セクサロイドは眠らない

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2002年08月27日(火) 確かに、自分は地味で、決してもてるほうではない。だから、高望みする気は毛頭ない。だが、なんでこんな男なの?

「やあ。今、帰り?」
そう、突然声を掛けられて、思わずミチコは持っていたバッグを落としそうになった。

「えと・・・。」
「ヤマシタだよ。」
「ああ。」
「ね。時間ある?あるなら、ちょっとお茶でも。」
「え・・・。ええ。」

ぽっちゃりした顔のその男は、先日、知人が開いた合コンに来ていた男だった。あの時も一人でしゃべり続けていた。ミチコは、どちらかというと無口で細面の男性が気になっていたのだが、その男性は、ミチコの友人といつの間にか消えていてがっかりさせられた記憶がある。

「偶然だね。こんなところで会うなんて。」
「そうね。」

店で出されたオシボリで顔を拭く男の仕草を嫌悪しながら、ミチコはうんざりして答えた。

「職場、この辺りなの?」
「ええ。まあ。」
「ふうん。や。たまたま暇だったんでこっちのほうまで足を伸ばしたんだよ。きみに会えて良かった。」

ミチコは、ふと、この男はわざと私を待ち伏せていたのではないかと疑う。

アイスコーヒーをズズッと音を立てて飲むところも、耳を塞ぎたくなるぐらいだ。

「この前の合コンさあ。あの後、きみを誘おうと思ってたんだよね。なのに、あっという間にいなくなっちゃうから。」
「ええ。ちょっと気分が悪くて。」
「そうか。で?もういいの?」
「ええ。」

なんで、この男なの?ミチコは、泣きそうな気持ちになってくる。確かに、自分は地味で、決してもてるほうではない。むしろ、いつだってその場で一番いいと思える男性が他の女性とくっついてしまうのを、何度も何度も見て来た。だから、高望みする気は毛頭ない。だが、なんでこんな男なの?

「この後、予定は?」
ヤマシタが、しきりに訊いてくる。

「ごめんなさい。今日は、妹から電話が入るの。」
「そうか。残念だなあ。」
ヤマシタは大袈裟に溜め息をつくと、メモを取り出して自分の電話番号を書いてくる。

「じゃ、暇があったら電話してよ。ね。」
そう言って、ミチコの手にメモを押し付けると、立ち上がった。

「行こうか?」

ミチコは、ほっとして立ち上がる。

レジで財布を出すと、ヤマシタが
「わりい。奢ろうと思ってたんだけどさ、今、そんなに手持ちがないんだ。割り勘でいいかな?」
と、訊いて来た。

ミチコは、黙ってうなずきながら、本当につまらない男だ、と心の中で吐き捨てる。

--

ミチコは、もちろん、電話などしなかった。帰宅したら、もう、メモのことなど忘れていた。

風呂上がりに鏡を見る。眼鏡を外した顔は、まあまあ可愛いらしい。肌だって綺麗だ。だけど、今まで一度も男性から誘われたことがない。それが、自分。これから先もずうっとこのまま、誰からも声を掛けられずに生きて行かないといけないのだろうか。

ミチコは、そんな悲しい予感を振り払って、布団に入る。

なかなか寝つけない。

--

ヤマシタと会ってから、一週間ほど経った頃、急に電話がなった。

「もしもし?」
「あ。俺。ヤマシタ。」
「なんで、この電話が分かったの?」
「教えてもらったんだよ。この前一緒に飲んだ時の、あの背が高いやつ、いただろ。あいつ、きみの友達と結局くっついたんだよね。で、教えてって頼み込んだんだ。」

サチエだ。まったく余計なことを。

「全然電話くれないからさあ。」
「忙しかったの。」
「そっか。何の仕事?」
「銀行の窓口係。」
「へえ。すごいとこ勤めてるんだ。」
「すごくないよ。」
「いや。すごいよ。」

そう称賛されるのは、悪い気はしない。だが、なんで今、自分はこの男としゃべってるんだろう?なかなか切ることもできず、ヤマシタの、こちらに口を挟ませないで質問の答えだけを誘導していく、奇妙に巧みな話術に巻き込まれて、一時間などすぐに過ぎ去ってしまった。

「あの。私、明日早いから。」
「ああ。ごめん。また、電話するよ。じゃな。」

ようやく電話を切ることができて、ミチコは、ほうっと息を吐く。

黒い雲が、ミチコの心に広がっていた。

変なのに付きまとわれちゃってるなあ。サチエに電話して抗議しようとして、手が止まる。サチエは、それこそ、出来たての恋人に夢中なのだろう。この時間はいつだって話し中だ。

--

「ごめんね。ほんと、悪気はなかったんだ。」
さっきから、サチエは平謝りだ。

「迷惑してるのよ。」
「だってさあ。この前ミチコと偶然会って借りたものがあるから電話番号教えてくれって言われて、どうしても断れなくて。」
「大好きな彼の頼みだからでしょ?」

私は、思いきり皮肉を込めて言ってやる。

「そういうんじゃないけど。彼、友達想いなのよ。」
「どうでもいいわ。とにかく、私、迷惑してるんだから。」
「全然、無理そう?」
「何が?」
「ヤマシタくんと付き合うってのは。」
「無理よ。無理。絶対に無理。」
「分かったわ。タケシに頼んどく。ヤマシタくんにもうミチコに電話しないでって言ってもらうわ。」
「お願いよ。」

私はきつく念を押すと、立ち上がる。

--

相変わらずヤマシタから電話が掛かってくる。

サチエはちゃんと恋人に頼んでくれたのだろうか?イライラして、ヤマシタからの電話に返事をする。

「ね。今度の日曜、暇?」
「忙しい。」
「じゃ、その次は?」
「その次も。」
「そっかー。残念だな。」

ヤマシタは、あきらめたような声になる。

そのうち、本当に、電話もしてこなくなればいいのに。

「ごめんね。じゃあ。」
私は、最近では、自分から有無を言わせず電話を切ることを覚えた。

--

特に予定のない日曜。

私は、いつまでもベッドでゴロゴロしていた。

途端に激しくドアチャイムの音が鳴り出す。

誰?

「僕だよ。ヤマシタでーす。起きてる?」
あのおぞましい声が聞こえて来た。

どうしてここを?

私は、パニックになって、ベッドから飛び起きる。

「ごめん。来ちゃった。新聞取ってないから、まだいるんだよねえ?」
大声で言うものだから、私は慌ててドアを開ける。

「ちょっと。どうしてここが?」
私は、その時、髪を振り乱し、すごい形相をしていたことだろう。だが、そんなことはどうだって良かった。


明日に続きます・・・。


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