浅間日記

2009年12月25日(金) 絶望と希望と

クリスマスにはまったくそぐわない、不安と焦りの年末である。

破たん寸前のリーマンブラザーズみたいに、このままだと起こりうる
私の仕事上の世界同時不況が、時とともに明らかになってゆく。





本来ならば、ご縁のある方々へ、心のこもった文章をしたためたいと思っていた。

安心安全といいながら、「大丈夫だ」とは誰も言わないぼんやりとした不安の時代に、
大丈夫と寄り添うようなことを伝えたいと思っていた。


なのにどうであろう、当の本人がまったく大丈夫ではない。
絶望の真っただ中である。




寒空に洗濯物を干して、台所を片づけて、ざわつく心を落ち着かせて机につく。

催促のメールに目を通し、簡単な返事をし、心の中で繰り返す。

大丈夫だ、大丈夫。たとえ駄目でも大丈夫。

何とかなるし、何とかするしかない。大丈夫だ、できるはずだ。


メリークリスマス。

2007年12月25日(火) サンタと自立



2009年12月24日(木) ハタハタ漁

仕事がたまりにたまっている。孤独な自営業者は四面楚歌である。
家庭人より職業人として存在したい気持ちを抑えながら、クリスマスの用意をする。



ラジオで山下達郎のクリスマスソングが流れている。

雨は夜更けすぎに雪へと変わるだろう、という歌詞で始まるこの歌は、
さんざん流行した後、ここ数年はほとんど流れることはなく、
世の中がピタリと、聴くことをやめていた。

まるでハタハタ漁みたいである。
減少してしまった何かが回復するまで、じっと息をこらして時を待っていた。
ラジオへのリクエストメッセージには、解禁の喜びが表れている。



いったい、枯渇して回復したものは、何だったんだろうか。

2008年12月24日(水) 共に生きる
2007年12月24日(月) 愚者の家
2006年12月24日(日) 文明と因縁
2005年12月24日(土) 大工よ、屋根の梁を高く上げよ
2004年12月24日(金) 冬の祝祭日



2009年12月18日(金) マニフェストの賞味期限

「マニフェストは誓いだから」と、ラジオで鳩山総理大臣の発言。

かねてから思っていたが、民主党は難しい駒を打ってしまったなあと思う。



総選挙があったのは夏の終りで、秋が過ぎ、冬を迎えようとしている。

私は思う。
果たしてマニフェストは、今でも国民のニーズとして
−もっと生臭く言えば、次の参院選の評価項目として−有効なのだろうか。

遵守する側が「誓い」と言うほどまでに、気まぐれな国民が達成を待ち望んでいる感じが、悪いがどうもしない。

もちろん、かといって遵守されなければ、約束を守らなかったことは格好の批判の的となるだろう。

したがって、民主党政権は、誓いを守り抜いたとしても大して評価されないし、
他にやれていないことや判断の遅れなどの減点項目が評価にさらされるだろう。



社会での物事というのは、ワンクリックで結論など出ないし、実現もしない。
けれども、不思議なことに、消費社会の現実だけ、妙にスピーディに事がすすむようになっている。

消費に慣れた市民は、マニフェストの実現をピザの宅配ぐらいに考えている。
つまり、マニフェストは、注文してから五ヶ月も届かないピザみたいに忘れ去られ、もう食べた気でいるか、あるいはよく考えたら蕎麦や寿司が食べたくなっていて、すっかり食べたいものではなくなっているのではないか。

一体どんな風に舵取りをしていくのだろうか。

2008年12月18日(木) 人という光明と限界
2007年12月18日(火) 裁判三話
2006年12月18日(月) 協力か介入か



2009年12月16日(水) 暖かい冬

急な冷え込みとともに、年の瀬が近づいてきた。

冷え込みとは言っても、今年は例年になく暖かい。

スキー場は未だ黒々と地肌を丸見えにしているし、
道も、窓も、もちろん滝も、まだ何ひとつ凍っちゃいない。

そうだから、日暮れが早いことも、例年ならば嫌で嫌で仕方がないのだが、
今年はほとんど意識していない。

暖かいのだ。



ラジオでは、今年褒めたい人、という年末特集。

頑張った子どもを褒めたい、見守ってくれた親を褒めたい、
自分が大切に使っている道具を褒めたいという投稿が寄せられる。

読み上げるアナウンサーも、それを聴くリスナーも暖かく共感する。

年末を締めくくるのには、気持ちのよいテーマだなあと思う。

良いところを見つけるために人をウォッチングする時には、
必ず、良くあってほしい、良いはずだという気持ちがこもる。
私は、その瞬間の心が、なんともいえず好きだ。


2008年12月16日(火) 陽を拝む/世界の日陰
2007年12月16日(日) 湯福温福
2006年12月16日(土) 信頼できる他人
2005年12月16日(金) 音楽の意味
2004年12月16日(木) 狼もいる、母親ヤギもいる



2009年12月13日(日)

慌しい数日間がようやく終わり、家族が揃いほっとする。

Hの米国での用件は、また次の用件を発生させ、
来春はマレーシアへ行かなければならない、という。

自分の身の振り方を少し考えなければ、などと言う。
そういう意味では来年は変化のある年になるかもしれない、とも。

それが意味のあることならそうするべきだし、
意味のないことならやめるべきだね、とアドバイスする。

あらゆるものは変化する。劇的なものも、平凡なものも。

家族が一緒にいるだけの、つましい、何のトッピングもないこの暮らしでさえ、やはりかりそめなのだと思い知る。

いずれ終わってしまう今を、今大切にしなければ。

2007年12月13日(木) チュンセ童子とポウセ童子
2006年12月13日(水) 旅がらす三行日記 字余り
2005年12月13日(火) おおきにの国
2004年12月13日(月) 王様の手料理



2009年12月06日(日) 君のものは私のもの

仕事の締め切りに追われて、もう何日も寝ていない。

来週半ばになれば、こちらは身も心もヘトヘトに疲弊して一段落を迎える予定だが、恐ろしいことにHが帰国する。

カリフォルニアで充実した日々を過ごし、新しい出会いと気付きを得た、
そういう男がやってくる。
ニコニコしながらやってくる。

とてもではないが、そういう人の話を受け止められる状況にはない。
ひどい一週間だったことをHのせいにしないでいられるか、自信がない。



ふと、同行の方のブログを開いてみる。
思ったとおり、まめに情報をアップされている方なので、
向こうでの様子を速報で見ることができた。

ああ、大きな岩壁の取り付きでニコニコと笑っている。やはり。

それでも別段腹が立たなかったのは、つまるところ、
充実して幸せな連れ合いの幸せは、自分の幸せでもあるということなのだろうか。

アメリカの大きな岩壁でクライミングができてよかったねと、心底思ってしまう。

2006年12月06日(水) 白雪五人男
2005年12月06日(火) 
2004年12月06日(月) 充実感は自分だけ



2009年12月03日(木)

Hの不在、切迫する孤独な仕事、今ひとつの体調に加えて、息子が発熱。

どうやって立て直せばよいのかまるで分からない、孤独で絶望的な状況。

最後の手段として、回らない頭のまま親に電話をかけ、助けを請う。

昼にはこっちを出られそうだ、と返事があった時には、心底安心した。



遠路はるばる母がかけつけ、家の雰囲気が一変したのがわかる。

私も、並大抵ではないけれど、頑張れば何とかなりそうだ、という気になってきた。

母には色々な用事やお楽しみをキャンセルさせてしまい申し訳ないことをした。



今後は、こういう場合に仕事を手伝ってくれる人を、少し確保しておかないといけないかもしれない。

2006年12月03日(日) 映像の1日
2004年12月03日(金) 義援金の配分



2009年12月01日(火) 価値が変動するものに依存する

円高ドル安のニュースが流れるたび、「俺にとっては好都合」とHが言うのを聴かされている。

なぜならば、この人は、本日から数日のあいだ渡米するからである。
ちょっとした社員研修の一種のような用事である。

けれども、本人が言うほど、簡単に好都合にはならない。
去年ヒマラヤ行きの際に用意した、手持ちのドルがたんまり残っている。

きみ、それはドルであってドルでないよ。と口をはさむ。
しかし、もっていても仕方が無い、というのも一理ある。

大企業の目減りに比べれば、頭を悩ませるのが馬鹿馬鹿しくなるが、
家計に照らし合わせてみれば、無視しがたい額でもある。

価値が変動するものに依存する場合は、こちらも依存の程度を変動させるというのが正しい方法みたいに思うが、やり方が難しい。

そもそも、そんなやり方でしかつきあえない面倒なものは、
あまり大切にする気がしない。



米国での初めての岩登りや、世界中のトップアスリート達との交流は、
Hになかなかの刺激をもたらしてくれるに違いない。

どんな感想を抱いて戻ってくるか、楽しみにしている。

2008年12月01日(月) 自分を支える特別な儀式
2006年12月01日(金) 勘亭流の並木道
2005年12月01日(木) 


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