セクサロイドは眠らない

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2002年06月14日(金) 僕の下で、彼女は無言で泣きながら、僕にしがみついて来る。気持ちいいから・・・、じゃないだろうなあ。何で泣いてんのかなあ。

朝、携帯をツーコールして切る。

モーニングコールという名目で許されている、その行為。しつこく鳴らしたところで、どうせ、朝は出ないのだ。彼は、疲れ切って眠っている。

私は、コーヒーを煎れて、出勤までの長い時間を過ごす。早く目覚め過ぎるのだ。三時間ばかりを持て余して、コーヒーをゆっくり飲んだり、朝の空気を吸うために外に出たり。犬の散歩とすれ違って、言葉を交わしたり。散歩が終わって帰宅すると、シャワーを浴びる。彼は気にならないよ、と言うのだが、私は、夏になると微妙に気になって、こまめにシャワーを浴びる癖がある。

それから、長い髪の水気を丁寧に拭き取り、自然乾燥させる。

それでも、まだ時間がある時は、小説を読んだり日記をつけてみたりするのだが、あまり集中力がないままに、どちらかと言えば、彼のことを考えてぼうっとしている事のほうが多い。

ようやく出勤の時間が来る。

のろのろと立ち上がる。

今日も、鳴らない携帯電話を手にして。長い長い一日が始まる。

--

「はい。すいません。申し訳ありませんでしたっ。」
自分の声に驚いて飛び起きる。

もう、最近では、朝の陽射しがまぶしくて、暑くて目覚めることも多い。

枕元の携帯を見ると、彼女からのモーニングコール。今日も気付かず寝ていたらしい。ったく、朝から、仕事で謝る夢なんか見て、最悪だな。

っとと。

急がないと、遅刻する。今日も朝食は抜きだ。

僕は、慌てて、スーツに着替える。こんな時、朝食を用意していてくれる誰かと暮らしていれば、と思わないでもないが、そんな一瞬の気分のために、この気ままな生活を捨てるわけにはいかない。

携帯は?OK。ちゃんと胸ポケットに入っている。これがないと仕事にならない。

ネクタイを首に引っ掛けて、家を出る。

--

つまらない、電話応対の仕事。アクビが出るような、同僚とのランチ。長々と恋人との痴話喧嘩の模様を聞かされて、私は、どうでもいいおざなりの返事をする。

定時になると、きっちり終わる暇な職場を後にして、私はあてもなく街に出る。

夏は、海に行きたいね、と彼と言っていたから、水着を買おう。そう思って、あれこれとウィンドウを眺める。本当は、昨年買った水着が、一度も使われないままにタンスで眠っている。去年の約束は、彼の急な出張で流れてしまったんだもの。今年も、また、無理かな。楽しみにしている約束は、いつも私を失望させる。

でも、明後日。

明後日には、彼に会える。遅くなっても、行くからって言ってくれたから。

なぜなら、明後日は私の誕生日。

誕生日、何がいい?って聞かれて。何も要らないよ、って答えた。あなたが欲しい。あなたと一緒に過ごす夜が欲しい。それだけ。

夜、電話をする。

会議中は出られないから、と言われている。

案の定、留守電になっている。あきらめて、マニキュアを落とし、今夜も長い夜を持て余す。

--

ああ。ヤバい。客からどんどんクレームが来ているのに、どうやら、現場に回す資材の段取りが遅れているようだ。

電話で謝っている最中にも、事務の子がメモを持って来る。上司が後で来いと言っているらしい。

うわ。勘弁してくれよ。また、説教かな。

それとも・・・。

はあ。やっと納得してくれた。あの客はうるさいが、誠意を見せたら可愛がってくれるんだよな。それにしても。ああ。明後日は、彼女の誕生日だ。マズイなあ。プレゼント買ってないしさ。彼女は何も要らないって言うけど、そういうわけにもいかないだろ。僕の時は、ネクタイにシャンパンに。欲しかったジッポのライターに。とにかく、いろいろしてもらったからね。しょうがないや。女友達に電話する。

「あ。マキ?わりい。俺。」
「なによー。今、飲んでるのよ。おいでよ。最近、付き合い悪いー。」
「ごめん。まだ仕事なんだよ。それよかさあ。女の子の誕生日プレゼント、何がいい?」
「何?彼女の?」
「ああ。」
「つまんないのー。他の子にプレゼントするもの、あたしに相談するなんて。」
「おいおい。そういうの、いいからさ。急いでんだよね。明後日なんだ。なんか、頼む。適当に見繕って。」
「いいよ。この借りは、いつか絶対倍返しだぞ。」
「分かった。とにかく、お願い、な。」

それから、慌てて、上司のところに行く。
「すいません。クレーム処理してて。遅くなりました。」
「ああ。呼びつけてすまんな。」
「あの。なんでしょう。」
「実はな、上海の支社に行ってもらえんかと思って。」
「え?俺?じゃなくて、僕ですか?」
「ああ。現場を管理する人間が欲しいんだ。」
「って。俺?」
「ああ。最近、きみ、よく頑張ってるからなあ。我が社としては、是非、きみに期待したいんだよね。どうかな。行ってくれるかな?三年ほど行ってくれれば、こっちに帰った時はそれなりのポジションを用意しておくから。」
「あの。行きます。行きます。」
「ま、よく考えて。返事は急がなくていいから。」
「はい。ありがとうございます。」

僕は、頭を下げて。やたっ。前から、異動の希望は出しておいたのだ。今は何ていうかな。いろんなこと。やりたくてしょうがないんだよね。海外の現場も見ておきたいし。

胸が高鳴る。

帰りの電車で、ふと、携帯を見る。あちゃ。彼女からの電話が履歴に残っている。掛け直すには遅いな。ま、明後日には会うんだし。いいか。

--

「遅くなった。」
僕は、ネクタイを緩めながら。もう、夜の11時を回っている。

「いいの。忙しかったんでしょう?」
彼女は、微笑む。

実は、遅くなったのは、マキから彼女のプレゼントを受け取るついでに、一杯飲んでたからでもあるんだが。

「お誕生日おめでとう。」
僕は、彼女にプレゼントを渡す。

「ありがとう。いいのに。無理しなくて。選ぶ時間も、なかなか取れなかったんでしょう?」
「いいって。いいって。俺、普段、お前に何もしてやれてないからな。」

それから、ワインで乾杯して。

「今夜、ずっといてくれる?」
「ああ。」

チラッと、明日の朝の会議の事が浮かぶが、目の前の彼女のすがるような目を見ていたら、とても帰るとは言えない。

「シャワー浴びて来るね。」
彼女が立ち上がる。

「待てよ。一緒に浴びよう。」
僕は、彼女の腕を掴む。

「うん。」
彼女は小さくうなずいて。

なんとなく。だけどさ。あんまりににも綺麗に片付いた部屋が、ちょっと悲しいっていうか。

なんだろうな。この感じ。彼女が遠い感じ。こんなに僕のこと見ててくれてるのに。

僕は、そんなことを考えながら、彼女を抱く。何で泣いてるんだろう。僕の下で、彼女は無言で泣きながら、僕にしがみついて来る。気持ちいいから・・・、じゃないだろうなあ。何で泣いてんのかなあ。

僕達は、結局一言も言葉を交わさないまま。

--

終わってから煙草を吸っていると、彼女がつぶやく。
「ね。私達、終わりにしない?」

なんで、と問い掛けて、僕は思い直して答える。
「ああ・・・。」

なんだか、最初から分かっていたような結末だったな。と、そんな風に思ってる自分がおかしかった。

なんで、気付かなかったんだろ。

「私、あなたのこと、待って、待って、待ち過ぎたの。」
「そうか。」

僕は、駆け足できみを愛していたつもりだったのに。変だな。どこかで食い違って来てた。

「すごく、疲れた・・・。」

何が疲れたんだよ?叫びたい気持ちを抑えて。

とにかく、僕もなぜかとても疲れて。

「今日は帰るわ。」
「一緒にいてくれるって言ったのに・・・。」
「俺達、もうとっくに終わってたのにさ。一緒にいるのって変だよ。」

彼女のすすり泣きを後に、僕は部屋を出る。

なんだか、妙にほっとした気持ちで。ああ。ほんとに、僕もちょっと疲れてたんだな。

携帯を取り出す。

マキに電話する。

「ちょっと、今どこよ?まだみんなで飲んでるんだよ。おいでよー。」
「おう。どこで飲んでんだ?すぐ、行くわ。」

明日の会議は、糞くらえ。今楽しくなくちゃな。


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