弟子の坂口茉琴(ヨン)、清野菜名(スンミ/エリカ)がすごかったのやっぱり。身体キレるキレる! めちゃ格好いい! そして刺客・亀吉役の丞威ってひとのアクションが別格で「誰あれ?!」となった。マーシャルアーティストと言うことで納得。いやーこのひと、他の仕事も観てみたいです。舞台出演も多い様子。

チームはシンヂュクHANDS、ギラギラガールズがお気に入り。いぬねこも出てきて全方位に目配り。飽きさせない。

さて鈴木さんは抗争を起こすブクロWU-RONZのヘッド・メラ役。敵役(つっても一方的にメラが目の敵にしてる)の名前が海で、「ぅおらぁカイ〜〜〜〜〜!!!!!」とかいい声で叫ぶもんだからちょっと嬉しかったわ…そうなのよこのひと声もいいのよ(『天皇の料理番』での手紙読む声が好きでなー)。で、まあほぼ全裸です。『HK/変態仮面』よりも体を覆ってる布が少ないですね。で、『変態仮面』より増量して、ちょっと緩めて、普通に腋毛もある(笑・変態仮面は全身脱毛でツルツルだったからな)。ヤンキー味と言うか野性味に溢れております。観ているうちにだんだん慣れる…裸が衣裳ですねわかりますって言う……その割にここもカメラが難で、どうにもその身体をしっかり捉える場面をもう少しさあ…せっかくいい身体なのに! もっと! 見せようよ! 女優のおっぱいやパンツはしっかりねっとり撮るのにね! アクションもスタント使った二箇所以外は本人がやってて、二丁拳銃と日本刀を使うシーンが格好よかった(からもっと観たかった)。

なんだかんだブツブツ言ってますが映画のナリはかなり好き。あの架空の東京も気に入ってしまった。なんか今後何度も観るような気がする…と言うことで結局Blu-rayを買ってしまいました。大音量大画面で観たらさぞアガるだろうなあ、映画館上映を逃したのが悔やまれる。いつか園子音特集とか鈴木亮平特集でどっかにかかってくれますように(祈)。

それにしても『変態仮面』も『TOKYO TRIBE』も大東駿介がいい仕事してたなあ。顔は二枚目なのになんか腹話術の人形みたいな不気味さがあって、アホな役がハマりますね(ほめてる)。

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・極彩色のワンダーランド「TOKYO TRIBE」(前編) - インタビュー - 朝日新聞デジタル&w
・全力で疾走する「TOKYO TRIBE」(後編) - インタビュー - 朝日新聞デジタル&w
園子温×鈴木亮平の対談。
「不器用なんです。芝居で勝てないので格好で勝つしかない。となると、熱量とか、どれだけ努力して役に近づけるしかないなと、体づくりは必死にやりました」
成程なあ、自覚してのことなんだ…クレバーな方ですね。そして実際にその「格好」を作り上げるのは他のひとには出来ないところ

・【インタビュー】鈴木亮平<前編> 狂気のマッチョから朝ドラまで華麗に演じ分ける男の流儀 | シネマカフェ cinemacafe.net
・【インタビュー】鈴木亮平<後編> 緻密に、本能のままに、カッコ悪く! | シネマカフェ cinemacafe.net
「俳優ってフィジカルなことも内面的なことも一緒だと思うんですよ。全てで自分というひとつの“楽器”なんです。だから、フィジカルで注目されることは、自分という役者の個性に注目していただけているということなので、嫌な気持ちや迷いはない」
身体を作る過程で役に心が宿るんだな

・『TOKYO TRIBE』園子温監督インタビュー「“日本映画はこうあるべき”って指令を受け取ってない」 | ガジェット通信
「この映画って男の子の大好きな物は詰まってるけど、女の子の好きな要素はどうだろ?」と思ったそうで。そこらへんも考えたんだー、ちょっと意外(笑)。
ちなみに先日観たテレビ番組で日活の社員の方が「『TOKYO TRIBE』は監督が中学生の三大好きなもの(ケンカ、ヌード、やきそばだったかな)を思いっきり詰め込んだよ〜て言ってきて、いざレーティングかけたらR15で肝心の中学生に宣伝出来なくて!」て嘆いてましたよ……(笑)

・清野菜名インタビュー「エンドロールで驚かれる女優になりたい」 | ガジェット通信
今後の出演作品もチェックしていこうと思いました、また彼女のアクションが観たい!

・女子高生がパンチパーマで大暴れ アクション界に新星現る | ORICON STYLE
坂口茉琴の最新インタヴュー。『TOKYO TRIBE』での仕事っぷりが『極道大戦争』に繋がったそうです

・映画『TOKYO TRIBE』主題歌:YOUNG DAIS (N.C.B.B),SIMON,Y’S&AI “HOPE - TOKYO TRIBE ANTHEM-” [OFFICIAL VIDEO]

MV格好いいんで張っときます。サントラ、バックトラックがまたよいんだ〜

・映画『TOKYO TRIBE』マナー予告映像

敢えて従来の予告じゃなくこっちを貼る。大東駿介のアホヴィジュアルが伝わるとよい



2015年06月29日(月)
『HK/変態仮面』

『空飛ぶ広報室』でのガタイがよく健康で素直な青年と言う役柄がぴったり、駿河太郎に似ている、芝居はうまいのかようわからん…しかし妙にひっかかる……と言う印象だった鈴木亮平。チラチラ気にしておりバラエティ番組等に出ているとなんとなく観てしまうと言う感じだったところ、『天皇の料理番』の兄やん役で完全にブームが来た。その兄やんが旅立った今これから何を観ればいいの…これはブームでは終わらん……と過去作品を探していくことにしました。いや『天皇の料理番』は最後迄観ますよ勿論! いい脚本いい演出いい役者、大好きなドラマになりました(ちなみにマチャアキ版も観てる世代です。これもソフト化すればいいのにねえ)。

近年話題になっていた出演作品は、鍛え込んだ肢体を披露した(つーか終始ほぼ全裸出演の)『HK/変態仮面』と『TOKYO TRIBE』。兄やんでハマったと言うことはきっと自分は弱っている鈴木亮平がツボなんだよ…これを観てどうなると……と迷いましたが、野草さんに「鈴木くんの肉体に溺れろ」と言われたので観ることにしました。てかtwitterにぽつりと書いたら結構反応があってやはり話題の役者さんなんだなと感心したりもした(自分が疎いだけ)。

前置きが長いよ! と言う訳でまずはこちら。

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『HK/変態仮面』(DVD)

マンガ原作、脚本・監督はの福田雄一。小栗旬が脚本協力した(企画もか)と言うことで話題にもなりましたね。福田人脈な芸達者キャストが揃っており、好き放題やってます。変態仮面こと色丞狂介の両親が池田成志と片瀬那奈で、この導入部分からしてもう。成志さんの変態演技には慣れてますが(…)片瀬さんのキレッキレ演技も素晴らしかったよ…瞠目だよ……てか鈴木さんとそう歳も変わらんのに母子役ってあんまりだ(笑)でも違和感ないんだよ! すごいよ! 変態仮面に立ちはだかる敵たちがまた佐藤二朗、大東駿介、ラバーガールの大水洋介と言う布陣。怪演がデフォルトですがな。大ボスムロツヨシもムロ芸を炸裂させています。ヒロインの清水富美加も変態に惹かれてしまう自分に戸惑いを覚えつつ、敵を倒すために覚悟を決めるとこがもーかわいくてな……。

そして何がすごかったってニセ変態仮面を演じた安田顕! 鍛え込まれてない肢体を晒すところも非常に勇気がある…役者魂見た……実際その身体あってこそで、鍛えていない、ムダ毛処理してない、肌も汚い(敢えてですよねこれ)おじちゃんがねじりあげたブリーフ一丁で飛びまわる姿(そして被っているパンティは裏返し)に変態の真髄を見た狂介は敗北感を味わうのですよ。そして力のある声! 変態としての自信と誇りにあふれていて、間違いなく体格にも体力にも分がある筈の狂介が気圧されてしまう。その説得力のあることと言ったら。

で、そんななかに放り込まれた鈴木さん、すぶゎらしい。身体を作り込んだうえで、素直にそこにいる。画角を考えた、美しいポーズでひたすら立つ。こんだけやったらもっと自分をおかしく見せてみようって邪心が芽生えそうですが、それが感じられないところもいいですね…真面目な子がひたむきにそこにいてこそ! てのが見事なおかしみに……変身してないときの前髪下りてる弱々しい学ラン姿も似合っておりました。ニセ変態仮面に仮面を剥ぎ取られたときの表情がとてもよかったです。ほろり(ほろりか)。あと全身脱毛していたようでお肌もツルッツルでしたねー。清潔感溢れる変態って美しい。

ちょっと展開のテンポが鈍いかなとは感じましたがとにかく役者たちの熱演に引き込まれ、楽しく観ました。

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・三角絞めでもてなして HK 変態仮面(ネタバレ)
この感想が素晴らしかったんでリンク。公開前後の情報もしっかり残してあって有難い

・映画「HK/変態仮面」劇場マナーCM

素晴らしいので張っておく



2015年06月27日(土)
シティボーイズファイナル Part.1『燃えるゴミ』

シティボーイズファイナル Part.1『燃えるゴミ』@東京グローブ座

ううう、とっても楽しくて沢山笑ったけどとってもさびしくて沢山べそかいた。ファイナルだけどPart.1、でもPart.1って何よ? しかしこういうところが彼ららしいのかもなあ。笑いの奥には窟のような得体の知れない暗さ。笑いなしでは生きていけない人間の不可解さ。タイトルを初めて聞いたとき、連想したのは燃えるゴミ=人間だろうと言うことだ。今に始まったことではないが、そのステージには死の色が濃い。そしてその死には笑いが欠かせない。作・演出は前田司郎。

客演なしの、剥き身の三人きりの舞台。複数のコントで構成するかと思いきや全てが地続きで、シチュエーションも変わらない。ゴミ屋敷の前でゴドー待ち宜しく時間を潰す三人、各々の虚構の思い出が再現され、再現が現実へと繋がる。シュールと言うにはリアルな質感。演者もどこからどこ迄が演技か判らない。長い長い時間を共に過ごし、芝居を、コントを続けてきた、出会って40年以上経つ三人の、今の姿。

とまあいろいろ考えつつも、実際はヒーヒー笑った100分でしたよ。と言うか、なんでしょ、歳はとるものだし、身体は弱るものだし、失うものは多いし、だからと言って新たに得るものも多い訳です。鬼のような転換や衣装替えを必死こいてこなし、息があがり、台詞を飛ばし、あたふたする。これがむちゃくちゃ楽しい。身をもってそれを見せてくれる三人はとても格好よく、とても素敵で、だからこっちも必死こいて観るし、あたふたする三人にハラハラする。もうモナリザとどろだんごを普通の目では見られませんね…蜷川演出のファンとしてはいろいろ言いたいこともあり、しかし「○○の考える蜷川演出」は無限にあると言うことにも納得出来、よってやっぱ蜷川さんてスゲーよなーなんて思ったりもし。

オープニング映像に「音楽:大竹涼太」(やー格好よかったわあ。音楽が格好いいのはシティボーイズライヴの使命、プレッシャーも大きかったでしょうね)とクレジット、エンディング映像に流れた若き日の三人の姿。Part.1とは言えどファイナルの空気は濃厚で、やっぱりとてもさびしくなった。カーテンコールでのまことの常套句「またここでお会いしたい!」はないだろうなと覚悟もし、実際その通りだった。でも、まことは新しい言葉を口にした。

「演劇だかお笑いだか、どっちか判らないような道を歩んできたので、どちらの評論家からも批評されなかった。お客さんからの声だけが評価だった」「助成金も貰わず、だからこそ好きなことを自由にやれた」。観客への感謝を何度も口にして、最初は照れくさかったけどだんだん不安になってくる。そんなに言わないでくれよ、これでは本当のさよならになってしまう。やめてよー! ……そこへさらりと「じゃあ、また」。今回劇中であった台詞だ。暗転、ほろりときた。窪田晴男がよく使っていた言葉を思い出す。

「そんじゃまた、そのうち会おう。出来れば、絶対に」。

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・それにしてもこの回のしげるには笑いの神が降りていた……WOWOWのカメラ入ってて、マチネメインのソワレで補充って感じのようですが、大詰めだけはソワレ使ってもらいたいわ。あれは狙って出来ることじゃないよ!

・その前にも台詞を飛ばしまくったしげる、まことは「そんなに飛ばすか…」と崩折れきたろうはニコニコしていた。カーテンコールで今日の出来はどうでしたかと振られた前田さん、「まあまあですね」。完璧に出来た回ってあるんだろうか。そこがいい! それがいい!

・久々のグローブ座だったんで帰りはでりかおんどるへ。やっぱ旨い…おいしいごはんを食べてシティボーイズについて語り合って胸もいっぱい腹もいっぱい



2015年06月24日(水)
『東海道四谷怪談』

『東海道四谷怪談』@新国立劇場 中劇場

いやはや……すっごい好っきー! と血が滾りまくったところとなんじゃこりゃー! とひっくり返ったところの振り幅がすごかったです。面白かった……。

直助のエピソードを全てカットした構成。珍しいのは「夢の場」が入っていたこと。「夢の場」やるの、今となっては木ノ下歌舞伎くらいだろうと思っていた……(笑)。よってお袖と与茂七の交わりは薄く、お岩と伊右衛門の関係性が濃く描かれます。

まずは鳥肌が立つ程血が滾ったところ。

事前にちらりと読んだ記事で、演出の森新太郎が「お岩の直接の死因って結局のところ何なの? と言うのを原典から調べていったら『憤死』だった。そのあたりをきちんと描きたい」と言っていたのですが、その表現には唸った。通常だと産後の肥立ちが悪い→毒を盛られる→宅悦との格闘の際柱に刺さった刀に首がひっかかって絶命(事故とも解釈出来る)、と言う流れですが、この上演でのお岩は恐らく刀のところに行く前、宅悦に声を掛けられたときにはもう死んでいる。宅悦に声を掛けられる前、お岩は声を限りに叫ぶ。声が途切れると同時に、その身体は脱力する。刀へと向かうお岩はさながら歩く死体だ。お岩の叫びは幕切れでも再び響き、恨みは願いの成就へと変わる…いや、変わらない、恨みの火は消えない、ともとれる。それ程の強度。

そして美術(堀尾幸男)と照明(勝柴次朗)。巨大な空虚とも言える中劇場の空間が、恐怖をこれ程迄に増幅させるとは! 効果を上げていたのは主に二種使われた壁。モノリスのような縦長の壁は、角度を変えることによって場の転換を効果的に表す。お岩絶命の場面では、その壁に墨汁のような液体が流れ出し、直後現れた黒子が桶から同様の液体を壁一面にぶちまける。流れるお岩の血の衝撃。モノリスは二幕で更に巨大になり、舞台空間とともに伊右衛門の逃げ場を塞ぐように迫る。津波をも連想し、その閉塞感に肌が粟立つ。お岩と小平の戸板返しはその壁に埋め込まれた状態で現れる。壁にはスクリーンのように照明が反射され、闇とのコントラストを強調する。そう、照明の按配によって変化する闇が素晴らしいのだ。動く闇、生きているかのような闇。正に「呑み込まれる」のを体感するような闇だ。前半封じていた劇場の奥行きは、一幕が終わる直前からそのポテンシャルを発揮する。闇の底から現れる人魂、血のように光る鼠の紅い目。

黒子の使い方も大胆で、特に鼠の表現が圧巻。小道具と照明を駆使してサイズも数も自由自在、伊右衛門を容赦なく襲う。お岩さんのために働くねずみさんたちのがんばりすごい! ともう応援しましたよね…またいい仕事するのよ、伊右衛門の命綱であるお墨付きを喰い荒らしたところ、心のなかで「ようやった!」と快哉を叫びましたよね……。いんやしかしここ迄鼠をフルに押し出した演出は初めて観た。『YOTSUYA KAIDAN feat. 子』てくらいdeath(前夜『TOKYO TRIBE』観たのでおかしくなってる)。小道具のひとつひとつが素晴らしかったなー、お岩の燃える足とかどんな仕掛けだったのか……このヴィジュアルはホント素晴らしかったなー!

とまあホントに素晴らしい場面の数々だったんですが、そこに冷水をぶっかけるような箇所もありまして…冷水は言い過ぎか? でも首をひねりたくなったのは事実で……。

いちばん衝撃を受けたのは、髪梳きの場面と大詰め、カーテンコールでテクラ・バダジェフスカのピアノ曲「乙女の祈り」が使われたこと。客席のあちこちから困惑の笑いが漏れました。私も顎が落ちた。なんで…なんでや……他の場面のパーカッションだけの劇伴はとても格好よかったのに………。タイトルから察せられなくもないが、それにしてもこの選曲には疑問が残る。幕切れのお岩の叫びが凄まじかっただけに、その後この音楽がカーテンコール用に流れてきたときにはもう…なんか、白目になりましたよね……。お岩以外全て男優と言うキャスティングが笑いに連動してしまう場面があったことも引っかかる。男性が女性を演じる狙いと言うものに意味が感じられなかった。

武家の娘のプライドを固持する秋山菜津子のお岩の美しさと恐ろしさは予想どおりの素晴らしさ。聞く耳持てる伊右衛門と聞く耳持てねえ伊右衛門があって、内野聖陽の伊右衛門は後者(笑)。平岳大の与茂七、有薗芳記のお梅を観られたのも満足度高い。平さんはもう一役、お岩の父左門をいじめる役もやってるんですが、サモンをいじめる平さんってのが個人的にツボでな……(参考)。そしてその左門を演じた山本亨、前述の『TOKYO TRIBE』にエラい目に遭う役で出ていて、役者ってつくづく不思議な職業だなあとニヤニヤしました。



2015年06月21日(日)
木ノ下歌舞伎『三人吉三』

木ノ下歌舞伎『三人吉三』@東京芸術劇場 シアターウエスト

いやー面白かった! 機材トラブルで20分開演が遅れましたが本編のグイグイくることといったら、あっと言う間の5時間10分。それにしても杉原邦生演出は空を高く飛ぶ鳥の目を持っている。

通しを観るのは勿論初めて。『地獄正月斎日の場』なんてまあ…こんなんあったんかい……とその演出ともどもポカーンとなったものですが(笑)そこ迄キッチリと通しを上演した最後の最後に改変があったのに驚いた。鈴木勝秀演出の『BENT』を観たときくらい驚いた。木ノ下裕一・杉原両氏がアフタートークでその改変についての解釈を話されたそうですが、うわーそれ聴きたかった! 木ノ下歌舞伎は今の時代に歌舞伎を上演する意味を徹底的に検証するチームなので、絶対に気分で改変したってことはない筈なのだ。ああ知りたいよー。

しかしこの改変、個人的には好きなものでした。本編通して鳴り響くヘリコプターのプロペラの爆音。最後のあの場面、その音に自分は秋葉原通り魔事件を思い出した。ヘリコプターによる上空からの映像。犯人を追うカメラ。これを地上から、三人の吉三とともに感じることが出来たのだ。その「(演出によって喚起される想像上の)映像」は、とてつもなく今で、現実的なものだった。「こんな世の中」は、いつでも今であって、そこではひょんなことから道を踏み外してしまう人物が昏い道をとぼとぼと歩いている。そして彼らに手を差し伸べる、情を持つひとたちがいる。物語が書かれたのは江戸が東京へと変わる頃。そんな昔にも、こんな今にもこんな若者たちはいて、こんな大人たちがいた。三人の吉三がソウルメイトを得る他所で、この物語は文里の再生の物語でもある。

生きのいい役者たちを存分に堪能出来ると言う意味でも至福の5時間でした。知らず知らずのうちに破滅へと向かう若者は三人の吉三たちだけではない。伝吉娘おとせを演じた滝沢めぐみの屈託のない笑顔は、その行く末を知っている観客には眩しく映る。因果応報の連鎖を断つべく苦渋の決断をする土左衛門伝吉と、丁子屋の花魁たちを見守る主人長兵衛を演じた武谷公雄。よき父に映るが娘を夜鷹で稼がせ、優しげな旦那に見え乍ら花魁たちを仕切るその二面性、匂わせる過去、その懺悔。釘付け。地蔵役すら素晴らしかった(笑)。花魁吉野を演じた大寺亜矢子の声と気っ風のよさ、何故そこ迄…? と言う疑問すら昇華する文蔵女房おしづ、藤井咲有里の包容力。あの姿と声で縦横無尽な活躍を見せ、観客との橋をも担った森田真和も印象的。

それにしてもこの作品、因果が巡りに巡っても〜つらいにも程がありますよね。因果酔いする。延々あ〜あの百両今このひとが持ってんだけどな〜そこに庚申丸あるんだけどな〜気付けー気付けー(あたりまえだが)気付かなーいせつなーいって言う。だもんだから「庚申丸じゃん!」て場面はもう客席が爆発したかのようなウケ方でしたわ(笑)ウケたと言えば、『地獄の場』で『あすなろ白書』のパロディがあったんですが、それはあんまり反応なかった。世代か…? ちなみにチャイコフスキー『弦楽セレナーデ』が爆音でかかるのは諒さんのツイートによると「IWGP(ドラマ)へのオマージュ」とのこと。そっちか! まあねえ、わたくし未だに芸劇行くときSADSのあの歌が脳内でかかりますよね…個人的には歌舞伎→だんまりときて『弦楽セレナーデ』と言うと蜷川ハムレットを連想していた。

『弦楽セレナーデ』と言いバッハの『無伴奏チェロ組曲』といい、音がいい上爆音で聴けるこのカタルシス。同時にパンク、日本語によるラップ(EDO、DOG、GODとライムな美術にも唸った!)とまさにミクスチャー。トーキョー(エド)トライブとも言える三人吉三、近々日本語ラップミュージカル『TOKYO TRIBE』を鑑賞予定の身としては非常にタイムリーでもありました。た、楽しい……。



2015年06月20日(土)
菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール 結成10周年記念公演『歴史は夜作られる』第一夜

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール 結成10周年記念公演『歴史は夜作られる』第一夜@品川インターシティホール

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菊地成孔(vo、sax)、林正樹(p)、鳥越啓介(b)、早川純(bdn)、堀米綾(hpf)、大儀見元(perc)、田中倫明(perc)/梶谷裕子(vn1)、高橋暁(vn2)、三木章子(va)、森田香織(vc)
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第一夜・楽団員たちとともに(演奏のみ/インストオンリー)、第二夜・客演者たちとともに(歌唱のみ/ソングブック)と言うプログラム。第一夜のみ行ってきました。…いや、発表されたのが一ヶ月前くらいでしたよね? もうちょっと早く言ってくれれば……実のところこの日も他の芝居を入れていたのだが、チケットを譲渡出来たので行けることになった次第。結構あたふたした。

初めて行くホールだったので事前にアクセスやホール構造を見てみたら、なんとなく段差がなさそうな気配…規模は違えど初台オペラシティのコンサートホールと同じ感じか……果たして入場してみればそのとおりでございました。前述のとおり出足が遅れたのでちょっと後ろ目の席、よって視界は狭い。このオルケスタはヴィジュアル系(菊地談)なので、あの楽器と楽団員が佇む光景をしっかりと目にしたかったがまあ今回は仕方がない……その分音に集中出来たのはよかった。音響もよかったですし!

今回おわーとなったのは、まあそれが当たり前だと言えばそうですがやはり演奏でして、10周年と言う時間を感じさせつつもかつてないフレッシュな演奏が聴けたところ。楽曲が本来持っているポテンシャルを引き出す演奏と言うものは、やはりプレイヤーに依るものが大きい、と言うところ。これも当たり前か。今回初めてこのオルケスタのスコア(「嵐が丘」)がリリースされ、菊地さんが「早川くんのソロも大儀見のソロも起こしてあるんで完コピ出来ます…出来るのか?!」と仰ってましたが(笑)、コピーは出来るかも知れない。でもそのコピーは決してこのオルケスタとは同じようには鳴らないだろうなと思い知らされました。しかし再び菊地さんが言うとおり、「楽譜は眺めて(読んで)楽しむ、と言うことが出来ますからね。オタマジャクシを追いながら脳内再生したり、音源をかけて聴き乍ら読んだり」。……そうなると、どの音源からソロの譜面起こしたのか気になりますけどね…同じ演奏は絶対にないからね……。
(20150623追記:スコア出版の紹介記事(リンク先)に「『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』(2009)収録音源に基づく徹底的な採譜」と記載されている、とむんむんさんにご指摘頂きました。ほんとや…(節穴)有難うございます!)

なんてことをうだうだ考えているのは、今回菊地さんと鳥越さんのやりとりがすごかったんですよ。いやどのメンバーも毎回すごいけど…なんて言うのか……何故コンダクターの正面に、PTAの場合は鳥越さん、dCprGの場合はアリガス、NKDSの場合は鈴木さんがいるのかってこと迄考えさせられた。ベースはバンドの屋台骨であり、同時に現場監督でもある。演奏の渦中にいて、コンダクターのグルーヴを演奏者に伝達する。今回マルチBPMのどの拍を拾ってソロを載せるか、今迄と変えてきたところがあったんですが、菊地さんが先なのか鳥越さんが仕掛けたのかもはや判らない…菊地さんだったかなー。どちらにしろいちばん反応が早いのが鳥越さんで、そこからバンド全体のグルーヴがギアチェンジするさまが何度生まれたことか。

最初にやりとりと書きましたが、もはや演奏においては一心同体のようにすら感じました。「ルペ・ベレスの葬儀」の主旋律はサックスとベースのユニゾンなんですが、まーこれがピタリと合っているにも程がある…と言うか、もうなんて言うんですか、肌を合わせていると言う表現が最もふさわしいのではないかと思う程。このあたりリハで詰めたところもあるでしょうが、あの反応の仕方は身体に流れているグルーヴが同じだとしか思えなかった。身体(=グルーヴ)の相性がいいのだな、と官能すら感じさせる。その後のメンバー紹介で菊地さんが鳥越さんのことを「プライベートは全く知らないし、普段何をしてるのかも知らない。だけど演奏でだけは深く繋がっている」と評したのですが(ふいをつかれて鳥越さん「えっ、僕ですか?」となってた・笑)宜なるかなと思わされた次第。「孔雀」や「プラザレアル」での拍の入れ方も、ふたりして面白かった。

そうそう、今回菊地さんの二面性がよく表れていたような…ふたご座、AB型の左利きの男が、両利きっぷりを出してきたみたいな。個人的な見解ですが、左利きのひとを見るときって、その名残=野性みたいに思っているところがあります。ひとの手が、社会のルールが入り込めなかった名残。社会を構成するひとりではあるけど、どうしても顔を出してしまう野性。右を使うからこそ輝く左、みたいななー(おかしいこと言ってる)。実のところは判らないけど、今回指揮も右手で振る場面がちょっと多かったように思いました。

あと面白かったことと言えば、菊地さんが大儀見さんのサポート仕事を紹介しようとして、SLTを思い出せなくてLRと言ったところ。脳内でLとRの間に矢印が入りました(笑)。「生まれたときからエースで四番」、大儀見元にワタシは依存している、大儀見がいなければどんな音楽をして、どんな服を着て、どんな飯を食べればいいか判らない。てなことも言ってました。大儀見さんの休業中、菊地さんは彼の窓口になっていた。多分後見人としても動いていた。そういうところがあるひとだ。「キリング・タイム」の大儀見さんのソロ、素晴らしかった。

そうそう、この日唯一のヴォーカルを聴かせた「嵐が丘」ですが、ハンドマイクだったところにおわっとなりました。この曲でハンドマイクは初めて見たような…? JAZZ DOMMUNISTERSの方は熱心に追ってはいないのですが(つーか追いきれん!)その流れか? 声量もすごく増えていて、あと以前に比べてピッチが鉄壁に安定してる。御年52、「見かけは若いけど中身はボロボロです」なんて言ってましたけど、のびしろですね!(本田)

「パトロネージもスポンサードも受けず、木戸銭主義でこの楽団を十年維持出来た」ことに対する誇りと、聴衆への感謝と。自虐的に維持費なあれこれもぶっちゃけ、数日前知ったeweクローズのニュースを思い出したりもしました。ちなみに当日配布のパンフレットによると、ewe時代の音源はリマスタリングされ、秋にTABOOレーベルからリイシューされるとのこと。市場から消えないのはだいじなこと。その音楽を必要とするひとたちに届けられる道が断たれないことはとてもだいじなこと。

台所事情を聴いてもなお粋、醒めたエレガントな夢を見せてくれる楽団。またの夜を楽しみに。

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セットリスト(こちらの画像を参考にさせて頂きました。有難うございます)

01. 微音即興〜はなればなれに〜アルファビル〜即興
02. バターフィールド8
- MC -
03. 京マチ子の夜
04. 孔雀
05. キリング・タイム
- チューニング〜8 1/2 -
06. 導引〜プラザレアル
07. 嵐が丘
08. 儀式
09. ルペ・ベレスの葬儀
encore
10. メウ・アミーゴ・トム・ジョビン

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2015年06月06日(土)
『不倫探偵〜最期の過ち〜』

日本総合悲劇協会『不倫探偵〜最期の過ち〜』@本多劇場

「ニッソーヒ」ももう五本目なんですね…と思ったのは、観劇後当日パンフレットのロゴにあしらわれた『VOL. FIVE』と言う文字を見たときでした。と言うか、それ迄ニッソーヒだと言うことを忘れていた。いや、観る前は憶えていた。観てる間に忘れた。これだけ笑ったニッソーヒは初めてだったからかも知れない。

えーとどう言えばいいかな。語弊があるかも知れませんが、手ざわりとしてはコントだったんです。描かれているのはまごうことなき松尾スズキの世界。その土地(今回は沖縄)だからこそ生まれうる澱、その澱に浸かってタフに生き抜く生活者から抽出された笑い。しかし今回は、それらがコントのフォーマットにレイアウトされているように感じたのですね。ブレイクに入るジングル(このジングルがまたキャッチーで、この日聴いただけなのに未だに脳内で鳴る! 刻み込まれてしまった!)、小窓(文字通り小窓がある)から語られる励ましのような解説、シャキーン! と効果音付きの決めポーズ。そして音楽の使い方。このリズム感、どっかで……。ここではたと気が付いた。シティボーイズだ。と言うか、天久聖一が演出したときのシティボーイズだ。

思えば今回松尾さんと作・演出を共同で手掛けた天久さんは『動かない蟻』の作・演出をしていた。『生きちゃってどうすんだ』の演出もされてますが、今回は出演者がひとりではなかったと言うこともあり、シティボーイズをディレクションしたときの印象に近かった。演出が舞台に与える影響は大きいなあ、とあたりまえのようなことに改めて感心した……と言うか、これ、シリーズとして今後も続けていけるんじゃなかろうか。不倫探偵・罪十郎も、その元相棒・赤星乱も一回きりでお別れするにはあまりにも惜しいキャラクターです。各々の過去や謎も思わせぶりですし、探偵ものですし、それこそ劇中の台詞にあったように「それからそれから?」と訊きたくなりますね。

人類が滅びる迄決して解決することはないであろう不幸のシステムも描かれていて気持ちが重くなりつつも、後味はカラッとしています。個人的には不倫探偵シリーズとして、ニッソーヒから独立したものも観てみたいですよー。

はーそれにしても片桐はいりが格好よかった。動きも美しい! あとやっぱ平岩紙がすごいわ……しみじみ思ったのが声のトーンで、ささやき声の通りっぷりのすごさ。軽やかなのに鋭く、キモの台詞はドシリと届く。シュミーズ女優(勝手に言ってる)としてのお姿も堪能致しました。役者の松尾さんをガッツリ観られたのも久し振りで、あの独特、と言うか松尾さんとしか言いようのない脱臼したかのような動き、声はやっぱり素晴らしいなー。そして二階堂ふみ。『不道徳教室』で驚かされたものですが、ホント舞台経験がまだ数本とは思えない威風堂々っぷりです。大人計画+松尾演出常連組のなかに放り込まれた今回も見事。叫ぶと台詞が聞き取れなくなったところが少しあったり、ギャグのタイミングがちょっとズレたりしてしまうところはあり、演じることでひとを笑わせるにはホント鍛錬が必要なのだなあ…としみじみ思ったのですが、いやいや彼女、スキルと精度さえ上がればもはや無敵やん…と思い至って震えあがりました。身体も切れるし今後が恐ろしい。

つくづく大人計画はリズム感が鋭いひとが多いな、と思った舞台でもありました。と言えば、今回すごい80年代な選曲でそこらへんもうらぶれ感あってシビれた。



2015年06月04日(木)
『アドルフに告ぐ』

『アドルフに告ぐ』@KAAT 神奈川芸術劇場 ホール

近年欠かさず出演舞台を観ている成河さんに久々舞台復帰の盒桐里気鵝△修靴『十九歳のジェイコブ』でのユキ役が鮮烈な印象を残した松下洸平さんが共演なんて、願ったり叶ったりのキャスト。しかも演じるのは三人のアドルフ! マンガ原作の舞台にはなかなか接する機会が少ないのですが、これは観てよかったです。この三人をはじめ、役者がとにかく素晴らしい!

ひとりの少女が登場し、脚を高くあげて行進する。舞台を横切り乍ら唄い始める。続いてキャスト全員がテーマを群唱するオープニング。ゴリゴリのストレートプレイに(事前発表されていたミュージシャンがいることから)劇伴として生演奏が加わると思っていたので、ミュージカルのフォーマットで開幕したことにまず戸惑う。少女は虐げられる民族や庇護が必要なこどもたち、迫害の果て命を落としていった死者たちを代表する存在としてシーンのポイントごとに現れる。観終わってみれば歌の比率はミュージカル程多くなかった。一部音楽劇、と言えばいいだろうか。この塩梅は難しいところ。個人的な印象かもしれないが、ピタリとストーリーに寄り添う部分と、そのストーリーからヘヴィーな要素を削いでしまう部分があったように感じられた。

オープニングやエンディング、登場人物たちが恋に落ちる場面は、そのシーンの画ヅラ…と言えばいいだろうか、演者の立ち位置やダンスが音楽により昂揚する場面になっていた。しかし殺人やそれに伴う登場人物の心理に訴えかける場面では、歌詞や音楽が蛇足に思えてしまった。後者は特に、演者の表情や叫び、振る舞いに全ての集中力を持っていかれそうな程の熱量があったので、歌が入った途端に我に返ってしまった。

そうなのだ、役者たちの身体ひとつの熱演による牽引力の高さ、そして強さが凄まじい。マンガを演じるのではなく、生身の人間の言動がその熱量のあまり戯画化してしまう、その瞬間に心を奪われる。約60年にわたる物語が三時間に凝縮されているので、ひとりの人間の思想が変わり果ててしまう経過をじっくり見せることはしない。数秒で二年が経ち、心優しい少年が親友の父親を銃殺する。どうして彼はこんなに変わってしまったのか、ではなく、ひとはこうして変わることが出来るのだ、それは彼に限ったことではないのだ、と言う体感。気付いたときにはもう戻ることは出来ないと言う、このスピード。

配役もとても効果的。出演者はユダヤ人とドイツ人、そして日本人と複数の役を持ち、迫害する側される側を瞬時に演じ分ける。ちょっとしたきっかけでひとはどちらにも行きかねない象徴になっている。演劇ならではのマジックだ。谷田歩さんがあるふたりの人物の父親をそれぞれ演じたのが印象的。どちらの父親も、息子に祖国への忠誠心と誇りを植え付ける。そしてかつて息子だった人物に、別の人物の父親として引導を渡す。このリンクは強烈。

三人のアドルフはそれはもう凄まじい。三人はそれぞれ祖国を思い、祖国への忠誠を誓い、祖国に誇りを持とうとする。そしてひとり残らず祖国からそっぽを向かれる。彼らの思う正義は、立場を変えれば悪にしかならない。正義に執着すればする程道を外れていくカウフマンを演じる成河さんは、その翳りのない瞳で観客に訴え、澄んだ声で訴える。何故こうなってしまったんだ? 場をあたたかな光で包むかのように登場したカミルを演じる松下さんは、家族を奪われ、婚約者と信仰を蹂躙され、水が少しずつ加えられていくグラスのような青年の心を表現する。長い時間をかけて溜まっていった水が遂にグラスから溢れ出たとき、ひとはここ迄変われるのか、と言う姿を見せる。ふたりが最後に相見えるシーンは悲痛に満ちている。カウフマンが最後にとった行動には息を呑んだが、どこかで安堵するような気持ちを持つ。

そしてヒトラー、盒兇気鵝実在の人物に姿を寄せ、声(口調)を寄せ、それでいて役者・盒桐里魘烈に刻みつけたヒトラー像を見せる。心のうちは読めない、それは実在の人物を理解することが出来ないのと同じことだ。その不可解さ、悔しさ、巡ってこれは自分のどこかにもあるのではと思わされる人間としての共感。恐ろしい演技だった。

カウフマンの母親を演じた朝海ひかるさん、語り部でもある鶴見辰吾さんも素晴らしかった。ふたりは人間の不屈の強さ、希望の象徴でもあった。あとしんぺーさん、観ててつらいーつらくなる程キツい役。八百屋舞台なうえ、左右にスライドする板に乗降しての演技、その段差上でのアクションも多い。全員事故や怪我なく千秋楽を迎えられますように。

第二次世界大戦にのちの中東問題の種をしかと示す原作に改めて震撼する思い。脚本も要所をおさえた骨太な構成。音響も素晴らしかった、特にヒトラーの演説シーン。PA、サウンドシステムはナチスが発展させたと言う有名な話を思い出す。他の劇場でもあれ再現出来るのかな? ミュージシャンのふたりをレストランの楽士に見立てるワンシーンもよかった、ホッとするひととき。

あと一回観ます。つらい話だけど楽しみ。

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・ひとつだけ納得出来ないこと
1970年代の登場人物がslipknotのTシャツを着ている。汚してはあるのだが、正直あのロゴは見間違いようがない。なんでよりにもよってバンドT、しかもアメリカの。着ているのはパレスチナ側の人間ですよ……ロゴが見えた瞬間我に返ってしまった。これは残念でした。どうせわからないだろうと馬鹿にされてるのかなあ。悲しい

・いやひょっとしたら
slipknotって1970代に何か由来があるのかな、あのロゴにも元ネタがあるのかなって調べてもみたよ…自分が知らなくて的外れなこと書いたらいかんしと思って。調べた限りではそういうことはないようだった

・いやいやひょっとしたら
これは現在に繋がることで、今も続いてるんだよって意味合いもあるのかなあ(いい方に考えたい)

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■アフタートーク
成河さん、鶴見辰吾さん、手塚るみ子さん。興味深い話が沢山聞けました。以下印象的だったところをおぼえがき。記憶で書いているのでそのままではありません。

・鶴見さんとるみ子さんは中学高校の同級生。今でも同窓会で会ったりしている。芸能活動をしているとか、有名人の娘と言ったことにバイアスをかけないこうふうだったので、学生らしく接していた
・「その頃から自転車に乗ってたんですか?」と尋ねた成河くんに皆ウケる。答えて鶴見さん「はい、自転車で通学してました」
・鶴見さん「今横浜に住んでいるのでこの劇場に出られて嬉しい」

・家族旅行行った神戸。そこで目にした風景をのちに『アドルフに告ぐ』で見たるみ子さん。「あとにして思えば旅行と称して取材もしてたんだなと(笑)」そういうことはちょくちょくあったそうです
・手塚(治虫)さんのお父さまは写真が趣味。戦前の神戸ユダヤ人コミュニティーの写真もあった。「祖父から父へ、そして父から私たちの世代へ…と受け継がれていったのだなと」とるみ子さん

・自分の役と話せるなら、どういった言葉をかけますか? と言う質問に
鶴見「有難うと言いたい。左手が使えなくなっても右手で書くことが出来る、耳が聴こえなくなっても目が見える。これを今、この時代に僕に演じさせてくれて有難うと」
成河「は〜、考えたこともなかった。いい質問ですね〜! …いい質問ですね〜!(場内笑。あと1〜2回は言ってた)……まだわからないです。難しい。この役を理解出来た! と思えることはないと思うんです。『あ〜あっちに行っちゃったかぁ』なんて、実際そうなんだけど、簡単には言えない。悩みながらやっていくしかない、前に進むしかない……」

成河くん結局何て声かけるか言いましたっけ…思い出せない……本当にギリギリで演じているさまが感じられました。だからこそ観客の心に刺さるのだと思いました