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2015年01月22日(木)
『王の涙 ―イ・サンの決断―』『薄氷の殺人』

『王の涙 ―イ・サンの決断―』@TOHOシネマズシャンテ スクリーン2

原題は『역린(逆鱗)』、英題は『The Fatal Encounter』。うわー面白かったで…現在に生きる者が、決してその実物を見ることの出来ない歴史劇。そのとき何があったのか、実のところは誰も知らない。記録をもとに、想像を巡らしていくしかない。その記録に想像力を掛け合わせ、新たな物語が出来上がる。記録に残らなかったひとたち、記録に書き写すことの出来ない思いを込めて。

1777年7月28日に起こった、王の寝殿近く迄刺客が押し入ったと言う李朝史上最も重大な事件“丁酉逆変”。『朝鮮王朝実録』としてユネスコ世界記録遺産に登録された程、朝鮮王朝時代の王の行動や発言は仔細にわたり記録されている。それにも関わらず、丁酉逆変の記録はごく簡潔なものしか残っていないと言う。その夜、何が起こったか。事変は誰が計画したのか、その裏で誰がどう行動したか。謎の多い史実を、想像力を駆使して描く。登場人物の人生と運命を編み込みつつ、24時間と言う時間に凝縮したところも利いている。実在した人物と、想像上の人物が同じように必死で生きる。

物語は、自分の人生を持てなかった、底辺に生きるひとたちの思いを掬いとる。記録に残されないひとたちの人生は、こうやって誰かが目撃することもあるのだと描く。彼らの運命は苛烈だ。所謂「捨て駒」だ。登場人物たちが記憶を巡らせる毎に、悲しみが像を結んでいく。決定的に最悪な瞬間を待つしかないつらさ。大人になれなかったこどもたちのことも思う。7番と220番の間にいたこどもたち…その前と後に続いたこどもたち。そしてここに女の子がいたと言うことも。考えるだけで怒りで指先が冷たくなる。

王の涙は宦官の涙であり、刺客の、その恋人の涙でもある。子を守りたい王の母の涙であり、計略を挫かれた祖母の涙でもある。自分のために涙を流した者はいない。皆が、大切な誰かを思って泣く。失われたものへの大きさ、後悔、決して戻らないものを思って泣く。就任宣言後、王がすぐにとった行動は、その記録に残らない彼らに差した光であり、王が常に胸に留めていた『中庸』の言葉に繋がっていく。「小事を軽んじず至誠を尽くせ 誠を尽くし、たゆまず歩み続ければ、この世は必ず変わる」。決して理想を見失わず、未来への希望を捨てないストーリー。今観ることが出来てよかった。

美術も衣裳も豪華絢爛。鳥瞰と仰視、スローとクイックのリズム、雨の縦線、矢の弾道の横線。画角のどれもが絵になる美しさ。時系列に進めたいところと、そこに差し込みたい回想シーンの行き来につんのめり感があったのが惜しい。アクションも素晴らしかったので、そこをもうちょっと沢山観たかったなあとも思ったり。

さてこの映画、王イ・サンのことも、それを演じたヒョンビンのことも知らなかった(いやはやヒョンビンさん素晴らしかったです…精緻な表情、静謐な佇まいに秘めたしなやかな体躯!)のに何故観に行ったかと言うと、チョ・ジョンソクとパク・ソンウンが出ていたからです。ソンウンさんは言わずと知れた?『新しき世界』のジュング、ジョンソクくんは『観相師』で観て以来気になっている役者さん。いーやー観に行ってよがっだ。ジョンソクくんめちゃいい役だった。予告を観る機会がなく、新聞広告のぬれねずみになってる写真で見ただけだったのでいったい何の役よ…と思ってたら、当代随一の刺客でしたよ! 目が! あの目が活きる! も〜なんて目が物語るひとなのでしょう。その目が伸びた髪や黒笠で時折隠れるとき、彼ウルスは何を思うのか。悲しい…運命としか言いようのないその人生を演じきっていました。登場した途端タヌキって呼ばれてたのもツボでした(笑)。アクションも格好よかった! 討ち入りのとき剣と手をぐるぐるに縛り付けるところに、もう戻れない感が出ていてここで泣いたよもう(泣)。ソンウンさんは実在の人物、近衛隊長ホン・クギョン役。体格がいいので重厚な衣裳が似合うなあ、軍人らしい立派な貫禄。

そして宦官の尚冊カプス、しかしその正体は…を演じたチョン・ジェヨン。沼界隈では有名(?)だったので顔はよく存じ上げており、やっとお仕事を観ることが出来ました。田辺誠一さんに顔立ちが似ているなあと言うのが第一印象でしたがなんでも「千の顔を持つ俳優」だそうで…ヒィ! マヤ! 常に暗殺の脅威に晒されている王が、唯一気を緩められる相手。静かに微笑む表情に、複雑な過去と王への秘めた思い、そして選んだ道への決意が現れる。ふたりが過ごす、楽しいひとときの場面がとても印象に残りました。

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その他。

・ところでふたつ気になるところがありまして、ひとつは七月下旬の話なのにあんなに息が白くなる程寒いの?(朝夕はすごく気温が下がる土地だったのかな)と言うのと、ポクピン(かわいい響きの名前だなー)への「また着替えてるの?」と言う台詞の意味。性的虐待も受けていたと考えていいのだろうか…それとも当時の風習として、違う業務の都度服を着替えていたのか?

・でもわざわざ「いつからそうなの?」と続けて訊かれるでしょう。となるとやっぱり……。つらい………

・ポクピンなー。あのあとどうなったかな……(涙)それにしても出てくる子役、皆かわいく皆めちゃ巧かった

・幼少の頃、思いあまって全裸になり実家の業務用米櫃に飛び込んで、肌に密着する米の感触に性的に興奮して泳いでいたら父親に見付かってエラい目に遭った逸話を持つ菊地成孔のファンとしては、あの米櫃に米が入っていたらどんなによかっただろうにと涙しました

・そうそうこの米櫃の件、上映前に親切な人物相関図と歴史についてのちょっとした映像コーナーがあったんです。こういうの初めて観た、これは親切だわー。助かりました

・と言えばその米櫃が割られたときの描写も素晴らしかったな…ひとが死ぬってのはこういうことだよなあと。血も排泄物も隠さず見せる。この描写があるとないでは、心への刺さり具合が全く変わる

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『薄氷の殺人』@ヒューマントラストシネマ有楽町 シアター2

原題は『白日焔火(白昼の花火)』、英題は『BLACK COAL, THIN ICE』。『王の涙』とハシゴしたもんだから、そのカット数の違いにまず瞠目しましたよね。これのカット数が多いヴァージョンて、どんなんなんだろう。全く違った印象になりそう(後述のインタヴュー参照)。

1999年、華北の6都市15箇所の石炭工場でバラバラ死体が発見される。容疑者は射殺され、真相は闇のなか。捜査途中の銃撃戦で負傷した刑事ジャンは、警備員として天下り的な職場に異動になる。2004年、新たなバラバラ殺人事件が連続して起こる。捜査を進めるうち、これらの事件と5年前の事件の接点として、ひとりの女性が浮かび上がる。ジャンは彼女を独自に追いはじめる……。

めっちゃ好きな作品でした! 好きな冬の映画。光=色の効果も好き。自然物である雪の反射光、人工物であるネオン管の発光色。女性の鼻頭、頬をほんのりと染める紅。美容室やナイトクラブのけばけばしい赤。音もよかった! サウンドトラックと、劇中で鳴る音楽と、効果音と、劇中から実際に拾った音。言葉が少ないからこそ耳を澄ましてしまう台詞。

説明が少ないところも好き、緊迫した場面に突然挿入されるすっとぼけ感も好き! 意図的に入れられている本筋とは関係ないエピソード(馬のシーンとか)や、意図的ではなかったかも知れないシーン(雪で滑ってずるっとなってしまったり)をNGにしないところとかね。そしてリズムがとてもいい。長回しのシーンが弛緩せず、緊張のまま時間が過ぎる。どの場面も目が離せない。

かの女性を「隠す」演出もいい。初めて登場したときは、掌で顔が覆い尽くされている。二度目も三度目も、顔が映らない。長い素足、漆黒の髪が目に焼き付く。顔を晒してからも、マフラーやコートの襟によって、彼女の顔は幾度も隠される。それが最後のシーンに効いてくる。衣服(彼女が仕事にしていたクリーニング業務にも繋がる)からも、男からも秘密からも、カメラからさえも解放されたかのような表情。彼女が見上げた「白昼の花火」をあげていた「酔っぱらい」は誰なのか? ひとりの人物を想像する。彼は彼女から解放されたのだろうか?

幾度も急展開する事件の真相、解決とは言えない結末。謎はいくつも残る。ひとも社会も、矛盾に満ちている。不可解なミステリ、不可解な人間。そこに惹かれる。魅力も興味も尽きない。

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・『薄氷の殺人』ディアオ・イーナン監督、中国の映画作りを語る:CINRA.NET
中国では「製作の出資を受ける際に、なるべくカットを多くしてくれと、カット数を指定してくる」んだそうです。カットが多ければ多い程商業的=ヒットすると思われているとのこと。シェー。日本公開版は長回しメインの監督にとって「望ましいほう」のヴァージョンだそうです

・『王の涙』とハシゴして…と言えば、どちらにも「洗濯をする女性」が出て来たわ。そしてどちらも、道を踏み外さないでは生きられない女性だった。世が世なら? 時代が時代なら? この国に、時代に生まれなければ? ここにもまた運命

・もっさりしてからの主人公がmotkの川崎さんになんか似てて、途中からもう「川崎さん気をつけて!」「川崎さんそんなに呑んじゃダメ!」とドキドキしていた(バカ)