セクサロイドは眠らない

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2007年03月11日(日) 彼の美しい顔が少しずつ崩れているのが分かる。まるで、魚のような顔に。いやだいやだ。

私は、浜辺を歩いていて、「それ」を拾った。

ひどく寒い明け方のことで、「それ」が動くまでは、生きているものとは思わなかった。

「それ」とは、一人の青年だった。裸で、血を流し、倒れていた。

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体中に、かさぶたやみみず腫れができ、いたるところから、まだ新しい傷が血を流している。

私は、とりあえず、彼の体を家まで運んだ。女一人の手で担げるのかと心配したが、彼の体は驚くほど軽く、私は、何とか彼と一緒に家にたどり着いた。

部屋を暖かくし、冷たい手や足をさすり続けたが、一向に体温が戻らない。もう、このまま死んでしまうのかしら、と思った時。ようやく彼が目を開いた。

「気がついた?」
私は、訊ねた。

が、彼は何も答えない。

ただ、怯えたような瞳が、じっとこちらを見ている。

「心配しないでね。」
私は、微笑んで見せた。

美しい青年だ。私の中の女が、「じん」と反応する。何を馬鹿なことを、と、思っても、彼の瞳に見つめられると、頬が染まっていくのが分かる。

長いこと一人きりだったから、あまりにも寂しかったのだ。

海に消えた夫を探して、誰もいない浜辺をさまようのも、もう辛過ぎたのだ。

私は、青年を暖めようと、服を脱ぎ、布団に入った。

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一晩中、冷たい体を抱いた。

彼は、何も言わない。言葉を失くした人魚のように。

私は、彼の唇を私の唇で多い、彼の体を私の体で抱きしめた。

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分かったことがひとつある。

彼の口には、歯が無い。正確には、人間のような歯がない、というべきか。それに、彼の体はいつまでもひんやりとしていた。

彼の手をよく見ると、爪がなく、代わりに指の間に水掻きがあった。

二本の脚は萎え、立って歩くことはできなかった。

彼は、「魚男」だった。

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彼が魚男でも良かった。

私は、彼のために、生のものを食卓に出し、彼と同じ布団で眠る。物言わぬ彼が何を思っているのかは分からない。私は、毎夜、彼の冷たい体に、自分の火照った体をこすり付ける。

彼は怯えていた。

何を?

分からない。

可哀想に。浜辺で拾って来た時に分かった。誰かが、彼をひどく傷付けたのだ。誰かは分からないが、ひどいことをしたものだ。お陰で、彼は、私の愛情に応えることもできないぐらい怯えている。

彼がそばにいるだけでいい。いつまでもここにいて、私の傍らで眠ってくれる存在でいて欲しい。

彼の美しい白い肌。透き通るような、瞳の色。

私は、彼を犯す。何度も何度も犯す。

--

ある日、私は叫ぶ。
「何?これ。」

彼の背中から、何か固いものが生えていて、私はそれで指を切ってしまったのだ。

うろこ?

そうだ。うろこに違いない。

私は驚きで彼の顔を見る。その顔は、以前よりのっぺりとして、目が丸くなってきている。彼の美しい顔が少しずつ崩れているのが分かる。まるで、魚のような顔に。いやだいやだ。

うろこは、一枚、また一枚と増え、彼の顔はどんどん人間離れしていく。

耐えられなくなった私は、ある日、彼の背中から精一杯の力を込めて、うろこをむしり取った。

「!」
彼は苦痛に体をバタバタさせた。

流れる血。

私の衝動は止まらなかった。もう一枚。もう一枚。と、彼のうろこをむしり取る。

何時間経ったろうか。私は、はあはあと、息を切らしていた。

ぐったりと横たわっている、美しい青年。そうだ。青年は、再びその美貌を取り戻し、真ん丸だった目は、アーモンド型の美しい眼差しに変わっていた。

ああ・・・。ごめんなさい。

私は、彼の胸にすがって泣く。

彼は、血だらけの体でぐったりとして、目はどこか遠くを見ていた。

--

彼が魚に戻ってしまわないように。私は、うろこを見つけるたびに、そのうろこをむしり取る。彼はそのたびに、苦痛に体をばたつかせ、悲しそうな目で私を見る。

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ある朝、起きてみると、魚男はどこにもいなかった。

血の跡が、点々と続き、それは海のほうに続いているようだった。

彼は、きっと、全身をよじり、私に殺される前にここを逃げ出したに違いない。

私は狂っていたのだ。

私は、ただ、願う。彼が無事に海に戻れることを。また、私のような狂った女に捕まって、うろこをむしられ、慰みものになることなく、生き延びられますように、と。


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