セクサロイドは眠らない

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2004年05月31日(月) 女ってのは、心を許した男には告白を始める。そうなったら、もう、彼女の心は自由にできたも

不安な面持ちでカクテルを舐め、少し頭がグラグラしてきた頃に、その女が僕に声を掛けて来た。

「ねえ。どこかで会った?」
「いや。ええと。さあ。どうかな・・・?」

僕は曖昧に返事をした。

どこかで会ったことある?

これは、女と知り合うための大事なキーワードだと教わってはいたけれど、相手が先に言うとは。

いや。目の前の彼女は、何かを思い出そうとしている。彼女の指が僕の唇に触れた。
「以前、確かに会った筈なのに。」
「だったら、会ってるんだ。きっと。」
「でも、目の前のあんたは、私が知ってる人よりずっと若い。まるで・・・。」
「まるで?」
「あんただけ、歳をとらなかったみたいに。」

女は、泣き出しそうに見えた。

「出ようか。」
僕は立ち上がり、彼女の手を取った。

こういう時は。ええと。男が金を払う。

僕は、ポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出した。人間の世界は何かと金が必要だから。そういって彼が渡してくれた奇妙な紙切れ。

よく分からないので、適当に数枚、グラスのわきに置いた。

外は小雨だった。

僕らは、互いの体に手を回し、タクシーが通りかかるのを待った。

「やっぱり、あたし達、初めてね。」
「そうなんだ?」
「だって、あいつなら、こんな時払う金を持ってない。さっきのあんた、気前良かったわ。」

--

タクシーが止まったのは、ギシギシと音がする階段を上ったところにある、小さな一室。黴臭い。

ベッドに座ると、女は、急に無口になった。僕は、彼女の横で、どうしたらいいのかと、マニュアルの内容を思い出す。

彼女の目は潤み、唇はかすかに開き、白い胸元が息をするたび上下する。

こういう時は・・・。そうだ。キスをする。

僕は、彼女の腰に手を回し、そっと彼女の顔をこちらに向け、僕の唇をゆっくりと落とす。

一度だけではなく。

何度も。

触れるだけでなく、からめて。

世界で一番欲しいもののように求めて。

僕は、マニュアル通り。何度も何度も、その柔らかなものをむさぼった。

--

「人違いなんかして。ごめんなさい。あたし・・・。」
「その男の事、教えてくれる?」
「もう、ずっと前よ。10年以上昔。それまでは、あたしの兄さんみたいなもんだったの。あたしが20になった時、恋人になった。」
「それから、いなくなった?」
「ええ。あたしから逃げ出したのね。あたし、夢中になったから。」
「僕とそっくりなんだ。」
「とても似てた。あの人かと思った。あたし、もう、ずっと大丈夫だと思ってたのに。あれから、誰と寝ても。いくら嘘ついても。平気だと思ってたのに。あなたの顔みたら、息が止まるかと思った。」

ここに来る前。

人間の姿になる前。

彼は教えてくれた。

「いいかい?女ってのは、心を許した男には告白を始める。そうなったら、もう、彼女の心は自由にできたも同然さ。」

目の前の女は告白を始めた。

僕は、静かに静かに、彼女の言葉に相槌を打ち、その涙で張り付いた髪の毛を頬からはがし、耳たぶを唇で探す。

「いいよ。僕を、彼と思ってくれても。」
僕は、彼女のドレスを一枚ずつ脱がす。

そこではたと手が止まる。

「どうしたの?」
「ああ・・・。いや。思ったより沢山着てるんだね。女の人というのは。」

途端に彼女が笑い出す。
「あんた、まるで今日が初めてって感じよ。」

僕も釣られて笑う。

胸を覆っている布も、腰の周りを覆う布も。全部取り去って、ようやく彼女の体が現れた。

そこから、僕は、教わったとおりに。この不慣れな肉体を通して、彼女と対話する。

本当に不思議な生き物だ。

交わってみれば分かる。

唇が発する言葉と、肉体が発する言葉が、違う。

本当の快楽に到達する前に、唇が奇妙に大声を出すから。

僕は、彼女の唇をそっと僕の唇で塞ぐ。
「静かにしててごらん。きみの体が、そろそろ本当に喜び出すから。」

彼女は驚いて僕の顔を見る。
「あんたみたいなセックス、初めて。」

僕には、君たちのセックスが分からないよ。

言葉が嘘をつく。体の声にだけ従っていればいいのに。

ほら。もう、きみの体と頭がようやく一緒になって声を上げ始める。

--

「良かったわ。」
彼女が言った。

ああ。そうだっけ。人間は、声にしないと相手に伝えることができないんだ。

「僕も。」

服を着ようとする僕に、彼女がしがみついてくる。
「ねえ。行かないで。」

彼女は泣いていた。
「あなたみたいな人とようやく会えたのに。」

いいだろう。まだ時間はある。

--

僕は、彼女を抱き締め、髪を撫でた。

夜中、彼女は僕の腕から抜け出て、洗面所で何かしていた。

「何してたの?」
僕が訊くと、彼女は、
「コンタクト外してたの。それから、ピアス。」

コンタクト?

「髪だって染めてるし。歯だって、作ってる。爪だって、付けてるし。」
「随分と大変な装備だね。」

彼女は、笑って。それから、
「ねえ。あなた、本当は誰?」
と訊ねる。

「僕?」

僕は、そう。人間の愛と性交はどう違うのか。遠い遠い星から調べにやって来た。


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