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セクサロイドは眠らない
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| 2002年02月18日(月) |
あんな風に泣くことができていたのは、彼が後ろで見ていてくれるからだったんだ、と思った。 |
既婚の恋人との付き合いは三年になろうとしていた。
「こんなに長く続くとは思わなかった。」 彼の腕の中でつぶやいた。
「後悔してる?」 「ううん。逆。嬉しいなあって。」
本当に嬉しいんだよ。そのために、もうすぐ三十歳になろうとしているのだとしても。彼と出会う前なら信じられなかったことだけど。なんだか、ゆっくりとだけれど、長く続いていることに感謝している。
私達は、ゆっくりでいいから、駆け足過ぎて見落としたり、恋をないがしろにしたりといった恋愛はよそうね。と誓い合った。
「ごめんな。」 「なんで?」 「いろいろ。」 「いいのに。」 「おまえって、もっとわがまま言いたいヤツだったろう?」 「いいのよ。欲しくてどうしようもないくらいのほうが、愛に謙虚になれるみたいなの。」
本当だよ。
彼は、黙って私を抱き締める。
いたいよ。
彼の心の中に、言葉にできないこともたくさんあったのだと、あとから気付く。
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「妻のことなんだ。」 彼は、そっと切り出した。
私は、胸がズキリと衝撃を受けるのを感じた。
「息子の受験につきっきりだったのだが。最近、疲れのせいか精神的な落ち込みが目立つんだよ。」 「で?」 「そばにいてやりたい。」
私は、こんな時が来ることを予想して絶対泣かないようにと誓っていたのに、出て来た声は妙に震えていた。
「いいよ。」 「すまない。」 「謝らないで。」 「落ち着いたら、また、ここに戻ってくることは許されるだろうか?」
私は、返事ができないでいた。
その言葉が男の身勝手だと思っていても。
長く、長く。この人に会えたことに感謝して行きたい。これからもずっと。
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今日は、泣かないでいようね、笑っていようね。
と、二人で決めていた。
だって、永遠のお別れではなくて、しばしの休息。ゆっくりと、愛を思い出す期間。泣いた顔より笑った顔を、お互いの心に残したい。
「いつまで待てばいい?」 私は、問う。
彼は、サボテンの鉢を取り出す。 「このサボテンに花が咲いたら。」 「咲いたら、どうすれば?」 「手紙をくれる?」 「うん。」
私達は、そうやって別れて。
丸い頭の子供のような、サボテン。
私達は、手を振った。
帰り道、まだ、歩き始めて間がない小さな子供が母親の手を離れて、どこまでも行こうとしていた。途端に、ステンと転んで泣き出す。ワーワーと、ありったけの声で。母親が慌てて抱き上げる。子供は母親の腕の中で、ますます声を大きくして泣く。
私も昨日まで、この小さな子供のようだった。あんな風に泣くことができていたのは、彼が後ろで見ていてくれるからだったんだ、と思った。今日からしばらくは、泣いても誰も抱き起こしてくれないから。
少し強くならなくては。
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友達は笑う。
「そのサボテン、花が咲かないって分かってて渡したのかもよ。あなたを傷付けないように別れたかっただけかもね。」
私は、微笑む。
新しい誰かを好きになりたいとも思わない。ただ、ずっと、彼を待っているのが私の今手元にある一番の幸せ。だから、信じない、と言うのは簡単だけど、信じるのをやめる理由はどこにもないんだよ。
そう、誰かに言っても伝わるだろうか。強がりじゃない。ただ、信じていられる喜び。
私は、サボテンの中で時が熟成するのを待つ。
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二年が過ぎた。
夜、満月が明るかった。
月明かりだけで、部屋が見渡せるほどに。
サボテンが、花を咲かせていた。
私は、飛び起きて、その花を眺めていた。
ねえ。背後で彼が微笑んで立っていてくれているように感じて、私は、涙を流す。
月明かりで手紙を書いた。
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彼は、翌々日にやって来た。
「久しぶりだね。」 「元気だった?」
少し照れ臭かった。
「絶対、来るって思ってたよ。」 と、私は笑った。
彼は、真顔で、静かに言った。 「妻とは別れた。」
私は、カップを並べる手を止める。
「きみがそばにいたら、きみに甘えていたことだろう。もしかしたらそのせいで、離婚をきみのせいにしてしまったかもしれない。だから、きみと離れて考えたかった。きみには寂しい思いをさせてしまった。」
私は、うつむいたまま、紅茶を注ぐ。
「あなた、レモンの輪切り、いつも二枚だったよね。」 私は、ようやく顔をあげて、男を見る。
「ねえ、信じてた?サボテンを。」 私は、訊ねた。
私は、振り返ってサボテンを見る。
愛の砂時計のような、サボテンを。
「信じてたよ。信じてたから、気持ちが強くなれた。」 「なら、いい。」
なら、全部、いい。
許してもらえるの?と、彼が訊ねている。
二年間のいろんなものが、ふっとほどけたみたいに、私は、突然笑い出して止まらなくなる。笑い過ぎて、涙が出て来た。
とにかく、私は笑いながら、彼の胸でセーターの匂いをゆっくりと吸い込む。
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