セクサロイドは眠らない

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2004年10月01日(金) 結婚生活について語る恋人を見て、私の心はすっかり冷え込んでしまった。それから、結婚はしたくないと告げた。

たまたまだったのだ。お金を扱う仕事に疲れ切って、何でもいいから楽な仕事をしたいと思っていた。

友達が紹介してくれた。週に3回、住み込みで家のことをしてくれる家政婦を探している金持ちがいると言って。ちょうどいいと飛びついた。家事なら好きだし。何より、一人でやれるというのがいい。人と話さなくてはならない仕事は疲れる。

早速、面接に行った。

男が一人いた。中年の男。45歳ぐらいだろうか。浅黒い肌。白髪が目立ち始めた髪。少し疲れているようだった。

10分ほど気のない質問をされ、適当に答えていたら、明日から来てよと言われた。
--

男のことを知らないまま、私は彼に雇われた。随分と忙しそうな人だと思った。時には、2、3週間に渡って家を空けることもあった。私の仕事は、掃除。男に頼まれた時だけ、食事の支度。それぐらいだった。鍵を渡され、適当にやってくれと言われただけだ。最初はとまどったが、すぐに慣れた。自分が好きなようにやっていればいいのだ。やることだけやってくれれば、昼間はテレビを見ようが、家に帰って寝ていようが勝手だと言われた。

根が真面目なのか。前職の影響か。私は、適当にやるということができなかった。掃除は、汗がにじむくらい真剣に取り組んだし、前もって頼まれれば腕によりをかけた食事を作った。

私は、この家での仕事を気に入った。

--

ある朝、男は、慌しく私を呼びつけ、言った。
「しばらく海外に行く。きみの給料は毎月ちゃんと払うし、その他に10万の手当てを付けるから、必要なものがあれば買ってくれればいい。週に一度、家の空気を入れ替えてくれるだけで充分だよ。」
と。

それから、男は、何も持たずに慌しく出て行った。

それっきり。一週間経っても、一ヶ月経っても、男は戻ってこなかった。連絡もなかった。

男がいなければいないで、何となく物足らなかった。自由にやっていたとはいえ、わずかな表情や口調の変化などから男が私の掃除や料理の出来に満足していたのは分かっていた。

やがて一年が経ったが男は帰って来なかった。もう帰って来ないのかもしれない。だが、給料はきちんと振り込まれている。勝手に仕事を辞めるわけにもいかないだろう。やることだけやってくれれば、昼間は何をしていてもいいと言われたはずだった。昼間は花屋でアルバイトを始めた。退屈だったのだ。

花屋のアルバイトは楽しかった。もともと、花は好きだったし、年下の同僚達と他愛のない会話をすると随分と気が晴れた。

そうしているうちに、私には恋人ができた。平凡なサラリーマンだ。口が上手いほうではなかったが、毎日毎日、花を買うのを口実に通いつめてくれた人だ。

私は幸福だった。

身寄りのない私に、初めて頼れる人ができたのが嬉しかった。

一方で、帰らぬ雇い主のことが気にならないでもなかった。

恋人に事情を話すと、少し心配そうな顔をしながらも、待つよ、という言葉をもらった。

いつまでもこんな日々が続けばいいと思った。

--

付き合い始めて三年が経とうという頃か。相変わらず、私の雇い主は戻って来ない。

恋人の不機嫌が続いていた。どうしたのだろう?何と言えばいいのか分からず、黙って恋人の顔色を見守る日が続いた。

恋人はとうとう口を開いた。
「いつまでこういう生活を送るつもりだい?」
「いつまでって・・・。考えてないわ。」
「もう、僕もきみもいい歳だ。」
「ええ。分かってる。」
「きみの雇い主っていうやつは、一体何をしてるんだ?」
「知らないわ。」
「もう戻って来ないと思う。それに、きみがあの家を出て行ったところで、彼にとがめる筋合いはない。」
「ええ。そうね・・・。」

煮え切らない私に、ついに彼は言った。
「僕達、そろそろ結婚しないか?」
「え?」
「結婚だよ。」
「結婚・・・。」

しばらく考えたがよく分からなかった。私は、彼の真っ直ぐな眼差しから目をそらしたくなった。

「僕の間違いだったのかな・・・。」
「何が?」
「きみも、僕と一緒になりたがってると思ったんだが・・・。」
「もちろん、一緒にいたいわ。」
「本当に?」
「ええ。本当よ。」

恋人は、私を抱き締めた。
「ありがとう。」

私は、何と答えていいか分からなかった。

恋人は、私の耳元でささやいた。
「僕ら、最高の相性さ。」
「・・・。」
「結婚したら、毎日、愛し合おう。きみは家にいて、少しのんびりすればいい。子供は沢山欲しいな。」

だが、なぜだろう。その時、私は心が冷えていくような感覚にとらわれた。

「どう?」
彼は、訊いた。

私には返事ができなかった。上手く言えなかったが、彼が思い浮かべている生活と、自分のそれとでは、何かが決定的に違う気がする。第一、私は、家政婦の仕事を投げ出すわけにはいかないのだ。なぜ、恋人は、私に家にいろというのだろう。

あれこれと結婚生活について語る恋人を見て、私の心はすっかり冷え込んでしまった。それから、結婚はしたくないと告げた。

彼は驚き、そして私をなじった。雇い主との関係まで詮索するようなことを言い、私はすっかり嫌になってしまった。

--

恋人は行ってしまった。

花屋も辞めた。

三年という歳月は私に何も残さなかった。

--

このままこうやって一人で生きて行こう。

そう思った時、男が帰って来た。私の雇い主。

「まだいたのか。」
男は少し意外そうな声を出した。

男は、何年も家を空けていたことについて一言も説明なしで、疲れたようにつぶやいた。
「お茶漬けでももらおうかな。」

--

「きみにはすまないことをした。」
「構いませんわ。お給料もちゃんといただいてましたし。」
「とにかく、きみを縛りつけた結果になったことは謝る。」

男は少し厚い封筒を差し出した。
「今までありがとう。もう、きみにわがままを言うわけにもいかないからな。また、いつ、こういうことがあるとも限らない。引っ越すなら、金も出す。」

そう言われて、だが、私はむしょうに腹が立った。
「追い出すのですか?」
「いや。そういうわけじゃないが。きみも、女として一番いい時を逃してしまったことになるしな。申し訳ないと思ってる。もういい加減、自由になるべきだ。」
「あなたのせいじゃありません。第一、私、好きにしてましたから。」
「そうか・・・。」

男は、私をじっと見詰めた。そして、言った。
「怒ってるみたいだね。」
「ええ。」
「何が望みなんだ?」
「この家に置いてください。それだけです。」

自分がなぜそんな事を言っているのか、よく分からなかった。ただ、今になって自分を追い出そうとするのはあまりに身勝手だと。なぜか男を責めたくなったのだ。

男は言った。
「分かった。ここにいてくれ。実のところを言えば、私にとってはそのほうが好都合なんだ。」

--

男と私は、そうして、一緒に暮らした。だが、もちろん、私達の関係は何も変化がなかった。相変わらず、ほとんど会話することもなかった。

ある夜、男の部屋から大きな物音がした。

私が慌てて行ってみると、男が胸をおさえて倒れていた。私は、慌てて救急車を呼び、病院へ付き添った。

病院では、今夜が峠だと言われた。

私は、男の名を呼び、男の手を握った。

--

随分と長い時間、待った。処置を終えた医師が私に状態を説明してくれた。

病室に入ると男は意識を回復していた。管につながれ、青ざめた顔は痛々しかった。

男は、じっと私を見た。口を動かすが、声は出ない。

私は、黙ってうなずいた。

--

男は、しばらく入院した後、退院することになった。だが、医者からは、いつまたこんなことが起こるとも限らないと説明された。
「奥さんのほうで、気をつけてあげてください。疲れが一番よくありませんから。」

奥さんと呼ばれて、奇妙にくすぐったい気分になった。

家に戻って二人きりになった時、男は言った。
「結局、きみには迷惑を掛けっぱなしだな。」
「いいんです。それより、私が一緒に暮らしていて良かったですわ。」
「ああ・・・。」

私は、あらためて、男の顔を見た。白髪はあるが、老けた印象ではない。この入院で少し痩せたが、もともとはしなやかな体をし、動作も若々しい男だった。過去に何があり、今、どんな仕事をしているのか。全く知らなかった。

男も私を見た。

今までとは違う眼差しだった。

「あなたが帰ってくる少し前に、結婚しようって言われたんです。恋人から。」
「ほう。」
「でも、断ったの。」
「どうして?」
「どうしてだろう。自分でもよく分からないんですけど。」
「そうか。」
「あなたは?ご結婚は?」
「一度もしていない。」
「どうして?」
「どうしてだろう。」
「お付き合いした人はいたんでしょう?」
「ああ。だけど、彼女が求めている結婚というものを、僕にはとても与えてやれる気がしなかった。」
「それで別れた?」
「そうだな。」
「一緒に暮らしてみれば、また違ったかもしれないのに。」
「そうだな。僕ときみみたいに。」
「ええ。そう。あなたと私みたいに。」

私達は、見つめ合った。

私は、ある事に気付いていたのだ。

好きでもない男とは、たとえ仕事といえど、そう長くは一緒に暮らせない。そして、多分、目の前の男も。

私達、ずっと前から・・・。

だが、何も言わないでいた。彼も何も言わなかった。

少し眠る、と彼が言った。

「そばにいていいですか?」
と、私は訊いた。

「いいよ。いてくれ。」
と、彼は答えて、目を閉じた。

そばでみていないと彼がまたどこか遠くに行ってしまいそうで、息苦しいぐらいだった。


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